むすめ3歳のお誕生日に。

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むすめの誕生日・・・に、病児保育

先日、うちのかわいくてお笑い系(でも本人はプリンセスに憧れている)の娘が3歳のお誕生日を迎えました。

迎えたのでありますが。当日、なんとお兄ちゃんと二人揃って発熱。その日はパパも私も仕事を休めず、病児保育のお世話になりました。

いやもうね。お誕生日の当日に何もできずお熱のむすめを病児保育に預けて仕事に行く私って何なんだとちょっと泣きそうになりながら出社して、でも溜まった仕事がありすぎてバタバタと片付けて。

そしたら仕事場で回覧しているVERYが机にドンっと置かれました。相変わらずVERYの重いのなんの。

キラキラ輝く雑誌の世界観と、朝から病児保育のために慣れないお弁当をバタバタと作って雨の中タクシーで病児保育に駆け込んで診察してもらって手続きして自分の洋服なんて全く気をつかう余裕もなくほぼすっぴんで出社する私のこの差。(しかも我が子は誕生日。)

隣の後輩に、「見てこれはファンタジーだおとぎの国のお話だ。。。」と言うと、よくできた後輩が「ほら、先輩の好きな小島慶子さんのコラムここですから。はい、読んで。今月もいいこと言ってますから。」とわざわざ開いてくれる。なんてよくできた後輩。

なんというかダメな先輩でありダメな後輩である私には、常に素晴らしい先輩と素晴らしい後輩がついてくれるものですねいつもありがとうございます。。

桜の花びらが舞う帰り道

で、私の一番好きなページ小島慶子さんのコラムにまた励まされながらなんとかその日の仕事を終えて、ダッシュでお迎えに向かう途中。

空からひらりひらりと桜の花びらが舞ってきました。

いつの間にやら葉桜になっていた桜の木。今年はゆっくりお花見をする間もなくバタバタと過ぎていった。でもやっぱりこれくらいの桜がいちばん好きだ。田舎の、桜並木が続く川沿いの家に生まれ育ったので、いつも桜は近くにあったのだけれど、やっぱり幼い頃からひらりひらりと桜の花びらが散る時期がいつも好きだった。儚い美しさはなんだか人の心を打つ。

あーーー今年も、そして今日も、桜がきれいだ、むすめ氏おめでとう、ぐすん。とか思いながら、帰路を急ぐ。

で、お迎えに行ったらですね。もうかわいいかわいい我が子たちが満面の笑みで走ってきてくれる。(お熱ちょう高いのに元気だなおい。。。)

二人とも初めての病児保育室だったので、不安だったかなと思いながら、どうだった?と、聞くと、「おやつの時間にみんなでむすめちゃんのおいわいしたんだよー!ハッピーバースデーしたら、むすめちゃんがうれしそうに、ありがとうって言ってたよー!」と、息子が教えてくれました。

むすめもうれしそうに、ちょっと照れながら、おたんじょうびしたのー♡と言ってくれました。

二人とも、一緒に過ごせたことがなんだか嬉しかった様子。

病児保育の看護師さんたちも、今日はお誕生日だったんですね、おめでとうございます!お弁当に入っていたハッピーバースデーのピック、とっても喜んでましたよ!と、にこにこ言ってくださいました。

本当に気にしているのは、自分に下す評価

はーなんかもう。子育ても仕事も、一人じゃ絶対できひんな、こうしていろんな人たちに助けてもらって見守ってもらって、子供達もそして私自身も、少しずつ成長してゆくのだな、と改めて思いました。すごくうれしかった。子育てを支えてくれる周りの人たちや、家族や、そして子供達のたくましさを知ることができて、こんな日もいいな、と思えた。

大好きなドラマSATCで、好きな回の一つが、キャリーが本を出したときやったかな、本の批評が新聞に載るんやけど、それがなかなか辛辣な批判で、キャリーは傷つく、というストーリーがある。しかもそのあと、元カレエイダンがキャリーのあとに付き合った女の子が、キャリーのことを悪く言いふらしている、という噂を聞く。で、キャリーは、その悪口を言いふらしている女の子に実際に会って、あの内容は事実と違う、というようなことを面と向かって言うのです。(多分。めっちゃうろ覚えやけど。)

けど、その時にキャリーは気づくわけですね。本当に気にしているのは、他人の評価じゃなくて、自分が自分に下す評価だと。だから批判する相手に何を言っても、しっくりこない。結局は自分で認めてあげられるかどうかだ、と、いったようなストーリー。(いやほんと違うかも、ごめんなさい。)

大好きな娘のお誕生日に病児保育に預けて、ごちそうは一切準備できなくて、晩御飯はクッタクタの煮込みうどんで、お熱の子供達と一緒にすらいられなくて、キラキラした要素は皆無のお誕生日だったこと。申し訳なく思う気持ちももちろんいっぱいいっぱいあった。

だけど、ひらりひらりと舞う桜を見たとき、にこにこ笑う子供達と歩いてタクシーを拾いに向かう帰り道。こういうのもありだな、嫌いじゃないな、と、自分で思うことができた。

あれもこれもしてあげたかったのに、あれもこれもできなかったけれど、想定外の一日だったけれど、私は本当にすっぴんでひどいかっこをしているけれど、でも、たくさんの人の愛情に触れて、あたたかさを知って、なんかいい一日だったよな、と。

こういう仕事の仕方や、こんな毎日しか送れないけれど、それをとやかく言う人はもちろんいるかもしれないけれども、でも私はこれしかできないし、私はこれでいいよな、と。大切なのは自分自身がそう思えて、そして目の前の大切な人たちがにこにこしていることだな、と。

他人の目に映る自分ではなくて、自分の心が認めてあげられる自分

キラキラした情報があふれかえっているこの時代。そして、キラキラした情報の反動かのように、心ないバッシングやヘイトスピーチやベビーカー論争やなんのかんのでなんだか少し窮屈な時代。言いたいことも言えないこんな世の中じゃぽいずんな時代。

ついつい自分の価値観を見失いそうになるけれど、大切なのは他人の目に映る自分ではなくて、自分の心が認めてあげられる自分。そして目の前にいる、大切な人が笑っていてくれること。当たり前なんやけど、改めてそんなことを思った、むすめ3歳のお誕生日でありました。

むすめお誕生日おめでとう。私に大切なことをいつもたくさん思い出させてくれて、気づかせてくれて、ありがとう。私を二人のお母さんにしてくれてありがとう。生まれてきてくれて、ありがとう。ママができることはほんの少ししかないけれど、いつまでも、ママはあなたの一番の味方です。おっきくなったらむすめが欲しがっているバッグと靴とピアスとネックレスと指輪とお洋服あげるからねうん。。。(本当に、おっきくなったらこれちょーだい♡と、のたまう3歳児。こわい。)

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