子育て

13年後の「母」像

ベビーカーを押すきれいなお母さんたちを見て気づいた

街中を歩いている、ベビーカーを押すきれいなお母さんたちを見ると、若いなあ、かわいいなあ、と思うようになってしまった。ベビーカーを押しながら歩いていた時期は、私にとって、ちょっとした昔のことになってしまっていることに気づかされる。いやほんの、2、3年前のことなはずなのだけれど。

でも7歳になる息子のベビーカーを押していたのは確かにもう5年以上前になるわけで、そうするとやっぱりそれは、「ちょっとした昔」のことなのだ。あの頃とさして何も変わっていない気がしていたけれど、そんなことはない、子どもたちだけじゃない、私だって結構変化してきている。(「成長」かどうかはわからないけれども「変化」であることは確かだ。20代から30代に変化してますし・・・)

会社で「働くお母さん・お父さん向けイベント」のような企画が立ち上がった。結構盛況で、私が最初に育休復帰した6年ほど前よりも、ずっと人々の意識も、社会の意識も高まっているのだなあと感じる。

けどそういうイベントの内容を見ているとふと、「あ、もう私はターゲットじゃないな」と思わされる場面がたくさんある。保活、幼児教育、病児保育、そしてベビーカーや抱っこ紐などのグッズ、登壇するタレントさんまで。うまく言えないのだけれど、あーそんなこともあったなあ。という感想が最初に浮かんでくる。そして、自分の興味関心は、もう別のところへ向いていることに気づかされる。

それはどういうことかというと、ベビーマーケットをターゲットとしたマーケティングというのは、次々と新規のお客さんを見つけていかなければならないのだなあということであり、そして母親自身の目線でいうと、つまりそういう時期は、本当に信じられないくらい一瞬で終わってしまうということなのだ。

ほんの2、3年前に興味を持っていたはずのことが、というか、ほぼ生活の、なんなら人生のすべてに思えていたようなことが、今ではすっかり過去のことになってしまっているというのは、まあよくあるようで、しかしこと子育て周りほど顕著なものはないようにも思う。

それは子育ての悩みに関してもそうで、離乳食を全く食べないとか(ほんとに息子は食べなかった)夜に寝ないとか、母乳飲みすぎなんじゃないのとか、いや待てもう全然思い出せないや、とにかくそんなレベルで、悩み事はほんの数ヶ月、下手すれば数週間単位で変化し、そしてすっかりと忘れていく。(忘れるのは単に私の特技だからかもしれませんが・・・)

子どもたちは、この手を離してゆく

で、私は最近ものすごく実感していることがある。この子たちは、間違いなく、本当に間違いなく、私から離れてゆく。こうして、日々イライラ叱っては叱ってしまったことを後悔し、はーちょっと一人にしてくれと思ったり、あとで聞くからちょっと待ってと思ったり、なんかそんな日々は多分驚くほど一瞬で、あと少しで、終わってしまう。

息子の反抗期とか、むすめの汗疹とか、PTAの煩わしさとか、習い事のバランスの悩みとか、なんかそんなすべてはきっと、息子が成人する頃、あと13年もすれば、いやそんなに経たなくてもきっと、あーそんなこともあったな、と思うか、もしくはもはや覚えてもいないようなことになっているのだろうと思う。そして、あの頃はいつも、両手に子どもたちがいたのだな、と、懐かしく思うのだろうと思う。まちがいなく子どもたちは、私の手を、私たち両親の手を、離してゆく。それが最近なんだかすごくわかるから、近頃はことあるごとに子どもたちに「ぎゅっとさせて!」と言ってはウザがられている。いーんだいーんだ。

そう、13年という月日は、きっとあっという間なのだろう。そして、13年という月日が経つ頃には、私は、自分の母が亡くなった歳になる。それはちょっと、ものすごいことだ。私の中の「母」像は、あと13年しか残されていない。その頃には子どもたちはもうすっかり、私の手を離してしまっているのだろうけれど。

今、子どもたちを叱りながら、悩みながら、それでもすぐ近くに子どもたちの手がある時間、それはすごく愛おしい。そして、これからの13年、子どもたちがぐんぐん大人になってゆく時間を見守るのも、きっと大変なのだろうけれども、そしてすぐ寂しくなって泣いちゃったりするのだろうけれど、楽しいだろうと思う。そしてその流れの中で、私は少しずつ、その先の、子どもたちが手を離した先の「母」像を、自分で作っていかなければいけない。やっぱりそれは、私にとっては大仕事だ。

だけど。と、思う。それは、母が生きていたとしてもそうなのだろうな、と。もしかしたら母がもういない分、私は私の「母」像を、自由に生きていけるということなのかもしれない。そもそも「母」像なんて、それは自分で、作り出していくものなのかもしれない。どんな自分でも、それは自分でしかないのだから。

自分たちのコップの水が、あふれるように

母が亡くなった時、今までいっぱいだったコップの水が、もうあふれることはないのだなあと、なんだか漠然と、そう思った。家族のしあわせ、みたいなものであふれていたこのコップの水は、もう満たされることはないのだろうなあ。と。

だけど、たまたま結婚して、たまたま子どもたちが生まれ、新しい家族ができて、新しいコップの水が、また少しずつたまってきた。そんな気がする。そしてそれは、その形は、これから私たちが自分で作ってゆくのだ。子どもたちが手を離すまでに、そして手を離した後も、たくさんの水を注いで、いっぱいにして、あふれさせてゆく。そしてその水は、きっと、私がいなくなった後も、子どもたちの新しいコップに、少しだけでも注がれると良い。

あの時、母が亡くなった時、もうあふれることはないだろうと思った水は、今また、満たされ始めた気がするから。それは母が残してくれたものであり、そして、自分で作り出してきたものなのだ。そうしてきっと、続いてゆくものなのだ。

少しずつ、少しずつ。儚いけれど、確実に。

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むすめ(4)、ビビディバビディブティックでエルサになる

むすめ、念願のエルサになる。

うちのエルサ・・・じゃなくてむすめ(4)が、念願のエルサになった。ディズニーランドで。

この夢の国には「ビビディバビディブティック」という夢のような施設があり、そこではこのむすめをエルサにしてくれるという夢のようなシステムがある。いやこれをシステムなどと夢のない言葉で片付けてはいけない。これがたとえ28,000円のシステムだとしてもこれはあくまでも夢である。

いやほんと、詳細はホームページを見ていただくとして、これは素晴らしいシステム・・・じゃなくて夢である。たとえ28,000円だとしても。朝8時、張り切りまくったよんさいじを、ディズニーランドホテル内にあるこのブティックに連れていく。するとかわいいお姉さんが出てきて、まずは「ごきげんよう(はーと)」のご挨拶の練習をさせてくれる。ここから28,000円・・・じゃなかった夢は始まるのである。

ご挨拶の練習が終わったらすぐに、お姉さんがたくさんのドレスから好きなものを選ばせてくれる。ちなみに予約時は「ベル!」と言っていたむすめが、当日になって頑なに「えるさ!!!」と主張し始める。よく考えるとそりゃあそうだ。なんせうちのむすめはえるさなのだ。(ご参考→ エルサ(4)の初恋 ならびに ルステーアーフェーちゃんとルッキーアーペーちゃん )むしろなぜベルに浮気した。

まあ気まぐれなプリンセスが当日になってプリンセスの鞍替えをしたとしても大丈夫。ここは夢の国なのだ。しかも28,000円を払っている。

そしてここで選んだドレスに、ブティック内で着替える。ついでに言うと、このドレスはレンタルではないのでそのままお家まで来て帰れる。つまり28,000円にはドレス代も含まれている。夢のよう。紛れもない現実だけれど。あ、あとプリンセスの靴も含まれている。黒・白・ピンクから選べて、むすめは白をチョイス。

エルサ、ヘアメイクをしてもらう

エルサのおよーふくに着替えたあとは、なんとヘアセットとメイクが待っている。いろんな髪型のパターンから選べて、むすめはもちろんえるさをチョイス。このブティックの素晴らしさはやっぱりこのヘアメイクにあると思う。ドレスはまあ正直トイザラスでも買えるわけだけれど、あの空気の中でドレスを選んだあと、キラッキラの鏡の前で、大人のヘアセットばりのしっかりしたセットをおねーさんがしてくれる。あれはもう、脳内プリンセスにはたまらない仕組みである。

しかもこの28,000円の夢のよくできているところは、ヘアメイクは、鏡を背にして、パパママの方を見ながらやってくれるところ。パパママ(28,000円をものともしない超絶親バカモード)は、我が子がプリンセスになってゆく姿を見届けながら、一方むすめは、自分がどんな姿になっているかは自分ではわからない。

H&Mで約400円で買ったつけ三つ編みとは比べものにならないレベルのエクステのようなものをつけてもらい、それを立派な三つ編みにし、キラキラの雪の結晶の形をしたヘアアクセまで散らしてもらい、軽くメイクもしてもらい、ついでにネイルまで!つけてもらい、もうむすめの心の中はテンションマックスである。であってほしい。お願いだからそうであって、だって28,000円・・(もういい)

そして最後のヘアセットの仕上げをしてもらった後、キラキラのスティックを持ったおねーさんが、とどめの魔法をかけてくれる。魔法すなわち、「ビビディバビディブー!」の魔法の言葉。なんとよくできたシステム・・・じゃなくて夢。

パパもママも息子もむすめに向かって一緒に魔法をかける。「ビビディバビディブー!」もうこの時の親のニヤニヤっぷりといったらすごい。

お姉さんがくるっと椅子を回す。そこでむすめは初めて、エルサになった自分の姿を鏡で見ることができる。これを魔法と言わずしてなんという。もうよくわかった、魔法には28,000円が必要なのだ。それが資本主義における魔法だ。

母、28,000円の重みを知る

エルサになったむすめは、なんかよくわからないけれども女子の心をつかみまくるお花がついたペンで、「プリンセス認定証」にサインをする。サインなんかできるわけないのだけれど、必死にサインする姿とかあほかわいすぎて、延々と動画を撮ってしまう。そこには、延々とただサインもどきをする姿が1分以上映っているわけだけれども何度見てもにやける。

こうして、晴れてエルサになったむすめと、1日中ディズニーランドで遊びまくれるというこのシステムじゃなくて夢。素晴らしい。ほんとに信じられないくらい一日中テンション高くて、ドレスを着て歌いおどってパーク中を移動していた。だってエルサだもんね。

脳内プリンセスのお子様を持つみなさまにはお勧めのシステム・・・夢です。

ただしテンションマックスで帰ってきたむすめに、「つぎはねー、ラプンツェルがいい!またこんどディズニーランドいって、ラプンツェルになろーね!!!!」と、きらきら言われるというおまけつき。わたしたちはその瞬間、本当の28,000円の重みを知ることとなる。

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小学一年生、いつまでランドセルの中身を確認する?

また私のズボラが露呈する

このあいだ、息子の小学校のお母さんたちと集まる機会があり、その時に「いつまで子供のランドセルの中身(必要なものがちゃんと入っているか)、いちいちチェックしなきゃいけないのかな?という話になった。

そこで私は初めて知った。

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5月、子どもたちに励まされる

ヘトヘト5月、息子がいいこと言う。

なんと5月も終わり、もう6月。5月病とはよく言ったもので、四月の疲れや緊張はやはり、ここに来てじわじわ効いてくるものらしい。

子どもはいたって元気で環境にも適応しているけれど、かあさんはもろもろヘトヘト。仕事も小学校周りの行事もヘトヘト。そしてそういう時に限って、しょーもないミスをしたり、なんだかうまくいかないことが重なったりで、うーむなんか今日は色々しっくりいかったなあ、という日が続いたりした。

そういう時、私はとにかく子どもたちにそれを話す。ママなんか今日は元気ないわーとか、仕事でこういうことあってさーおつかれです。とか。なんだって話すと楽になったりするじゃないですか。母さんだって人間なので、子どもたちに弱音も吐きまくる。

そうしたら、普段はすぐ口答えする息子が言ってくれた。

「あのねママ、今日はいやなことばっかりあるなーって思っちゃったら、どんどんいやなことが増えていくんだって。何してても、いやだなーって思っちゃうんだって。そういうのガンって言うんだって。だからね、今日はいいこといっぱいあるなーって思った方がいいんだよ!」と。なんかいいこと風のことを言う。

そして、こう続けてくれた。

「あのねぼく、おっきいばあばがお空にいっちゃってすごく悲しくてね、思い出して泣きたくなっちゃうんだけどね、でも校庭で野球したりバスケしたり、いっぱい遊んだら、元気になるんだよ!」と。なんか泣けることを言う。

ほんとだなあと思って。「何かうまくいかないなあ」というのは、あくまでも自分の心持ちなわけで、「いい一日だったなあ」と思うのも、「うまくいかなかったなあ」と思うのも、自分なのだ。まあそうは言っても、しんどい時に無理に笑うとか、空元気でいろとか、そういうことでは全然なくて、つかれてるなあ私、ときちんと認めてあげながら、でもなあこういうところはがんばったよなーとか、こういういいことはあったよなあとか、良き面にも目を向けてあげようとすることって、ほんとに大切かもしれない、と思いました。

仕事で嫌なことがあっても、子どもたちを見てたらかわいくて癒されてまあいいか、と思うことは今までも結構あったけれど、子どもの言葉に本当にちゃんと励まされたというのは、なんだか成長を感じた瞬間であった。

そして息子のかわいいお友達にも励まされる。

しかしまあ色々あるもので、しっくりこない日と、今日はうまくいった!みたいな日が交互に訪れる、みたいなのが5月の1か月だったように思う。それはそれでまあほんと疲れるもので、(どんだけだ。)クタクタになりながら、お迎え前の一瞬の時間でスーパーで晩ご飯のお買い物をしていた時。「Kくんママ!」と、呼ぶ声が聞こえた。振り向くと、息子と保育園が同じだった、かわいいかわいい(まじで美人)女の子。小学校は離れてしまったので、ちょっと久々に会ったのだけれど、あいかわずかわいくて、にこにこしていて、いつものにこにこ笑顔のままこっちを向いて手を振ってくれていた。

「Kちゃん!久しぶり!あれ、一人?」って聞くと、「ううん、ママ今スーパーでお買い物してるからここで待ってるの!」って答えてくれて、「そっかそっか!息子君にもKちゃんに会ったって言っとくね!」っていうと、「うん!」と嬉しそうに答えてくれた。

息子も、私も、大好きだった園の、大好きな、お友達。息子がいないところで、私に気づいて、私に向かってKくんママ!って声をかけてくれた。私はもしかしたらこの街で、小さなかわいいお友達もたくさんできたのかもしれないな。って思うと、なんだかすごく嬉しかった。

朝、保育園にむすめを送りとどけて、駅に向かう途中、いろんな人とすれ違って挨拶をする。保育園の先生たちや、近所のママたちや、息子の友達や、むすめの友達のママ。とにかくたくさんの人と、おはよう!っていい合う。都心のこの街で、こんなコミュニケーションが取れるのは、それはすごく、豊かなことだなと思う。子どもたちは私に、こういういろんなつながりを作ってくれたんだなと改めて思う。

働いているママがほとんどだから、なかなか毎日ゆっくり話せるというわけじゃない。仕事の悩みを深く相談するわけでもない。だけど、同じくらいの子どもを育てて、日々慌ただしく過ごして、新生活の4月と5月を乗り切って、それでおはよう、おつかれさま、と言い合えるのは、なんだかそれだけで、ちょっとした励みになる。みんな色々あったよね、けど頑張ったよねおつかれさま、と。

それはママたちだけじゃなくて、息子の友達だってそうなんだ。小学生になって少しずつ手が離れて行き、一人で行動することも増えてきた子どもたち。ママと一緒じゃない時、私も息子と一緒じゃない時に、息子の友達に会うと、なんか、あーこの子たちも大きくなったな、と思う。気をつけて行っておいで、とか、おつかれさま、とか声をかけながら、妙にじーんとしてしまう。みんなおっきくなったな。そして、息子やママを通じなくても、私と会話してくれるんだな。そういう関係を結んでこられたんだな、嬉しいな。そしてみんな新しい場所で、頑張ってるな、うん、がんばれがんばれ。と、しみじみ思う。

それで、思う。こうして知らず知らずに励みになってくれる子どもたちは、それは自分の子に限らず、この街で出会った子どもたちは、もう立派な個人なのだな、と。それは生まれた時からなのだけれど、それにしてもやっぱりこれくらいになるとぐんと、個性を持った、素晴らしい個人なのだ、と、改めて思う。大人の方が、偉いとか、知識があるとか、そんなこともう全然ないな、と。

ちゃんと向き合って、尊重して、会話していこうと改めて思う。田舎で育った私が見つけた、新しい、大切な場所で育つ、大切な子供達と。地域って、やっぱりいいものだ。

 

6歳児と歌舞伎を観に行ってみた

ひょんなことから息子がカブキの優待券をもらってきて、カブキをみにいきたい!と、言い出した。

「解説講座つきプラン」がとてもいい。

息子は映画ですら怖くて見られなくて、トイストーリーですら「もう観ない・・・」と言い出すというのに。絶対カブキがなんぞやなどわかっていない。けれども、せっかく「いきたい!」と言い出したのだから、ここは折角だからちょっと観に行ってみよう。と、いうことになった。

とはいえ、私が歌舞伎を観たのは、女子高生時代に学校行事で1回と(と、思い出しながら思ったのだけれど、あれは歌舞伎じゃなくて能と狂言だった気がするし少なくともその区別がつかないくらいには全く興味がなかった。)、新入社員の頃ものすごく歌舞伎好きの上司に連れられて行ったのが1回。それ以来もう、10年以上観ていない。もちろん知識も何も皆無。古典芸能とかもう、遠い世界すぎる。

いろいろ調べてみると、明治座の花形歌舞伎は6歳から有料で、5歳以下は入場できないとのこと。息子はギリギリ行けるというわけですね。(だから優待券もらってきたのだと思うけれど。)

でもなあ6歳児が急に行って楽しめるもんでも正直ないよなあ、絶対怖がるし。。。どうしたもんかなー、と、思っていたら見つけたのが、明治座の「歌舞伎解説講座つきプラン」というもの。通常大人向けのプランなのですが、1日だけ、対象を小学生とその保護者にしている日があったのです。しかもそのプランなら、小学生は1等席が解説もついて5000円!(通常1等席は13000円)もうこれしかないということで速攻で明治座に電話して予約をしました。(もはや講座つき云々より5000円に惹かれて。)

講座を聞いてすっかり八犬士にはまった息子が、八犬士の漢字練習に励んでいた。

この小学生向けの歌舞伎解説講座が、ものすごーーーーーくわかりやすくてよかった。イヤホンガイドの声を担当しているお姉さんが、その日の演目である「里見八犬伝」について、作者の人となりから始まり(里見八犬伝の作者は「滝沢馬琴」って習った記憶があるのに今は「曲亭馬琴」って教えているそーです。誰かと思った。)大まかなあらすじや、見どころ、そしてなぜそれが見どころなのか、「だんまり」とか「立廻り」とか、歌舞伎ならではの面白さや奥深さも交えながらすごくわかりやすく教えてくれた。小学生でもわかるように説明してくれたので、もちろん10年ぶりに歌舞伎を観る母さんにとってもありがたかった。

1時間弱ほど、講義を聞いて、いざ会場へ。1等席というのがこれまた素晴らしくて、舞台目の前の席、どまんなかで贅沢に観ることができました。やっぱりこういうものは、高いことには意味があるものですね。3000円の三等席でいいよ。。と、思っていたけれど、一等席の価値はものすごくよくわかった。

イヤホンガイドもすごくいい。

そして、なんせイヤホンガイドの声のお姉さんの講座だったのでイヤホンガイドを勧められたわけですが(700円)、これもまた本当によくできていた。決して邪魔にならないタイミングと声で、すごくわかりやすくその場面を説明してくれる。解説講座とイヤホンガイドのおかげで、歌舞伎をきちんとストーリーとして楽しむことができた。あれがなければ「お話」自体を理解することはなかなか難しかったと思う。私も息子も。

そして歌舞伎というのはほんとに見どころというか見せ場に溢れるもので、というか見せ場がすごくわかりやすくて、役者さんたちがビシ!っと決める時に、ほんとに自然に拍手してしまう。変な話だけれど、もしスマホで撮影可とかなら、このご時世みんなバシバシ撮ってしまうと思う。いやありえないけれども例えとして。そういう、誰にでもわかりやすい「見せ場」が、たくさんあって見ごたえがある。そしてやっぱり、所作に無駄がなくて美しい。独特な世界だと思うけれども、やっぱりそういうところで鍛えている人たちの動きというのものすごく洗練されていてすっかり魅了されてしまった。

今回の舞台は、化け猫が出てきたり幽霊が出てきたり生首が飛んだり(!)、結構怖い場面もたくさんあって、何と言ってもトイストーリーですら怖い、なんならアンパンマンの映画すら怖いという息子は途中心が折れ、「これいつ終わるの・・・もう帰ろう・・・」と、言い出しました。せっかくだから最後まで観たいけれど、無理に見せるのもなあ、しかし私は最後まで観たい・・・パパに迎えに来てもらおうか・・・とか色々考えていたのだけれど、1回目の休憩時間に、売店でいっぱい試食して美味しいカレー豆を買って、アイスも買って食べたところ、すっかりご機嫌になり、「これからチューバンで、またきゅうけいして、その後後半でしょ?それなら観れる!」と言い出したので、しめしめと結局最後まで二人で観ました。

そして休憩時間までもいい。

この休憩(30分)がまた楽しくて、母さんはビールを頼んで(なんかグラスの下からビールが出てくる不思議な仕組みであった。すごかった。)息子はアイスを食べて、あそこ面白かったねとか、イヤホンガイドのおねーさんが教えてくれた「だんまり」はあの場面だったね、とか、ところで中村隼人はかっこ良すぎないかとか、そういう話をしながらビールを飲んでいると、なんだこれはデートですか、みたいな感じで大変にわくわくしました。今観たものを、二人でじっくり共有できるっていうのは、これは成長したからこそで、うれしいなあ、こういう時間も持てるようになったのだなあと、しみじみ思った。

2回目の休憩では、劇場内の喫茶店で明治座特性という和風サンドイッチなるものを食べました。キュウリ、かまぼこ、海苔、チーズの挟まったサンドイッチで、これがなかなかおいしかった。薄く切ったかまぼこと海苔の組み合わせ、キュウリの歯ごたえ、そこにいい味を出してくるチーズ。家でも作ろう、これ。

第3幕はさすがの見せ場だらけで、愛之助さんもすっかり私が魅了された中村隼人もとにかくかっこよかった。歌舞伎がこんなにかっこいいとは思わなんだ。訓練され、洗練された美というのはすごいですね。胸を打つ。

そんなこんなであっという間の四時間。今回二人で楽しめたのは、詳しい人の講座を聞いて、イヤホンガイドをつけて、観劇したというところがやっぱり大きいと思う。この歳になって、そして母になって改めて、わからないものはわからないと言うとか、詳しい人に教えてもらうとか、当たり前だけどその大切さを改めて知ったような気がする。歌舞伎も里見八犬伝も全然知らないけど、ということを自分でちゃんとわかった上で行ったからこそ楽しめたのかもなあと思う。いや本当に当たり前なのだけれど、「わからない」「知らない」ということを知る、というのは、実は少しの抵抗があるものかもしれないから。

だから全然わからない人向けに、イヤホンガイドなるものを準備してくれたことも、小学生にも観てもらおう、と工夫をしてくれたことも、なんか歌舞伎界ありがとう、と、思った。イヤホンガイドなんて、小学生なんて、邪道だ。と、切り捨てるのではなく、古典芸能の間口を広げようとするのはやっぱり素晴らしいことだと思います。ありがとう歌舞伎界。

というわけで本当にすっかり歌舞伎の魅力にはまって帰ってきました。息子と二人で観られた、というのが本当によかった。かなりオススメです、子供と歌舞伎。そして息子にまた今度一緒にいこーね♡と、言ったところ、「えー、来年くらいね。」と、クールに返されました。来年か・・・

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エルサ(4)の初恋

我が家のよんさい(晴れて誕生日を迎え、アラフォーからよんさいに格上げになった)の脳内は、プリンセスでできている。日々、エルサの特訓に余念がない。(写真は脳内プリンセスになっているミドサーというわけではない。)

たんぽぽぐみのおにいちゃん

この間、急にものすごくしおらしく「あのねまま・・・たんぽぽぐみ(年長クラス)のおにーちゃんがね、むすめちゃん(自分)のこと、すきなんだって・・・♡」と、言ってきた。

きたぞこれはきたぞ青春か!青春なのか!わたしはとうとう、「むすめに恋バナをされる母」というフェーズにまで来たのか!と、ちょっと感動した。やはりこう憧れるものがありますよね、「むすめに恋バナをされる母」。ついでに言うと、これパパには内緒にしとくね♡とかなんとか言いながら、パパにこっそり言う、というのもデフォルトで付いてくる。むすめに恋バナをされる母像というものは。

とうとう来たなあ、私の母レベルもここまで来たなあと思いながら、「あらやだ♡それはむすめちゃん、その男の子に好きって言われたの?告白されちゃった?♡」と、聞くと。

「ううん・・・♡ちがうよ♡」と、くねくねしながらエルサ(4)は答えた。

「じゃあ何、誰かが言ってたの?たんぽぽぐみのなんとか君がむすめちゃんのこと好きだよーとか?」と、聞くと、

「えー♡もうちがうよおおおおお♡」と、うねうねしながらエルサ(4)は答えた。もちろんH&Mで買ったエルサのつけ三つ編みをつけながら。

四歳というのは、語彙量も増え、言い間違いも減り始め、コミュニケーションが非常に取りやすくなる年齢ではあるが、そうはいっても四歳。たまに、いやまあ結構な頻度で、会話がかみ合わない。という現象が発生する。

そうかやはり「むすめに恋バナをされる母」フェーズに達するにはもう少しコミュニケーション能力を高めねばならぬか・・・と、思いながら、「えーっとじゃあむすめちゃんはその男の子になんて言われたのかな?」と、聞いたところ。

ものすごーーーーーーーく小さな声でエルサ(4)はささやいた。

「あのね、むすめちゃんのおなまえをよんでね、むすめちゃんばいばいっていってくれたの・・・♡」

斬新である。

つまりこのエルサ(4)は、自分の名前を呼んでばいばいと手を振ってくれる男の子イコール自分のことが好きなのだという認識を持っている。すごすぎる。しかもこのエルサ(4)は続けてこう言う。

「だからね、むすめちゃんもそのおにいちゃんのことすきになっちゃった・・・♡」

衝撃である。

この目の前のエルサ(4)は、自分の名前を呼んでばいばいと手を振ってくれる男の子イコール自分のことが好きなのだという認識を持ち、同時に、自分のことを好きになってくれる男の子のことはもれなく好きになってしまうのだ。さすが。さすが氷の女王である。

恋のキオク

それ以降、私はエルサ(4)に、しきりに、れんらっちょー(連絡帳)にあのおにいちゃんのおなまえはなんですかってかいて!せんせーにきいて!と、せがまれる。自分で聞けや。と、思いながらもエルサ(4)に甘いお母さんはことの顛末を全て記した上でれんらっちょーに書いた。むすめに手を振ってくれたたんぽぽ組のおにいちゃんのお名前はわかりますでしょうか・・・。と。わかるわけがない。

子育てをしていると、自分がこどもの頃に楽しかったことを、もう一度繰り返しているような気がして、得したような気分になることがある。サンタさんを待つワクワクした気持ち、初めてお友達ができた時の気持ち。

そして、きっと初恋の気持ちなんかも子どもたちを通して思い出したりなんかしちゃって楽しくなっちゃったりなんか絶対にするんだろうなー♡と、思っていた。

しかし現実はそうは簡単にいくものではなく、脳内プリンセスのむすめのぶっとんだ恋愛観と対峙することも避けられない。まあ自分の過去の恋を思い出してみてもそんなこう懐かしくてキャハキャハ言えるようなものばかりではないよな、とか遠い目になってしまうことも避けられない。

ただ、うっとりしながらなまえもわからないおにいちゃんのお話をしてくれるその姿は、やはりまぁ、恋するオトメそのものなのである。これを初恋と呼ばずしてなんと呼ぶ。すごいぞ、よんさい。がんばれ、よんさい。

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「とはいえ」の前に大切なこと

走るときに考えることについて私の考えること ©村上春樹

1月末のハワイで思いついて走り始めて、2か月半ばかり。週に一度か二度、といったくらいですが走っています。

走り始める前は、走ったら悩みも吹っ飛ぶんじゃないかとか、仕事の企画のアイデアがめっちゃ浮かぶんじゃないかとか、煩悩が消えるんじゃないかとか、なんとなくある種の悟りを開けるんじゃないかという期待があった。

が。しかし。

現実は全くもってそんなに甘くはない。

走っている時に考えていることというと、まあ、「しんどい。」これ一言に過ぎる。あと、「今日は本当に途中でやめよう。」とか、「てゆーかなんで走ってるんやろうわたし。」とか。あと自転車に抜かされた時の言いようのない無気力感とか。私がへなちょこだからなんですけど、まあ、だいたいしんどい。と、思っている。

ただ、ここのところだいたい10キロを目標に走ることが数回あって(数回ですけど。)なんせへなちょこなので、10キロでだいたい1時間くらいかかるわけです。そうすると、1時間もずっと「しんどい」と考え続けるのも身体が飽きるらしく、途中、急に頭がすっきりするというか、まあ空っぽになるというか、結構頭の中の見通しが良くなる感じがする時間が、やってくる。

まあだからといって仕事の企画のアイデアはさっぱり浮かびませんが、というか複雑な思考は全くもって出来ず、逆にものすごく物事をシンプルに考えるようになり、というかシンプルにしか考えられないわけですが、とにかくそういう時に、前から走ってくるおっちゃんとかを見ると、「この人も昔はお母さんのおなかの中にいて、すごくしあわせな気持ちで迎えられたのだろうなあ。」みたいなことを、考えるようになる。

これ、思い返してみると妊娠中にもよく思うんですよね。「あのいやーーーーな上司も、それでも昔はお母さんのおなかにいて、こうして待ち望まれて生まれてきたのだろうなあ。」とか。あれは妊娠中の脳内がお花畑になっていたからそう感じたのかと思っていたけれど、案外思考がシンプルになると同じことを思うらしい。

そして同時に、「あーーーー子どもたちが今日も笑って元気に生きている、それだけでしあわせだなあ。」と、本気で思う。あの子たちが生きているだけで、ほんとにしあわせだ。と。

これも、妊娠中に何度もなんども思ったこと。検診のたびに、あーよかった、今日も心臓が動いている。今日も少し、大きくなっている。今日もお腹の中で育ってくれている。もう、この子が生まれてきてくれるだけで、それだけでいい。他には何も望まない。元気に生まれてきてくれること、それだけでいい。と。

「とはいえ」とつい口にしてしまうけれど

それでも、実際に本当に元気に生まれてきてくれて、そしてすくすく元気に育ってくれると、それはそれでいろんな悩みが出てきて、ハイハイするのが遅いんじゃないかとか、歩くのが遅いんじゃないかとか、なかなか10まで数えられないとか、文字をなかなか覚えられないとか、絵が苦手なんじゃないかとか、運動が得意じゃないとか、お友達とケンカばかりするとか、全然親の言うことを聞かないとか、勉強が苦手だとか、人によってはいい幼稚園に行けなかったとか、受験がうまくいかなかっただとか、とにかく色んなことが出てくる。「生まれてきてくれるだけで、元気に笑ってくれるだけでいい。」と思った気持ちを、つい忘れそうになる。

でもそれは、忘れてるんじゃなくて、そういうものなんだ、と、思いながら、多くの人が過ごしている気がする。私だってそうだ。「とはいえ」、現実の生活が始まるわけで、そんな生まれてきてくれてありがとうという気持ちだけでこのあわただしい子育ての日々を乗り越えられるわけがないじゃないかと。そんな風に思いながら、現実の子育てと向き合ってきた気がする。

でも、走りながら、「しんどい」と考えることにすら飽きて、ものすごくシンプルにしか物事を考えられなくなった状態で、私は思った。いや、「生まれてきてくれるだけでいい。」「元気に笑ってくれるだけでいい。」という気持ちは、それはきれいごとでも絵空事でもなんでもないな。と。それは、紛れもない真実だ。それが、何より一番大切なことだ。と。

いや、そんなの、当たり前なのだけれど。当たり前だけれど、何というかそれを、身体で理解した、気がした。

大人になると、そして社会人になると、つい、「とはいえ」という言葉を使いがちになる。そんなきれいごとばかり言っていられないよ、現実を見なきゃだめだよ、という自分へのある種の戒めになのか、あるいは言い訳なのか、照れ隠しなのか。ちゃんと現実を知っていますよ、「とはいえ」、そんな夢ばかり見ていられないのもわかりますよ、と、誰かに、そして自分に言い聞かせるために。

でも、本当に大切なのは、というか、自分の本心は、「とはいえ」の前にあるんじゃないのかなあと、その時私は思った。しんどいを通り越したシンプルな思考の中で。

本当は、「とはいえ」の後ろに続く現実的な言葉じゃなくて、その前の段階に、大切なことはちゃんとあるのだ。

あの時、まだ手も足もないような小さな胎芽を始めてみた時、いつしか大きくなったお腹をそっとなでながらゆっくり歩いた時、「この子が無事に生まれてきてくれるだけでいい。それだけでいい。」と思った気持ちは、それは、きれいごとでもなんでもなかったはずだ。それは、どんな人だって、きっと同じだ。そしてそれは、この世で多分、一番シンプルで、そして大切な真実だ。

とはいえ、子供はいつか立派な大人にならなきゃいけないとか、とはいえ、親は子供をちゃんと教育しなきゃいけないとか、とはいえ、学歴はあった方がいいとか、「とはいえ」は山のように思い浮かぶけれど、でもそのどれも「この子が無事に生まれてきてくれるだけでいい」と思った気持ちにはかなわない。だって、「この子が無事に生まれてきてくれ」なければ、そのどれも、かなわなかったのだから。

欲張りであることは大切かもしれないけれど、でも、一番大切なことは、すごくシンプルだ。そしてそれは、ものすごく簡単なはずなのに、日々の生活でいとも簡単に忘れてしまえるようなことだ。

生きてくれているだけでうれしい。生まれてきてくれて、生きていてくれて、本当にありがとう。それを、ちゃんと子どもたちに伝えていきたい。それを、ちゃんと自分の根っこに忘れずおいておきたい。

と、走りながら今日も私は思うのだ。とはいえ、やっぱり走るのはしんどい。今日は5キロで止めておこうか。と思いながら。

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ルステーアーフェーちゃんとルッキーアーペーちゃん

我が家のアラフォー(アラウンド4歳)の脳内は、プリンセスでできている。H&Mでエルサのつけ三つ編みなるものを手に入れてたので(信じられないですが本当に売っている。)それをつけて完全にプリンセスになりきっている。(写真はプリンセスになりきっているミドサーというわけではない。)

「わ」の新しい使い方

この時、私は「エルサのお母さん」と呼ばれる。半オクターブ高い声で「エルサのお母さん、早くしてわ♡」と言われる。この語尾の「わ」は、もちろん「そうですわ」などと使う時の「わ」なわけですが、五段活用的なものがまったく機能しておらず、なんでもかんでも勝手に「わ」をつけている。新しい日本語である。

で、「エルサのお母さん」などと呼びかけられても、こちらはもちろんそんな心持ちで日々生きているわけではなく、いたって普通の主婦として家事を渋々こなしているだけであり、反応がすこぶる悪い。「エルサのお母さん♡・・・エルサのお母さん!」と、後半ややキレられ気味に呼ばれてやっと、「あ、何わたしのこと!?あ、はいはいどうも、エルサのお母さんですこんにちは。」みたいなことを言うと、「もっとやさしく言ってわ、エルサのお母さん♡」と言われる。もちろん「わ」の使い方はここでも新しい。

エルサのお母さんの反応が鈍すぎるため、そのうちアラフォー(アラウンド4歳)のエルサは諦めてまた一人プリンセスごっこに戻って行く。この日常にやや慣れてしまって、むすめがどんなプリンセスになりきろうと最近はスルーしてしまっておりましたが、今日思い立ってちょっと観察してみることにした。

そうすると出て来た登場人物が、タイトルにある「ルステーアーフェーちゃん」と「ルッキーアーペーちゃん」だったのである。聞き間違いではない。これは一回では絶対に覚えられないと思い、むすめにプリンセスの中断を求め、再度一文字一文字確認してevernoteにそのままメモしたので間違いない。プリンセスのお友達はルステーアーフェーちゃんとルッキーアーペーちゃんである。

アラフォー(アラウンド4歳)はプリンセスだ。プリンセスであるからには、舞台は日本ではない。どこか遠くの外国である。そしてむすめにとっての外国人の名前は、ルステーアーフェーちゃんとルッキーアーペーちゃんなのわ。(「わ」の新しい使い方。)

それを想像力と呼ぶのかどうかは甚だ疑問だが、とりあえず大真面目にその名前をつけるアラフォー(アラウンド4歳)のセンスときたらぶっ飛んでいる。そしてそこまで想像力的なものを駆使してしてプリンセスになりきるアラフォーの女子力ときたらどこで身につけたのだろうかと疑問に思う。オットはこんなむすめを見て、「一体誰に似たんだろう・・・まいも小さい頃こんなだったの?」と聞いてくるので、「そんなわけないやん・・・こんな女子力高くなかったよ・・・」と答え、「だよねー。そりゃーだよねー」と、オットが返す、というやりとりを過去結構何度も繰り返している。

むすめの女子力とは・・・

「うちのむすめの女子力は誰に似たのだろう。」と、いうのは、結構よく聞くセリフであーる。私もよく言っている。

が。しかし。

よくよくよくよく思い出してみてほしい。いや、私は思い出してみた。記憶の片隅の片隅、「おひめさまごっこ」にいそしむ自分の姿を・・・。

いや・・・やってたわ・・・。

目の前の脳内プリンセスのアラフォーを見ていると、自分にこんな時期は断じてなかったと全力で否定したくなりますが、いやまあちょっとくらいは・・・あったような・・・気がする・・・。

エルサもアリエルもベルもソフィアもオーロラ姫もその頃はいなかったので(おとぎ話の中にはいてもそれはディズニープリンセスではなかったので)プリンセスになりきっているわけではなかったけれど、おひめさまには充分なりきっていた、多分。30年近く記憶の彼方に追いやられていたけれど、あったのだ、多分。ルステーアーフェーちゃんとルッキーアーペーちゃん(予測変換で出るようになった)がお友達だった時代が。私にも。いや正直に言うとわからなくもないのだ、その謎の名付けをしてしまう脳内メカニズムが。

子育てをしていると、自分が子供だった頃の楽しみを、もう一度楽しませてもらっているような感覚になることがよくある。サンタさんからのプレゼントを子供たちが見つけた瞬間とか、自分もすごくワクワクする。これって最高だ、なんだか得した気分だ、と、思っていたのだけれど。

子育てをしていると、過去の脳内おひめさまの記憶まで急に蘇るということがよくわかった4月の始め。いらん記憶まで引っ張りださないよう最大限の注意を払いたい所存なのわ。(「わ」の新しい使い方。)

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お別れ続きの三月に思う

ただひたすらに涙を流した三月が終わりました。もう泣きすぎてぐったり。もうしばらく三月はごめんだ、すまん三月、というくらい、ちょっと三月恐怖症になっています。だってもう色々せつなすぎる、身体がもたん。

三人分の三月にほとほと疲れている

わたしはどちらかというとごく個人的な人間で、オットや友達からはいつも、他人に興味がなさすぎ、と、笑われる。例えば昨日会った人が着てた服とかはまったく思い出せないし(それがどんなに仲の良い友達であっても)、誰かが髪を切っても気の利かないカレシ並みにまったく気づかない。なんならオットがヒゲを剃っても気づかない。やばい、これは人間として欠陥がある。いやそれはずっとわかっていたけれども。

そして私は基本的には出会った人とは皆いつか必ず別れが来るということを、ものすごくわかっている人間であると、自分で思っていた。何事にも終わりがあって、永遠に続くものなんて一つもないことを、きちんと知っていると、思っていた。

それなのに、こんなに苦しくなったのはもう何年ぶりだろうというくらいに押しつぶされそうになった、三月に。お別れ続きのこの一ヶ月に。私はいつからこんなにセンチメンタルな人間になってしまったのだ。こんなの思春期以来なんじゃないか。何歳なんだ私は。ぶつぶつ。

思うに、息子が生まれ、むすめが生まれ、否が応でも人間関係もそして世界そのものも、ぐんぐんと広がっていった。なんといってもごく個人的な人間で、欠陥だらけの私でも、それでもたくさんの出会いを繰り返してきた。今までは、私一人の世界で、友達ができて、あるいは恋人ができて、そして出会って別れてきたわけだけれども、子供が二人生まれてきたことで、子供たちを合わせた三人分の世界を、その人間関係を、なんだか生きてきたような気がする。

三人分の世界があって、そしてそれぞれに、人とも、場所ともお別れがある。これは実は私の33年間の人生の中で初めてのことなのだ、きっと。そして多分今は、この三人分が、まだまだとても濃い時期なのだ。子供達はまだ自立していないし、私は母となってまだ七年弱しか経っていない。そしてこの子供達が自立していない時期というのは、親だって自分一人では到底生き抜くことができない。だから子供達に深く深く関わってくれた人というのは、同時に私にも深く深く関わってくれた人たちなのだ。それが並列で三列に並んでいて、それぞれに三月の別れがあって、もう体が持たないくらいにぐったりと疲れている、三月に。

保育士さんとのお別れに学ぶ

むすめが0歳児クラスの時からずっと見てくれていた保育士さんが、退職することになった。むすめのクラスに配属になった時は多分まだ新任だったとても若い先生で、最初は若いしもの静かだし、少し頼りなく見えたのだけれど、しばらく経つと全然そんなことはないことがわかってきて、とても芯のしっかりした先生だなと感心することしきりだった。三年経った今、子供達が一番大好きな、とてもとても信頼できる先生になってくれた。

その先生が、「ずっとやりたいことがあった」と言って園を辞めることになった。なんといっても三月に疲れてきっていた私は、はあまたお別れだ、と、凹んだ。そして、仕方がないことだけれども、保育士の他に「ずっとやりたいこと」があったんだなあと思って、少なからずショックを受けた。こんなにいい先生だけれど、やっぱり保育士っていうのは辛いものなのかなあ。私たちはこんなに先生たちに頼りきってしまっているけれど、やっぱりやめたくなってしまう職業なのかなあ。と、思った。

そしてその先生に、次の職業って何ですか。と、聞くと、先生がものすごく恥ずかしそうに、答えてくれた。

「乳児院で働くんです。」と。

何といっても三月に疲れ切っていた私は、ここでまた、泣いた。それは仕方ない。止められない。いやどんな道だって止める権利はもちろん私にはないけれど、でもこれは、何も引き止められない。というか、お願いします。としか、言えない。と、思った。

子育てはすごく大変だ。というか、大変な一面ももちろんある。それでも、私たちは、そしてこの園に通う子供たちは、そうはいってもとても恵まれている。帰るお家があって、誰かしら、親となる人の愛情をそのお家で受けられる。

でも、園の子どもたちを見ていると、子どもはみんな、同じだけの愛情を受けられるべきだと、いつも思う。本来子どもたちはみんな、等しく大人の愛情を受けられるべきだ、絶対に。そして世の中には、毎日帰ることのできるお家のない赤ちゃんや子どもたちが、いるのだ。この日本にも。けれどもその子どもたちも、大人の愛情は、誰しも等しく受けられるべきだと思う。だって子どもは本当に、誰しも未来の希望だから。それは疑う余地なくそうだから。

と、そうは思っても、行動できないのが大半の大人だ。私含めて。でも目の前のこの若い若い先生は、「ずっとやりたかったこと」を、ちゃんと行動に移した。この世知辛い世の中で、自分にできることを、きちんと決断した。

この若い先生の愛情を、今度は、この園の恵まれた子供たちだけではなくて、乳児院の子供たちに、たくさんたくさん注いであげてほしいなと、心から思った。きっとそこには、この先生の愛情を本当に必要にしている子供たちが、たくさんいるから。

そう思って、それを伝えたくて、なんとか言葉にしたかったけれど、その先生より10歳以上歳上の私は、情けないくらいにうまく伝えられなくて、しくしく泣いていた。まったくもう。情けないにもほどがある。

一つ一つの別れはなんだか本当に辛いけれど、三月にはこんなに疲れてしまうけれど、でもそこには、きっと一人一人の小さな決意や、小さな勇気があるはずだ。そして、そこには、少しの成長があるはずだ。お別れの辛さは、きっと未来の何かにつながっていると、そういえば思春期の頃私は学んだような気がするけど、33にもなってそれをまた思い出した。つまり情けないにもほどがある。

三月にはほとほと疲れたけれど、なんだかたくさんのことに、気付かされたし、大切なことを、思い出したような気もする。同じように三月にほとほと疲れた人たちのいろんなお別れが、未来の何かにつながっていきますように。

と、ここまで書きながら、体が持たないのは、単にお別れ周りの行事がありすぎて、つまりその度に飲みすぎて、夜遊びしすぎて、単純に疲れているだけなのではなかろーかという気がしてきた。そしておかげさまで四月からの準備をまったくしていない。はあ。本当に、つまり情けないにもほどがある。

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スモックをピンクにするのか水色にするのか問題

入学準備が一向に進まずおそろしい今日この頃ですが、とりあえずこないだ小学校と提携しているお店で、美術の授業とかで使うスモックを購入した時のこと。

ピンクと水色、二色のスモック

スモックにはピンクと水色の2色があったのですが、試着用のスモッグはピンクしかなくて、お店の人が、ごめんねサイズ合わせはピンクだけど、ちゃんと水色の用意するからね!と、言ってくれた。

それを聞いて息子は、ぼくピンクがいい!と、言ったのです。
その時わたしはつい「でも男の子はみんな水色かもよー」とか言ってしまったわけだけれども、そして息子はあっさり水色に変えたわけなのだけれど、なんかこれがずっと、すごくひっかかっていた。

私はとっさに、一人でピンク着てたらからかわれるんじゃないかとか、思ってしまったわけだけれど。
でも、そもそもそのなんとなく男の子用は水色、女の子用はピンク、と大人が枠組みを決めてしまうのって絶対よくないよなぁと、思えてきて。

そういえば最近息子は好きな色を聞かれると、すぐピンク!と、答える。息子が、子供の感性で、素直にピンクを選んだのに、大人の私が、男の子は水色、女の子はピンクという、自分が違和感を感じるこの「システム」に、息子を乗せてしまったことがどうも歯がゆくて。

深く考えなきゃいいんだけど、スルーしてなんとなくそのシステムに組み込まれていけば楽なのだろうけど、でも。

子供の感性というのは、やっぱり大人が邪魔しちゃいけないものなのだ、絶対に。

そしてこれからの時代を歩む息子に、男の子は水色、女の子はピンク、などという固定概念を、やっぱ植え付けちゃいけないんだよね、大人は。

これまでの6年間は、そんな概念に左右されずに過ごしてこられた息子の感性を、私はやっぱりとにかく大切にしてあげたい。だからできれば、ピンクでいいよ、という大人でいてあげたい。

とはいえ、いざ学校が始まって、男の子がみんな水色で、女の子がみんなピンクのスモックを着ていたら、息子はあれ?と、思うだろうと、思う。そこで「水色にしておけばよかった」と、思うかもしれない。その瞬間、感性がもしかしたらひとつ、静かに消えてしまうかもしれない。そしてその瞬間、息子にも、男の子は水色で、女の子はピンク、という固定概念が、生まれてしまうかもしれない。それってやっぱりなんだかすごく、もったいないことだなあと思うのです。声を大にして「それはおかしい!」と、言うほどのことではないかもしれないけれど、でもそれは、単純にすごくもったいないと思う。

だからできれば、学校という一つのシステムの中で、最初から男の子は水色、女の子はピンクという、なんとなくの、大人の「暗黙の了解」に、子供たちを付き合わせるのは、やめてあげてほしいなあと、思う。プリンセスソフィアはいつも男の子の遊びをして男の子に勝っちゃうのだから。そんなプリンセスの、時代なのだから。

現存する生命の「しくみ」はただ一つである。

上野の国立化学博物館で、ものすごく印象的な言葉を見つけた。私はド文系の人間で、なんでも「言語」からしか理解できなくて、何を理解するにも「映像」より「言語」なのだけれど、科学のことを考えるのもやっぱり「言語」からのようだ。いつもそう。

 

現存する生命の「しくみ」は
ただ一つである。

「生物のからだをつくる細胞は細胞膜で外界と隔てられ、生命活動の設計図を持っている。設計図はDNAというすべての生物に共通の『言語』で書かれており、これを基につくられるタンパク質もまた、すべての生物でよく似ている。これは、地球上に現存する生命の『しくみ』がただ一つであり、生き物たちはこの共通性の上に多様化したことを示している。」

なるほどなあ、と、思う。生命のしくみはただ一つ、共通するDNAという言語で設計図が描かれている。その「共通性の上に多様化」している。この「共通性の上の多様化」というのが、すべてなのだろうなと思う。みんなしくみは同じなのだから、だからこそ、みんなちがってみんないいbyみすず、なのであーる。と、思った。

男も女も設計図を描くDNAという言語は同じ。その上で、多様化していく。ピンクが好きな男の子も、水色が好きな女の子もいる。男の子が好きな男の子も、女の子が好きな女の子も、そりゃもちろんいる。肌の色だって様々で、脳の発達だって様々かもしれない。でも、言語は同じなのだ。「共通性の上に多様化」しているだけなのだ。

たぶん子供たちは、そんなことを細胞レベルで理解している。「共通性の上に多様化」なんて言葉を用いなくても、そんなこと肌感覚で分かっている。男の子と女の子は何となく違うけれど、でも「しくみ」は同じであることを、ちゃんと分かってる。その感覚を、大人が邪魔しちゃいけないよなあと、改めて思った。

だからもし次に同じようなことがあったら、やっぱり好きな方を選んでいいよと言ってあげたい。そしてできれば、そんななんとなくの色分けを、システムの側がしないであげられるといいなと思う。

スモックの色一つでたくさん考えてしまった。子育てというのはほんと、いろんなことを考えさせられるものであーる。みすず。

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