雑感

東京で通い続ける場所があるということ

なんと3ヶ月しかあいてないのに美容院へ行った。

髪を切りに美容院へ行った。ロングの時期が長かったのだけれど、1年前だったかもうちょっと前だったかにバッサリ切って以来、ちょっとでも伸びるとすぐに気になって美容院へいくようになった。

なんといっても、ロングの時は半年に1回しか美容院に行っていなかった。いつも気づけば半年が過ぎていた。

しかし。髪を切ってから私は生まれ変わった。なんと3か月に1回美容院へいくようになった。すごい。これはすごい。奇跡だ。

髪を切りながら、そうかこのお店に私はもう上京以来ずっと通っているのだなあ・・と、しみじみ思った。それってもしかしてちょっとすごいことなのでは。と。

この美容院に通い始めてからの自分の変化

上京以来、私に何が起こったかというと、大学に入学し、卒業し、就職し、結婚し、出産を2回し、会社を辞めた。それを、この美容院は全部知っているのだ。ちょっとすごい。まあ、年に2回しか行ってなかったけど。(それなのにそれを全部覚えてくれている美容師さんほんとすごい。)

東京に出てきてから、今年で何年目だろう、16年めになるのかな、そろそろ、京都より東京の生活が長くなりそうだ。その人生の約半分をかけて、通い続けている場所っていうのは、実はそんなに、多くない。

同じ東京でも住んでいる場所は学生の頃から数えて4回変わり、もちろん生活圏内も変わった。学生の時と、社会人になってからだと、飲む場所もお店も変わった。(まあやっていることはあんまり変わってない気もするけど。。。)

右も左もわからぬまま憧れのダイカンヤマへ行ってそのわかりづらすぎる道で迷った上京2日目の私と今の自分では、さすがに行くお洋服屋さんだって変わってきた。その頃から変わらず行っているブランドとかお店って、さすがにない気がする。それはちょっとさみしいけれど、まあでも年齢によって好きなブランドが変化していくのはある意味自然なことだ。

そう思うと、ほんとに、美容院くらいなのだ。ずっと通い続けている場所って。

初めてその美容院へ行った頃は、専門学校を出たばかりのアシスタントさんたちがみんな自分と同い歳くらいだった。そのアシスタントさんたちが、自分より歳下なのか!と、気づいたのは、就職してから結構経ってからだった。

遅い。高校球児たちが自分より歳下だと気付くのにも相当時間がかかった。遅い。まあこんな風に私は自分が歳を重ねていることをつい忘れるわけだけれど、通い続けていると、さすがにそのことも痛感する。だいたい周りの人が同い年とか歳下になっていく。

美容院というのは、話すのが苦手でもライフスタイルの変化の話をしがち

そもそも私はあんまり美容院やネイルサロンでお店の人と話すのがそんなに好きじゃなくて(めんどくさい)、基本的にはほっておいてほしい(なんといっても生きていく力に欠ける)。

そもそも美容院(もしくはGINZA SIXの蔦屋書店。それは今。)くらいでしか雑誌を読まないから、まあ美容院ではおしゃべりより雑誌を読みたい。読みかけの本があればそれも美容院に持ち込むし、それを読みたい。

そんな感じなので、美容師さんとたくさんおしゃべりしてる方ではないのだけれど、そんな自分でも、美容院というところは、ぽつりぽつりとライフスタイルの変化を話しがちな場所なのだ。

「シューカツするからちょっと髪色落ち着かせたい」と言えば「どんな業界受けてるの?」という話になり、職種の話もした。「実は結婚するから式に向けてちょっと伸ばしたい」といえば「そっかじゃあ顧客カードの名前書き換えるね!」と、新しい名字をおしらせした。

「実は妊娠中で出産したらしばらく来れないから、伸びても大丈夫な髪型にしてほしい」といえば「それは楽しみだね!女の子?男の子?」という話になった。

「上のお子さん何歳だっけ?もうそろそろ小学生だよね!」という話もついこの前にした。そして、「会社を辞めたから平日のこんな時間にも来られるようになったよ」という話をして、「おめでとう!そっか新しい仕事どう?」と、新しい仕事の話をした。

何と言っても、だいたい年2回、多くても4回ほどしか行かないわけだけれど、それでもコンスタントにずっと、この美容院は自分の変化とともにあったのだなあと、改めて思った。

目に見える資格やスキルだけじゃない、力を自覚すること

美容師さんというのはやっぱりものすごく会話のうまい人たちで、いつも何かしらの気づきをくれる。(いやまじであの人たちプロですよねすごい。終わった後全部メモしてるのかなあ、全部覚えててくれてほんとすごいと思う。)そしてその会話の内容は、やっぱり18歳から今までで大きくかわってきた。

前に、「美容師さんは手に職があっていいですよね、どこでも仕事していけるから。」という話をした時に(たぶん、私はその頃会社を辞めようかと漠然と考えていたのだと思う。)「いやでも美容師にとって一番の強みって、資格じゃないと思うんです。」と、その時たまたま担当してくれてた美容師さんが教えてくれた。

「こうやってお客さんとお話するコミュニケーションのスキルとか、あと次世代を育てていく力とかマネジメント力とか、そういう方がどこでも通用する力になるなと思っていて」と、その美容師さんは言っていて、なるほど!と、思った。

もちろん人それぞれに考えはあって、自分はハサミ一つでやっていくんだ!と、いう人もいるだろうしそれはそれでいいと思うのだけれど、自分の仕事からこう広がるスキルを自覚するってすごく大切だな、と思う。

目に見える(履歴書に書けるような)資格だけではなくて、そして美容師であれば「髪を切る」という分かりやすいスキルだけではなくて、長く続けてきた仕事にはきっと、誰から見てもわかるようなもの以上の、力がついているものだ。それをちゃんと自覚できるってすごく大切なこと。自分の力をいろんなことに応用していける、そういう柔軟性があるって良いな、と思う。

その時々で、美容師さんに教えられること

そしてこういう話にハッとしたり、何かに気づけるようになったのは、それはきっと私が16年くらいの間に、いろいろ変化してきたからなんだろうなあ。

18歳でダイカンヤマで迷いまくりのときにはいいお店をたくさん教えてもらって、結婚する時はステキなお花やさんを教えてもらって、出産してから子連れでいけるお店を教えてもらって、そして最近はやっぱり仕事の話が多くなる。その仕事ぶりから学ぶこともたくさんある。

家族と離れて東京で一人暮らしを始めて、そしてまた結婚して新しい家族を持つ今まで、たぶんこの16年の間に自分の人生は大きくかわったわけだけれど、その間ずっと変わらず通い続けてこられた同じお店があるっていいもんだなと、改めて思う。

次回は半年開かないように行こうと思います、たぶん、きっと。生まれ変わったし、うん。

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伝統を守ること、について

その組織らしさ、ってなんだろう

よく学校や会社で、「その組織らしさ」という話になることがある。「最近、この学校らしさが失われてきた・・」とか、「最近の新入社員はうちの会社らしくない・・・」とか。

もう結構前になるけれど、とある伝統ある高校にお子さんが通っているママが、先生から「最近生徒たちから、100何年と続くこの学校らしさが損なわれてきているように感じる。どうしてこの学校を選んだのだろうかと思うことも多い。」という話をされたんだーと、話していた。でもなんでかモヤモヤする!この学校は好きだけどなんかこれはモヤモヤする!なんでだ!と、そのママが言う。

私も話を聞きながら、確かにそれはモヤモヤする!なんでだろう!と、二人で話していたのだけれど。

例の黒髪事件に思う

まず、公立の学校であれば、当然「その学校らしさ」を背負った生徒ばかりが集まるわけではない。私立にしたって、学校を選ぶ理由は、生徒の「その学校らしさ」だけではないと思う。中にはそういう人もいるかもしれないけれど、そうじゃない人もいると思う。「選ぶ」理由は人それぞれで良いはず。

少し前に、女子高生が髪を無理やり黒に染めさせられた話が話題になっていた。あの時、多くの人が学校に批判的だったと思うけれど(そりゃそうだ)、一部で、「ただ、それならその学校を選ばなければよかった」という意見も見かけた。

でも何だか、それも違うんだよなあ、と、私は思う。その学校を100%気に入って入学する、ということはなかなかない。何だって、100%のものなんてない。ここは好きじゃないけれど、こことここはすごく気に入ったから選ぶ、ということもあるだろうし、受験のある学校であれば、第一希望ではなかったけれどここになった、ということだってある。

そして、いろんな事情があって属したコミュニティで、例えば90%は納得して入ったとしても、組織側から「あなたはここに入ったからルールを全て守ってください」と一方的に通告されるのはやっぱり健全ではないなあ、と思う。おかしいなと思うことがあれば、より小さい個人側からだって、声を挙げられる組織がやっぱりいいなと思う。

私が通っていた高校で、昔、校則を変えようという大運動が生徒たちから起こって、そこでいろんな衝突を乗り越えて、山ほどあった校則をたった3つだけにした、という話があって、それがすごく好きなのだけれど、(むしろそれを聞いてこの学校へ行きたい!と思ったわけだけれど。)そういう、簡単にではないけれど、時代や環境に合わせてルールを変えていくというのはすごく大切なことだと思う。

(それにしてもたった3つしかなかったその校則を私は一つも思い出せない。どういうことだ。全くもって自分が信じられない。)

「その学校らしさ」は生徒がつくるものではない

そしてもう一つ、「その学校らしさ」というのは、生徒ひとりひとりが作るものでは、多分ない。それは、生徒が背負うものではない。

学校らしさというのは、例えばその学校がある土地の文化や、歴史が作り出すものかもしれないし、独自の授業や行事が作り出すものかもしれない。そういう、ハード面からまずは作られるものなんじゃないかな、と思う。生徒たちは、あくまでその影響を受けて、何かを感じ取る立場であって、「学校らしさ」を、生徒たちに押し付けちゃいけないんじゃないかな、と。

そういえばこの前の仕事でまとめたこの記事でも、「広尾」という土地、そしてブランドを生かして再生した広尾学園のお話があったのだけれど、これはまさに、その学校の本当の強みを生かした好例だと思う。

そこに集まる生徒たちは、当然、時代によって色々と変わってくるものだと思う。もちろん、その土地の文化や、独自の授業や行事だって、時代の流れとともに変化してゆく。

生徒が先に変わるのか、ハードである文化や行事が先に変わるのか、それはわからないけれど、とにかく変化してゆくことは避けられない。変化は成長でもあるのだから。

「比叡山の1200年消えない火は、今の空気と油で燃えている」

みたいなことを考えていた時、愛読書『翼の王国』で、京都の特集を読んだ。そこに、大好きな「雲母唐長」のトトアキヒコさんのインタビューが載っていた。

唐長は、京都で400年続いてきた、日本で唯一現存する唐紙屋さん。「京都の伝統ある唐紙屋さん」というだけで、死ぬほど敷居が高そうなのに、今の感覚でも「ああ素敵だな」と自然に思えるものがたくさんある。

四条烏丸のココン烏丸に入っているKIRA KARACHOで数年前に購入した「双葉葵色づくし」というこの和紙のセット。ちょっとしたお礼状とかお便りに重宝しまくっている。全部で10色もあるので、子ども達もたまに自分で好きな色を選んで、お便りを書いたりしている。

そのトトさんが、翼の王国でのインタビューでおっしゃっていた。

「比叡山に1200年消えていない炎があるけれど、それは1200年前の炎じゃない。今の空気と油で燃えていて、それが文化だと思うんですよ。」

あーまさに。と、ストンと腑に落ちた。

例えば伝統ある学校にも、ずっと燃え続ける伝統のような炎はあって、それはずっと守られるべきものだろうと思う。炎を決して消さないこと。それはすごく大切なこと。

でもその炎を消さないためには、トトさんの言葉を借りると、今の空気と油が必要だ。その空気と油と、そしてずっと燃え続ける炎から、子どもたちはそれぞれ、一人ひとり、いろんなことを学びとっていく。それが伝統校であるということの素晴らしい強みなんじゃないかな、と思う。

そこには色んな生徒が集まって、そしてそれぞれが違うことを学びとっていく。でもそこに色んな違いがあるから、色んな価値観が集まるから、きっと何か新しいものが、ひとりでは作れないものが、生まれていく。

やっぱり学校ってそういう一人ひとりの違いや価値観を大切にする場所であってほしいし、本当の伝統っていうのは、そうして「今」の空気を入れながら守られていくものなのだと、改めて思う。

京都の伝統あるお店から、教育についても考えてしまったという今日のお話。

それにしてもやっぱり我が高校の3つの校則が思い出せない。なんだっけな。

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家事やってる自分めっちゃえらい、と認めてあげよう。

オットの激務月間(というか数ヶ月)

夫の激務が続いている。たぶん10月いっぱいのはずだけれども、結局その案件が11月まで延びたのかどうかを聞くひますらないくらいに家にいない。たぶん生きてはいる。

大人なので自分の健康管理は自分でしていただきますが、それにしても今回ばかりはほんとにだいじょーぶかなこの人、と思うことの連続であった。趣味:仕事、とはいえ、ほんともうよくそこまで働くな・・・と。

そしてこういう時期(に限らずいつもですが)まあもちろん家のこととか子ども周りのあれこれは一人でやっているわけですが。

子どもたちが寝てから、キッチンで一人、お鍋の地味な焦げ付きをゴシゴシしながら考えた。

こういう時つい、「なんで私だけ家事やってるんだ・・・」とか「家のこと全部やってるんだ・・」と、考えがちだけれど、そのもやもやの根元って、この家事ひとつひとつを「大事なもの」として認めてあげていない、自分自身の気持ちにあるのではなかろうか、と。

たとえば仕事で、これは君が得意なところだからまかせるよ!と、任された大きな仕事をしているとき、そしてその仕事にやりがいを感じて楽しいときは、なんで自分ばっかり。。。とは、思わないはず。

一方で、この仕事必要なのかなと感じながら、いやいや進める仕事は愚痴も多くなりがちになるかもしれない。

職業に貴賎はないので(と、すずかんさんもおっしゃっているので→文科省が考える21世紀を生き抜く人を育む教育改革とは?)(←やった仕事をこっそり入れ込む)結局その仕事にやりがいを持てるかどうかって、自分の心持ち次第だと思うわけです。

と、いうことは。

家事だって育児だって、まず最初に、やっている自分が、「これは非常に尊い仕事であるぞよ。」と、認めてあげることが大事なんじゃないか、と。

心のどこかで「こんな仕事」と思っちゃっていると、それを頑張る自分を認めてあげられないことになってしまう。一番大事なのは自分の気持ちだから、まずは自分が「こんな仕事」と思わないところから始めねば、と、思った次第です。

「こんな仕事」って自分で思わない

家事は毎日毎日のルーティンだし、なんというかある意味100%でないと達成感が得られなかったりするし(掃除機かけても洗濯物がぐちゃぐちゃだったりするとなんとなくやりきった感を感じづらい)、もちろん誰かにものすごく感謝されるわけでもない。お給料も出ない。だからつい、その仕事を低く見積もりがちになる。

けど、仕事だって、感謝されるためにしているわけじゃないんよね。「ありがとう」の言葉がなくたって、自分がしている仕事が、見えないところで誰かを助けていることって山ほどある。それでいい、そういうものだ、そう思って好きな仕事をしていると思う。

それに比べれば家事って、それをしないと困る人がいるというのがすごくわかりやすい。(だからプレッシャーなわけですが。)こんなにダイレクトな仕事を日々やっている私たちってちょうえらい。まじですごい。天才。

もちろん、心穏やかに過ごすため、家事を100%自分の手でやる必要なんて全然なくて、お惣菜に頼る日があってもパルシステムの三日分のお料理セットならびに冷凍マグロ丼に助けられまくっても(ほんとに助けられまくっている)別に掃除を外注しちゃっても全然良いと思う。そういう工夫はいくらでもして良いと思う。

ただその前に、その工夫よりも前に、まず自分で、「毎日の素晴らしいお仕事(家事)をしている自分、おつかれ、ちょうえらい。」と、認めてあげたいな、と思う。そうじゃなきゃ、まじめな主婦のみなさんは「手抜きしちゃって・・」と、責めることにもなりかねない。(私はまじめな主婦では全くないけれど)

地味なお鍋の焦げ付きを夜な夜なとってる私はちょうえらい。洗濯物がしばらく溜まってたとしても他のことやってる私はめっちゃえらい。

と、いうことを、みんな認めてあげましょう。というか認めて。というかほんと頑張ってる私。というか、オットの次の休みはいつなんだろう。と、いう独り言です。

(なんせ私は今、パルシステムから届いたものをトランクルームから出して冷蔵庫と冷凍庫に食材を入れることすらめんどくさくて現実逃避をしている)

(でもえらい)

・・・と、ここまで書いて記事を終わりにしようと思い、トランクルームにパルシステムを取りに行ったら、なんと私が頼んでいたのは翌週のパルシステムであり、今週はケースの中が空っぽであった。衝撃。そんな私のレベルの低すぎる家事でもやってる自分めっちゃえらい。と認めてあげよう、というお話です。(ひどい)

 

洋服を選ぶ時の「ストーリー」

新しいもの、流行を楽しむこと

物欲低下の季節です。暑いし。いや、暑いのは嫌いではないのだけれど、なんといっても気持ちは秋冬物に向いているのに、秋冬物を見るには暑い。暑すぎる。というかまあ外に出るのも暑い。というわけで、この季節は物欲が低下する。けどこの物欲低下、季節的なものだけじゃなくて、ちょっとした考え方の変化があったんじゃないかと思い、考えてみた。

洋服を楽しむ時、やっぱりその時その時の流行りを楽しむ、というのは醍醐味であると思う。前にも書いたけれど、やっぱり流行を取り入れること、それにチャレンジすること、っていうのは自分の幅を広げることであったりもして、楽しみの一つであることは間違いない。

洋服の宿命として、どれだけ良いものでも、どうしても翌年には「これはやっぱり去年のカタチだな・・・」と思ってしまうものが出てくる。買う時はもちろん、「できるだけ長く使えるものを・・・」と思うわけだけれど、翌年にはどうしても手が伸びない、ということはままある。これはもう、仕方がないと私は思う。

村上春樹は(ほんといつも村上春樹で申し訳ないのだけれど)過去の自分の小説はほとんど読み返すことがないという。それは、どうしても「古いな」という感じがしてしまうからだと。数年前の洋服が古く思えてしまうのと同じだ、と。

洋服ほどではないにしても、なんだって、「古いな」とネガティブに感じてしまうというのはある程度避けられないことなのかもしれないなと思う。それは例えば料理の味付けとかにだってあるのかもしれない。いや私は思ったことはないけれど、私の洋服好きのベクトルが食に向いてる人は、そんな風に思うこともあるのかもしれない。

だから、去年あんなに厳選して色々買ったのに、今年もやっぱり欲しいものが出てくる、というのはごく自然なことで、ある程度はやっぱり色々アップデートしていきたい。していきたいと決意するまでもなく、どうしても毎年欲しいものは出てくる。何度も言うけれど、そういうものが人生の中で一つくらいあったったいいじゃないか、と私は思う。もちろん自分の「楽しめる」範囲で。

「欲しい」というモチベーションの変化

それでも、今年のもの、新しいもの、そういうのがどうしても欲しい!といった感覚が、少し減ったような気がしている。それはもちろん、歳を重ねて、良いものを少しずつ集めてきたから、というのもある。コートなんて、エッグクロンビーとムートンがあれば事足りると本気で昨冬思った。

けどそれだけじゃなくて、なんとなく洋服に対する考え方が変化してきたからじゃないかなとも思う。

インスタで洋服を見るようになってからの一番大きな変化は、インスタ界隈の流行りを素早く知ることができるようになったところかなと思う。私はファッション雑誌をほとんど読まないので(仕事で読むことはあれど)詳しいことはわからないけれど、多分雑誌で紹介されてバカ売れ!みたいなものが、インスタにうつってきたという流れがあったのだと思う。何を今さらという話ですが。

ちなみに私はインスタで見てこれかわいい!と思って購入する、という、この昔で言う所の(今も意外と言うのだけれど)AIDMAを絵に描いたような流れについて、決してネガティブに思っているわけではない。むしろわかりやすくて健康的でいいじゃないかと思っている。いや、持たない暮らしもシンプルライフも素晴らしいと思うし、実際良いものを長く、という方が実のところ何かと「便利」だったりするわけなのだけれど、でもそれだけじゃあ日々味気ないと思う。それは別に洋服に限らず、一つくらいは、たまには冷静な判断ができなくなっちゃうくらいに好きなものがあっても良いじゃないか、と私は思っている。何でこれ買ったんだろ、何でこれがどうしても欲しくなるんだろ、というものが一つくらいあった方が、日々張り合いが出ると思いませんか。まあこれは洋服好きの壮大な言い訳なんですけど。

ただあまりにそればかりになると、人間の心理として、この流行っているやつを手に入れておきたい、完売する前に手元に置いておきたい、自慢したい、みたいな気持ちが湧いてくるように思う。それは別にSNSが出てくる前から、人間が普通に持っていた感情として。エアマックス全盛期の頃から人々が持っていた欲望として。(すぐにエアマックスを持ち出す昭和生まれ)

でもそういう感情は、多分そんなに長続きしない。感情というか、そういうモチベーションというか。「流行っているから」「品薄だから」「自慢できるから」というモチベーションって、瞬発力はものすごくあるのだけれど、持続力はそんなにない。

それよりは、「新しい仕事を始めたからジャケットを買おう」とか、「人生の節目にバーキンを買う!」とか、そういったストーリーの方が、持続力はずっとある。婚約指輪に飽きる、ということは早々ないですよね多分。極端な話ですが。

自分は最近、そういうモチベーションでものを選ぶようになってきたのかもなあ、と、思う。だから、シーズン始めの今のうちに完売しそうなこれだけは買っておかなきゃ!みたいなことがものすごく減ったように思う。そしてこれはもしかして私だけじゃなくて、世の流れとして結構多くの人が思ってたりするんじゃなかろーかと、ちょっと思ったりしている。

メゾンが持つストーリー

こうなってくると、洋服の流行り廃りが絶対に避けられないものとはいえ、結構、去年より前のものも「古いな」と感じることなく着られたりする。それはもしかすると、一つ一つにストーリーを感じながら選んだものだからなのかもしれない。流行りとは違うかもしれない、人から見ると古いかもしれない、でもこれは自分にとって大切なストーリーのあるアイテムなのだ、と。

これから先こういう、ストーリー性のようなものはすごく大切になってくるんじゃないかなあという気がしている。そしてこれは、古くからいわゆる高級メゾンが得意として、大切にしてきたことだと思う。ヴィトンには旅行というストーリーがあり、エルメスには乗馬というストーリーがあるように。

ってこれは実は10年以上前、大学のゼミで、当時のヴィトン(LVJグループ)の社長だった秦郷次郎さんを招いてお話を聞かせていただいたことがあって、その時に秦さんがおっしゃっていたことそのものなのですが。うろ覚えすぎてもし間違っていたら本当に申し訳ないのだけれど、こういうお話だったように記憶しています。一時期、女子高生がこぞってヴィトンを持っていたことがあって、ともすれば偽物でもいいから手に入れたいというような流れが出てきてしまった。でも、ブランドってそういうものじゃない。初めてパリへ行った時、ヴィトンの本店で、その日のために頑張って貯めたお金で小さな小物を買う。そういうったストーリーこそがブランドなのだ、と。

その時に聞いたお話がものすごく印象深くて、なんでもすぐに忘れてしまう私としては珍しく覚えているわけだけれど(とはいえその話を誰と聞いたのかとかほんとにゼミで聞いたのだっけとか細部はすっかり忘れておりますが。)あれは今も通じる真理だったなあと思う。

SNSの台頭があろうと、ファストファッションがこれだけ流行ろうと、メゾンが持つストーリーっていうのは、やっぱりすごく強い、と私は思う。個人的にはやっぱりものすごく、そのストーリーの持つ力にひかれる。わくわくする。そのストーリーが「真実」であれば、だけれど。

私はファッションの専門家でもなんでもないのでビジネス視点ではわからないし、これはただの洋服好きの戯言にすぎないのだけれど、こういう、選ぶ時にストーリーを感じてわくわくできるような、そういう体験を積み重ねられるような、そんなブランドに、そしてブランドにかかわらずそういう洋服に、これからも触れていきたいなと思う。そしてそういうわくわくするようなストーリーを、私も誰かに伝えていけたらいいなと思う。

もちろん、衝動買い的にこれ欲しい!っていう短期戦な選び方もたまには楽しみながら。

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免許更新という異空間とまさし

こないだ免許更新へ行ってきました。・・・機嫌が切れて半年もたったギリギリのタイミングで。いやほんと生きてく力が著しく欠如していてすみません。

免許がとても切れている

3か月ほど前、オットに、「ねーまいちゃん、この免許とても切れているよ。」と謎の日本語で指摘され、とても切れているとかいう表現がこの世であるわけないじゃないかと思い免許証を見てみたところ、全くもってとても切れていた。期限が。その時点で3か月ばかり。これはもう、とても切れている。

が。しかし。私が苦手な場所ランキングワースト3は、税務署、区役所、銀行、なんですけど、まあつまるところあらゆる事務手続きの生じる場所がことごとく苦手でして、できることならそれらの場所に近づかずに穏便に済ませたいと日々思いながら生活しておりまして、そういった私にとって免許更新センターなんてものは奥様もう。ワースト3に限りなく近い場所に君臨される場所なのである。自慢じゃないけど。いやほんとうに自慢じゃない。

で、生きていく力が著しく欠如している私は(それを人はズボラだと呼ぶのかもしれないがこれは生きていく力の欠如であって本人にはどうしようもできない事象なのである)できるだけ延ばし延ばしにしていた。その恐ろしい場所へ近づく日を。恐ろしい場所っていうのはつまるところ免許更新センターなんですけど。

しかしです。聞くところによると、免許失効後(失効という単語がなんとも自分のダメさ加減を表してくれている)半年以上経つと、何やらもっと面倒な手続きが必要になるらしい。ただただ免許更新センターへ行くのですらこんなに足が重かった私にとって、「何やらもっと面倒な手続き」とかいうものは恐ろしすぎる。「何やらもっと面倒な手続き」が何なのかをググる手間すら面倒くさいからググりはしないがとにかくめんど・・・じゃなくて恐ろしすぎる。

だからとうとう、更新へ行くことにした。5か月と3週間が過ぎた、ある晴れた日に。ものすごく、えらい。

世の中にはいろんな窓口がある

まずもってついて早々、受付がどこかがわからない。みんな並んでるけどそれが何かがわからない。何とかたどり着いた「失効した人」専用窓口のようなところで(世の中にはいろんな専用窓口がある)婦警さんに「なぜ失効してこんなにほったらかしておいたのですか。」というようなことを聞かれる。実際はそんな風には言われていないのですが、なんだか叱られたような気になる。

「大変申し訳ございません住所変更を(面倒で)しておらず、更新のハガキが自宅に届いておりませんでした。よって、期限が切れていることもさっぱり気づいておりませんでした。大変申し訳ございません。」

と申したところ(謝って済むのであればいくらでも謝る。大人だから。)「そうですね、住所変更をしないとハガキは届きませんね。きちんと変更してください。あと面倒だとばかり思うのは大人としてどうかと思いますよ。」と、言われる。(後半部分は言われていないが婦警さんの顔に書かれている)

「大変申し訳ございません以後気をつけます。しかし面倒だと思うのは私に生きていく力が著しく欠如している結果であって如何ともし難く存じます。」と、答える。(後半部分は口にはしていないが顔に書いておいた)

しかし婦警さんというのはおそらく、私のように生きていく力が著しく欠如している人(人はそれをズボラと呼ぶが)にきっとものすごく慣れていらっしゃるわけで、それ以降一切表情を変えず、ではこのまま写真撮影の窓口に進んでください。と、言われる。(世の中には本当にいろんな窓口がある)

その後、これをルーティンと呼ばずしてなんと呼ぶという流れに乗り、身を任せ、あれよあれよという間に、講習の教室に座らされていた。いかんせん私は免許を失効した立場であり、優良者講習ではなかったため(そういえば前までゴールドだったのにゴールドじゃなくなった。)1時間だったか1時間半だったかの講習の教室に座らされたわけですが。

なんというかそれが。ものすごく不思議な空間であった。

そしてまさしへ

ふつう「教室」というのは、何かしらの共通点を持つ人が集まる場である。小学校であれば、だいたいは同じ区域に住み、少なくとも年齢が同じ同級生が集まる。大学であれば、同じ受験を突破した、同じような偏差値の人が集まる。何らかのセミナーであれば、そのセミナーに興味を持つ人が集まる。TOEICの試験会場であれば、多かれ少なかれ英語を必要とする人が集まる。

しかしですね、免許の、しかも優良者でない講習というのは、これはもう本当すごいのです、老若男女問わず、バックグラウンドもおそらく様々で、東京に住んでいる人が大半であるとは思うけれどもとはいえ地域もバラバラで、ただ「車の免許を更新する」という目的のみで集まった人たちなわけです。車の免許なんて、さして珍しいものではないわけで、つまりそれに人を限定するような力はないわけで、そうするとまあ、なんかヤンキーっぽいお兄ちゃんやらきれいなお姉さんやらスーツ着たサラリーマンやら(仕事抜けてきてるのかな)おじいちゃんおばあちゃんやらもうほんといろいろ。この人たちが、教室に座って、前を見て、講義を受けるって、なかなかシュールじゃないか。と、思う。

でもすごいなあと思うのが、それでも別にその場は荒れないわけです。こんなの受けてられっかよ!みたいに怒鳴る人とかいないわけです。いや別に当たり前といえば当たり前ですが、それでもこんな赤の他人が集められて、ちゃんと真面目に講義を聞くってすごいよ、さすが日本。とか思いながら講義を受けているとさっぱり飽きなかった。すごい。

とか思いながら過ごした1時間後、事態は急展開を迎える。

なんと講師のおじいちゃんが「ではここでさだまさしの曲を1曲聞いて終わりにしたいと思います。」と、言い出したのである。えっなぜまさし。と、おそらく多くの人が戸惑ったと思うのですがさすが日本、どよめき一つ起こらない。

そこで私たちは、さだまさしの「償い」という曲を聴かされた。その、誰一人として知り合いがいない、共通項は「免許の更新」というだけの、薄すぎるつながりを持つ他人同士で、ただ、まさしを聴いて、そして、そのまま別れた。

ものすごくドラマチックな一日だったのだけれど、しかしすごいのは、これが毎日毎日毎日、そして何度も何度も何度も繰り返されているということである。あの教室では今日も、多分知らない誰かと誰かが、一緒にさだまさしを聴いているのである。それはちょっとすごい。

そうして手に入れた新しい免許ですが、まあペーパードライバーの私は今回も一度も使うことなく次の更新を迎えると思います。いるのかな、この免許。

※写真はすべてまさしっぽい私というわけではありません

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『騎士団長殺し』を読んで

もう随分前に読み終わっていたのですが、何から書いていいものやら分からず、そしてやっぱり本について語るのはどうも恥ずかしいようで、寝かせておりました、『騎士団長殺し』のあれこれ。時間が空くとつい忘れてしまうので、とりあえず今の気持ちを記しておこうと思います。

 

本の感想ってネットで見ない

と、言っておいてなんですが。私自身はほとんど、インターネット上で本の感想は読まないのです、そういえば。調べてから本を買うということはほとんど、全くと言っていいほど、ない。小説以外のもの、仕事に必要な本とか、そういったものはamazonのレビュー見たりしますが、小説に関してはまず見ない。見ても全く参考にしていないと思う。小説に関しては、受け取り側がどう思うかというのはやっぱりものすごく個人的なものであると思うし、ましてや「良い」「悪い」の判断というのは、誰かにしてもらうものではない、と、思っています。

なので、ここに記すのもあくまでも私が「感じたこと」だけであって、これに変な影響を受けず、いいものはいい、好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、という人それぞれの感想を大切にしていただけますとこれ幸いです。お前は誰だという話ですが。

この小説に関しても、私はネット上にしてもメディア上にしてもたぶん一つも読んでいないので、これが世間一般の受け止め方と同じなのかズレまくっているのかはさっぱりわからない。わからないけれどもまあ、それで良いと、思う。

あと一応、これから読む人だってたくさんいると思うので、小説の内容は分からないように書いています。

つまり一言で言うとものすごく良かった、と思う。

前作の1Q84を読み終えた時、正直私は、あの小説が春樹氏の集大成のように思えてしまって、「これはすごい。もしかしてこの人は、これ以上もう長編小説を書かないんじゃないか。」と、ちょっと思った。今までの物語がなんというか一つの伏線となっているような、ノンフィクション含めて、すべてがこの物語につながってるんじゃないかなあというような気が、していた。今までの物語は、この物語のためにあったんじゃないか、と。

けど、それって今思えば当たり前のことなのだろうなと思う。小説家だって人間なわけで、時間とともになんというか進化しある程度洗練だってされていく。だから一番新しい物語が、今までの集大成である、というのは、それはごく自然なことなのだ。

その時点での集大成から、また先に進むというのは、実はものすごく当たり前で、それを同じ分野でできるというのが、つまりはプロだということかもしれない。そしてそんなことはわかりきっていたけれど、村上春樹さんはプロなのだ。しかもとてもタフな。

そんなわけで、もう二度と読めないんじゃないかと思っていた春樹氏の長編を読めるというだけで私は嬉しかったわけですが。そんな気持ちがあったからなのかどうかわからないけれど、私はこの物語を、とても優しい物語だなと感じた。春樹氏の小説は、いつも深い深い地下に潜り込んでいくのだけれど(それは比喩としてもストーリーそのものとしても。)今回はその地下のダークさが、いつもよりも穏やかであったように思う。でもそれはこの物語のせいなのか、それとも読む私の変化のせいなのか、それはわからない。もしかしたら私が歳を重ねて、地下のダークさを、「受け止められるようになった」とは言えないにしても、ただ「知る」ようにはなったからかもしれない。

「優しい物語」だと感じられること

そしてこの小説で、主人公が深く深く潜り込んでいく過程で、それは具体的にストーリーの中でそういう描写がある(潜り込んでいくというのはここでは比喩だけれども、具体的にある行動をとる)場面で、私は一度、すごく泣いた。深く潜り込んでいく過程で泣くというのは、春樹氏の小説を読んでいて初めてのことで、自分でもちょっとびっくりした。

たぶんちょうど自分が、今までにないくらい、自分と向き合おうとしているからかもしれないな、と、思う。自分と向き合おうとしているというか、まだ何も見えない中を、手探りで、なんとか前に進もうとしているというか。とにかくその描写は、自分のようだ、と、思った。その先で待っている(であろう)ものや、過去に置いてきたものや、遠くに聞こえる声すべてが、私を囲むもののようだ、と。

そこには、恐ろしいものや、血なまぐさいものや、どろりとした手触りのものがあったかもしれない。そしてそれは自分の周りにあったのではなくて、本当は自分の中に、そこだけにあったものかもしれない。それと対峙することは誰かに傷つけられることよりもっと痛いことかもしれない。

それでも、それらすべてが「私を囲むもののようだ」と思ってもなお、この物語を「とても優しい物語だ」と感じたことは、私にとってもこの主人公にとっても、「救い」だなと思う。それはきっと、自分と、自分の手に届く範囲にあるものを、信じているからこそだろうと思うから。誰かの評価ではなく、自分のものさしで、少なくとも「見よう」という気持ちはきっと持っているからだろうと思うから。

続きが気になってどんどんと読み進めていく小説というのは山のようにあるけれど、読み終わるのが惜しくて、なんとかゆっくり読み進めたいと思った小説は初めてだったかもしれない。私にとって数少ない、何度でも読みたい本。1年後、2年後、10年後。読み終えた時にどんな感想を自分が抱くのか、とても楽しみだなと思います。

大切な物語が一つ増えた。それはとてもとても、素晴らしいこと。

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洋服の好きなテイストは変化するのか、という話

「好きな服を着る」「好きな服を買える」モチベーション

よく考えてみると長いこと洋服が好きだなあと思うし、自分の人生において「好きな服を着る」「好きな服を買える」ということは、結構大きなモチベーションになっているのだなと気づく。

中学生や高校生の頃、自分のお小遣いの範囲ではなかなか欲しい洋服が買えなかった。まあそりゃあ当たり前なのだけれど。だから例えば母の昔の服をリメイクしたりだとか、今では絶対にやらないけれど(特技:不器用だから)、家にある布でスカートを作ったりとか色々と工夫しながらなんとかかんとか自分が着たい洋服を着ていた。いつか好きな洋服を好きなだけ買えるようになってやるぞ・・・とか思いながら。

そしてその思いは基本的にずっと自分の根っこにあって、大学の時は多分服を買うためだけにバイトをひたすらしていた。時には授業にも出ずに。いや良い子の皆さまはそんなことしてはいけません。(しかし大学で学べることというのは本当に限られていて、私が大学で見つけたのはまあ数人の友達とオットくらいである。たぶん。)

でも大筋はおそらく今も変わらず、「好きな服くらいは自分で選んで自分で買いたい。」という気持ちは今も働くことの大きなモチベーションになっている。結局少ないお小遣いの中でなんとか好きな服を着るために試行錯誤していたあの頃と、今も大きく変わっていないのかもしれない。どこかで「もっと」と思いながら、少し背伸びをしているのかもしれない。

そういう「服が好き」という根底にあるものや、それをモチベーションにしているところはどうやら変わっていないようなのだけれど、じゃあ好きな洋服のスタイルというかテイストというのは、大枠は変わっていないのだろーか、と、ふと思った。

好きなテイストは流行とともに変化する

結論から言うとこれは変化する。と、私は思う。高校生の頃ものすごいガングロギャルで、ある日思い立って美白をして、お姉さん系のカッコ(ってなんだ)に変化し、それに飽きて今度は古着ばかり着るようになる、といったような大きな変化があるわけじゃないにしても、ほんの数年の単位で、好きな色やテイストや例えばブランドだって、ある程度は変わっていく。それはもちろん、中学生の時にしていたカッコを今もするというのはありえないわけで、スタイルは(おそらく体型含め)変化していからというのもある。

そしてもう一つ、それはおそらくファッションというものが「流行」という波を大きく作っていく業界で、それとは切っても切り離せないものだというのも大きいのかなあと思う。

衣食住において、食や住は「流行」の影響をそこまで大きく受けるものではないけれど(そりゃもちろんナタデココやパンケーキやアサイーやチアシードなどの流行はあれど。)どうしてだか「衣」は流行と切っても切れない関係にある。そして「衣」は流行に振り回される、往々にして。

それについてとやかく言う人はもちろんいるだろう。「流行に振り回される」という言葉は、だいたいにおいてポジティブな意味では使われない。でも私は思う。「流行に振り回される」のはそんなに悪いことなのだろうかと。「流行に振り回される」のは、流行を楽しむことでもあるんじゃないかなと。そしてそれは、「衣」を、洋服を纏うことを、楽しむということなのではないかと。

流行というのは、何も隣の人と同じものを着る安心感を得るために存在するのではなく(そういう人ももしかしたらいるのかもしれないけれど)新しい何かを楽しむきっかけでもあると思う。ずっとヒールばかり履いていたけれど、数年前にスニーカーを履き始めたのは明らかに「流行に振り回された」結果だけれど、おかげで洋服を選ぶ楽しみはぐんと増えた。持っていた洋服が新鮮に見えたし、選ぶ洋服も少し変化したかもしれない。そしてそれはとても楽しい変化だった。

その流行には、業界のマーケティング戦略が存分に組み込まれているのかもしれない。バレンタインデーやハロウィンやイースターのように、そこに生まれるお金の流れを期待する人というのは一定数いるのかもしれない。それでも、そうだとしても、まあ自分が楽しければそれでいいじゃないか、と思う。多かれ少なかれ、誰もがマーケットのターゲットであることには違いないのだから。

流行というフィルターを通して見える世界というのは、ある程度自分にとっては新鮮な風を運んでくれるもののような気がする。その風を通じて、少しずつ好きなスタイルやテイストが変わっていく過程というのもまた、楽しみの一つだなあと思う。

それでもその奥にある軸を大切にすること

ただ、そうはいっても、多分この歳になってくると、やっぱり他のものと同じく、軸の軸まで突き詰めていくと、多分好きなものというのはある程度変わらないというのもまた事実なり、と、思う。それはもしかしたら他人にはわからないことかもしれないけれど、そして言葉には表せないことかもしれないけれど、ある時はものすごくハデで、ある時はものすごくシンプルだとしても、そこには自分にはわかる確固たる軸があるのかもしれない。「カジュアル」「きれい系」「原宿系」みたいなファッション誌的分類では言い表せない軸が。(それにしても例えが古い)

「ちょっとひねりのある変わった形が好き」「どこまでもシンプルだけれど、体にそう形がきれいなものが好き」あるいは「とにかく黒が好き」。その人にはその人の、それは流行とは別のところにある、その人の歴史が影響したスタイルや好きなものがあるのだろうと思う。それはたとえばその人の性格と同じく、内面から外面から、あらゆる影響を受けて形作られていくもののような気がする。そして多分そういうものは、大切にした方がいい類のものだ。それを突き詰めていくと、洋服を選ぶ時の迷いが結構なくなってくるような気がしている。

好きなテイストは変わってゆく。それは洋服を楽しむという意味で、ポジティブに捉えていいと思う。でも同時に。自分が形作ってきた何かを、その好きなスタイルを、大切にしていきたいなあと思う。「流行」だけを見て、隣の人と全く同じカッコをするというのはそれはやっぱり、楽しいものではないから。

なんだって、「大事なのは変わってくこと、変わらずにいること。」byマッキーなのだ、たぶん。(それにしても例えが古い)

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とにかく本が好きらしいということがわかった話

好きな作家の本を時系列に読む

大学の時の恩師が、好きな作家の本は、時系列に全て読むと良い、その人の考えていることがなんとなくわかってくるから、というようなことを言っていて、「ほう、そんなものなのか。」と、その時はなんとなく思った。ただその先生が好きだった作家というのは松本清張で、私は松本清張の本を読んでもどうも感情移入できず(松本清張に憧れた宮部みゆきの本は、いくつか好きなものもあるのだけれど。特に「蒲生邸事件」は最高です。いずれまた。)やっぱり一人の作家のものを全部読むっていうのは厳ししいな、松本清張はこれ以上私には読めぬ。と、思ったのを覚えている。(ほんとすみません清張。)

でも村上春樹の本を読んでから、それが何だったかももはやさっぱり覚えていないのだけれど、よって最初は時系は全くもってデタラメだったと思うけど、とにかく村上春樹の本はいつの間にか全部読んでいて、そしていつだったか、時系列に全部読み直してみて、「あーこういうことか、先生の言ってたことは。」と、いうことがわかったような、気も、した。

それは村上春樹の考えていることがわかってくる、というわけでは全くないのだけれど、そこから私が得るものというか、感じるものというか、受け取るもの、が、少しずつクリアになってくるような感覚が、あったのです。ものすごく抽象的で分かりづらいのだけれど。それは確実に、私をなんだろう、勇気付けてくれたし、とにかく色々なことが「わかる」ようになるまでに時間がかかる私に、少なからずの軸のようなものを与えてくれたような気がしています。

読んだ物語が自分の軸を形作ってゆく

私はあまり人を「尊敬する」ということがなくて(ほんとすみません)、というか尊敬ってなんだ、よく分からないとか思ってしまう節があって(ほんとすみません)、そして大きな決断ほど人の忠告を無視するという大変困った性質を持つわけですが(ほんとに自分でもめんどくさいと思ってますほんとすみません)、自分なりになんとなくいつも軸というか、大切にしたいもののようなものは抱えていて(それが多分頑固だと言われる所以なのだけれどほんとすみません)、その軸はおそらく、人というよりは本からの影響がものすごく大きいように感じています。そしてその多くは、たぶん村上春樹の本なのだろうなあと、やっぱり思う。こっぱずかしいといえばそうなのだけれど、でもやっぱり、そう思う。

それは例えば、全然野球に興味がなかったくせに、息子が興味を持ち始めて野球を見始めてルールもわからないけれども神宮で飲んだビールがものすごく美味しかったからそうだヤクルトファンになろうと思ったことに村上春樹が影響しているとか、ハワイで急に走りたいなと思いついて走り始めて結局今も定期的に走っていることに村上春樹が影響しているとか、何事もすぐ「やれやれ」と口にしてしまうことに村上春樹が影響しているとか(嘘やけど)、そういう具体的なことではなくて(いやたぶん・・・いやそれもそうなのだけれど・・・)でも村上春樹のたくさんの物語を読んで、そこから受け取った何かを、なんだろう、なんというか自分の旗印にしているようなところが、あるような気がしています。それはあくまでも「何か」やから、具体的にどうといったものではないのだけれど。

それがまず一つ、私が影響を受けたこと。というかほぼこれがものすごく大きな影響そのもの。

もう一つ、読書体験の変化

もう一つ、村上春樹の小説を読むようになってから大きく変わったことは、とにかく古い外国の本を読むようになったこと。いやもちろん翻訳ですが・・・。それは私にとって大きな読書体験の変化です。たぶん『ノルウェイの森』に出てくる永沢さんの影響がでかいんじゃないかと思うんやけど・・・いやだめだあんなヤツに影響を受けては・・・。

でも、これはかなり自分の中で大きかったことだと思う。なんというか、正直に言って、村上春樹の本を読むようになってから、日本の小説に、どこか物足りなさのようなものを感じてしまう時期があった。今はもうそんなことはないのだけれど、一時期それが本当に強くて、あまり本を読めなくなってしまったというか、読む意欲を削がれてしまったというか、なんか斜に構えてしまって、その頃何を読んでたのかなあ、家に残っている、数少ない「何度も読み返したい本」を、ちまちまめくっていたような気がする。あとは古本屋で見つけた三島由紀夫だとか川端康成とか、その頃の本をめくっては「暗すぎる。」と、言っていたような気がする。(でも三島由紀夫は『金閣寺』が、そして川端康成は『古都』が最高傑作です。特に『古都』は何度読み返しても面白い。なかなかあんな本はないと思う。)あと、源氏物語。だめだ、完全におかしくなっている。

でもそのあと、外国の小説、特にサリンジャーの本に出会って、それからはまた読むことや、新しい本に出会う楽しみがぐんと増えた。それは本当に私にとって大きな読書体験の変化で、それからまた読みたい本がどんどん出てきた。「読みやすい最近の日本の本」も、それはそれで楽しめるようになった。重めの外国の本と、軽めの日本の本を、交互に読むというのが結構良いバランスだなと気づいて、最近はまた日本の本も読むようになってきた。

「良い本」を手にしていたい

ただ、今ようやく思うのだけれど、やっぱり、がむしゃらに手当たり次第その辺の本を読む、という時期は、過ぎたのだなあという気がしている。それはやっぱり、中学生や高校生や、大学生の、あの時間が有り余っていた頃の特権だったのだと思う。やっぱり、「良い本」というのが、それは自分の価値観を超えて存在するというのが実感だし、そして今はやっぱりもう、「良い本」だけを読んでいたいと、そう思ってしまう。もちろん好き嫌いはあるし、好みもあるし、例えば私はどうしても太宰治が苦手だし(又吉さんごめんなさい)、そういうのはあるにしても、でもなんだろう、本を手にする時、そこはやっぱり自分の信頼できる何か、人だったり物語だったり、本そのものだったり、あとは場所(本屋さんだったり、好きな本棚がある喫茶店だったり、旅館だったり)だったりなんだったりのそういう力を借りて、選びたいと思う。それは私の中ではamazonのおすすめとはちょっと違う。データに紐付けされたものというよりは、自分で選んだもの、自分が信頼出来るものを通じて広がっていく世界のような気がしている。

文章の持つ影響というのは思った以上に大きいと思っていて、あまりに良くない文章(それはあまりに信ぴょう性に欠けているものだったり、必要以上に何かや誰かを批判でなく「攻撃」しているものだったり、まあいろいろな形があるけれど。そして例えばそれは物語の中の「攻撃性」や「暴力性」とはまた別のものなのだけれど。)というのは、必要以上に人の心を消耗させて知らず知らずのうちに傷つけてしまったりもすると思う。

まあそんな中でこんな駄文を読んでいただくのは本当に心苦しい限りですがすみませんとしか言えないわけですが・・・。いやすみません・・・。

それは本当にすみませんなのですが、とにかく、やっぱり本を読むからには、「良い本」を手にしていたい。そう思うと、最初の読書体験のきっかけとして、母の本棚からスタートしたのは、今となっては良かったのかなあと思う。あの頃は影響が強すぎると思っていたけれど、結局離れて暮らしてみて、母の俗っぽいとことか、人間くさいとことか、弱いとことか、そういうところも知って、その上で、あの本棚は今も大好きだなあと、思うから。

そういったわけで、つらつらと本が好きだ、ということについて語ってみましたが、書いてみてわかったのだけれど私は本当に本が好きなのだな。。。これはもう恥ずかしいとかそういうことを言っている場合ではないなきっと・・・

なので、読んだ本についても、少しずつ書いていこうと思います。まずは『騎士団長殺し』を読み終わったらその時に。

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そろそろ好きな本について話しても良いような気もする

クラシックだけでは荷物が入りきらないことが多々あり、トートバッグがあると大変助かる。

「読書が好き」というのがなんとなく恥ずかしい

この前、とても嬉しいことにブログを読んで下さった方からメッセージをいただき(ありがとうございます!)、読んだ本のこととかも知りたいです、と言っていただきました。

昔から、本を読むことが好きで、多分飽きっぽい私が一貫して好きなことは読書と洋服だけのような気がするのですが、なんでだろう、昔から「読書が好き」と言うのがものすごく恥ずかしかった。

思えば小・中学校時代、まあ田舎のヤンキーだらけの小・中学校(小学生はヤンキーにはならないか。中学生かあれは。)に通っておりまして、「勉強をする=超絶ダサい。」みたいな価値観の中で育ちました。いやもう本当にあの頃はそれが世の中の真理だと思っていた。それが全てと信じて疑わなかった。あほだ。

そういう価値観の中でですね、「本を読む」なんていう行為は、ださい中のださいだったのです。多分。あんま覚えてないけど。

いやそれが今も影響しているかというとまあそんなことはないだろうと思うのですが、(なんせ高校へ入ったら、周りに「勉強のできるギャル」が山ほどいてびびって価値観がころっとひっくり返ったから)ただ、なんだろう「本を読む」ことについて語るとなると今でもなんだかこっぱずかしいという思いがあるのも事実。

本が好きとは言っても作家や編集者のように山ほど読んでいるわけではないし、新刊はくまなくチェック、というわけでもないし、洋服のブランドに詳しくないのと同じで、作家に詳しいわけでもまったくない。多分私の読書はものすごく偏っている、と、思う。だから、「読書体験を語るに足らない」、と、どこかで思っているというのもある。誰も私の読書体験に何も興味はなかろう、と思っているような。読書というのはどこまでも個人的な体験だから、それを共有する場は特になくていい、と、多分ずっと思いながら本を読んできたという面もある、気がする。

なにより、読んだ本について語ること、自分の本棚をさらけ出すことというのは、なんだか自分の中身を全部見せるような気がして、人間性までさらけ出すような気がして、どうもムズムズしてしまうというのも、大きかったと思う。とは言ってもつい、自分の思いや考えが本に書かれていると、「そうそうそういうこと!」と、つい引用してしまうのですけどね。自分の言葉では言わないくせに、本で書かれていることで自分を表現するってちょっとずるいなと自分でも思いながら、ついお借りしてしまう。やっぱり、「これは自分のことが書かれている」と感情移入する時ほど、読んでて楽しいものはないというのもあるのかなあ。

とにかくつらつらと言い訳を並べましたが、読んだ本の感想とかをあまり長々と語ることはなく、人ともあまり話すことはそんなに多くなかったと思います。

そして「村上春樹が好き」というのもなんとなく恥ずかしい

 

でも30歳もだいぶんと過ぎて、人並みに、よりはほんの少しだけ多く、本を読んできたような気がしていて、そしてやっぱり、今の自分を形作っているというか、少なからず影響を与えているのは「本を読む」ことそれ自体なような気がして、今なら、本を読むことについて、読んだ本について、なんとなく思うことを記しておくのもいいのかな、と思うようになりました。

これから、読んだ本、面白かった本、自分に影響を与えた本、などなど、記していけたらいいなと思いますが。その前に自分にとって本を読むことについて、少し記しておきたいと思います。

「趣味は読書です」と、言うのと同じくらい恥ずかしいのが「好きな作家は村上春樹です」というこの一言。これはなんというかもう、あまりにメジャーになりすぎてこっぱずかしいというか。自分が好きだった地下アイドル(が何かはよくわからへんけど)が一気に人気が出てメジャーになって、ファンですというのがはばかられるような。(いや全然違う気もするけど・・・)なんだかメジャーすぎて恥ずかしいというのは、私がいかにあまのじゃくかということにつきますが、でもやっぱりこれは避けては通れないことなのだ、やはり。

村上春樹の本を最初に読んだのはもういつだったかも覚えていないのだけれど、高校生の時だったか、大学生だったか、それまでは主に母が読んだ本に大きく影響を受けまくっていた自分にとって、初めて自分で選んで読んだ本だったかもしれない。いやもちろん、図書館で借りて読んだ本とか、そういう意味で自分で選んだ本というのはあったのだけれど、なんというか、家を出て一人暮らしをするまで、自分の価値判断において母の価値観というのがすごく大きくて、あまりに大きくて、母が「いい」といったものが、とにかく「いい」ものだ、と、心のどこかで思っていて。

だから、本にしても、母が「いい」といった本が、「いい」本なのだと、どこかで思っていた。よしもとばななも、小川洋子も、まあ夏目漱石や森鴎外も、アンネの日記も、ミステリーで言えば宮部みゆきも綾辻行人も、まあとにかく家にある本を片っ端から読んでいたと思う、中学生や高校生の途中までは。でも村上春樹はそうじゃなくて、でもどんな経緯で読んだのかさっぱり覚えてないけれど、とにかく自分で選んだ本だった。家にはなかったと思う、多分。

今になっては母の影響が大きかったというのも、それはそれで良かったなあと思うのだけれど(「いい」本であることに変わりはなかったし)思春期の私は、このままじゃいかん、と、思っていて、そんでそれなりに反抗期も経て、結局東京の大学に進むことになる。東京へ出た理由はまあ色々とあって(失恋したとか、うん。)一言では言えませんが、でも自分の価値観でものを選びたい、というのもすごく大きかったのだと思う。そしてその「もの」には、少なからず本も含まれていたと思う。自分で、自分の感覚で、本を選びたい、と、思っていた。

そして、きちんと自分で選んだ本が、結局そのあと、自分にとってかなり大きな影響を与え続けているような気がします。今、こうして振り返るまで気づきもしなかったけれど、多分私が思っていた以上にその影響は大きかった。

ものすごく長くなるので、続きはまた明日。(たぶん)

なんせ最近夜更かししすぎて風邪をひきやすくなってしもうた・・・。規則正しい生活は村上春樹の基本であります(なにそれ)

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春物スイッチと、こだわりのバランス

予想通り、届いた春物第一弾が最高にかわいくて、予想通り、あれこれ欲しくなる、春。

nowos というブランドがとにかくかわいいという話。

nowos というブランドがとにかくどれもこれもかわいくて、久々にわくわくしております。あれもこれも着られるわけではないし、洋服を選ぶという時間も限られているから、だんだんお洋服を買うブランドというのは限られてくるのだけれど、それでもたまに(というか定期的に)これはかわいい!と、いうブランドに出会えるととてもうれしい。洋服が好きでよかったーと、思う瞬間。

と、いうわけで、これに合う色々が欲しくなる今日この頃です。予想はしていたけれども→(春物第一弾と、誰かの「無駄」に寛容であること。)やっぱり一つ買うと勢いがつく。つきますね。はい。

このブランド、なんせおしゃれ欲・・・というか女子力がいちいち低下していた自分がお店に向かわず通販すべく問い合わせしたわけですが、すぐに丁寧なメールを返信してくれて、結果とても良い気持ちでお買い物ができた。

店舗でなくても、顧客満足(自分で顧客とか言ってますけど)を上げてくことはできるのかもしれない、と思った出来事でした。大事だよね、体験っていうのは。

そしてこのカーディガンを着て、ふらっと寄ったロンハーマンで見つけたパープルのスカートがものすごくかわいくて、あれよあれよという間に春物第二弾・・・。あれれ・・・。あと、HYKEのプリーツスカートもスエットパンツもかわいかった。HYKEは毎シーズンのカラーがすごくかわいいなあと個人的に思う。今年はベージュがかわいい。まあ私は万年ベージュが好きなんですけども。。。

好きなブランドが限られていくということについて。

それにしても、「好きなものが限られていく」というのは、洋服に限らず最近顕著な気がするなあ、と、思う。

若い時は、と言っても10代とか20代前半は、洋服にしたっていろんなブランドのいろんなアイテムが気になった。学校が休みのたびにお気に入りのお店を何件も巡っては、あれこれ見て楽しんだ。だけど、歳を重ねるにつれ、お気に入りのブランドはある程度限られてきたなあと思う。

例えばシーズン始めに必ず見るな、というブランドは、私の場合2つとか3つくらいに限られる。前はもっと色々と見て回った気がするのだけれど、なんかまあ体力も気力も無くなってきたかもしれないのですが・・笑

でもそれだけじゃなくて、やっぱりなんというのだろう、時間には限りがあって、物事には限界があるということを、つくづく知ってきたからなのかもしれない。

髪を切る日の自由について

例えば、数ヶ月前に髪を切った時のこと。

普段の私ときたら美容院に行くのは半年に一回ペースというありえない状態だったわけですが、私がそのペースを崩すときそれはつまり急に「短くしたい!」と、思ったときです。

髪というのは切りたいと思いついてしまったらもう最後、もういてもたってもいられないくらい切りたくなるものなのですそれはもう昔から決まっていることなので仕方ない。

しかし、切りたい!と、思い立った日に担当の美容師さんがお休みだとな。がびーん。

でも、その時の私は安心できた担当さんにお願いすることよりも、とにかく今切りたい気持ち、が勝ちまして、担当お任せで予約を取りました。大丈夫かなーという不安を抱えたまま、美容院へ。せめて今まで切ってもらっていた人と同じく女性で、くらいは希望を伝えればよかったかなーとか思いながら。

ところが再び新しく紹介してもらったのは、おそらく私と同い年くらいの男性。

なんせこの美容院に通い始めた頃、スタイリストの美容師さんというのは田舎から出てきたばかりの私よりもずいぶん年上で、アシスタントの人たちだって私よりも年上か一番若くて同い年、とかだったわけです。

それがもう美容師さんが同い年になるとは。。。美容師さんというのは歳上だ、と思い込んでいた私としてはちょっと不安。。。とか思いつつ、切り始めてもらうことに。

ところがですね。その美容師さんもまた、こちらの意図をものすごく読んでくれて、大変満足いく感じに仕上げてくれました。いつもその美容院に行く時、こういう感じで、という写真とかは持っていかないわけです、私。なぜならめんどくさいから(出た)。

で、切りたいんですーとか、色をちょっと抑えたいんですー。とか、パーマかけまーすとか、多分もうすぐ赤子が生まれてきそうな気配なんでしばらくこられませーん楽な感じでお願いしまーすとか、もうざっくりなのもいいところなくらいざっくりなオーダーをする。

でもそれでこの10年間、あ、そうそうこんな感じ、という仕上がりにしてもらってきた。そして、今回は担当の方を指名せずお任せしてみたけれど、嫌な思いはまったくしなかった。そして私は、あ、いいな、この感じは。と、思ったのです。なんかすごく、気が楽になった。なんでかなーと、考えてみたのですが。

もし私が、担当していただいた美容師さんに絶対にお願いしたい、というこだわりを持っていたら、どうしてもこの日に切りたい!と、思った日に切ることができなかったわけです。髪というのは切りたいと思った時が切りどきなのに。(誰が言ったかは知らんけど)

こだわりのバランス

結局こだわりというのは見方を変えれば何かに縛られるということ。人生において「自由であること」をかなり上位の重要事項として掲げている私としては、やっぱり何かに縛られるという状態は心地よいものではないのだと思います。それは髪を切る日、一つにしても。

だから私の中では、美容師さんに関しては柔軟に考えて大丈夫だなと。縛られる必要はそんなにはないなと。私の場合、そこまでこだわりすぎることはない。

一方でこだわりのない人生は味気ない。尊敬するダライ・ラマは、何のこだわりも持つことがないよう、そこから生まれる不自由さに振り回されないよう、そのために家族を持たないといったわけだけれども、私は家族という縛りや子育てというある種の不自由さは、そこから生まれる新しいものの見方や世界があると思うからもちろん否定しない。私にはそれはすごく大切なもの。

そして、こだわること、の楽しさももちろんあって、私の場合はやっぱり洋服が多分それなりに、いや結構、好きらしいので、ここはそれなりにこだわったり色々探したり考えたりする。譲れないもの。時間とお金をかけたいもの。

他にもたとえば、本と漫画なら本が好き。とか、本と映画なら本が好き。とか。もちろんこれはあくまでも、自分の場合だけれど、好きなものや、時間をかけたいものの優先順位がある。

そしてこだわりの中でも、多分範囲はある程度狭められていく。人生の何もかもにこだわっていては時間も気持ちの余裕的にも足りない。若ければいいけれど、家族がいて仕事もしていてという状態では、何もかも、というわけにはいかない。だから、自分なりのこだわりのバランスを見極めることが大切なのかなーと、思ったりした。結局譲れないものがどこにあるか。人生と時間には限りがあるから。

それがきっと年々ある程度、絞られてきたのだろうなあ。それはもしかすると、心地よく人生を過ごすための、小さなヒントになるのかもしれない、と、思う。そしてそのバランスを見極めていくことは、結構楽しいことなのかもなあとか、思う、春の始まり。今年の春夏も、こだわったり自由でいたり、楽しんでゆきたいな、と、思うのです。

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