50音ブログ

【50音blog 】お:音読ーー息子の音読を聞くのが好きだ

声に出して読む、聞く、物語も良いものだ

子供が生まれてから知ったことの一つに、「音で聞く(読む)物語もいいものだ」ということがある。

ずっと本は一人で読むものだと思っていたし、昔は本を読むときに声を出して読み上げたら怒られたような・・気がする。声に出さずに読むもの、と教えられた気がする。

本を一人で読めるようになってからもう30年近く、ずっとそうして生きてきたわけだけれど、子どもたちに読み聞かせをするようになって、「声に出して読む」と、物語がまた違った印象を持ってぐんと迫ってくることを知った。この世に朗読会とかがある意味がものすごく良くわかった。

絵本を声に出して読んでいると、その言葉のリズムがすごく心地よくて、良い本だと普通に泣いてしまったりする。読み聞かせしながら泣くとかどーなんだと思うけれど、仕方がない、母ちゃんも人間だ。あたりまえだ。

声に出して読む方が、ゆっくりと読めるわけで、言葉をかみしめやすい。音にすることで見えてくる情景もあるのだなあと、私は初めて知った。

そういう中で息子が小学生になり、毎日毎日来る日も来る日も夏休みも冬休みも音読の宿題を聞かされている。

まあ、めんどくさいのだけれど(忘れてて朝出る前に思い出すとかキー!ってなる。)でも息子の声で聞く小さな物語は、なかなか良いものだな、と思う。

7歳の男の子が聞かせてくれる言葉遊びや、詩や、お話を聞く。ちょうど良いところで今日の分は終わったりして、いっちょまえに先が気になったりする。ご飯を作りながら聞くその時間は、ちょっとだけスペシャルだな、と思う。

そのうちきっと恥ずかしがったりとかして、今のように素直に感情を込めて読んではくれなくなるだろう。セリフの声を大きくして話したり、ちょっと寂しげに言ってみたり、抑揚をつけたり、まだ素直だからこそ見られるその表現は、きっと失われてしまうものだったりするのだろう。

子育てなんてきっと、後から振り返って懐かしくなるものごとのオンパレードだと思うけれど、できることなら、少しはその瞬間に、ああこれいいなあ、と気づいてみたい。小学生の男の子が、物語を読み聞かせてくれる時間なんて、きっとほんの一瞬で過ぎ去ってしまうことだから。

【50音blog 】え:駅伝ーー走るのは一人でできるからいいのだけれど

初めて「コツコツ」続けてこられたこと

バタバタ2月。貧乏ひまなしとはこのことである。ブログを書くひまもないくらいこんなに慌ただしいだなんて、一体日々何をしているかというと、そう、走っている。

走り始めてから、1年が過ぎた。子どもの頃から「コツコツ」やることが何よりも苦手で、テスト勉強はいつも一夜漬けだった私にとって、少しずつだけれども何かを続けてこられたというのは、もしかすると初めてのことだったかもしれない。

そして基本的に(まあ多くの人の予想に違わず)大した運動神経を持っていない私にとって、この歳になってもコツコツ続けることで苦手な運動方面で(ものすごくへなちょことはいえ)少しずつ伸びていくものがあるなんて、それは大きな驚きだったし、とてもうれしい気づきでもあった。

苦手な「コツコツ」を続けてこられたのは、たぶんこれが全て常に私のごく個人的な事柄だからだ。

誰かに走れと言われて走らされているわけでもないし、チームで一つの目標の向かって戦っているわけでもない。そして何より、誰かと競争しているわけでも、ない。

とにかく根本的に、競争が苦手

最近気づいたことなのだけれど、思うに私は昔から根本的に「競争」が苦手だ。例えばよく「会社の同期はなんだかんだ言ってライバルだ」みたいな話があると思うのだけれど、これ、そうかそういうものなのかと思ってなんどもそう思おうとしてみたのだけれど(なんかそう思わなくちゃいけない気がして)何度チャレンジしてみても、やっぱり最後の最後まで同期に対してさっぱり競争心が芽生えなかった。同期は最後まで、ただの同志であり友人のようであり、ライバルではなかった。

だいたい同じ会社の人に対して「ライバル」と思うことはどう考えても自分にとって不自然だったし、なんなら大きな声では言えないけれど同業他社のことすら私は「ライバル」とあまり思えないというか競争心がどうしても湧いてこなかった・・わけで・・あります・・・。(小声)

まあとにかくそういう人間のため、誰かと競争するスポーツというのは、根本的にさっぱり向いていないのだと思う。仕事にしたって、競争心がモチベーションになることはまあ正直、一切、ない。(もうほんとどうかと思うけれども仕方ない、もうそういう人間だと開き直るしかない)

そういう私にとって、ランニングというのは、誰かと競争する必要のない、結構向いているスポーツだったのだなあと、1年続けてみて思う。

自分一人で、好きな時間に、好きな場所でできること。大した道具もいらず、どこか(ジムとかプールとか)に行く必要もなく、ただ淡々とできること。競争をする必要がないと同時に、競争に巻き込まれることもないこと。(もうほんとどうかと思うけれども競争に巻き込まれるのももんすごいめんどくさいので嫌です、もうそういう人間だと開き直るしかない)最初はそこまで考えていなかったけれど、振り返ってみればどれも自分に向いている。

だめだめな私を、先輩が駅伝に誘ってくれた

と、これだけ「一人でできること」の素晴らしさを語ってきたわけですけれども、そんな私は先日、初めて駅伝に参加してきた。前職の先輩たちと4人のチームで、一人約4キロを走ることになった。

駅伝となると、一人じゃなくて団体競技だ。しかも私以外の先輩はみんなキロ3分台から4分前半で走るのであーる(は、はやい・・・)私だけ5分台である。信じられない。お荷物感甚だしい。大丈夫かいや絶対大丈夫じゃない。

しかしまあ、なんといってもダメダメな後輩を持つ私の先輩である。私が誘われるがまま何もせず待っている間に、エントリー等の事務作業を全部やってくれて、前日の完璧なリマインダーメールも送ってくれて、現地に応援に来てくれるオットに「見てこの先輩からのメール読めば集合時間も場所もスケジュールも全部わかるよめっちゃわかりやすい!」と、言ったところ、「うん、感心している場合じゃないよ、それ本来一番下っ端のまいがやるべきだよたぶん。」と、言い放たれた。・・・た、確かに。いつもありがとうございますすみません。

そんな感じであれよあれよとことは進み(すみません)大丈夫かな私(全然大丈夫じゃない)と思いながら駅伝当日を迎えた。

だけど実際走ってみると、駅伝とはいえ走る間は当然自分一人であり、タイムも見知らぬ人と比較しても仕方がないので(あと本当に申し訳ないとは思うけれどもそれでもめちゃくちゃ速い先輩たちと比較してもやっぱり仕方ないので)やっぱり過去の自分と比べて速いか遅いかという捉え方しかできないわけで、基本はいつもと同じように、自分一人の世界で走れた。

それでも、同じチームの先輩を応援するのは楽しかったし、襷をもらう瞬間も、渡す瞬間も、やっぱりなんかじーんときて楽しかった。もう、思い出すよね、思い出さずにはどうしてもいられないよね、あれ

たまには誰かと並走することも楽しい

そして一番、なんというか、自分の成長を感じたのは、レースの前に、先輩たちとアップで2キロくらいを走った時、だったりとか、した。

よくランニングの記事とか見てると、「最初は人と話せるゆっくりのペースで」とか書いてあるけど、まじで絶対無理どれだけペース落としても人と話しながらとかしんどすぎてぜっっっったいにむり。と、ずっと思っていた。(だいたい人と一緒に走るのすら絶対無理だ私は。と、思っていた。)

でもこの日、たぶん先輩たちはもんっっっのすごい信じられないくらいペースを落として走ってくれていたと思うのだけれど(いけめん・・)それでも6分半くらいのペースで、息も上がらず笑いながら2キロ走れた。それは私にとってはちょっと奇跡に近いというかなんというか正直それが一番嬉しかったと後からオットに言ったら苦笑していたがでも本当の話なんである。

誰かと走るなんて絶対むりだと思っていた。一人でできるのが楽しい、それがランニングの良いところ、と思って1年間走ってきた。それは基本的に変わりはないのだけれど、たまにこうして誰かとレースに出たり、笑いながら並走したり、そういうのもいいもんだな、と思った。それは走ることの、新しい楽しみを見つけた瞬間でもあったし、もっと言えばたまには誰かと「並走」してみるというのは、自分にとって少し、大切なことなのかもしれないな、と思ったりもした。

ごく個人的な人間で、誰かと競争することすらできなくて、一人黙々と何かを書いて生きていたいと思っていて、半径3メートルくらいの世界しか普段たぶん見えていない。それでも、程よい距離感で誰かと並走していると、新しく見えてくる世界があるのだな、と、しみじみと思ったお話。

それでまた今日も、私は一人で黙々と走っております。

【50音blog 】う:歌ーー4歳むすめがずっと歌っている

むすめがなりたい職業トップ3

来る日も、来る日も、劇場だ。この家は、勝手に、劇場と化している。

我が家の脳内プリンセスの4歳児がおかしいということは、ここでも何度となく書いてきたのだけれど、何よりおかしいのは、もう我が家の誰もそれをおかしいと思わなくなっていることである。たまにハッとして、「いや待ておかしいから。」とせまりくるおかしみに耐えられなくなってしまうことはあれど、普段それは、普通に、そこにある。日常だ。

脳内プリンセスは、普段からあらゆるものになりきっている。最近の「おおきくなったらなりたいもの」トップ3は、「アイカツのひめ」(誰かは知らない)「うたのおねえさん」「ほいくえんのせんせい」である。お分かりいただけるだろうか、3番目になるにつれて就職できる可能性が高くなっていくのが。「うたのおねえさん」の狭き門っぷりはあるにしても、それにしても誰かも知らない「アイカツのひめ」よりは可能性は高いだろう。

しかし、だ。その「アイカツのひめ」にしたところで、むすめはある程度現実路線を考えてのことなのだ。つまり、「エルサ」はもしかして厳しいかもしれない、でも「アイカツのひめ」ならいけるかもしれない、と、4歳ながらに現実を見据えてしまっている。厳しい世の中だ。

誰か知らんけど、アイカツのひめ。

トップ3の職業に共通するもの

さて、このトップ3の職業に共通するものそれは何か。あなたにはバラバラに見えるだろうか。それはプリンセス修行が足りない。よく考えてみてほしい。もっと脳内をプリンセス色にしてほしい。

共通することそれは、歌うことである。全員が、何かしら歌っている。

だからむすめは、夢に向かって、いつも、いかなる時も、ずっと歌っている。何なら、私との会話も歌で伝えようとしてくる。「ママ〜わたしい〜はあ〜 ごはんがあ〜たべたい〜のお〜 きょうのごはんはあ〜 なあ〜にい〜♪」

普通にきけや。

もちろん私はふつうに答える。「こないだいぬい(前職同期)が買ってきてくれた大量の白菜が余ってるから白菜のお好み焼きにしよ。」

するとむすめは答える。いや、歌う。「い〜ぬい〜♪」

歌われてるよ、いぬい君。

毎日この調子である。ずっと、歌っている。でも、家族の誰もが、普通の顔をしている。それぞれが、自分のペースを崩さない。たとえむすめに歌われても、誰も歌いながらは返さない。なかなかシュールな絵だなと思う。

そして、こちらのペースの崩れなさに惑わされることなく、同じく全くペースを崩さないむすめのハートも相当強いなと思う。こちらがどれだけの塩対応をしても(別に塩対応しようと思ってるわけじゃなくてもあんなテンション到底ついていけない)決して折れることなく歌い続ける。

そう、むすめは歌い続ける。

タモリさんはミュージカルを観られないけれど

タモリさんがミュージカルを観られない、というのは有名な話だ。会話が歌になるのにどうも馴染めない、と、タモリさんは言う。「なぜ死ぬ前にハモれるのか」と。たしかに。

いいともにミュージカル女優を呼びながら、「俺は観られない」と言っちゃえるタモリさんがもちろん私は大好きなわけで、そして私もタモさんそれわかる、日常会話が歌になっちゃうとどうも感情移入できない、と、少し思っていた。アナと雪の女王でも、ちょっとそこで歌うのにはついていけない、という場面がややあった。日常に歌が入り込むのは無理があるだろう、と。

しかし気づけば、なんと我が家の日常にはむすめの歌が入り込んでいる。ものすごく自然に、そこにある。なんなんだ、ミュージカルって、実はセリフや思いを歌に託すんじゃなくて、普通にあれが日常として成り立っているのか。アナはエルサに、本当に「雪だるま作ろうー♪」と歌いながら問いかけたのか。もしかしてあれは、ごく普通の光景なのか。

人は大抵、どんなことにも慣れていく。目の前のむすめが、会話をすべて歌で行ってきたとしても、「そういうものか」と受け入れる。少なくとも我が家は全員、普通に受け入れている。日常とはそういうもので、そして思うに多分、家族というのはそういうものだ。たぶんアナとエルサも同じだ。

まあそんなむすめも明日は節分ということで、意味がわかっていなかった0歳児の時を除く1歳児以降の3年間毎年毎年もれなく号泣してきたので明日もコテンパンにやってやろうと思います。楽しみすぎて寝られない。さすがに歌う余裕もなくなるはずである。ふっ。

*感想、お問い合わせ、また、インスタグラムで気になるこの人のお話が聞いてみたい!というご要望、お仕事のご依頼はこちらから。

【50音blog 】い:犬ーーー犬派と猫派に分かれている

犬派か猫派か元カノか

「犬派の男の人を好きになったことがない。」

と、言ったら、オットに怪訝な顔をされた。「俺は中立だ。どちらでもない。猫派とは誰だ」と言う。「いやいやあなたは立派な猫派ですよ」と諭す。ツマは色々大変なのである。

でもなんか、好きになる人はとことん、猫を飼っているとか、猫に目がないとか、なんかそんな人ばっかりだった気がする。ほら、村上春樹だって猫が好きだし・・・。

かくいうオットも、実家にいた頃はシロという猫がいた。今はオットの実家では犬を飼っているけれども、オットが共に暮らしたのは白ねこのシロだ。

オットは今でも「シロは本当にかしこくてかわいい気品あふれる上品な猫だった。ツンとしているとこがまたすごく良かった」と言う。まるで元カノについて話すように。(あほなんじゃないか。)

猫はツンとした感じ、犬は全力で愛を表現してくれるヤツ

そう、なんというか猫は、こうやって懐に入るのがうまい気がする。もてあそぶというか。ツンデレというか。(最近聞かないなツンデレ)

それに比べて犬は、しっぽを振って全力で愛を表現してくれるかわいいヤツ、という感じ。もうばかだなあとか言いながら、憎めない感じ。

それで私が今まで猫派の人をつい好きになってきたというのはそれはつまり、「ツンデレが好きな人が好き」ということなのか?めっちゃめんどくさい。(関係ないけれど、むすめ4歳が保育園で「めっちゃ」っていっちゃダメなんだよ!と、教えてもらってきたらしく、めっちゃ注意される。でもめっちゃってめっちゃ使うしめっちゃって使わないのめっちゃ難しい)

まあでもオットだってガッキーの上品なところがいいとか、がさつじゃないところがいいとか、そんなことばかり言っているけれど、がさつなツマと結婚したわけだからまあつまり人生はそんな思い通りにならないものなのだよふっ。

どちらかと言うと犬派なのだけれども

ところで昨年末、猫の飼育数が初めて犬を上回った、という記事が出た。

ペット数、猫が犬を初めて逆転 飼い主の数は犬が多数

まあこの記事の、岩合光昭さんとムツゴロウさんのコメントがなんというか天上人みが溢れていて最高なわけだけれど、それはさておき確かに実感としても「猫ブームだな」というのはわかる。周りを見ていても、猫を飼う人は多いなあと思う。

何を隠そう、どちらかと言うと犬派の私も(というか、実家では犬しか飼ったことがないから、猫と共に暮らしたことがない。だからまあ「犬と暮らす楽しさは知っている」という感じ。)今、家に猫がいてくれたらいいんじゃないか…と、結構本気で考えている。いや、本当は猫でも犬でもいいんだ。ただ、多分この飼い猫が飼い犬の数を上回ったという理由におそらく一番当てはまる、「ライフスタイル」の問題が、あるのだと思う。

実家にいためちゃくちゃかわいい犬の話

実家では、かりんという名前の犬を飼っていた。柴犬の雑種で、美人で、めちゃくちゃ臆病で、出産する時すら、私たちにそばにいてくれときゅんきゅんと鳴くわんこだった。(普通犬は出産の時気が立って人を寄せ付けないと聞いていたのに。)

大きなトラックとかとすれ違うとびびって歩けなくなるし、風の強い音も怖がって家に入れてくれと泣いていた。あれはもう、鳴くんじゃなくて泣いていた。でもそういうところがたまらなくかわいかった。

いやなんか、オットがシロについて話す時と同じ感じになっている気もするけれどもまあそれは気のせいだ。私は特に元彼について話しているわけじゃない。(そういう問題ではない)

とにかく、そういう超絶かわいい手のかかるわんこが実家にいたのだけれど、正直言って、飼育していたのは、母だ。お散歩へ行くのも、餌をあげるのも、犬小屋の掃除も、母がしていた。

…いや、ごめん、妹たちはしていたかもしれない。しかし、ジャイアン的ねーちゃんは、ほとんど何もしていなかったと、思う。いや、ほんと、ごめん。

専業主婦の母と同じことができるかというと

母は専業主婦で、だいたい一日中家にいて、隣には母の両親が住んでいて、旅行の時には預けて行くこともできた。一軒家だったから、小型犬じゃなくてももちろん飼うことができた。

そして私は母と同じことを、今の生活で、できる自信がない。

マンションだし、実家は遠方で預けられる人は近くにいないし、サラリーマンではなくなったとはいえ仕事も(一応、たぶん、きっと…)ある。すぐ旅行に行ってしまうし家を空けることも多い。

毎日お散歩へ行ける自信もない、ランニング一緒にしてくれる犬ならいいかもしれないけれどもそういう問題じゃないのだろう、たぶん。

そうすると、猫はたぶん、現代人(というくくりもどうかと思うけれど)のライフスタイルでも、飼いやすいのだろうな、と思う。なんせ、シロのようにツンとしてて気品あふれて気高くてこう…一人の時間も楽しんでくれそうだし(想像)。現実問題として、ペットOKのマンションでも、大型犬NGのところはあれど、猫のサイズなら大丈夫だろうし。

ヒロミ(芸能人じゃない)がいいことを言う

ところで昔、宮古島の免許合宿で出会ったヒロミが、あっつい宮古島の商店街を歩きながらふと「私、動物を『買う』っていう感覚がちょっとわからないんだよね。お金を出してこう…取引するのがなんか、納得いかなくて」と、言っていた。もう、10年以上前の話だけれど。

ギャルみたいやのにめっちゃまじめやんヒロミ!と、思って、ハタチそこそこの私は感心してしまったのだけれど、あの言葉は私の中にずっと残っている。

犬や猫を飼うなら、保護犬とか保護猫にしよう、と、それだけはずっと決まっているのだけれど、どうしても一歩踏み出す自信がない。でもずっと心の奥に、あるんだよなあ、犬か猫を飼いたいなあという気持ちが…。子どもたちもめちゃくちゃ言ってくるし。その気持ちはめっちゃわかる。わたしも毎年サンタさんにお願いしていた。サンタさん届けてくれへんかったけど。

どうなんだろう。飼えるのだろうか。わたしにも。決心がつかない。だから何が言いたいかと言うと、犬猫飼っている人どうぞご意見お願いします。(いいよ!とか、いやあんたにゃ無理!とか)

でも、オットが「うちの猫はツマとちがって気品高くて上品で賢くて美人でがさつじゃなくてかわいい」みたいなことを言い出したらちょっとやだけどというかドロップキックやけど。(がさつ)

*感想、お問い合わせ、お仕事のご依頼はこちらから。

 

 

【50音blog 】あ:アップルーーーAppleと自由について

はじめに:50音ブログについて

セブ&ボホール旅行記はまだ続くのですが、ちょっと休憩。(休憩?)

50音ブログ、いっぱい「あ」のつく言葉を出していただいた皆さんありがとうございました。(お題は主にtwitterで募集しています。よろしければフォローしてくださいませ!@hannarry もちろん、インスタ or Facebook 経由のコメントでも大丈夫です、お待ちしております。)

50音ブログは、前に書いていたブログで、50音順にてきとうにお題を選んで、そこから連想されることを好き勝手に書く、というものです。書きたいことを書く、のも良いのだけれど、全然馴染みのないものとか思いつきのものから、いろいろ連想して書いてみると、思わぬ発見があったり、自分ってこんなことを考えていたのか、という気づきにつながったりして、なかなか面白かったのです。

旅行記だったり、インタビューだったり(こちらもまた進行中でございます)の合間に書いていくので、ちょっとした息抜きに読んでもらえると嬉しいです。

憧れの、Apple

と、いうわけで最初のお題は「あ」。今回は「Apple」

アッポーペンのアップルじゃなくて、Macを出すApple。まあ、アッポーペンのアップルか。

社会人になって一番最初に買ったのは、MacBookだった。Apple Storeも確か学生の頃にできたばかりで、そこに入るだけでちょっと最先端な気分になったのを覚えている。

でも、私が入社したのはちょうドメスティックな紙媒体の会社であって、Macを使うどころかとりあえずまだMOを使って広告入稿をしていた。(若い人知ってますか、MO…)CDでの入稿すら許されていなかった。というか私は1年前くらいまで、CDでの入稿が許されていることを知らなかった。

そんな環境で、Macが必要になる場面は、もちろんなかった。

そもそもリモートワークなんて言葉もなかったし、仕事は全て会社でしかできなかったわけで、Macを使ってできる仕事はその時の部署で皆無であった。

パソコンで絵を描いていたわけでもないし、家に帰ってそのMacを使うことと言ったら、mixiを見ることくらいい…(懐かしすぎて泣きそう。多分もうログインできない)あとは少しblogを書くくらい。

それでも、アップルマークに憧れた。そう、まさにあれは憧れのような気持ち。

TSUTAYA TOKYO ROPPONGI にあふれるアップルマーク

その頃私は遅番勤務がある部署にいて、週に1度ペースで、帰りが深夜の1時とか2時になることがあった。で、なんとなく手持ち無沙汰で、よく深夜に近所のTSUTAYA TOKYO ROPPONGIのスタバへ行ってぼーっと過ごしていた。(まだ代官山の蔦屋書店もなかった頃。)

深夜の六本木のスタバには、アップルマークを開いて何やら作業をしている人がたくさんいた。私にはその人たちが、ものすごく自由に見えた。実際のところはわからないけれど、とにかくサラリーマンの私にはそう見えた。(まあ、テレ朝の人だったのかもしれないけれど。)

会社に残っていやいや残業するんじゃなくて、好きな仕事なのか趣味なのか、とにかく好きなことに、その時間に没頭できる余裕があるように見えた。(まあ、テレ朝の人だったのかもしれないけれど。)

会社を辞めて「自由」になると

だけど会社を辞めてしばらくすると、朝、同じ時間に会社に行かないことを、なんだか落ち着かないなと思う日が数日続いた。全然仕事をしていない気になってきて、変な罪悪感すら感じる。

たぶん私は、サラリーマンの12年間の間にいつの間にか、「同じ時間に起きて同じ時間に家を出て同じ時間に会社に行くこと」それ自体を、「仕事」だと思い込むようになっていた。

けど、当たり前だけれど、それ自体は仕事でも何でもない。「会社へ行くこと」は、「仕事をすること」じゃない。

私はたぶんもうずっと前から、とにかく「自由」であることを大切にしたいと思っていた。それはたぶん、自分が自由じゃなかったからなんだろう。

もちろん、自分で自分の道を決めてきたし、高校だって大学だって就職だって、自分で好きなところを受けた。

でも、大きな組織の中で(それは会社に限らず学校でもそうなのかもしれない)、毎日同じ時間に起きて、同じ時間に家を出て、例えば同じ時間に保育園に駆け込み、同じ時間に仕事を終え、同じ時間にお迎えに行き…という日々は、たぶん思った以上に、私にとっては(あくまでも私にとっては)「自由」ではなかったのだ。それがともすれば「仕事そのもの」と勘違いしてしまうくらいになるなんて、そりゃもう自由からは程遠い。

守るべきものを、守るためにも自由でありたい

「自由」ってそんなレベルかよ!と、思う人もたくさんいると思う。わかる。だけど、私にとって一つの自由は、やっぱりそれなのだ。自分の人生と、そして人生につながる日々の小さな積み重ねを、自分で選んでいくこと。

「アップル」から連想するこの文章を書こうと決めた時、あの深夜の六本木のスタバで見たたくさんのアップルマークを思い出した。

あーやっぱりあれが、私にとっての自由そのものだなあ、と思う。

もちろん大人だから生きていく中で守るべきものはたくさんあって(それは法律であったり締め切りであったり家族であったり)それは守っていかなくちゃいけない。

でも、自分がやりたいことをしていくこと。やりたい仕事を、好きな時間に、好きな場所ですること。それは自分にとって、守るべきものを守る上でも大切なことなのだ。深夜の六本木でMac開いてカタカタできるための、あらゆる余裕を持っていたのだと思う、たぶん。(やらないけど、深夜の六本木でカタカタ。あくまで例えとして。)

なんというか12年間培ったサラリーマン精神はなかなか抜けないものですが、appleと共に自由な日々を生きていきたいわけです、ほんとwordとの互換性悪くて関係各所にご迷惑をおかけしていることはこの場を借りて深くお詫び申し上げますでもそれは天国のジョブズに言って!

*感想、お問い合わせ、ライティング・編集などのお仕事ご依頼はこちらから。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。