声に出して読む、聞く、物語も良いものだ
子供が生まれてから知ったことの一つに、「音で聞く(読む)物語もいいものだ」ということがある。
ずっと本は一人で読むものだと思っていたし、昔は本を読むときに声を出して読み上げたら怒られたような・・気がする。声に出さずに読むもの、と教えられた気がする。
本を一人で読めるようになってからもう30年近く、ずっとそうして生きてきたわけだけれど、子どもたちに読み聞かせをするようになって、「声に出して読む」と、物語がまた違った印象を持ってぐんと迫ってくることを知った。この世に朗読会とかがある意味がものすごく良くわかった。
絵本を声に出して読んでいると、その言葉のリズムがすごく心地よくて、良い本だと普通に泣いてしまったりする。読み聞かせしながら泣くとかどーなんだと思うけれど、仕方がない、母ちゃんも人間だ。あたりまえだ。
声に出して読む方が、ゆっくりと読めるわけで、言葉をかみしめやすい。音にすることで見えてくる情景もあるのだなあと、私は初めて知った。
そういう中で息子が小学生になり、毎日毎日来る日も来る日も夏休みも冬休みも音読の宿題を聞かされている。
まあ、めんどくさいのだけれど(忘れてて朝出る前に思い出すとかキー!ってなる。)でも息子の声で聞く小さな物語は、なかなか良いものだな、と思う。
7歳の男の子が聞かせてくれる言葉遊びや、詩や、お話を聞く。ちょうど良いところで今日の分は終わったりして、いっちょまえに先が気になったりする。ご飯を作りながら聞くその時間は、ちょっとだけスペシャルだな、と思う。
そのうちきっと恥ずかしがったりとかして、今のように素直に感情を込めて読んではくれなくなるだろう。セリフの声を大きくして話したり、ちょっと寂しげに言ってみたり、抑揚をつけたり、まだ素直だからこそ見られるその表現は、きっと失われてしまうものだったりするのだろう。
子育てなんてきっと、後から振り返って懐かしくなるものごとのオンパレードだと思うけれど、できることなら、少しはその瞬間に、ああこれいいなあ、と気づいてみたい。小学生の男の子が、物語を読み聞かせてくれる時間なんて、きっとほんの一瞬で過ぎ去ってしまうことだから。