成人の日が来ると、いつも、成人式に来られなかったひとっちゃんのことを思い出す。
わたしが生まれ育った町はとても小さな町で、中学校がひとつしかない。だから成人式は必然的に、中学校の同窓会になる。そこに一人だけ、来られなかった同級生がひとっちゃんだ。
田舎の中学校で、みんなまあやんちゃだったけれど、そういう学校にありがち・・なのかはわからないけれど、なぜかみんな部活だけはちゃんとやっていた。
私たちはそこで、「部活のメンバーに迷惑をかけない」ということをひたすらに学んでいた。「先生に怒られること」よりずっと、それはしちゃいけないことだった。そういう中学校だった。
ひとっちゃんはその気質が人一倍強かったような気がする。
しょっちゅう先生とけんかをして、謎に学ランを改造して、よく怒られて、でも友達にはとても優しかった。
うちのお母さんは、「ひとっちゃんは遠くからでも私のこと見つけたらこんにちはって挨拶してくれはる。ほんまいい子やなあ。まいちゃんの友達は、まあやんちゃやけど、心根が優しいわ」と、いつも言っていた。
だけどひとっちゃんは、誰よりも先にこの世を去った。突然に、さよならも言わずに。
高校一年生になったばかりの夏、花火大会の日に、事故で亡くなった。
その日、花火大会の最寄駅についた時、ひとつ下の後輩が、私を見つけて走ってきて、「まいちゃん、ひとしくんが…」と、目にいっぱい涙をためたまま、言葉に詰まった。
なんでもかんでもすぐに忘れる私だけれど、あの時、その浴衣姿の後輩が、金髪の髪を巻いて、めいっぱいおしゃれをして、メイクもして、とてもとてもかわいかったことだけは、なぜかすごくよく覚えている。そのあとどうやって家に帰ったのかも全然覚えていないのに、ただそのことだけを覚えている。
私たちはあの日、初めての誰かとのさよならを知った。もう二度と会えなくなるということが、本当にあるのだと知った。本当に悲しい時、人は涙も流さないのだということも知った。どうしてもかなわない願いがあることを知った。
今でも、15歳のあの夏の日、ひとっちゃんが亡くなってから、もう20年近く経とうとする今でも、ふと、時間が止まっているような気がすることがある。
私の記憶の中のひとっちゃんが、今も同い年くらいのように思えることがある。
やんちゃでも、いつも怒られていても、それでも、ひとっちゃんは、もしかしたらあの頃の私よりもずっと大人だったのかもしれない。もしくは記憶の中で少しずつ、ひとっちゃんも歳を重ねたのかもしれない。
成人式の日、私たちはみんなで、お墓まいりに行った。
慣れない振袖を着た私を、やんちゃだった、まあやんちゃどころかヤンキーみたいだった男子たちが、車から降りやすいように手を貸してくれた。みんなとても優しかった。
ひとっちゃんみたいなことをするな君たちは、と、私は思った。みんな大きくなったんだな、時間は過ぎていくんだな、と、私は思った。
あれから幾つかの、さよならを経験した。私はたぶん、少しは大人になった。痛みをたくさん知った。
それでも、もしかすると、ひとっちゃんとのさよならを、私はまだ乗り越えていないんじゃないか、と思うことがある。誰かとのさよならは、心の奥の奥にずっと残って、「乗り越える」なんてことが、できないのかもしれない。だけどたぶん、それでいいのだ。
いつまでも私は心の中でひとっちゃんに頼り続けているけれど、何かの場面でつい、名前を呼んでしまうことがあるのだけれど、20年間もそれが変わらないのだけれど、でも、今でもそうやって心の中に大切な誰かがいるというのは、それはその人が、生きた証だ。
ありきたりな表現だけれども、心の中で生き続けるというのは、そういうことだ。
ともに時間を積み重ねて来られなかったことを、私はこの先も一生悔やむのだろう。でも、誰かが生きたこと、残してくれたもの、そういうのは、きっと人生の大切なものになる。
春の風が吹くたび、私は中学生の頃のあの体育館を思い出す。バスケットボールの響く音や、乾いた風の匂いや、バレーコートの破れたネットや、そういういろんなものを。そしてひとっちゃんがバスケットボールをたたきながら家の前の道を通って、二階にいる私に呼びかけたことを。家の前で何時間も話したことを、その時話した夢を。
もう戻れない、その時間を。
大人になるにつれ、みんな何かを抱えながら生きるようになる。その記憶に、たまに心を揺さぶられながら、支えながら、歩いてゆく。
35歳になった今も、15歳の、もう息子との方が歳が近いあの頃のひとっちゃんに支えられているなんていうのも、なんだかおかしいなと思いながら。