はたらくこと

退職金を握りしめてママ友と銀座久兵衛でお寿司を食べてきた

お寿司と指輪は自分で買おう

西原理恵子さんが、「お寿司と指輪は自分で買おう」とおっしゃっていたので、退職金を握りしめて銀座の久兵衛へ行ってきました。ものすごくオトナだ。でも想像以上にこのオトナ経験が素晴らしかったので、記しておきます。

24歳の時に早まって(だまされていたのであろうか)結婚し、26歳の時に運良く(それは運良く)息子が生まれてきてくれたので、なんというか東カレ(東京カレンダー)的生活を送る時間がものすごく短かったように思う。今思えば。私をだました(知らんけど)港区サラリーマンのオットは私を一度もカウンターのお寿司になんぞ連れて行ってくれなかったそういえば。まあその頃オットも25歳だったわけだけれど。(でも遊びほーけてましたよね)

だから何ってわけでもないのですが、そういえば、カウンターでお寿司をいただくなんていう経験をほとんどせずに34歳になったのだな、と、ふと思った。仕事で行くパーティーで、ホテルの広い会場に来ている久兵衛のお寿司を食べることはあれど、ちゃんとお店に行ったことはなかった。

妊娠して出産して授乳していると6年くらいはあっという間に過ぎる。

けどどういう話の流れだったかはさっぱり忘れてしまったのだけれど、第一子の育休中に、同じ時期に出産したママ友と、ツイッターだったか何かで、「復職したら久兵衛のお寿司食べに行こーよ。」と、話していた。もうそれは軽口程度のものだったのだけれど、「久兵衛でお寿司。」というワーディング(マーケティング用語)だけはなんだかずっと自分に残っていた。

ただご存知の通り、妊娠→授乳中はお酒を飲めないわけです。軽くそう言いますけど、例えば1歳まで授乳したとしても約2年は禁酒なわけです。うちの子たちは1歳半〜2歳くらいまで授乳してたので、1人につき2年半〜3年くらい禁酒してたわけです、わかりますかこれすごいですよねパパの皆様。

そうすると、慌ただしく、毎日は過ぎていく。毎日どころか、6年くらいが過ぎていった。妊娠して出産して授乳しているとなんだかんだしているうちに6年くらいはあっという間に過ぎてしまうのだ。まじで。

独立したしというわけで、6年越しの約束を叶える!

そんなこんなで約束してから6年くらいが過ぎた今年の誕生日、FBにその友達がメッセージをくれた。お誕生日おめでとう、そろそろ久兵衛行こうよ!と。そしてそれはたまたま私が会社を辞めたタイミングで、「行こう!会社辞めてフリーになったから!」というと、「まじで!それはますますお祝いしなきゃじゃん、久兵衛じゃん!」ということで、6年ごしの約束が叶うことに、なった。そして同業の友達がさらりと予約してくれた。かっこいい。

しかし、決まったはいいものの。行き先は久兵衛。そもそも無職の私が行っていいのか?とか、最近ふざけた格好しかしてないけどこんな服で行っていいのか?とか、銀座のお寿司屋さんには一般人にはわからないマナーが山ほどあって一見さんが行ったらいけずされるんじゃないの?とか、色々頭をよぎる。(京都人)

だいたいいくらするのかもわからない、ので、友達と、とりあえず3万下ろしていこう、足りなくなったらそのまま久兵衛で働こう。と、約束した。(無職だしわたし。)

3万円握りしめていざ行かん久兵衛

でもさ。実際に行ってみたら。久兵衛ときたら最高であった。

緊張するから一人で入れない!と、友達が来るのをお店の前で待っていた私ですが、まず案内してくれた着物の女性がすごくフランクに話しかけてくれて、拍子抜けした。

掘りごたつのカウンターに案内してもらったのだけれど、そこで握っていた職人さんがまたとても気さくな方で、「出産してから6、7年ぶりに約束が叶って念願の久兵衛なんです!」って言ったら「へー二人とも小学生のお母さんなの!見えないね!」とかなんとか言ってくれるもんやから調子に乗って「大将さいこう久兵衛さいこう!」とか言ってそのままのテンションで話しかけ続けた。

久兵衛でママ友とする仕事の話、は最高だった

近しい業種で仕事をしていた友達と、仕事の話をしながら、なんかこういう日が来るとは思わなかったなあと、ちょっと思った。育休中は子どもを連れていろんなところへ行って、子どもを追いかけながら離乳食の話をして、それが6年経ったら、久兵衛で日本酒飲みながらお寿司を食べて、お互いの仕事の話をしている。そして最近会う人がほんとみんなそうなのだけれど、「こんな仕事あるよ!やってみたら?」ということを言ってくれる。

そこには私のまだまだ知らない世界がたくさんあって、わくわくするかけらのようなものがたくさん広がっている。自由になったんだなあと少し思う。

そしてそういうきゃっきゃはしゃぐ私たちを、久兵衛の人たちはとても良い距離感で相手をしてくれた。私は大げさじゃなくて、これが一流だ!と、思った。

隣に座るお客さんとの距離感も程よくて(たまに会話したりしてそれも楽しい)、職人さんとの会話もほどよく楽しくて、何より、6年ごしの約束を叶えた友達との会話があまりにも楽しくて、つい日本酒飲みすぎた、久兵衛なのに。

続いていくために、守るべき大切なものと、柔軟に変えていくもの

「伝統だ」「マナーだ」「暗黙の了解だ」という「空気感」は日本にたくさんあると思う。当然、世界の久兵衛さんだって伝統を大切にしているだろうと思う。だけど、それでも、退職金を握りしめて初めて久兵衛に来ましたという私たちに、すごくあたたかく接してくれた。写真もどんどん撮っていいよ!あの人も撮っていいよ!とか言いながら若い職人さんが大将を指差して、大将がポーズとってくれたりした。

「こんなマナーも知らないの」というような雰囲気は、周りのお客さん含めて一切なかった。それってすごいな、と私は思った。大切なものを見たな、となんか少し思った。いいものは、いい。そして続いていけるのは、守るべき大切なものと同時に、柔軟に変えてきたものがあるからだ。

そうそう、お会計も3万は全くしなかった。春のカットソー1枚分くらいだ。人生には洋服以外にこういうお金の使い方があるのか!と知った、私、34歳。

退職金握りしめて銀座のお寿司屋さんに行ったら、大切なものをたくさん教えてもらった、というお話。

でも私、久兵衛で日本酒飲みすぎてめっちゃ酔ったからやっぱりまだまだだ。いつかもっとスマートに食べられるようになりたい。むすめに、「大人になっていつかむすめに好きな人ができたら、3人で一緒にお寿司食べに行こうね。」と言ったらめっちゃ喜んでいたのでこれも十数年越しになるだろうけどちゃんと叶えてあげよう。きっと世界の久兵衛さんはその時にも柔軟にずっとあると思うから。

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誰かの「違い」に寛容でありたいな、と思う

復職してからの6年で働くお母さんの環境は変わったか

第一子を出産して復職してから、丸6年が過ぎた。(丸6年が過ぎて、会社を辞めたけど)

この6年の間に、働くお母さんを取り巻く環境が、大きく変わったかというと、実感としては、まあそんなに変わらないな、という感じがある。保育園は相変わらず全入ではなく、むしろ働くお母さんは増え続け、「保活」という言葉が生まれ、希望の園には入れない、という状況は続いている。

そして9月まで働いていた会社の制度が、この6年で大きく変わったかというと、大きく変わったものはそんなに思い浮かばない。時短をとれる期間が少し伸びたこと(たぶん)、あと、かなり制限が多いけれども在宅勤務が一部認められるようになったことが、変化といえば変化だと思う。(在宅勤務がもっと進めばそれは大きな変化になると個人的には思っているけれど)

でも自分の心持ちは変わった気がする

それでも私はこの6年間の間に、自分の心持ちとしては、すごく変化してきたなと思っている。それは自分が、変わったということかもしれない。

熊本の議員さんが、赤ちゃんを連れて議会に出席したことがものすごおおく話題になっている。いろんな議論が巻き起こっている。私はこれに関しては、「子連れ会議OK」の立場です。けど私、自分がこういう立場だと、きちんと言えるようになったこと、それがもしかして、すごく大きな変化なんじゃないかなと思っている。

6年前、復職したばかりの頃なら、そして一人目を妊娠中の時ならば、絶対に「子連れ会議OK」の立場だ、なんて言えなかったと思う。たぶん、それはダメだろう、と、思ってしまっていたと思う。本心では、そりゃ連れて行けるならそれに越したことはないとどこかで思いながら、「そんなもの認めちゃいけない、そんな風に甘えちゃいけない」という思いが、自分の中のどこかに、ずっとあったと思う。

妊娠したこと、子どもを出産したこと、そして子どもを預けて働くこと。それを心のどこかでハンデのように思っていて、罪悪感を持っていた。

「罪悪感」を少しずつなくしてくれたもの

たぶんこの6年間、一番大きかったものは、制度でもなんでもなく、この「罪悪感」との戦いだったように思う。それは、周りの声じゃなく、自分の中にあったものだ。周りの目ではなく、自分の中で渦巻いていた感情だ。

もちろん、いろんな考えの人がいて、熊本の議員さんの件でも見て心が痛くなるような批判も多くあって、「仕事に子育ての事情を持ち込むな」という考えの人だって周りにいただろうとは思う。でもそれを、必要以上に恐れていたのは、他ならぬ自分だったのだ。

制度がどれだけ整っていたとしても、自分がこの罪悪感を持っていたら、スムーズに働くことはできない。自分を、認めてあげることができない。

だけど6年の間に、少しずつ、働くことを認めてこられたような気がする。それはやっぱり、周りの人たちのさりげない気遣いに気づいたり、思っているよりも誰も自分を迷惑がってなんていないな、と感じる場面がたくさんあったからだ。本当に、本当に小さな些細なことでも、嬉しかった。退社の時に、「お迎え頑張って!」と言ってもらえることとか、そういう積み重ねが、少しずつ自分を強くしてくれたように思う。

周りのおかげで自分がそうして変わっていくと、少しずつ、今度はまた周りの人たちも変わってきたように感じていた。

例えばいい意味で、気を遣われなくなってきたなと感じる場面が多くなってきた。最初は、ここまでふって大丈夫?と、恐る恐る振られていた仕事が、最後の方は、まあとにかくこれやっといて、時間配分は任せるから!といった感じで、ざっくり振られていた。自分は時短だから、お母さんだから、と、仕事の上で気にすることが、どんどん減っていった。それはとても良い変化だったなと思う。

これは、相乗効果だったなと思う。周りの人たちに勇気づけられて、自分が自分の違いを認められて、仕事もスムーズに回るようになってきた。

事情が異なることは、性格が異なることと同じ

子育てだけじゃなくて、身体や心の病気を抱える人や、病気から復職した人、障がいを持つ人。なんらかのハンデを抱える人は、多分、周り以上にずっとずっと、自分が「罪悪感」を抱えがちだと思う。その時一番辛いのは、周りの「謙虚でいなきゃいけない」というプレッシャーだ。いや、「プレッシャーを感じる自分自身」だ。

だけどそれは本当は、「ハンデ」じゃなく「個性」のはずだ。人それぞれ性格が異なることと、事情が異なることは、同じこと。あなたの好きなものと、私の好きなものが違う。あなたが抱える事情と、私が抱える事情が違う。でも、それだからこそ、違うものが合わさるからこそ、自分には作れない何かを、誰かと、組織と、作っていけるのだ。一番大切な前提は、そこだと思う。

「初めてのもの」や「異なる」ものを、人は最初たぶん、少し恐れてしまう。パラリンピック選手の動きから、最初少し目をそらしてしまうように。でもよく見るとそこには、個性を生かした強さが見えるはずだ。「かわいそう」なんかじゃない力強さが、そこから感じられるはずだ。メルケル首相だって言っていた。「なんだって、すべてのものは最初は初めてだったのよ」と。(なんかそんな感じのこと。)

自分の「違い」と誰かの「違い」を認め合いたい

自分の持つ「違い」を、強さだと、個性だと認めてあげれば、他者の「違い」にも、恐れず向き合える。そして、自分の強さを、個性を、きちんと認めて他者と接したら、きっとその人も、その違いを認めてくれると信じたい。

だから自分と違う事情を持つ誰かに「お迎え頑張って!」って言ってあげられる寛容さを私も持っていたい。「預け先がなければ仕事場にお子さん連れて来てくださいね。」と言いたい。

きっとこれから、少しずつでも、働くお母さんを取り巻く環境は変わってくると思う。その時大切なのは、働くお母さん自身の心持ちでもあると思う。どんな立場であったとしても、その時は「弱者」と呼ばれる立場だったとしても、ちゃんと、言いたいことを言えること。罪悪感に押しつぶされないこと。そしてお母さんたち自身が、他者の「違い」にも寛容であること。そこから生まれる力を信じること。

まずは自分の周りから少しずつ。明日からでも変わっていけると信じて。

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苦手なものを認めちゃえる勇気

とっちらかった壮大なものを片付けられない

キャンプのことを書きながら、私はもんのすごい真実にさらりと気づいてしまった気がするのでそこをちょっと深く考えてみようと思った次第であります。

そう、私はとっちらかった壮大なものを、一つ一つ片付けていく道筋を頭の中で考えるのがものすごく苦手だ。

家の中のあちこちが散らかっていて、洗濯物も取り入れなきゃいけない、食器も洗わなきゃいけない、机の上も片付けなきゃいけない、床のごみも拾わなきゃいけない、玄関の靴も揃えなきゃいけない・・・という状態になるとつくづく嫌になってしまう。それらを一つ一つ片付けていく図が、頭の中でどうも思い描けないから。

頭の中で全部を計画できないので、洗濯物を取り入れながら床に落ちてたごみに気づきそれをゴミ箱に捨てに行った時に玄関の靴が目に入りそれを揃えていたら洗濯物のことをすっかり忘れていた、ということがしょっちゅうある。生きてく力がまあとことん、ない。

そして、ああ洗濯物も取り入れてない、床の掃除もまだ終わってない、あれもこれも中途半端だ・・・と思ってげんなりする。

todoリストに細かいことも全部書き出してアウトルックに入れる

この、「あれもこれもまだできてない、あれもやらやなきゃ」と頭の中にある状態がすごく嫌で、仕事の時は、時短勤務になってからは特に、朝会社に着いたらまず、やるべきことをどんな細かいことも全部リストにしてノートに書き出して、それを片っ端からアウトルックの予定表に入れるようにしていた。

そうしておくと、とにかくその時間は、目の前のやるべきことに集中出来る。「あれもやらなきゃこれもやらなきゃ」の内容は、全部アウトルックに入っていて、その時間が来ればやればいいので、「今」はそのことを気にすることはない。

これは、とにかく時間内で効率よく仕事を終わらせるため、そして仕事上関わりのある人たちにできるだけ迷惑をかけないようにするため、自然と見つけて行ったやり方だったのだけれど、ただいざ会社を辞めて後から振り返ってみると、これはすごく自分に合っていたのだなあと思う。

自宅作業になったらお昼寝しかしなくなった(だめ)

自宅で仕事や作業をするようになってからは、時短勤務で時間に分かりやすい制限があるわけでもないし、毎日人に会うわけではなくてそんなに迷惑をかける人も一見いないように思えていたから、やることを全部書き出して、なんてことはしないようになっていた。

そうするともう。家にいたら家事もやらなきゃでも仕事もやらなきゃという状態になりとりあえず全部いやになり一旦置いておいてお昼寝しようそうしよう、ということになる。だめ人間ばんざい。すやすやすや。

いやお昼寝は自宅で仕事する人の特権だと思いますので全然いいのですが、問題は自分の気持ちが落ち着かないということですよね。「誰にも迷惑かけない」と思っていたけれど、結局知らず知らずいらいらして家族には迷惑をかけている、かもしれない。

でもこれ、「そうだよな私はそれが苦手だよな、ほんとできないわそれ。」と、気付いたら、なんというかちょっと大げさですが世界が変わって見えたのですよええ。

家事という壮大なとっちらかしにこそtodoリストを

「苦手だわ」と、ちゃんと認めると、じゃあどうやってそれを補おうか、と、考える。人に頼るでもいいし、自分なりに何かしら工夫をするでも良い。

家事なんていうのはこの「壮大なとっちらかしを一つ一つ片付けていく」の繰り返しなので、私の場合、仕事以上にストレスのかかることだったわけです、ほんとは。でもたぶん、心のどこかで「家事は仕事よりも楽なもの」と思ってしまっていて、仕事でやるように全部to doに書き出してアウトルックに入れる、なんてことは思いつきもしなかった。

鼻歌歌いながらひらりひらりと舞うようにこなしていけるもの、というイメージだった、家事って。

でも(あくまでも私の場合はですが)、そんな舞うようにこなしていけるものでは、全くない。ので、仕事と同じようにtodoに書き出すことにしました。もう完全に仕事と同じやり方です。だいたいにおいて「仕事する」ということがえらく好きな人間なので(たぶんこれも病気。仕事好き病。)、仕事だと思うと結構いろんなことが苦にならなくなるという特性も使っている。

todoリストは、仕事と一緒に並べて書く、というところがポイント。そうすれば仕事をしながら家事のことをあれもやらなきゃこれもやらなきゃ・・と考えなくて済むから。家で仕事してるとその辺りがごっちゃになって落ち着かなかったので。

これが私にとっての「苦手なことに対するささやかな工夫」です。家事が得意な人にとったら、そんなtodoにするなんて大げさな!ということかもしれないけれど、人と私は違うわけで、自分は自分にとってのベストなやり方を探すしかない。

それが苦手であることは、悪いことじゃない

そして、それが「苦手」であることは、別に何も悪いことじゃないのだ、というのもまた大切なこと。自分にとって苦手なことが、誰かにとって得意であることは山ほどあるし、それはその誰かにとって大切な仕事となりうる。逆に誰かにとって苦手なことが、自分にとっては得意なことだってある。

例えば、アウトルックにやることを全部入れたところで、もちろん、予定通りにいかないこともあるというか予定通りにいかないことがほとんどなのだけれど、「予定外のことが起きた時の対処」というのは自分にとっては全然苦になることではないしむしろワクワクするところがある。でもきっと、そういうのが苦手な人もいると思う。「壮大なとっちらかし」を頭の中で筋道立てて片付けていけるのは得意だけれど、途中で予定外のことが起こるのは苦手、という人はとても良いビジネスパートナーになれると思いますのでご連絡お待ちしております。

ただ、苦手だからしょうがない、だと、例えば仕事上の取引相手に迷惑がかかるかもしれないし、家族がいやな思いをするかもしれないから、そこでどう工夫していけるか考えるというのが、「親切」というものだと思う。

人前で話すのは苦手だから、まずは書いてみる

これまでも、あー私これが苦手だ、という気づきは今まででも結構大きなポイントになっていて、例えば私は人前で話すのがすごく苦手です。そんなあほな、とよく言われるけれども基本的にはたいへん苦手です。

人前で話しながら自分の考えをまとめていくということがまったくできない。たまたまオットは天才的な聞き手なので、オットに話している時は話しながら自分の考えがまとまっていくという感覚があるのだけれど、基本的には一人で話していたってさっぱり考えはまとまらない。

一方で私は書きながらいつも、ああ私ってこう考えていたのだなあ、とやっとまとめていける人間なので、人前で話す必要がある時は、基本的に一度全部話すことを文字に書いて読み上げるようにしている。この工夫はここ数年でやっとできるようになったのだけれど。

「天使なんかじゃない」という名作漫画で、というか私は漫画をほとんど読まないので「てんない」くらいしか覚えている漫画はないのだけれど、この漫画で、主人公の翠ちゃんが卒業式で「実はこの答辞は白紙です。その時に思ったことをそのまま言葉にしたくて。」みたいなことを言うんですありましたよねそんなシーン。

あのシーンがすごく好きで、翠ちゃんがほんとにその時の思いをそのまま言葉にするのが感動的で、幼い頃から私は、そうか本当に伝えたいことは、その時頭に浮かんだことをそのまま伝えればいいんだ、と、思いながら生きてきた。

のですが。

向かないのだ、それは私には。思ったことをその場で口にしようと思うと、結局何が言いたいかよくわからないようになってくる。翠ちゃんの答辞はものすごく感動的であれはすごく好きなシーンだけれど、それは漫画の中で翠ちゃんだからこそできたことだ。

だからロボットよ確定申告を・・・

私の場合は、「書く」クッションがとにかく必要。そんなわけで、会社を辞めるときの最後の挨拶も、実はあれも前の晩に一度文字にして書いていますええ。それを、何度も読んでます、ええ。子どもたちを聴衆にして。

そしたらそれを聞いてたむすめ(4歳)が号泣したのです、ほんとに。最初ものすんごい涙をこらえて、歯を食いしばって、最後がまんできなくて椅子から転げ落ちるようにして泣いた。いやあれはびっくりした。まあ爆笑したけど私。(ひどいやかーさん)

もちろん4歳児に、「会社を辞めるときの大人の気持ち」が理解できたわけはない。でもたぶん4歳児にも、私がその時会社を辞めることがすごく寂しくて、いろんなことを思い出していて、会社の人たちのいろんな顔を思い出しているということが、なんとなく伝わったのだろうなあと思う。私の場合は、一度文字にしたことで、それを自分の言葉として体に覚えさせたことで、それがちゃんと(伝わる人には)伝わるかたちになったのだろうなあと思う。

そういうふうに、自分の苦手なものを認めて、それをどう補うか、という考えだと物事が色々すごくラクになるような、気がする。私はそもそもプライドがかなり低い方だと思うけれど(ほんとどうかと思う)、それでも「苦手なことを認める」って、それなりに勇気のいることかもしれない。認めて口に出しちゃった方が絶対に楽なのにね。しかもこれからの時代、人間が思う「苦手なこと」って、だいたい何でもロボットがやってくれるようになるんじゃないかと思うのだ。じゃあとは、じゃあそんなことは気にせず、人間だからできる仕事をコツコツやっていこう、と、思うのです。

だから早くロボットよ確定申告をやって、と、思う、冬の始まり。(助けて)

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これからの教育について考えた(ちょっとだけ)

自分たちがしてきた受験勉強や受験はもう意味がなくなる

東京にいると中学受験が当たり前のような風潮があって(地元では中学受験する人はクラスで一人いるかいないか、くらいだったけれど)、そういう中で「より良い教育を」的なことも自然に考えがちなのだけれど、でも今回、こちらのお仕事に関わって改めて思ったことが、「より良い教育」って一体なんなんだ、と。

それは、進学校へ行って、東大へ進むことなのかな、と。改めて考えさせられた。

2020年には入試そのものの制度ががっつり変わるそうです。大きなところでは、マークシートではなくて、記述式が導入される。

つまり、「より良い教育」のゴールが東大に入ることだと仮定したとしても、自分たちがやってきた受験勉強ではまず東大に入ることもできない。東大に入るための勉強すら、私たちのやってきた受験とは変わってくる。

さらに言えば、これだけ変化が激しい時代、人間が担う仕事の本質が変わってきている時代、東大に入ることが「より良い教育」のゴールなのかもわからない。(もちろんもちろん東大は素晴らしい大学だし私は入れなかったというかいやもちろん受けてもいないけれども。)

子どもたちの人生は子どもたちのものなので、私が「こういう学校へ行っておいた方がいいよ。」と言うことはもちろんできないけれど、それにしたって自分たちがしてきたことが正しいと考えるのはまずやめよう、と固く心に誓った。

どんな学校を、どんな生き方を選ぶのか。どんな仕事を選ぶのか。それを選ぶのはもちろん子どもたち自身なのだけれど、「自分で選ぶ力」をきちんとつけてあげたいなと思う。その時にきちんと「自分で考える力」も持っていてほしい。

教育とは何か、学校って誰のためのものか

とか色々、我が子の教育について考えながら原稿をまとめていたのだけれど、こちらの荒井先生のお話をまとめながら、なんかちょっとハッとさせられた。

でも今日本にいろんな難しさがあるんだとすると、やっぱり偏差値50以下の教育をどうするか、というのが大切になってくると思います。

自分の子どもたちが、どういう教育を受けるのか、どういう学校へ行くのか、それを考えることはもちろん大事というか、当たり前のことなのだけれど、それだけじゃなくて、そもそも教育って、等しくみんなが受けられるべきものであって、そしてこれだけ子どもが減ってくる中で、いわゆるエリートと呼ばれる子どもたちだけじゃない、そうじゃない子どもたちの教育をどうしていくのかって、もっと真剣に、考えていくべきことなんじゃないかなと思った。(ちなみにもちろんうちの子は全くエリートではないけれど。ランドセル忘れるし。)

それこそ、自分の子どもが進む道なんて、親の私たちはある程度のお金を出すことくらいしかできなくて、あとはまあ頑張って勉強してね、お母さんたちがしてきたような勉強じゃないけどね、と言うことくらいしかない。

だけど、例えば十分なお金をもらって十分な教育を受ける、ということができない子どもたちの教育をどうしていくのか、そういうことこそ、大人たちが知恵をだしあっていっぱい考えていかなきゃいけないんじゃないかな、と思う。

東北の被災地の高校もまさにみんなそうです。あそこだって、みんな決して偏差値は高くない。だけど、彼ら、彼女らがすごく頑張ることで、地域は本当に復興に向けて進んでいるわけです

私が生まれ育った町の地元の高校だって、決して偏差値は高くない。でも、そうなんだよね、みんなが頑張ることで、地域がすごく活性化する。それを私は、地元に帰るたびに思い知る。

大人が考えなきゃいけないことは山のようにあるけれど、その中でも子どもたちの教育って、ものすごく重要で、そして面白いことだと思う。

私もまだまだいろんなことをしていきたい。子どもたちが社会に出るころ、負けてはいられないもんね。

それは誰のための仕事なのか

そしてまたここでも、私がいつも肝に銘じなきゃいけないなと思っている、「その仕事が誰のためのものなのか」「お客さんは誰なのか」という視点が出てくる。

明確に言うと、我々の顧客は、生徒ではないと僕は思っています。生徒ではなくて、やはり母親だろうと思っています

正確な数字はお伝えできませんが、例えば札幌では母子家庭というのは全体の8パーセントといわれています

それでもお母さんたちは、非常に低い年収の中で、なんとか子どもたちを高校に進学させて、卒業させたいと、そんな思いで一生懸命頑張っているわけです。

ここで何度も書いた気がするけれど、自分の仕事にとっての「お客さん」は誰なのか、と言うのを、私たちは本当につい忘れそうになる。ご参考→(むすめがインフルエンザになって会社を休んだ話(つまり今)

この時の「お客さん」というのはお金を出してくれる人ということじゃなくて、その仕事を誰のためにしているのか、この仕事の先にいる人は誰なのか、という相手になる人。(もちろん、どうやってお金を出してもらうのか、というのは別軸でしっかり考えなければならないことだけれど。)

保育園の先生なら、園長先生とか親とか地域の偉い人、とかじゃなくて、まずは目の前の子どもたちが向き合う相手だし、例えば広告の仕事でいうと、お金を出してくれるのはクライアントだけれど、メッセージを伝えるのは消費者(生活者)なので、まずはそちらをよく見て、その人たちの気持ちをよくよく考えて仕事をしなくちゃいけない。

でもつい、お金を出してくれる人とか、目の前で自分を評価する人(上司や取引先のえらいひと)とか、目に見える利害関係のある人のことだけを見て仕事をしがちになる。

だけど違うんよねそれは。そこを見誤ると、長い目で見た時に結局、その目の前の人達の利益すら奪っていってしまうことになる。

広告の仕事で、お金を出してくれるクライアントの言うことを全てイエスで返していたら、結局クライアントが最終的に向き合うお客さんの気持ちに全く沿わないメッセージが出来上がって、最終的にはクライアントの不利益になるかもしれない。

サラリーマンが目の前の上司の機嫌ばっかりうかがっていたら・・その結果はもう想像に難くない。(難くないのにこれをたぶん80%くらいのサラリーマンがしてしまう。)そしていつかその会社は、全体的なパフォーマンスが落ちてしまう。

それでも、つい、忘れてしまうのだ、誰のために仕事をしているのかというとても基本的なことを。

その点、荒井先生の話されたことは素晴らしいなと思った。顧客は母親だ、と、はっきりいえること。そしてその先に、明確な理由と信念があること。そして「覚悟」があること。

つい忘れてしまうからこそ、これくらいはっきりと、自分の仕事が誰のためにあるのかを、常に頭においておきたいなと思う。

だけどここまではっきりと言えるのはやっぱり、荒井先生がこの根幹を、身をもってしっかり感じていらっしゃったからなのだろうなと思う。

僕が災害復興の現場で感じたのは、学校というのはものすごく大事なところで、子どもが目の前にいるということは、実は地域にとってすごく重要なことなんだということです。

サラリーマンでなくなると、「それが誰のための仕事なのか」というのは、サラリーマンの時よりは見えやすくなったような気がするのだけれど、(それだけでもたぶん私にはサラリーマンでない働き方の方が合ってるのだと思う、確定申告ほんとこわいけど)でも大切なことを、改めて意識しようと思う、冬の始まりです。あと、確定申告ほんとやだ、と思う、冬の始まりです。ほんとやだ。

「編集」の仕事ってなんだろう。

「編集」に向いてる人と、「ライター」に向いてる人

こないだ尊敬するフリーの編集者の方と話していて、「ライター」に向いてる人と、「編集」に向いてる人はふたてに別れる、という話になった。その方曰く、「自分はやっぱり『編集者』で、もちろんそれなりに文章も書けるけれどもでも、信頼してるライターさんの書く文章には、私には書けない何かが絶対にあるの。一方で、そのライターさんは編集には全然向かない。それは私の方が向いているとおもう。」と。

ムシちゃんはどっちが向いてるとおもう?と、聞かれてどっちも好きだからわからぬ。と、答えたわけですが。(わからぬのか。)でも今はまだほんとにどちらも好きだな、というのが正直な気持ち。これから色々変わってくるのかもしれないけれど。

「書く」仕事、つまり、ライティングのお仕事というのは、比較的イメージがつきやすい。「ライター」という肩書きも一般的で、有名なライターさんも、個人的に好きなライターさんも、何人も思い浮かぶ。

でも、「編集者」というと、とたんにイメージがつきづらくなる。この編集者さんが編集したものが大好き!と、いう記事などはあまりなかなか思い浮かばない。つまり「縁の下の力持ち」なのだろうと思うのだけれど。

会社を辞めるにあたり、「何をするの?」と、聞かれて、「なんかいろいろ。書いたり編集したり!」と、またざっくりなことを答えていると、「編集って何するの?」と、よく聞かれた。ほんとだよ何するんだよ、と、自分でも思っていた。(思っていたのか。)

ただ、前職でウェブサイトを運営することになって、ライターさんと取材に行き、上がってきた原稿を見て、見出しをつけかえたりわかりやすく整えたり、という作業がとにかく楽しかった。地味ではあるのだけれど、少し言い回しを変えただけで、文章が生きてくる感じがする、その瞬間がすごく好きだ。向いてるのかどうなのかはわからない、でも自分はこういう文章に向き合う仕事をやっぱりずっとしていきたいなと思った。

そして、「編集」の仕事が必要とされる場面って、結構あるんじゃないか、と、なんとなく思った。それは従来の「編集」とはもしかしたら違うのかもしれないのだけれど、たとえばいわゆる「記事」だけじゃなくても、必要になる場所って結構あるんじゃないかなと思う。こういう仕事!と、はっきり言えない仕事こそ、可能性がたくさん広がる仕事のような、気もする。気もするだけだけれど。

でも、誰かの文章や、誰かの言葉を「編集」するとき、それはともすればもちろん、悪い意味での「編集」にだってなりうる。「歪曲」になることがある。もちろんそれはものすごく気を遣っていたところで、難しいところでもあるわけだけれど。

そんな中で、フリーになって初めての、「編集」のお仕事をしながらめちゃくちゃ思うところがあったのでメモしておきます。

フリーになって初めての編集のお仕事

リクルートマーケティングパートナーズさんの「Manabi Mirai Meeting」という講演会があって、それをウェブサイトに収載する、というお仕事をしました。

面白いなあと思ったのが、当日の講演を基本的にすべて動画でも公開するので、文章でも全文を掲載したい、と依頼されたこと。

よくある採録というのはもちろん、(もともと新聞社の仕事をしていて紙面に限りがあったからかもしれないけれど)重要なところとかキャッチーな部分を切り出して、短くまとめるというのがまあほとんどだと思います。だから、ここ使いたいけど紙面の関係上やっぱり削らなきゃな、とか、色々と優先順位をつけなきゃいけなかったわけです。

だけど、今回はそうじゃなくて、全文載せることが大前提としてある。

動画も文章も両方見る人はそんなにいないかなという仮説はあるけれど、それでも同じサイトに載る以上、あまり大幅に編集されていると混乱させてしまう。

とはいえ、文字起こしされた原稿をそのまま読むと、なんというか、直接映像で見るよりもちょっと嫌味な感じがしてしまったりとか、文字になるとその人の持つ雰囲気とえらく違う感じになっているなと思う部分が多かったり、もちろん話し言葉すぎてわかりづらかったり、というのがかなりたくさんあった。

なので、元の書き起こされたものからあまりにも大幅に変えることはせず、でも読む人がそれなりにストレスなく読めて、そして話し手の持つ空気感をあまり損なわないように、ということを意識して、編集をしてみました。(わかりづらい部分は多々あるかもしれないし文章の合う合わないはあるかもしれないけれども心がけとして。)

今まで編集って、削ってなんぼ、と思っている部分があったけれど、こうしてウェブになると制限がなくなるわけで、そうすると全文えいやって載せるのはもしかしたらこれから増えてくるのかもなあと思ったりした。

編集をしながら、ここは伝えたいなあ、ここに気づきがあるといいなあ、ということはすごく思うのだけれど、でも実際「ここが大事だ」とか「あーなるほどそういうことか。」と感じるのは、それは読み手の人やもんね。どう受け取るのかは、読む人が決める。だから、大事な部分だって読む人がピックアップする。

短い文章での表現が増える中での「読みたい欲」

そして改めて読み返してみて、なんせ45分くらいある講演をほぼ全文載せているのでものすごい量なのだけれど、でも読んでみると意外とあっという間に読めちゃえるもんだな、というのも結構新鮮な気づきでした。いやもちろん、講演自体がもんのすごく面白かったからなのだけれど。

twitterもインスタも短い文章やキャプションで表現する時代ではありますが、私は個人的に最近すごく「読みたい欲」のようなものがあって、ウェブでも、なんだか長い文章をがっつり読みたいなあとかなり思う。ウェブで長い文章を読むのにも慣れてきたからかもしれないけれども。(ビジネス書とかならきっとタブレットで読めるな。いやビジネス書読まへんけど。そのうち小説もタブレット読むようになる気がしている)

そしてこれ私だけじゃなくて、ウェブで長い文章を読むことに、意外とみんなあまりストレスを感じなくなってきているんじゃないか、とか思ったりしています。(ないですかね「読みたい欲」・・・)

そんな中で、その長い文章を、「ストレスなく」読める工夫をするのも、それも編集の仕事なのかもしれない、と思う今日この頃です。文章を整える、見出しをつける、段落を考えるといったことだけでなく、それはもしかするといわゆるUIとかUXとかも含まれてくるのかもしれない。(なんでも自分でやる、という時代ではないなと思っているので、できるチームを作っておく、とかも必要なのかもしれない。)まだまだできることがたくさんあるのかもしれない、と思います。

そんなわけで以下リンクは、長いけれど面白くて結構あっという間に読めてしまう記事かと思いますのでぜひ!藤原先生のお話はほんとに明快でおもしろい。(全然むずかしくないです。)特に数年後に中学受験、高校受験を控える子どもを持つお母さんたちに読んでもらえると嬉しいです。

Manabi Mirai Meeting 2017 【基調講演】藤原 和博 氏 現在の高校生は、どんな未来を生きるのか? ~今後の未来の社会、生き方、働き方、そしてそれに向けた学び方 特別レポート

 

 

子育てしながらサラリーマンをする時に工夫できること

タイトルがブログっぽい。(なにそれ。)

仕事と子ども関連あれこれの両立のもやもや

フリーランスになってから初めて、いや、というか息子が小学校に入学してから初めて、台風で小学校の登校時間が遅くなった。

なるほど小学生ともなるとこういうことがあるのだ。(雨の日も風の日も雪の日も台風の日も朝からあけてくれる保育園のすごさときたら・・・)

こちらは自宅作業のフリーランス(というか失業中)という身軽な身分のため、前日に「明日の登校時間が遅くなります」と学校から連絡が入った時点ですでに、「ひゃっほい明日の朝ゆっくり寝ていられる♡」とかノーテンキに思っていたわけですが、これたった一ヶ月前のサラリーマンだった自分なら、「はいどうする仕事どうする朝から入ってるアポどうするいやどっちにしたってそのアポも台風でどうなるかわからんよなそもそもちゃんと出社できるかな。息子一人置いて出社するのも心配やしなさーどうするどうする」と、焦っていたに違いない。

もちろん台風じゃなくても、子どもがインフルエンザになったとか、学校行事があるとか、子どもをめぐるあれこれというのは、サラリーマンとの両立に置いてとてもとても高い壁として立ちはだかる。(ように見える。実際はそんなことないんやけど。)

現実問題自分の抱えている仕事とどう折り合いをつけるのか、周りの人たちにどう協力を仰ぐのか・・とか色々悩むというか、「もやもや」としてしまうところ、はやっぱりある。というか正直「子育てをしながら働く」時に日々最も戦うのは、この「もやもや」のような気がする。

人は他人の家庭の事情などまっっっっっっったく知らなくて当然

そういう時、私が一つだけ心がけていたことは、とにかくこの子ども周りのどんな細かいこともチームの人たちとすべて共有する、ということ。

「子どもが37.9℃の熱があって自宅で見なければいけないので休みます」「保育参観があるので午後から出社します」「給食の試食会(!)があるので12:00〜14:00まで抜けます」「子どもの定期検診があるので午後休みます」「台風で風が強いので登校に付き添います、10時には出社します」「マンションの管理人から電話があって鍵を忘れたって泣いてるのでちょっと一旦戻ってその後出社します(←まじであった。)」などなど。

「なぜ休むのか」「学校・園のどういう行事があるのか」というのを、あほかというくらい勝手に細かくチームに共有していた。

なぜならば!人は!他人の家庭の事情などまっっっっっっっったく知らなくて当然だからであーる。

「保育園は37.5℃以上の熱があると預かってくれない」というのは、保育園に子どもを預けている人にとっては当たり前すぎる事実だけれど、そうじゃない人にとっては「知らんがな」のことである。本当に、全くもって、そんな事実を人は知らない。

何なら、「働いている間は保育園に預けるものである」という事実も知らない人は結構いる。「未就学児は幼稚園へ行くもの」と思っている人は(子育て世代の男性でも)大勢いる。多分、大企業であればあるほど、奥さんが専業主婦という家庭が多いので、さらにたくさんいる。「午後子どもが幼稚園から帰ってきた後はどうしてるの?」と、聞かれたことが何度も何度もある。

そしてそれは、まっっっっっったく持って悪気があってのことではない。何度も言うけれど、人は、他人の家庭の事情などまっっっっっったく知らなくて当然だからであーる。人は、自分の歩んで来た道のことしか基本的にはよく知らない。それは、自分だって全く同じこと。

例えば介護を経験していない人にとって、介護って具体的にどういうことをするのかというのは実際のところほとんど何もわからない。特別養護老人ホームと有料老人ホームとサービス付き高齢者向け住宅の違いを、子育て中の私たち世代はほぼ知らない。(ついこないだまで仕事でそういうクライアントを担当していたため私は覚えたのだけれどそれまではさっっっっっっっぱり知らなかった)

だからどんなに細かいこともとにかく勝手に共有する

知らなくて当然で、だからそれがどれくらい大変なのかとか、あるいは実はそんなに大変じゃないよね、結構色々融通きくね、なのかとか、そういうことは、まずは「具体的に何があるのか」を共有しないと見えてこない。

特に直近のチームは私以外全員男性で、仕事内容は同じだけれども環境は基本的に全く違う(そして当たり前だけれども環境自体は私だけじゃなくて誰も彼も違う。)、という状況だったので、とにかくどんなことも、チーム全員にメールして共有してきた。

「また小学校行かなきゃいけないんですけどもー小学生ありえないんですけど!!!」(いやその頃あまりにも小学校の行事が多すぎてですねすみません。)と、ぶつぶつぐちぐち言いながら、「たいへんだなー!がんばれよー!」とか言われながら、なんというかもう勝手に周りを巻き込むようなイメージでやってきた。

もちろん「そんなに仕事抜けてばっかり・・・」と、良くない思いを抱く人も、いたかもしれない。でもそれは、私にはわからない。わからないし、そう捉える人がいたとしても、私にはどうすることもできない。

私にできるのは、事実をそのまま伝えて、それでもその中でやりくりをして、自分なりにできることは工夫して、日々仕事をすることだけだ。

私は、子育てをしながら、もしかすると介護をしながら、あるいは自分の病気を抱えながら、そうしてできる範囲で仕事をしていくことはごく自然なことだと思うし、それでいいと思っているし、だからできることをするまでだ、と思っている。私に他人の気持ちをどうこうできないように、私のこの考えは私のものなので他人にどう思われたとしても変えられるものではない。

そして私がそういう考えで仕事をするからには、とにかく何から何までこちらの事情を全部おおっぴらにして(なんならアウトルックに小学校行事も全部入れて)オープン!な感じでやっていくしかないのだ、と、思った。

この日は小学校にこの時間からこの時間まで行かなきゃいけなくて、多分その間は電話もメールもできません。だから午前中にここまでやっときます。終わり次第メールチェックするので何かあればメールしといてください!ということをとにかく全部共有しておく。

もしくは、この日は飲み会でパパがお迎え行ってくれるのでなんと残業ができます!遠慮なく仕事振ってくれてOKですカモン!とか。(たまの残業って最高。←社畜)

「そういうもんなのか」と、知ってもらうことがとにかく大事だなと思いながら、やってきた。

そしてその「事情」はいつか自分にも降りかかるかもしれない

そしてここで大切なのは、今自分にとって全く未知の事情が、ある日突然自分ごとになるということだってもちろんあり得る、ということ。

チームのメンバーが全員男性でも、奥さんが全員専業主婦でも、それでも何らかの事情でパパが積極的に子どもの行事に参加しなければならなくなることだって十分にあり得る。そうか昔、奥さんはこんなにしょっちゅう行事をこなしてたのか・・・と、思うことももしかしたらあるかもしれない。

そしてチームのメンバーが、またいつか子育て中の女性と一緒に仕事をする時に、その「事情」を少しは知っているというのは、「あの時ムシ(←わたし)もやいのやいの言ってたなあ。そんなもんだなあ」と思ってくれるとしたら、それはその時、お互いにとってマイナスにはならないなあ、と思う。ここまで考えるのはおせっかいですけれども。

そんなわけでサラリーマンのみなさまはプライベートを思いっきりオープンにしてみてはどうでしょうというご提案でした!(雑!)

 

神宮とスワローズとこの夏の話

基本的にスポーツ観戦というものには一切興味がなかった、去年まで

広告営業をやっていた頃、まず最初に教わったのは、お客さんの前で「政治と宗教と野球の話はタブー」と、いうことだった。

この三つはまあアンタッチャブルで、センシティブで、人を熱狂させ、対立を呼び、時に戦争をも巻き起すものだから。そんなものをビジネスに持ち込んでもろくなことにはならない、という話。

と、いうことを言われても、私には特定の支持政党はないし、一貫して無宗教だし、野球に至ってはピッチャーとキャッチャーが敵なのか味方なのかすらわからない。なのでそんな心配は無用です、もち合わせるネタが何もありません。とまあ特に何の問題もなかったわけだけれど。

そう、こと野球に関しては、どちらかというと私はずっと興味がないどころか結構嫌いだった。子どもの頃は、野球中継が延長するせいで見たいテレビ番組がいつまでたっても始まらないのが嫌だった。そもそも、私は基本的にスポーツ観戦というものに興味がない。野球にしろサッカーにしろ、特定のチームを応援するなんてダサいと思っている。自分以外の人に勝負を任せ、一喜一憂するなんて、ナンセンスだ。戦うのは常に自分でありたい。

と、つい去年というか今年の6月くらいまでずっと思っていた私の現在が。

これ。

人は何歳になっても、新しい趣味ができる、というか、人の信念なんてあっという間に変わる、という事例がこちら。

ただ、神宮で飲むビールは美味しい

スポーツ観戦音痴の私と違って、オットは昔から種別問わずスポーツを観るのが好きで、息子が生まれてからは息子も一緒に色々と観戦に行っていた。野球も行けばサッカーもラグビーも、バレーとかテニスとかも行っていた。で、私もたまに連れて行かれるわけですが、いかんせんルールが全くわからないので、ひたすら隣でビールを飲んでいた。でも、特に球場で飲むビールは最高に美味しかった。そしてドームや千葉マリンも行ったけれど、神宮のビールは格別だった。

かくして、野球を観たいオットと、ビールを飲みたい私のニーズが一致し、ちょくちょく球場へ足を運んだのが去年の夏。

神宮のビールはこんなに美味しいのだから、まあファンクラブ会員とかに入って気軽に居酒屋神宮へ足を運べるようにしようか、とファンクラブに入会したのが今年の春先。

そして、夏。

家族で一番、私がはしゃいでいる。そして、あれほどナンセンスだわと思っていた、特定のチームの勝敗に(それなりに)一喜一憂している。家でも毎日スマホアプリをチェックしている。何してるんだ私は。

スワローズは、弱い。弱いけど。

もう20年くらい、村上春樹の小説とエッセイを読み続けているため、スワローズがなんとまあ弱い、ということはなんとなく知っていた。目標は5位、と村上春樹も言っていた。(5位という順位が全体の中でどれくらいなのかは知らなかったけれど。)だからって、それにしても、弱い。弱すぎる。こんなに負けるもんですか?と、昔からのスワローズファンの先輩に聞いたところ、いくらなんでも今年は負けすぎる。と、言っていた。

だからと言って、勝つチームを応援すればいいという問題でもない。私はつい先日まで某新聞社に10年以上勤務していたため、ライバル紙であるところの某新聞社が率いる某ジャイアンツを応援することは、宗教上の理由でありえないことであった。無宗教やけど。だからまあ、東京に住んでいて、神宮のビール目当てで野球を見始めた私にとって、スワローズばかり観るようになるのはとても自然なことだったのだけれど、それにしても、弱い。

「人生、負けることに慣れることは大事」と村上春樹も言っていたけれど、それにしても、弱い。まあ、弱い。

でもちょっと、人生が豊かになる

それでも、こんなに弱いチームでも、応援することで、私はまあほんとうに、楽しい夏を過ごすことができた。ちょっと大げさだけれど、人生が少し豊かになったような気がしている。

家族みんなで何かを応援する、家族みんなで共通の好きなものを持つ、という楽しさも知った。私たち夫婦は、基本的にバラバラの性格で、共通の趣味もなく、特定の支持政党がないとはいえ毎度選挙では投票する人は合わないし、見たいテレビもバラバラだ。それで特に不便を感じたこともなかったし、居心地が悪かったこともないけれど、それでも改めて共通の好きなものを持つと、それはそれでやっぱりすごく楽しい。みんなで同じ話を共有出来る、一緒に応援できる、というのは良いものだ。

家族だけじゃなくて、友人や同僚と観戦する楽しさも知った。忘れもしない7月26日の中日戦、その日私は大好きな会社の先輩たちと、私の家族と、一緒に神宮にいた。正式に発表にはなっていなかったけれど、居合わせた人たちにはもう会社を辞めることを話していて、少しずつ、寂しいなという気持ちが増えてきた時期。

野球の行方に、自分の人生を重ねるのはそれはまたそれでナンセンスだ。と、去年までの私は思っていたのだけれど、あの日、10-0で負けていたところから、ぐんぐんと同点に追いつき、最後に延長で逆転した時のこと、その瞬間、先輩と子供たちとオットとハイタッチしたこと。そして、それをどこかで俯瞰しながら、これから人生が変わってゆく、それでも、この人たちと過ごした時間は永久に不滅です、と、どこかの巨人軍みたいなことを思ったこと。それは私の中で何らかの感触を持って、「感覚」としてしっかり刻み込まれる。これはきっと、忘れることはないのだろうと思う。

人生は自分だけの思い通りにはならないけれど、でも。

そして、あれだけ私が嫌いだった、「自分以外の誰かや何かの勝負に一喜一憂する」ことが、すごく楽しい。人生は、思い通りになんてならない。どれだけ願っても、そしてどれだけ努力したとしても、それでも報われないこと、思い通りにいかないことが山のようにある。どうしても勝ちたい勝負で、負けることが必ずある。ドラマなら、映画なら、ここで必ず勝つのに、というところで、負けるのが、それが現実だ。

そんな当たり前のことを、今さら、野球から、スワローズから、学んだ気がする。そして自分以外の誰かに(しかもあほみたいに弱いチームに)勝負を託した時に、勝った時の喜びも。自分以外の誰かが、喜んでいるのを見て、心底嬉しいと思う気持ちも。

私はとうとう、つば九郎のブログを読んで泣く、というレベルにまできている。でもこれ、ほんとに泣ける。何度読んでも泣ける。ひらがななのに。

31→77えみふる。

ものっすごく弱いスワローズを、今年から好きになったけど、でも好きになってよかったと思う。(恋か。)負けても負けても、それでもなんかいつも、ちょっと心動かされたし、今シーズン最後の試合は、もう言葉通りの消化試合で、それでもあんなに勝ってほしいと思った試合はなくて、それでも勝てなくて、それなのになんか色々感動した試合も初めてだった。

それなりにいろんな経験をしてきて、結構いろんなことを知ってきたつもりでいたけど、なんというか、まだまだ知らないことは山のようにあるのだな、と思った。球場で飲むビールがこんなに美味しいことも、スポーツのドラマがこんなに胸を打つことも。

あまり他人に心乱されたくはない。さみしとか悲しいとか、そういった想いは、正直自分の身の回りだけで十分だ。だからあまり、家族以外の人や、仕事以外の物事に、振り回されたくはない。そう今でも思っている。だけど、自分の手の届かないところで起こる何かが、自分の心を揺さぶることがすごくある。自分が読む小説ではない。観る映画ではない。ただ誰かが必死に目の前のボールを追うドラマに、振り回されてみるのも、そんなに悪いことじゃない。

と、ここまでわかった風なことを書いてきましたが、なんで私がこんなにスワローズスワローズ言うことになっているかというとひとえに以下のリンクを見ていただきたい、単に根こそぎ持ってかれてるだけです、イケメンに。

#女子のハートを根こそぎグッチ

はーかっこい。つばみになりたい。

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会社を辞めて、フリーになりました。(たぶん)

息子の卒園前くらいめっちゃ泣いたこの数ヶ月

毎日更新しようと決めたのが年末頃で、美しいまでに月一更新となっているこちらのブログ、ここのところ何をしていたかと言いますと、退職手続きと送別会に追われていました。何度となく泣きました。(送別会での暖かい言葉並びに個人事業主としての手続きの煩雑っぷりの恐ろしさに。)

12年前、新聞社の広告局という部署に就職が決まった。その時母に、「この会社の名刺があれば、いろんな人に会えるし、どんな仕事もできると思う。でもいつかその名刺がなくなった時、自分の名前で、仕事をしたいと思ってもらえるようなそういう仕事を、積み重ねていってね。」と、いうことを言われた。

それは決して、会社を辞めて欲しいとかそう言った意味ではなかったと思うのだけれど、私の中でその言葉はずっと残っていて、母がなくなった後も、ずっとどこかにあって、いつしかそれは私にとっては、会社を辞めてフリーランスとして仕事をしていきたい、という思いに繋がっていった。

その思いはたぶんもう数年前からずーーーーーーっとあって、ずっとあたためていて、それでも特に出産してからの仕事のバランスや、一緒に仕事をしてきた人たちが好きすぎて、心地良すぎて、なかなか決心がつかないところもあったのだけれど、なんとなく、もう、そろそろだなあと、春先に決意した。(それからが長かったけれど・・・会社を辞める、というのは大変だ。)

新聞社で12年弱働いてきて得たもの

新聞社に入る前は、「個人の力でできないことを、新聞社という大きな組織でやりたい。」と、思っていた。(志望動機でもそんなことを言っていた気がする。)でも、12年間働いてみて、なんかものすごく大きな仕事をやり遂げたとか、社会を動かすような何かをしたとか、そういったことがあったわけでは、決してない。いつも目の前の仕事を、その小さな仕事が終わる時に喜んでくれる人の顔を、そしてその先にある、この会社があることの意味を少しだけ、考えながら、やっていたにすぎない。

専業主婦だった母が、結婚して会社を辞めるとき、「よく社会の歯車という言葉は悪い意味で使われますが、私はこの会社の歯車になれたことが嬉しかったです。」と、挨拶をしたそうだ。

今その気持ちが、すごくよく分かる。

私が12年間やってきたのは、会社の小さな小さな歯車であることだ。でも、この会社の、いろんなことがあったけど、今となっては好きな人がたくさんいるこの会社の、小さな歯車になれたことが、とてもうれしいし、そのことを、今誇りに思う。

大きな会社で、いわゆる男社会で、日本的な会社で、社会人1年目の頃から戸惑うことばかりで、あーもうしんどいな、ここでやっていくのはなかなかに辛い。と、思ったことも死ぬほどあった。なんで私はここで働いてるんだろう、もっと緩やかに働ける場所はいくらでもあるんじゃないの、と幾度となく思った。

広告営業で毎晩毎晩残業どころかタクシー帰りの日々を送ったこと。ひっどいつわりに耐えながらお客さんのところへ行って、吐きながら残業したこと。おっきいお腹でもんのすごいトラブルを抱え、大人の事情が飛び交う打ち合わせを全てお腹の赤ちゃんに聞かせ、何たる胎教だ、この子は酸いも甘いも全部知った子になるな・・・とか思っていたこと。

生まれてきた赤子があまりにもかわいすぎて、そして産休前の仕事の記憶があまりにハードすぎて、こんなかわいい子どもを預けてまで私は仕事に戻るべきなのかと悩んだこと。

確かに辛かったことは考えてみれば山ほど思い浮かぶのだけれど、でもその何もかもを思い出すときに今は、それでも助けてくれた、支えてくれた人たちの顔も一緒に思い浮かぶ。

だって私がそれでも会社を辞めなかったのは、結婚しても出産してもずっと仕事を続けてきたのは、何があったって支えてくれた、助けてくれた人たちがいたからだ。そうじゃなければ、私はずっと昔に会社も、仕事も、働くことも辞めていたと思う。そしてその人たちと仕事を重ねながら、私は「自分で考えて仕事をすること」「自分で働き方を決めること」を学んでいった。「自分で」きちんと考え決めるよう意識するようになってから、仕事はぐんぐん楽しくなっていった。

私がこの会社で得た一番大きなものは、一生かけて付き合っていきたいと思える大好きな人たちと、そして「自分は仕事が好きなのだ」という気づきだ。

辛いことも山ほどあったけれど、私はやっぱり仕事が好きだったし、そして支えてくれる、一緒に働いてくれる人たちが大好きだった。人と人が繋がっていく瞬間を見るのが、すごく好きだった。

フリーになってやりたいこと。「書く」こと「伝える」こと。

私はそもそも非常に個人的な人間で、半径5メートルくらいの世界を生きている人間で、だからサラリーマンなんて絶対向いてないのに、それでも12年間も続けてこられたのは、この会社があまりにも寛大で素晴らしいところだったからにすぎない。そして私の周りにいる人たちが、全くもうムシ(わたしのこと)のてきとうっぷりときたら。。と言いながら、いつもいつもサポートしてくれていたからにすぎない。それくらい素晴らしい環境を卒業してでも、それでもわたしはやっぱり、自分で自分の働き方と人生を、自分で作っていきたいなあと、思った。なんともまあ、わがままな決断だけれど。

そして、私が大好きな場所を卒業して、それでもやりたかったことというのは、やっぱり「書く」ことなのだ。もし自分にこの先、何かできることがあるとしたら、どこかの誰かを少し、楽しませることが、心を軽くすることが、できるとすればそれは、やっぱり「書く」ことなのだと、思う。

コンテンツの値段がどんどん下がっていくこの時代に、私が「書く」ことでどんな「価値」を生み出せるのかはまだまだわからない。それでもきっとできることがあると、信じてやっていきたいなと、思う。それが自分にできること、というか、それくらいしか不器用な自分にはきっとできない。

「書く」こと、そして「伝える」こと。

誰かが書いたものをわかりやすく編集して「伝える」こと。たとえばSNSやオウンドメディアでの「伝え方」に悩む企業のお手伝いをすること。

そして、大好きな洋服のことや、子育てのこと、そして働き方や働くということについて、「書く」こと。

「書く」「伝える」ということにはまだまだたくさんの可能性というか、人の心を軽くする何か、があるように思う。

そう、私は、就職する時、新聞社という大きな組織で、人を、人の心を動かすようなことがしたい、と思っていた。でも12年経った今、私がやりたいことは、そんな大きなことではなくて、「人の心を少しでも軽くする」ことだ。

どんな形でもいい。私が、書いて、伝えることで、誰かの心を、もやもやしたものを抱えた、小さな痛みを抱えた、そんな誰かの心を、少しでも軽くすることができるなら。

個人の力に限界を感じて、大きな組織に入りたいと、「マス」のメディアで仕事がしたいと思ったのが、12年前。今、もう一度個人に立ち戻って、小さなところからコツコツと、積み重ねてゆきたいと思っています。

「書く」「伝える」。まだまだ個人でできることに限界はあるかもしれませんが、お手伝いできることがあればお気軽にお問い合わせフォームよりご連絡ください。私一人だけじゃなくても、こういったところならお力になれるかも、こういう人なら紹介できかも、などなど、できることがあるかもしれません。

新しい日々、新しい毎日、不安もたくさんだけれど、12年間のサラリーマン生活で学んだこと、仕事は楽しく!を、モットーに、また一から頑張ります。

↓お仕事募集中!!笑。

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「信頼されている」と、信頼すること

新年度が始まって数日が過ぎました。息子が小学校に入学し、むすめもまあなんだ・・・プリンセスの特訓にいそしみ(まあそれは普段通り)、私は出産前にいたバリバリ系部署に7年ぶりくらいに戻ることになりました。ひょえ。

新しい環境に身を置いて思うこと

「働き方改革」やら、「女性活躍」などなどが注目される昨今。自分の実感としても、確かに私が一人目を出産した後よりも、確実に「育休明け」の女性が増えていると感じます。わが社でもそうだし、取引先でもよく聞くし、何と言っても子供たちの保育園は年々入りづらくなっているようだし。(まったくもってなんとかしていただきたいところではありますが。)

そんな折、二人目の育休から復帰してもう3年ばかりたつ私にも、出産前にいたバリバリ系部署に戻って欲しいと辞令が出ました。曰く、そういった部署でも子育て中の女性が働ける環境を作っていって欲しいと。

それ私が作るのかい。と、思ったことはさておき、それはやはりなかなかの試練であるわけです。

業界的なものもあって、出産前の私ときたらまあもう今では考えられないくらい残業ばかりの毎日を送っていた。終電を逃してタクシー帰りなんてザラであった。で、それが別に珍しくもなんともなかった。それが原因で上司が咎められるとか、お国の指導が入るなんてまずなかった。そういう風潮だったのだ。いやはやなんとも。

そこに、超絶時短の私が戻るとは。さすがのノーテンキな私もこれは不安でしかない。と、思った。あの頃の働き方はもうできないし、それは今はやりたいことでもない。

そして新しい部署での仕事が始まってみると、まあ自分の無力なこと無力なこと。時間的な制限に加えて、そもそもその業界を担当するのも初めてだし、新しいことだらけでまったく使い物にならない、ように思える。この歳になってこれは結構きっついなあなどと思ったりする。そんな風に思うと、実際のところ、現場はみんな子育て中の女性なんていらないんじゃないか、会社の考えがあるからしぶしぶ引き受けただけで、本当はバリバリ働く男性か、未婚の女性だけで回したいんじゃないか、とか、ついつい考えてしまっていた。

目の前の人が考えていることは本当はわからない。なら信じちゃえばいい。

思い出してみれば、6年前かな、初めて育休から復職するときも、そういえば私は同じようなことを思っていた。まだ育休復帰の女性も会社にものすごく少なかった頃。時短で、子育て中の女性なんて、会社は制度としてクビにすることはできないだけで、全然ウェルカムじゃないんじゃないか、とか。そこまでして私はこの仕事を続けていきたいのか。子供を保育園に預けてまで、やるべきことなのか。とか。そんなことを考えていた。

だけど6年経ってみて、今思うこと。私は仕事を続けてきて本当に良かったし、今となってはすこーしは、それまでの部署でできることが増えて、必要とされているな、と、思えるようになってきた。けどそう思えるようになるには、きっと自分の中で考え方の工夫のようなものがあったのだ。それをもう一度思い出してみたら、なんだか随分と楽になった。

よく考えれば当たり前だけれど、「自分が信頼されている、必要とされている」というのは、正直実際のところはどうなのかわからない。時短で働く私のことを、周りの人が疎ましく思っていたとしても、私にはそれはわからない。そりゃまあいろんな人がいるから、面と向かってたまには嫌なことを言う人だっていうけれど、世の中の多くの大人は、嫌なことをそんなに露骨に言葉や態度に表さない。たまに出てしまうことはあっても、いつもいつも感情のままに行動しているわけではない。

けど。他人が本当に考えていることが実際のところわからないのであれば。それなら、「必要とされている」「信頼されている」と、こちらが信じてしまっていいんじゃないか。と、思う。本当は目の前の人が考えていることはわからない。でも、わからないのであれば、「この人私のこと疎ましく思っているな。」「いらないと思っているな。」と、疑うより、「この人私のこと必要としてくれてるわー。信頼してくれてるわー。」と、ノーテンキに信じ込んでしまった方が、自分の気がラクなのだ。そして「気がラク」な方が、萎縮しているよりも何倍も何百倍も、仕事のパフォーマンスは上がるのだ。

そんなノーテンキに他人を信じてしまって、裏切れたらどうするの、と、思うかもしれない。けどそれだってまあ別に仕方ない。「必要とされている」と思い込んだのはこちらの勝手であって、別にその人は私を信頼するために生きているわけではもちろんない。そして私も、その人の信頼や期待に応えるために生きているわけではない。こう言ってしまってはなんだけれど、相手を信頼することは、その人のためではなく、自分のためなのだ。自分が、心地よくそこで仕事をするためなのだ。だからまあ裏切られるようなことがあったら、それはまあ良い気はしないけれども、「仕方ないな、この人も自分も、相手のために生きているわけではないのだから。」と、思うしかない。

新しい環境というのはどんな人にとっても結構な試練だ。初めての部署、初めての小学校、初めての保育園、初めての幼稚園、初めての職場復帰、初めての就職・・・。そこにとっての新参者の自分は、ものすごく無力に思えることだって、あるかもしれない。でも、そんな時はあれこれ考えず、「信頼されている」と、信じちゃえばいい。

そして自分を信じること。

そして、目の前の人が、自分を信頼してくれていると信じることは、すなわち自分を信じることでもある。それが、一番大切だ。もっと言えば、自分の能力とか、仕事量とか、そういったことだけでなくて、存在そのものに意味があると、自分で信じて思い込んでしまうことが大切。まだまだ新入社員のペーペーだけれど、まだまだお母さんとして始まったばかりだけれど、子育て中で働く時間は短いけれど、でもまあ、こうして毎日のほほんと生きているだけでよくやっているじゃないか、と。なんか今話している自分の目の前にいる人は、笑っているじゃないか、と。

新生活。不安な中での生活の人もたくさんいらっしゃるかと思います。気楽に気楽に、必要とされてるわー、生きてる自分、えらいわーと、思いながら、日々過ごしてゆきましょう。そして、新生活を始めた子供たちにも、君が生きているだけでほんとうにうれしい。と、毎日毎日伝えてゆきたい。少しずつ手を離れていく子供たちが、いつか大人になっても、そこにいるだけでいいと感じてもらえた記憶を、励みにできるように。

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「いやだ」と言っちゃってもだいじょーぶ。

だいたい週に2回くらい、会社のゲートでピッとsuicaをかざすようになってきた。なかなかキテいる証拠です。3月ですね。

3月のキリン

言いたくなっただけ。3月のライオンにかけてみましたとか言ったらほんとそろそろ怒られそう。

3月になり、いよいよ息子の卒園が近づいてきました。考えたら泣きそう。なので考えない。ちょっと別の視点からのお話。

卒園に向けて保護者主体のイベントや行事も増えてきます。たぶん多くの人は、当たり障りなく、「何となくみんなが出席するイベントだから」とか、「子供のため・・・」とか、そういった気持ちも含めて、行事には出席するし、役員は続けます。それはもちろん私も含めて。それが「多数派」です。

もちろんイベントが心から楽しみだとか、子供のためになることを本気でしてあげたいとか、そういう気持ちももちろんある。それはもちろん私も含めて(と何度も繰り返す)。でもどちらにしても、その「本気でやりたい」度合いがどれくらいのレベルにあるにしても、とにかく結果的に私たちは「多数派」を選ぶ。そして、自分は「多数派」だろう、と、認識する。(そして少しの安心感を得る。)

ところで、いつの世も、保護者(というか人間)が集まるとそれなりに小さいトラブルのようなものも発生します。そして私という人間はほんとうに人間的に未熟ですので、そういったトラブルの種を見つけるやいなや全力で逃げます。ええもうだめな大人ですね。しかしこれはもう致し方ない、神様が与えたもうた性格なのです。許して仏様。(意味不明)

そしてだいたいいつも面倒なことから距離を置くわけですが(ほんとうにすみません)、そうすると、何があったか背景はわからないけれど、結果として残ること、つまりあの人は今回の行事に出席しないとか、役員を降りた、とか、そういう「結果」となることだけを知ることになります。

だいたいのことは「ああそうなのか。」といったレベルで受け止められる

「行事に出席しない」とか「役員を降りる」という選択は、「多数派」ではない。あくまでも少数派なわけで、もちろん一部の人たちからは「協調性がない」とか「子供がかわいそう」(ところでこのフレーズは本当に他人が発する言葉ではないですよね条例で禁じたらいいと思います。)というネガティブな声も出るやに思います。おそらく。たぶん。

と、そうは思うのだけれども、「トラブルの内容はよくわからないままだけれどもとにかくその結果だけを知る」といういつものパターンを繰り返す私がここで気づいたこというのは、例えば「行事に出席しない」という結論を出した人のことを、いやまあ特になんとも思わないな、と、いうことです。「変わり者なんだなあ」とか「あんまり近づきたくないなあ」とか、ましてや「そんな親の子供はどんな子なんだろう」みたいなことは、特にというかまったく思わない。

まあ「多数派」ではないのだろうし、そういう意味ではちょっと変わっているところはあるのかもしれないなあとちらりと思う程度のことはあっても、だからと言ってまあ基本的に「ああそうなんだないろいろあったんだろうなあ。そういうこともあるよなあ。」くらいのことしか思わない。何かを詮索しようとも思わないし、もちろん何かを説得しようとも思わないし、「ああそうなのか。」というのが、ほぼすべての感想なのです。

で、思うに、これってだいたいの人の感想なのではなかろーか、と。いろいろ言う人が少しはいるにしても、その声が大きく聞こえがちだとしても、もしかすると世の中の多くの物事は、「ああそうなのか。」といったレベルで他人に受け止められるのかもしれない。

「いやだ」と言っても大部分の人は「ああそうなのか。」と思うに過ぎない

これを視点を自分にして考えてみると、もし仮に自分が何かいやなことがあってそれを「いやだ」と口にした時、もちろん「けしからん。」という人は一定数いるにしても、大部分の人は「ああそうなのか。」と、思うに過ぎないのだろうな、と、いうことです。ちょっとくらい「変わってるなあ」とは思われるかもしれないけれど、でもその程度。

自分がやりたくないことがあったとして、それを断るのって、いろいろ考えるとすごく高いハードルのような気がしてしまうけれど、実はそんなに高いものじゃないんじゃないかな、と、思います。本当にやりたくないことをやるのと、ほんのちょっと「変わってるなー」と思われることだと、よくよく考えてみれば後者の方が圧倒的に楽。だいたい「ちょっと変わってるところ」なんて、誰も彼もみんな持っている。

もちろん保育園のイベントというのは一つの例であって、それを否定するわけでも、頑張って取り組むことを冷ややかに見ているわけでもなくて、実際私自身はみんなでワイワイいろんなことができてすごく楽しかったし、交友関係も広がったし、行事に参加するのも係をやるのも結果的には良かったなあと思っています。

ただ、それだってなんだって、基本的には「やりたい人がやればいい。」と、思うのです。それはどんなことだって同じで。本当に嫌なことに対して、「いやだ」と言ったって、自分が思ってるほどのリスクは実はないのだと思う。むしろ、本当に嫌なことを無理してやる方が、ずっとずっと不健康だし、長い目でみればものすごいリスクになると思います。

ほんとーーーにいやなことは「いやだ」と言ってしまうのが大事だな、と思う。それで失うものって、実は自分が思うほどないのだから。というか守るものこそあれ、失うものは多分、何もないのです。

全然そんなに、たいしたことないのです。

そんなことを、ふと考える3月中旬。ああもう中旬。仕事も大詰め年度末。ああ年度末。

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