神宮とスワローズとこの夏の話

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基本的にスポーツ観戦というものには一切興味がなかった、去年まで

広告営業をやっていた頃、まず最初に教わったのは、お客さんの前で「政治と宗教と野球の話はタブー」と、いうことだった。

この三つはまあアンタッチャブルで、センシティブで、人を熱狂させ、対立を呼び、時に戦争をも巻き起すものだから。そんなものをビジネスに持ち込んでもろくなことにはならない、という話。

と、いうことを言われても、私には特定の支持政党はないし、一貫して無宗教だし、野球に至ってはピッチャーとキャッチャーが敵なのか味方なのかすらわからない。なのでそんな心配は無用です、もち合わせるネタが何もありません。とまあ特に何の問題もなかったわけだけれど。

そう、こと野球に関しては、どちらかというと私はずっと興味がないどころか結構嫌いだった。子どもの頃は、野球中継が延長するせいで見たいテレビ番組がいつまでたっても始まらないのが嫌だった。そもそも、私は基本的にスポーツ観戦というものに興味がない。野球にしろサッカーにしろ、特定のチームを応援するなんてダサいと思っている。自分以外の人に勝負を任せ、一喜一憂するなんて、ナンセンスだ。戦うのは常に自分でありたい。

と、つい去年というか今年の6月くらいまでずっと思っていた私の現在が。

これ。

人は何歳になっても、新しい趣味ができる、というか、人の信念なんてあっという間に変わる、という事例がこちら。

ただ、神宮で飲むビールは美味しい

スポーツ観戦音痴の私と違って、オットは昔から種別問わずスポーツを観るのが好きで、息子が生まれてからは息子も一緒に色々と観戦に行っていた。野球も行けばサッカーもラグビーも、バレーとかテニスとかも行っていた。で、私もたまに連れて行かれるわけですが、いかんせんルールが全くわからないので、ひたすら隣でビールを飲んでいた。でも、特に球場で飲むビールは最高に美味しかった。そしてドームや千葉マリンも行ったけれど、神宮のビールは格別だった。

かくして、野球を観たいオットと、ビールを飲みたい私のニーズが一致し、ちょくちょく球場へ足を運んだのが去年の夏。

神宮のビールはこんなに美味しいのだから、まあファンクラブ会員とかに入って気軽に居酒屋神宮へ足を運べるようにしようか、とファンクラブに入会したのが今年の春先。

そして、夏。

家族で一番、私がはしゃいでいる。そして、あれほどナンセンスだわと思っていた、特定のチームの勝敗に(それなりに)一喜一憂している。家でも毎日スマホアプリをチェックしている。何してるんだ私は。

スワローズは、弱い。弱いけど。

もう20年くらい、村上春樹の小説とエッセイを読み続けているため、スワローズがなんとまあ弱い、ということはなんとなく知っていた。目標は5位、と村上春樹も言っていた。(5位という順位が全体の中でどれくらいなのかは知らなかったけれど。)だからって、それにしても、弱い。弱すぎる。こんなに負けるもんですか?と、昔からのスワローズファンの先輩に聞いたところ、いくらなんでも今年は負けすぎる。と、言っていた。

だからと言って、勝つチームを応援すればいいという問題でもない。私はつい先日まで某新聞社に10年以上勤務していたため、ライバル紙であるところの某新聞社が率いる某ジャイアンツを応援することは、宗教上の理由でありえないことであった。無宗教やけど。だからまあ、東京に住んでいて、神宮のビール目当てで野球を見始めた私にとって、スワローズばかり観るようになるのはとても自然なことだったのだけれど、それにしても、弱い。

「人生、負けることに慣れることは大事」と村上春樹も言っていたけれど、それにしても、弱い。まあ、弱い。

でもちょっと、人生が豊かになる

それでも、こんなに弱いチームでも、応援することで、私はまあほんとうに、楽しい夏を過ごすことができた。ちょっと大げさだけれど、人生が少し豊かになったような気がしている。

家族みんなで何かを応援する、家族みんなで共通の好きなものを持つ、という楽しさも知った。私たち夫婦は、基本的にバラバラの性格で、共通の趣味もなく、特定の支持政党がないとはいえ毎度選挙では投票する人は合わないし、見たいテレビもバラバラだ。それで特に不便を感じたこともなかったし、居心地が悪かったこともないけれど、それでも改めて共通の好きなものを持つと、それはそれでやっぱりすごく楽しい。みんなで同じ話を共有出来る、一緒に応援できる、というのは良いものだ。

家族だけじゃなくて、友人や同僚と観戦する楽しさも知った。忘れもしない7月26日の中日戦、その日私は大好きな会社の先輩たちと、私の家族と、一緒に神宮にいた。正式に発表にはなっていなかったけれど、居合わせた人たちにはもう会社を辞めることを話していて、少しずつ、寂しいなという気持ちが増えてきた時期。

野球の行方に、自分の人生を重ねるのはそれはまたそれでナンセンスだ。と、去年までの私は思っていたのだけれど、あの日、10-0で負けていたところから、ぐんぐんと同点に追いつき、最後に延長で逆転した時のこと、その瞬間、先輩と子供たちとオットとハイタッチしたこと。そして、それをどこかで俯瞰しながら、これから人生が変わってゆく、それでも、この人たちと過ごした時間は永久に不滅です、と、どこかの巨人軍みたいなことを思ったこと。それは私の中で何らかの感触を持って、「感覚」としてしっかり刻み込まれる。これはきっと、忘れることはないのだろうと思う。

人生は自分だけの思い通りにはならないけれど、でも。

そして、あれだけ私が嫌いだった、「自分以外の誰かや何かの勝負に一喜一憂する」ことが、すごく楽しい。人生は、思い通りになんてならない。どれだけ願っても、そしてどれだけ努力したとしても、それでも報われないこと、思い通りにいかないことが山のようにある。どうしても勝ちたい勝負で、負けることが必ずある。ドラマなら、映画なら、ここで必ず勝つのに、というところで、負けるのが、それが現実だ。

そんな当たり前のことを、今さら、野球から、スワローズから、学んだ気がする。そして自分以外の誰かに(しかもあほみたいに弱いチームに)勝負を託した時に、勝った時の喜びも。自分以外の誰かが、喜んでいるのを見て、心底嬉しいと思う気持ちも。

私はとうとう、つば九郎のブログを読んで泣く、というレベルにまできている。でもこれ、ほんとに泣ける。何度読んでも泣ける。ひらがななのに。

31→77えみふる。

ものっすごく弱いスワローズを、今年から好きになったけど、でも好きになってよかったと思う。(恋か。)負けても負けても、それでもなんかいつも、ちょっと心動かされたし、今シーズン最後の試合は、もう言葉通りの消化試合で、それでもあんなに勝ってほしいと思った試合はなくて、それでも勝てなくて、それなのになんか色々感動した試合も初めてだった。

それなりにいろんな経験をしてきて、結構いろんなことを知ってきたつもりでいたけど、なんというか、まだまだ知らないことは山のようにあるのだな、と思った。球場で飲むビールがこんなに美味しいことも、スポーツのドラマがこんなに胸を打つことも。

あまり他人に心乱されたくはない。さみしとか悲しいとか、そういった想いは、正直自分の身の回りだけで十分だ。だからあまり、家族以外の人や、仕事以外の物事に、振り回されたくはない。そう今でも思っている。だけど、自分の手の届かないところで起こる何かが、自分の心を揺さぶることがすごくある。自分が読む小説ではない。観る映画ではない。ただ誰かが必死に目の前のボールを追うドラマに、振り回されてみるのも、そんなに悪いことじゃない。

と、ここまでわかった風なことを書いてきましたが、なんで私がこんなにスワローズスワローズ言うことになっているかというとひとえに以下のリンクを見ていただきたい、単に根こそぎ持ってかれてるだけです、イケメンに。

#女子のハートを根こそぎグッチ

はーかっこい。つばみになりたい。

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