子連れ尾道の旅ー2017GW

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岡山に住むおばあちゃんが米寿を迎え、GWに親戚一同が広島の福山のホテルに集まった。それに合わせて家族で尾道へ遊びに行ったのでその記録。

ノープランすぎる旅

ほぼ思いつきで行くことにしたので、とにかくノープラン。まあいつだってそうなのだけれど、今回はまたひどいまでのノープラン。

駅で散策パンフレットのようなものを手に入れ、地図好きのオットがそれを読み込み、その感覚のみを頼りに方向を定めて歩いて行くという、行きあたりばったりも良いところ。いやいつものことなのだけれど。

尾道についた瞬間、雨が少し降り始めた。この連休はほとんどずっとお天気に恵まれていたので、そうか、雨って降るものだった、と、当たり前のことを思い出す。こうも晴れてばかりだと、雨なんて降らないものだと思い込んでしまうようで、傘も持っておらず、駅前で少し雨宿りしつつ時間を潰す。子供達が代わる代わるトイレ行きたいーと言い出したり、オットがタバコ吸ってくるーと言い出したりするのを待っているだけで、なんだかんだ30分ほど経ち、その頃には雨も上がっていた。

地図を読み込んだオットが、商店街と反対の方を指差し、あっちの山道の方へ行こう。と、言うので、地図が読めない私はもちろん素直に従う。

知らない土地というのは、歩くだけでなんだかワクワクする。それだけで楽しい。そしてその中に、子どもたちがいる風景というのは、妙に心を打つ。尾道というのはほうっておいても旅情があふれる場所だったので、ただ歩く、というだけで、そしてただ歩く子供たちを見ているだけで、おなかいっぱいになるくらいであった。

オットが指差した方角は、これが実際のところとても良かった。階段を上ったり坂道を登ったり。路地を曲がるたび、目に映る景色が変わってどれだけ歩いても飽きない。なかなか、こういう場所はないんじゃないかと思う。地形で魅せることができるってなかなかないな、強いなと思う。

いたるところに猫がいて、子供達は楽しそう。猫を探すのが、歩く楽しみになっていた。動物と子供達っていうのはなんだかすごくかわいい。

一応、メジャーどころが千光寺だというのがオットが持ってきたパンフレットでわかったので、目的地をそこに設定することとする。ここまでの坂道が表情豊かでとても楽しかった。途中、「古民家カフェ」の看板に惹かれて、ふらりと立ち寄る。

高台から、尾道の町と海が見渡せて気持ち良い。畳の部屋でオットと子供達とリラックスしまくってしまい、お茶だけで1時間ばかり過ごしてしまった。

志賀直哉の家があるというので立ち寄る。海を見渡せる高台にあるその建物はまあほんとに気持ち良く、こんなところなら自分たちにも暗夜行路が書けるんじゃないか、という不毛な会話をオットとする。まあ大体私たちの会話は不毛だ。

文学のこみち。詩があふれる場所だった。何か詠みたくなる気持ちもわかる。何というか、文学的な気分にさせられる場所なのだここは。ゆっくり本を読んで一日過ごしたくなる。

お寺を巡りつつ、お寺に居座る猫とたわむれつつ、最後にグリコ・パイナップル・チョコレイトのじゃんけんを息子としながら極め付けの階段を登り、千光寺へ。私にとってお寺とは仏像を見るところなので、見るべき仏像がないお寺はまあスルーしてしまう。ということでここの素晴らしさはその景色。登った感があって良い。そのあたり、山形の石寺に似ている。行ったなあ、青春18切符でオットと・・・

階段を登る前、オットと「ビール」の文字を見つけ、これ、帰り道絶対に寄ろう。と、無言で確かめ合ったカフェに寄る。ゲストハウスと一緒になっているようで、外国の本もたくさん。ノルウェイの森の英訳を見つける。時間かけてゆっくり読みたいなあ・・・読めへんけど・・・いつか読みたい。

ここが景色も良くてビールももちろん美味しくて、すごく気持ち良かった。こんなに素敵なカフェなのに空いていてそれも良かった。東京なら1時間待ちとかざらにありそうだ。とにかく景色が気持ち良く綺麗で、あーほんと、ここで一日中本読んで過ごしたい。と思う。私の夢は、本を読む旅に出ることなのであーる。

帰り道、おめあてのラーメン屋さんがものすごい行列だったので、駅近くの食堂でラーメンを食べる。お店のおじちゃんとおばちゃんが、お外に机出してあげるわ!と、即席で席を作ってくれて、お外でラーメン。&瓶ビール。海と船を見ながら、夕方の優しい風に吹かれて、格別に美味しい。

尾道の原風景

尾道はなんというか地形が豊かで、それだけで景観を美しくしているところがある。こういうのは多分、その土地ならではの強みなのだけれど、結構地元の人はその良さに気づいていない、ということが、わりかしよくあるように思う。けれどもそういった土地の美しさというのは、人々の原風景に結びついていたりして、その土地を離れた人や、たまたまそこを訪れた人の心の奥に何かしらの風景の記憶を残す、ということがたびたび起こる。ような気がする。

尾道は、その美しさに、その原風景に、多くの人が気づいた好例なんじゃないかという気がする。というのは実際のところ、私にとっての尾道がそういう場所だったからなのだけれど。

夏休みに父の岡山の実家に帰省した時、叔父さんといとこと、尾道まで出かけたことがあった。まだ私が小学生の頃。きっと今の息子と、そんなに大きくは歳が変わらない頃。

子供にとって尾道が、エンターテインメント溢れたものすごい楽しい場所だった、ということはまずないと思うのだけれど、それでも私にとってその日の記憶は、なんだか心の奥の原風景としてずっと残っている。何か特別なことがあったわけではないのだけれど、あの日尾道にみんなでいったな、おじさんとおばさんが、恋人みたいに仲良しだったな、みたいなうっすらとした記憶が、さらにうっすらとした景色の記憶とともに残っている。そしてその日のことを思い出すと、大人になった今でも、なんだかとてもあたたかい気持ちになる。

なんでもすぐに忘れる私にとって、こういうのは結構めずらしいことかもしれない。

そんな記憶を頼りに「尾道っていいとこだったよなあ。」という思いだけを抱いて、家族でふらりとやってきた、それがことの始まり。そんな旅もいいものだなと思う。

実際のところ、霧雨煙るその日の尾道が、私の記憶する尾道のままだったのか、それとも風景はガラリと変わってしまっていたのか、もはやそれさえわからない。ただやっぱり、ここを訪れて、なんかみんな楽しそうだった、子供たちも笑ってた、猫が可愛かった、路地を曲がるのが楽しかった、そういう記憶は残るのだろうと思う。人をそんな風に穏やかにさせるようなものが、その地形や、高台から見下ろす海を巡る風景に、表れていたような気がする。

決して派手さはないけれど、表情豊かで美しい町。またゆっくり来たいなあ。そして、子供達にも心の奥の方に、ささやかな景色として残ってくれるといいな。

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