東京で通い続ける場所があるということ

なんと3ヶ月しかあいてないのに美容院へ行った。

髪を切りに美容院へ行った。ロングの時期が長かったのだけれど、1年前だったかもうちょっと前だったかにバッサリ切って以来、ちょっとでも伸びるとすぐに気になって美容院へいくようになった。

なんといっても、ロングの時は半年に1回しか美容院に行っていなかった。いつも気づけば半年が過ぎていた。

しかし。髪を切ってから私は生まれ変わった。なんと3か月に1回美容院へいくようになった。すごい。これはすごい。奇跡だ。

髪を切りながら、そうかこのお店に私はもう上京以来ずっと通っているのだなあ・・と、しみじみ思った。それってもしかしてちょっとすごいことなのでは。と。

この美容院に通い始めてからの自分の変化

上京以来、私に何が起こったかというと、大学に入学し、卒業し、就職し、結婚し、出産を2回し、会社を辞めた。それを、この美容院は全部知っているのだ。ちょっとすごい。まあ、年に2回しか行ってなかったけど。(それなのにそれを全部覚えてくれている美容師さんほんとすごい。)

東京に出てきてから、今年で何年目だろう、16年めになるのかな、そろそろ、京都より東京の生活が長くなりそうだ。その人生の約半分をかけて、通い続けている場所っていうのは、実はそんなに、多くない。

同じ東京でも住んでいる場所は学生の頃から数えて4回変わり、もちろん生活圏内も変わった。学生の時と、社会人になってからだと、飲む場所もお店も変わった。(まあやっていることはあんまり変わってない気もするけど。。。)

右も左もわからぬまま憧れのダイカンヤマへ行ってそのわかりづらすぎる道で迷った上京2日目の私と今の自分では、さすがに行くお洋服屋さんだって変わってきた。その頃から変わらず行っているブランドとかお店って、さすがにない気がする。それはちょっとさみしいけれど、まあでも年齢によって好きなブランドが変化していくのはある意味自然なことだ。

そう思うと、ほんとに、美容院くらいなのだ。ずっと通い続けている場所って。

初めてその美容院へ行った頃は、専門学校を出たばかりのアシスタントさんたちがみんな自分と同い歳くらいだった。そのアシスタントさんたちが、自分より歳下なのか!と、気づいたのは、就職してから結構経ってからだった。

遅い。高校球児たちが自分より歳下だと気付くのにも相当時間がかかった。遅い。まあこんな風に私は自分が歳を重ねていることをつい忘れるわけだけれど、通い続けていると、さすがにそのことも痛感する。だいたい周りの人が同い年とか歳下になっていく。

美容院というのは、話すのが苦手でもライフスタイルの変化の話をしがち

そもそも私はあんまり美容院やネイルサロンでお店の人と話すのがそんなに好きじゃなくて(めんどくさい)、基本的にはほっておいてほしい(なんといっても生きていく力に欠ける)。

そもそも美容院(もしくはGINZA SIXの蔦屋書店。それは今。)くらいでしか雑誌を読まないから、まあ美容院ではおしゃべりより雑誌を読みたい。読みかけの本があればそれも美容院に持ち込むし、それを読みたい。

そんな感じなので、美容師さんとたくさんおしゃべりしてる方ではないのだけれど、そんな自分でも、美容院というところは、ぽつりぽつりとライフスタイルの変化を話しがちな場所なのだ。

「シューカツするからちょっと髪色落ち着かせたい」と言えば「どんな業界受けてるの?」という話になり、職種の話もした。「実は結婚するから式に向けてちょっと伸ばしたい」といえば「そっかじゃあ顧客カードの名前書き換えるね!」と、新しい名字をおしらせした。

「実は妊娠中で出産したらしばらく来れないから、伸びても大丈夫な髪型にしてほしい」といえば「それは楽しみだね!女の子?男の子?」という話になった。

「上のお子さん何歳だっけ?もうそろそろ小学生だよね!」という話もついこの前にした。そして、「会社を辞めたから平日のこんな時間にも来られるようになったよ」という話をして、「おめでとう!そっか新しい仕事どう?」と、新しい仕事の話をした。

何と言っても、だいたい年2回、多くても4回ほどしか行かないわけだけれど、それでもコンスタントにずっと、この美容院は自分の変化とともにあったのだなあと、改めて思った。

目に見える資格やスキルだけじゃない、力を自覚すること

美容師さんというのはやっぱりものすごく会話のうまい人たちで、いつも何かしらの気づきをくれる。(いやまじであの人たちプロですよねすごい。終わった後全部メモしてるのかなあ、全部覚えててくれてほんとすごいと思う。)そしてその会話の内容は、やっぱり18歳から今までで大きくかわってきた。

前に、「美容師さんは手に職があっていいですよね、どこでも仕事していけるから。」という話をした時に(たぶん、私はその頃会社を辞めようかと漠然と考えていたのだと思う。)「いやでも美容師にとって一番の強みって、資格じゃないと思うんです。」と、その時たまたま担当してくれてた美容師さんが教えてくれた。

「こうやってお客さんとお話するコミュニケーションのスキルとか、あと次世代を育てていく力とかマネジメント力とか、そういう方がどこでも通用する力になるなと思っていて」と、その美容師さんは言っていて、なるほど!と、思った。

もちろん人それぞれに考えはあって、自分はハサミ一つでやっていくんだ!と、いう人もいるだろうしそれはそれでいいと思うのだけれど、自分の仕事からこう広がるスキルを自覚するってすごく大切だな、と思う。

目に見える(履歴書に書けるような)資格だけではなくて、そして美容師であれば「髪を切る」という分かりやすいスキルだけではなくて、長く続けてきた仕事にはきっと、誰から見てもわかるようなもの以上の、力がついているものだ。それをちゃんと自覚できるってすごく大切なこと。自分の力をいろんなことに応用していける、そういう柔軟性があるって良いな、と思う。

その時々で、美容師さんに教えられること

そしてこういう話にハッとしたり、何かに気づけるようになったのは、それはきっと私が16年くらいの間に、いろいろ変化してきたからなんだろうなあ。

18歳でダイカンヤマで迷いまくりのときにはいいお店をたくさん教えてもらって、結婚する時はステキなお花やさんを教えてもらって、出産してから子連れでいけるお店を教えてもらって、そして最近はやっぱり仕事の話が多くなる。その仕事ぶりから学ぶこともたくさんある。

家族と離れて東京で一人暮らしを始めて、そしてまた結婚して新しい家族を持つ今まで、たぶんこの16年の間に自分の人生は大きくかわったわけだけれど、その間ずっと変わらず通い続けてこられた同じお店があるっていいもんだなと、改めて思う。

次回は半年開かないように行こうと思います、たぶん、きっと。生まれ変わったし、うん。

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伝統を守ること、について

その組織らしさ、ってなんだろう

よく学校や会社で、「その組織らしさ」という話になることがある。「最近、この学校らしさが失われてきた・・」とか、「最近の新入社員はうちの会社らしくない・・・」とか。

もう結構前になるけれど、とある伝統ある高校にお子さんが通っているママが、先生から「最近生徒たちから、100何年と続くこの学校らしさが損なわれてきているように感じる。どうしてこの学校を選んだのだろうかと思うことも多い。」という話をされたんだーと、話していた。でもなんでかモヤモヤする!この学校は好きだけどなんかこれはモヤモヤする!なんでだ!と、そのママが言う。

私も話を聞きながら、確かにそれはモヤモヤする!なんでだろう!と、二人で話していたのだけれど。

例の黒髪事件に思う

まず、公立の学校であれば、当然「その学校らしさ」を背負った生徒ばかりが集まるわけではない。私立にしたって、学校を選ぶ理由は、生徒の「その学校らしさ」だけではないと思う。中にはそういう人もいるかもしれないけれど、そうじゃない人もいると思う。「選ぶ」理由は人それぞれで良いはず。

少し前に、女子高生が髪を無理やり黒に染めさせられた話が話題になっていた。あの時、多くの人が学校に批判的だったと思うけれど(そりゃそうだ)、一部で、「ただ、それならその学校を選ばなければよかった」という意見も見かけた。

でも何だか、それも違うんだよなあ、と、私は思う。その学校を100%気に入って入学する、ということはなかなかない。何だって、100%のものなんてない。ここは好きじゃないけれど、こことここはすごく気に入ったから選ぶ、ということもあるだろうし、受験のある学校であれば、第一希望ではなかったけれどここになった、ということだってある。

そして、いろんな事情があって属したコミュニティで、例えば90%は納得して入ったとしても、組織側から「あなたはここに入ったからルールを全て守ってください」と一方的に通告されるのはやっぱり健全ではないなあ、と思う。おかしいなと思うことがあれば、より小さい個人側からだって、声を挙げられる組織がやっぱりいいなと思う。

私が通っていた高校で、昔、校則を変えようという大運動が生徒たちから起こって、そこでいろんな衝突を乗り越えて、山ほどあった校則をたった3つだけにした、という話があって、それがすごく好きなのだけれど、(むしろそれを聞いてこの学校へ行きたい!と思ったわけだけれど。)そういう、簡単にではないけれど、時代や環境に合わせてルールを変えていくというのはすごく大切なことだと思う。

(それにしてもたった3つしかなかったその校則を私は一つも思い出せない。どういうことだ。全くもって自分が信じられない。)

「その学校らしさ」は生徒がつくるものではない

そしてもう一つ、「その学校らしさ」というのは、生徒ひとりひとりが作るものでは、多分ない。それは、生徒が背負うものではない。

学校らしさというのは、例えばその学校がある土地の文化や、歴史が作り出すものかもしれないし、独自の授業や行事が作り出すものかもしれない。そういう、ハード面からまずは作られるものなんじゃないかな、と思う。生徒たちは、あくまでその影響を受けて、何かを感じ取る立場であって、「学校らしさ」を、生徒たちに押し付けちゃいけないんじゃないかな、と。

そういえばこの前の仕事でまとめたこの記事でも、「広尾」という土地、そしてブランドを生かして再生した広尾学園のお話があったのだけれど、これはまさに、その学校の本当の強みを生かした好例だと思う。

そこに集まる生徒たちは、当然、時代によって色々と変わってくるものだと思う。もちろん、その土地の文化や、独自の授業や行事だって、時代の流れとともに変化してゆく。

生徒が先に変わるのか、ハードである文化や行事が先に変わるのか、それはわからないけれど、とにかく変化してゆくことは避けられない。変化は成長でもあるのだから。

「比叡山の1200年消えない火は、今の空気と油で燃えている」

みたいなことを考えていた時、愛読書『翼の王国』で、京都の特集を読んだ。そこに、大好きな「雲母唐長」のトトアキヒコさんのインタビューが載っていた。

唐長は、京都で400年続いてきた、日本で唯一現存する唐紙屋さん。「京都の伝統ある唐紙屋さん」というだけで、死ぬほど敷居が高そうなのに、今の感覚でも「ああ素敵だな」と自然に思えるものがたくさんある。

四条烏丸のココン烏丸に入っているKIRA KARACHOで数年前に購入した「双葉葵色づくし」というこの和紙のセット。ちょっとしたお礼状とかお便りに重宝しまくっている。全部で10色もあるので、子ども達もたまに自分で好きな色を選んで、お便りを書いたりしている。

そのトトさんが、翼の王国でのインタビューでおっしゃっていた。

「比叡山に1200年消えていない炎があるけれど、それは1200年前の炎じゃない。今の空気と油で燃えていて、それが文化だと思うんですよ。」

あーまさに。と、ストンと腑に落ちた。

例えば伝統ある学校にも、ずっと燃え続ける伝統のような炎はあって、それはずっと守られるべきものだろうと思う。炎を決して消さないこと。それはすごく大切なこと。

でもその炎を消さないためには、トトさんの言葉を借りると、今の空気と油が必要だ。その空気と油と、そしてずっと燃え続ける炎から、子どもたちはそれぞれ、一人ひとり、いろんなことを学びとっていく。それが伝統校であるということの素晴らしい強みなんじゃないかな、と思う。

そこには色んな生徒が集まって、そしてそれぞれが違うことを学びとっていく。でもそこに色んな違いがあるから、色んな価値観が集まるから、きっと何か新しいものが、ひとりでは作れないものが、生まれていく。

やっぱり学校ってそういう一人ひとりの違いや価値観を大切にする場所であってほしいし、本当の伝統っていうのは、そうして「今」の空気を入れながら守られていくものなのだと、改めて思う。

京都の伝統あるお店から、教育についても考えてしまったという今日のお話。

それにしてもやっぱり我が高校の3つの校則が思い出せない。なんだっけな。

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退職金を握りしめてママ友と銀座久兵衛でお寿司を食べてきた

お寿司と指輪は自分で買おう

西原理恵子さんが、「お寿司と指輪は自分で買おう」とおっしゃっていたので、退職金を握りしめて銀座の久兵衛へ行ってきました。ものすごくオトナだ。でも想像以上にこのオトナ経験が素晴らしかったので、記しておきます。

24歳の時に早まって(だまされていたのであろうか)結婚し、26歳の時に運良く(それは運良く)息子が生まれてきてくれたので、なんというか東カレ(東京カレンダー)的生活を送る時間がものすごく短かったように思う。今思えば。私をだました(知らんけど)港区サラリーマンのオットは私を一度もカウンターのお寿司になんぞ連れて行ってくれなかったそういえば。まあその頃オットも25歳だったわけだけれど。(でも遊びほーけてましたよね)

だから何ってわけでもないのですが、そういえば、カウンターでお寿司をいただくなんていう経験をほとんどせずに34歳になったのだな、と、ふと思った。仕事で行くパーティーで、ホテルの広い会場に来ている久兵衛のお寿司を食べることはあれど、ちゃんとお店に行ったことはなかった。

妊娠して出産して授乳していると6年くらいはあっという間に過ぎる。

けどどういう話の流れだったかはさっぱり忘れてしまったのだけれど、第一子の育休中に、同じ時期に出産したママ友と、ツイッターだったか何かで、「復職したら久兵衛のお寿司食べに行こーよ。」と、話していた。もうそれは軽口程度のものだったのだけれど、「久兵衛でお寿司。」というワーディング(マーケティング用語)だけはなんだかずっと自分に残っていた。

ただご存知の通り、妊娠→授乳中はお酒を飲めないわけです。軽くそう言いますけど、例えば1歳まで授乳したとしても約2年は禁酒なわけです。うちの子たちは1歳半〜2歳くらいまで授乳してたので、1人につき2年半〜3年くらい禁酒してたわけです、わかりますかこれすごいですよねパパの皆様。

そうすると、慌ただしく、毎日は過ぎていく。毎日どころか、6年くらいが過ぎていった。妊娠して出産して授乳しているとなんだかんだしているうちに6年くらいはあっという間に過ぎてしまうのだ。まじで。

独立したしというわけで、6年越しの約束を叶える!

そんなこんなで約束してから6年くらいが過ぎた今年の誕生日、FBにその友達がメッセージをくれた。お誕生日おめでとう、そろそろ久兵衛行こうよ!と。そしてそれはたまたま私が会社を辞めたタイミングで、「行こう!会社辞めてフリーになったから!」というと、「まじで!それはますますお祝いしなきゃじゃん、久兵衛じゃん!」ということで、6年ごしの約束が叶うことに、なった。そして同業の友達がさらりと予約してくれた。かっこいい。

しかし、決まったはいいものの。行き先は久兵衛。そもそも無職の私が行っていいのか?とか、最近ふざけた格好しかしてないけどこんな服で行っていいのか?とか、銀座のお寿司屋さんには一般人にはわからないマナーが山ほどあって一見さんが行ったらいけずされるんじゃないの?とか、色々頭をよぎる。(京都人)

だいたいいくらするのかもわからない、ので、友達と、とりあえず3万下ろしていこう、足りなくなったらそのまま久兵衛で働こう。と、約束した。(無職だしわたし。)

3万円握りしめていざ行かん久兵衛

でもさ。実際に行ってみたら。久兵衛ときたら最高であった。

緊張するから一人で入れない!と、友達が来るのをお店の前で待っていた私ですが、まず案内してくれた着物の女性がすごくフランクに話しかけてくれて、拍子抜けした。

掘りごたつのカウンターに案内してもらったのだけれど、そこで握っていた職人さんがまたとても気さくな方で、「出産してから6、7年ぶりに約束が叶って念願の久兵衛なんです!」って言ったら「へー二人とも小学生のお母さんなの!見えないね!」とかなんとか言ってくれるもんやから調子に乗って「大将さいこう久兵衛さいこう!」とか言ってそのままのテンションで話しかけ続けた。

久兵衛でママ友とする仕事の話、は最高だった

近しい業種で仕事をしていた友達と、仕事の話をしながら、なんかこういう日が来るとは思わなかったなあと、ちょっと思った。育休中は子どもを連れていろんなところへ行って、子どもを追いかけながら離乳食の話をして、それが6年経ったら、久兵衛で日本酒飲みながらお寿司を食べて、お互いの仕事の話をしている。そして最近会う人がほんとみんなそうなのだけれど、「こんな仕事あるよ!やってみたら?」ということを言ってくれる。

そこには私のまだまだ知らない世界がたくさんあって、わくわくするかけらのようなものがたくさん広がっている。自由になったんだなあと少し思う。

そしてそういうきゃっきゃはしゃぐ私たちを、久兵衛の人たちはとても良い距離感で相手をしてくれた。私は大げさじゃなくて、これが一流だ!と、思った。

隣に座るお客さんとの距離感も程よくて(たまに会話したりしてそれも楽しい)、職人さんとの会話もほどよく楽しくて、何より、6年ごしの約束を叶えた友達との会話があまりにも楽しくて、つい日本酒飲みすぎた、久兵衛なのに。

続いていくために、守るべき大切なものと、柔軟に変えていくもの

「伝統だ」「マナーだ」「暗黙の了解だ」という「空気感」は日本にたくさんあると思う。当然、世界の久兵衛さんだって伝統を大切にしているだろうと思う。だけど、それでも、退職金を握りしめて初めて久兵衛に来ましたという私たちに、すごくあたたかく接してくれた。写真もどんどん撮っていいよ!あの人も撮っていいよ!とか言いながら若い職人さんが大将を指差して、大将がポーズとってくれたりした。

「こんなマナーも知らないの」というような雰囲気は、周りのお客さん含めて一切なかった。それってすごいな、と私は思った。大切なものを見たな、となんか少し思った。いいものは、いい。そして続いていけるのは、守るべき大切なものと同時に、柔軟に変えてきたものがあるからだ。

そうそう、お会計も3万は全くしなかった。春のカットソー1枚分くらいだ。人生には洋服以外にこういうお金の使い方があるのか!と知った、私、34歳。

退職金握りしめて銀座のお寿司屋さんに行ったら、大切なものをたくさん教えてもらった、というお話。

でも私、久兵衛で日本酒飲みすぎてめっちゃ酔ったからやっぱりまだまだだ。いつかもっとスマートに食べられるようになりたい。むすめに、「大人になっていつかむすめに好きな人ができたら、3人で一緒にお寿司食べに行こうね。」と言ったらめっちゃ喜んでいたのでこれも十数年越しになるだろうけどちゃんと叶えてあげよう。きっと世界の久兵衛さんはその時にも柔軟にずっとあると思うから。

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誰かの「違い」に寛容でありたいな、と思う

復職してからの6年で働くお母さんの環境は変わったか

第一子を出産して復職してから、丸6年が過ぎた。(丸6年が過ぎて、会社を辞めたけど)

この6年の間に、働くお母さんを取り巻く環境が、大きく変わったかというと、実感としては、まあそんなに変わらないな、という感じがある。保育園は相変わらず全入ではなく、むしろ働くお母さんは増え続け、「保活」という言葉が生まれ、希望の園には入れない、という状況は続いている。

そして9月まで働いていた会社の制度が、この6年で大きく変わったかというと、大きく変わったものはそんなに思い浮かばない。時短をとれる期間が少し伸びたこと(たぶん)、あと、かなり制限が多いけれども在宅勤務が一部認められるようになったことが、変化といえば変化だと思う。(在宅勤務がもっと進めばそれは大きな変化になると個人的には思っているけれど)

でも自分の心持ちは変わった気がする

それでも私はこの6年間の間に、自分の心持ちとしては、すごく変化してきたなと思っている。それは自分が、変わったということかもしれない。

熊本の議員さんが、赤ちゃんを連れて議会に出席したことがものすごおおく話題になっている。いろんな議論が巻き起こっている。私はこれに関しては、「子連れ会議OK」の立場です。けど私、自分がこういう立場だと、きちんと言えるようになったこと、それがもしかして、すごく大きな変化なんじゃないかなと思っている。

6年前、復職したばかりの頃なら、そして一人目を妊娠中の時ならば、絶対に「子連れ会議OK」の立場だ、なんて言えなかったと思う。たぶん、それはダメだろう、と、思ってしまっていたと思う。本心では、そりゃ連れて行けるならそれに越したことはないとどこかで思いながら、「そんなもの認めちゃいけない、そんな風に甘えちゃいけない」という思いが、自分の中のどこかに、ずっとあったと思う。

妊娠したこと、子どもを出産したこと、そして子どもを預けて働くこと。それを心のどこかでハンデのように思っていて、罪悪感を持っていた。

「罪悪感」を少しずつなくしてくれたもの

たぶんこの6年間、一番大きかったものは、制度でもなんでもなく、この「罪悪感」との戦いだったように思う。それは、周りの声じゃなく、自分の中にあったものだ。周りの目ではなく、自分の中で渦巻いていた感情だ。

もちろん、いろんな考えの人がいて、熊本の議員さんの件でも見て心が痛くなるような批判も多くあって、「仕事に子育ての事情を持ち込むな」という考えの人だって周りにいただろうとは思う。でもそれを、必要以上に恐れていたのは、他ならぬ自分だったのだ。

制度がどれだけ整っていたとしても、自分がこの罪悪感を持っていたら、スムーズに働くことはできない。自分を、認めてあげることができない。

だけど6年の間に、少しずつ、働くことを認めてこられたような気がする。それはやっぱり、周りの人たちのさりげない気遣いに気づいたり、思っているよりも誰も自分を迷惑がってなんていないな、と感じる場面がたくさんあったからだ。本当に、本当に小さな些細なことでも、嬉しかった。退社の時に、「お迎え頑張って!」と言ってもらえることとか、そういう積み重ねが、少しずつ自分を強くしてくれたように思う。

周りのおかげで自分がそうして変わっていくと、少しずつ、今度はまた周りの人たちも変わってきたように感じていた。

例えばいい意味で、気を遣われなくなってきたなと感じる場面が多くなってきた。最初は、ここまでふって大丈夫?と、恐る恐る振られていた仕事が、最後の方は、まあとにかくこれやっといて、時間配分は任せるから!といった感じで、ざっくり振られていた。自分は時短だから、お母さんだから、と、仕事の上で気にすることが、どんどん減っていった。それはとても良い変化だったなと思う。

これは、相乗効果だったなと思う。周りの人たちに勇気づけられて、自分が自分の違いを認められて、仕事もスムーズに回るようになってきた。

事情が異なることは、性格が異なることと同じ

子育てだけじゃなくて、身体や心の病気を抱える人や、病気から復職した人、障がいを持つ人。なんらかのハンデを抱える人は、多分、周り以上にずっとずっと、自分が「罪悪感」を抱えがちだと思う。その時一番辛いのは、周りの「謙虚でいなきゃいけない」というプレッシャーだ。いや、「プレッシャーを感じる自分自身」だ。

だけどそれは本当は、「ハンデ」じゃなく「個性」のはずだ。人それぞれ性格が異なることと、事情が異なることは、同じこと。あなたの好きなものと、私の好きなものが違う。あなたが抱える事情と、私が抱える事情が違う。でも、それだからこそ、違うものが合わさるからこそ、自分には作れない何かを、誰かと、組織と、作っていけるのだ。一番大切な前提は、そこだと思う。

「初めてのもの」や「異なる」ものを、人は最初たぶん、少し恐れてしまう。パラリンピック選手の動きから、最初少し目をそらしてしまうように。でもよく見るとそこには、個性を生かした強さが見えるはずだ。「かわいそう」なんかじゃない力強さが、そこから感じられるはずだ。メルケル首相だって言っていた。「なんだって、すべてのものは最初は初めてだったのよ」と。(なんかそんな感じのこと。)

自分の「違い」と誰かの「違い」を認め合いたい

自分の持つ「違い」を、強さだと、個性だと認めてあげれば、他者の「違い」にも、恐れず向き合える。そして、自分の強さを、個性を、きちんと認めて他者と接したら、きっとその人も、その違いを認めてくれると信じたい。

だから自分と違う事情を持つ誰かに「お迎え頑張って!」って言ってあげられる寛容さを私も持っていたい。「預け先がなければ仕事場にお子さん連れて来てくださいね。」と言いたい。

きっとこれから、少しずつでも、働くお母さんを取り巻く環境は変わってくると思う。その時大切なのは、働くお母さん自身の心持ちでもあると思う。どんな立場であったとしても、その時は「弱者」と呼ばれる立場だったとしても、ちゃんと、言いたいことを言えること。罪悪感に押しつぶされないこと。そしてお母さんたち自身が、他者の「違い」にも寛容であること。そこから生まれる力を信じること。

まずは自分の周りから少しずつ。明日からでも変わっていけると信じて。

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この冬ニットを買っていない!…ので、長年選手のニットを挙げてみた

今年のニットが、ない!

ものすごく久々に一人で乗る飛行機だ!広島だ!さあなに着ていこう!と、思ってはたと気づいた。私はこの冬ニットをかっていない。まじか。

赤裸々に話すと、私がこの秋冬で買ったものは、フミカウチダのデニム、ヤングアンドオルセンのカットソー、セリーヌのでっかいトレンチ、tanのジャンパースカートとニットレギンス、ジャンティークのヴィンテージツイードスカート。。。以上ではなかろうか。異論あれば教えてくださいわたしすぐ忘れるので。(わたし失敗しないので的なノリで)(ぜんぜんちがう)

計画性が。ない。なさすぎる。その場のかわいい!で買っていることがわかりすぎる。

だいたいその年の秋冬に着るものは、夏の終わり〜初秋頃に買ってしまうのが毎年のところなのだけれど、つまりすぐに着られそうなものを買っていたのがまるわかりである。真冬に着るものがないではないか。というかトップスがほとんどないではないか。

泣く泣くおととし広島へいったときに着ていたのと同じニットを着て広島に向かいながら思った。

やっぱり「冬のニット」って特別なものだと思う。去年買ったセリーヌのチャンキーニットは、冬の間ずっとわたしのテンションをあげてくれた。「今年のニット」を着ている安心感とそして少しの高揚感って、なんかやっぱり、ある。来年は、「今年のニット」を買おう。。

わたしは単に服が好きな一般人、なので、毎年毎年クローゼットの全アイテムを新しくする!ということはまずできないけれど、シーズンに何か一つ買い換えるとしたら、やっぱり冬でいえばそれはニットなのだな、と、今年の冬のクローゼットを見て思う。そういう、そのシーズンのキーアイテムのようなものがあると、やっぱりすごく楽しい。

秋→冬は気温の変化も激しいし、秋冬の立ち上げ時期に買ったものが寒くなるにつれさっぱり着られなくなる、というのはあるあるなので、やっぱり立ち上がりでしっかり冬物かおう。。と、心に決めた2017冬。

そんなニット不足に苦しむわたしが数年かけて今年もお世話になっているニット

まあでも、ここ数年で洋服を買うお店がかなりしぼられてきて、好きなブランドもしぼられてきた。そうすると、去年のものも一昨年のものも、かなり抵抗なく着られる。とは思う。

あとはヴィンテージのものっていうのは、すごく長く着られる。もともと古いものなのだから、「今年はもう古い」と感じることがほぼない。(当たり前なのだけれど、これってヴィンテージのすごくいいところだと思う。)

今年のニット不足に苦しむ私ですが、よく考えたら去年も多分ニットってチャンキーしか買っていない。つまり、今着ているニットはほぼ2年以上着ているものになるわけです。

というわけで(どういうわけだ)それ誰が得するのかよくわからないけれどもそうやって生き延びているニットをここで振り返ろうと思います。来年の自分の参考に。なんの参考にするのかよくわかりませんがとにかく参考に。こういうのが長持ちするよ!という参考に。たぶん。

セリーヌのチャンキーニット。

言わずと知れた名品。(私が語るまでもない。)カシミヤ100%の軽さ&暖かさ。これを知るともう重いウールのニットが着られなくなる・・。一生着続けます。それにしてもセリーヌのニットは天才。完璧。天才ってこういうものに使う言葉だ。来年一枚買い足すならやっぱりセリーヌがいいな。。

ジャンティークで買ったヴィンテージニット。

これも2年か3年前に買ったものだと思いますが・・。とにかく形がかわいい。短めの丈も良い。大好き。とにかく好き。こういうダボっとしたオーバーサイズのものは、コートが着られないので実は着る時期が限られる。着られる時期にガシガシ着たい。

HYKEのコットンニット。

去年の写真ですがこれは。HYKEの真髄は、個人的にコットンニットにあると勝手に思っている。(ウールは重い。)すごく質の良いコットンで、肌触りよし、そしてコートを羽織れば冬でも着られるくらい暖かい。(逆に秋だと暑い。)

コートを邪魔せず、でも寒すぎない程よい厚み。そしてHYKEらしい、計算し尽くされた、シンプルなのに絶妙に美しい形。私は3、4年前に買ったVネックのグレーと、2、3年前に買ったベージュのサーマルを持っていますが、まあ正直毎日これ着るくらい普段着として着倒しています。でもあんまりくたびれないのもすごい。

あとこれのすごいのが、一日家で着ていてもストレスを感じない。で、ほぼ部屋着と化している。(フリーになってから圧倒的に家にいる時間が長くなったし家で仕事する時間が長くなったので、こういうのすごく大事。)それくらい着心地が良い。全然くたびれないけど、それでも着倒してくたびれた時のために、HYKEには、どうか毎シーズンコットンニットを出していただきたいと切に願う。

ドゥロワーのカシミヤモヘアニット

これも2年だろうか、3年だろうか、前に買ったもの。首の空きが広いので、ヒートテック(首回りをカットしているけれどもそれでも)が見えるのが玉に瑕ですが、それにしても形がかわいい。これもあまり上に着るものを選ばない。少しゆったりめの形なので、流行り廃りがあるかなと思ったのだけれど、毎年着ては「これ今年もいけるな・・・」と思っている。さすがドゥロワー。

ただいい加減モヘヤが少しかわいそうな感じになってきて、毛玉も気になり始めた。でもこれほんとかわいいので来年また出たら買い直しそうだな私・・・久々にドゥロワーのぞきたくなってきた。

plageのVネックニット

今年着るニットがないじゃないか!と、クローゼットを見て愕然とした時に、このニットがあった・・・!と、なんだか妙に安心したニット。これも数年前、多分2万円くらいで買ったのだけれど、これすごく良い。そもそも私はVネックというものが死ぬほど好きなのだけれど、このVの空きが絶妙にいい。

少しゆったりめの作りなのだけれども、コートも着られるサイズ感。と、いうことは、着ていてストレスを感じないサイズ感だということ。ゆったり過ぎずタイトすぎず。こう言うサイズ感のものって、トップスでもボトムスでもあるとかなり安心感がある。

これくらいのお値段感で数年着られる洋服が揃うplageって個人的に結構すごいと毎年思う。とにかく形が良い。そりゃ素材感とかは高級ブランドとは違うけれども、形の良さからくる安心感って、ありがたい。

広島の古着屋さんで買った、白カーディガン

これも3年前くらいに買った古着。目が詰まっててあったかい。そのくせ上からコートも着られる。くるみボタンが可愛い。たぶん5000円くらいで買ったのだけれど、今年もめっちゃ着ている。かなり使える。

ヴィンテージショップで買ったものはほとんど断捨離しないな、私・・・。

というわけで、ニットは買ったらどうやら数年着回すらしいことがわかったので、来年はええやつ一枚買おうと思います、うん。よろしく来年のわたし。

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【広島一人旅】西条の酒蔵通りへ行ってみたら天国だった

いつかの『翼の王国』で見た広島の酒蔵が集う街へ

前回の続き。今回は一人で身軽に来たこともあり、ちょっと遠くへ足を伸ばしてみることに。

目的地は、私の愛読書『翼の王国』で、少し前に見た広島の酒蔵が集う街。詳細は覚えていないのだけれど、これは行きたい!と、思ったのが記憶に残っていた。

ちなみに世の雑誌で一番好きなのは『翼の王国』です。あれを読むためにANAに乗る。何があっても無くならないでほしい、翼の王国。いつか記事を書かせてもらいたい、翼の王国。

おぼろげな記憶を頼りに「広島の歩くグーグル」(前回記事参照)に聞くと、「オッケーグーグル!それは西条の酒蔵通りだね!」と、教えてくれた。サンキューグーグル。

ちなみに歩くグーグルはこの日仕事だったため、ワクワクの一人旅。

近くて遠いけれども空港行きがてら寄るにはグッドな西条

広島駅から西条駅までは、電車で40分くらいなので、軽い二日酔いで朝寝坊気味に目覚め、重い足を頑張って持ち上げて平和公園までランニングに出て、ホテルに戻ってチェックアウトをし、お好み焼きを食べに行き、市街地にお土産を買いに行ってから向かっても、時間的余裕は結構あります。

あと今回は飛行機で広島へ行ったのですが、いかんせん、空港から広島市内というのは遠い。バスで一時間くらい。トータルの時間を考えると、新幹線と飛行機の所要時間並びに金額に差がなさ過ぎて、ANAとJRが何か話し合っているのかと思うレベル。それでいつもどちらにするか悩むのだけれど、やっぱりここで『翼の王国』がモノを言う。つまり『翼の王国』を読むために、飛行機を選択する。どれだけ深い翼の王国愛。

で、ところがどっこいなのですが、この西条というところは、ちょうど広島市内と広島空港の間にあるのですグーグル。

だから、広島旅行の際、最終日に西条に寄り、西条駅から空港へ向かうシャトルバスに乗ると、何かと工程がスムーズ!オッケーグーグル!

一人旅はいつもかすかな不安とともに

ただ、あらかじめ綿密な予定が立てられるタイプではなく、ざっくり行き先を決めたらあとはいつも行き当たりバッタりなので、一人旅の時はいつも、目的地に着いたはいいけれどももんのすごいさびれていて誰もいなかったとか、どこもかしこもシャッターが閉まっていただとか、そういう可能性もものすごく頭をよぎる。

西条駅に着くと、そこには「酒蔵」を推すものが特に何も見当たらず、思わずスマホで「西条 酒蔵」と検索する。隣に歩くグーグルもいない。

でも改札を出たら、小さな案内所があって、ここで「西条酒蔵通り そぞろ歩きマップ」なる地図を手に入れる。ちゃんと酒蔵があるようだ。開いてるか知らんけど。あと、すごいさぶいけど。(気温。)

地図を頼りに、とりあえず①と番号の振られている酒蔵の名前をグーグルマップに打ち込んで、そこを目指す。ところがあとから街の全貌が見えてきてわかったのだけれど、この酒造だけ、いわゆる「酒蔵通り」とは反対方向の、少し外れにある。静かな商店街にポツンと佇む酒蔵①。しかも特に見学できる雰囲気ではない酒蔵①。

飛行機の時間まではまだ随分とある。この町で時間をつぶせるのであろうか。大丈夫か。特にカフェっぽいものも見当たらない。大丈夫か。

煙突が作り出す酒蔵通りの旅情に心踊る

そこからまっすぐ駅の方に歩いてゆくと、だんだん木造りの建物が増えてきて、なんというか奈良のような雰囲気になってくる。ちょっと旅情が出てくる。人通りも少し出てくる。ホッとする。さぶいけど。(気温。)

そうこうしていると見えてきたのが煙突。いい。すごく、いい。周りを見渡すと、同じ形の煙突が数本見える。酒蔵だ・・・これは、酒蔵だ・・!(あたりまえだ)

煙突が伸びる酒蔵の一つ、「賀茂鶴酒造」というところに入ってみる。白壁にすごく趣がある。ここでは試飲の日本酒がたくさん置いてあって自由に飲めるようになっていた。一人だからね酔っ払っては大変なので少しずつ!いただきました。少しずつ!って一番美味しい、何でも・・・。すごく美味しい。これはちょっと天国なんじゃないかと思い始める。

こういう瞬間がたまらなくて、またほぼ無計画な旅に出てしまう、私は。

歩いていてわかったのだけれど、見学できる酒蔵には、こういう看板が出ている。こういうとこは中に入って試飲ができたり、お土産が買えたりする。(良い子の皆さんはそういうことはあらかじめ調べて行った方がいい)

(※酒蔵の開放予定はこちらで調べられます!)

そして酒蔵通りに行ったん出てしまえば、地図がなくても(私みたいに地図が読めなくても)煙突を頼りに歩いていけば、いろんな酒蔵にたどり着く。ふらふら歩くだけで楽しいって、すごくいい。方向音痴には。

たぶん天国なのだここは。

この「賀茂泉酒造」というところだけは少し離れているので、グーグルマップ(本物)に入れた方がたどり着きやすい。ここに「酒泉館」というカフェのようなところが併設されていて、ここで「日本酒のみくらべセット」というものをいただく。

これで、400円くらい、確か。天国なのかな。

このガラスのおちょこがかわいかったので、買って帰ることに。2個で300円くらい。天国なのかな。

だいたいの酒蔵を巡ったあたりで、「歩くグーグル」であるところの友人から、仕事が終わったからそっちまで行くよ、と、連絡が来る。

歩くグーグルはフットワークも軽いのである。ちょっとした距離だろうと思って後から調べたら市内から30キロもあった。仕事かえりにちょっとこれる距離ではない。まあ、歩くグーグルだから来られるけど。

なんせ30キロの距離を移動してくる友人を待つ時間が空いたので、通りすがりに見つけたカフェで一休み。

酒蔵があるところ=水が美味しい。どこでも日本酒と一緒にお水が置かれていたのだけれど、このお水が本当にまろやかで美味しい。お水買って帰りたいくらい。でも買って帰るとまた味が変わってしまうのだろうな。

お水が美味しいので、コーヒーも美味しい。カフェから聞こえる広島弁に、和む。方言っていいですね。私はすっかり標準語に染まってしまったので。(うそつけ)

「鮓や大東」のカウンターでお寿司!

車でびゅいんときてくれた歩くグーグルと合流し、昨日とはうって変わっておされなお寿司やさんで。

わたしたち、二人でカウンターでお寿司食べるようになったんだね・・・!と、泣きながらお寿司をいただく。

それでもってこれがまた感動スペクタクルの美味しさでした・・・。東京で食べたら軽く倍の値段すると思う。どれもこれも美味しかった、ほんとうに。ていねいな和食って、素晴らしい。

ここでももちろん日本酒。母さんのちょっとしたごほうび。いや、ごぼうびが過ぎるけど。

一人で、大切な人を思う瞬間

日本にはまだまだ、知らないけれどすてきな場所や、少し足を伸ばせば信じられないくらい美味しいお料理が食べられるところがあるのだなと、また思う。ふだん、自分が見ている世界なんて、ほんの小さなものなんだ。そして、その土地それぞれに、それぞれの人生がある。それはいつでもなんだか、不思議な気持ちにさせられる事実だなと思う。

一人で来た場所を、その景色を、今度は今ここにいない大切な人たちに見せてあげよう、と思う。大切な人と一緒に見る景色ももちろん素晴らしいのだけれど、今いない大切な人を思う、誰かにこれを見せてあげたいなと思う、その瞬間が、一人旅の好きなところだなあと思う。

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広島絶品はしご酒!ー広島「歩くグーグル」のオススメ

広島の「歩くグーグル」とはしご酒

Twitterのプロフィール写真があまりにも若い頃のもので、いてもたってもいられなくなったため、広島でおされすぎる写真スタジオを運営している友達に撮ってもらうことにした。そしてそれにかこつけて、元タウン誌編集者でもあるその友達(歩くグーグルと呼ばれるくらい、広島のことはだいたいなんでも知っている。)にお店選びは何もかもまるっと丸投げして、二人で飲みに行くことにした。

そう、何を隠そうこの友達は一人目を出産してから友達になったママ友であり、会うときはいつもというか100%子どもたちがものすごいテンションで隣にいたわけですが、今回は初めて二人きり。まあ旅行のたびに子どもたちが寝静まった後夜中まで飲んでますけど。

歩くグーグルが連れて行ってくれるお店がどこもかしこもすばらしく最高でしたので、すべて書き記します。もうね。広島最高です。

では不良母たちが、17:00からはしご酒したお店をどうぞ。広島行ったらここ行って!(ぜんぶ店名にお店のリンク貼ってます!)

一軒目 清ちゃん

餃子とビールだけのカウンターのお店。お店のおばちゃんが、肌つやよくてめっちゃかわいい。そういう意味においても(どういう意味だ)餃子は正義。

この餃子に乗っけて食べてね!と出されるナムルが、信じられないくらいに美味しい。ちょっと今思い出して食べたくて泣きそうになってるくらいに美味しい。

「18時からはもう予約でいっぱいだったのよ、運よかったよあなたたち!」と、おばちゃん。お店のピンク電話が鳴ると、何度も「年内は予約がいっぱいで・・」と、おばちゃんが言っていた。ので、予約して行かれるのがベストかと!(私たちは二人で17時に入れたのでそれくらいなら比較的入れるのかも。)

スナック大好き人間としては、こういうカウンターだけのお店、大好物です。こないだ「スナックの形が好き。」と言っていた先輩の気持ちが今何となくわかるな・・・

二軒目 CIELO

おめあてのお店が19:00〜だったので、こちらで一杯飲んで待つことに。路地裏のお店。歩くグーグル、よくこんなお店を知ってるな・・。しかも「急遽空いた時間にちょっと飲めるお店」としてこんなお店をさらりと差し込んでくるところに、歩くグーグルのもはやグーグルよりすごいところを感じる。

ちなみにここで「ヘパリーゼプレミアム」(ヘパリーゼもプレミアムになる時代)を飲んだおかげで翌日かなり楽でした。ありがとうヘパリーゼ。

お店の外にテントというか大きなタープのようなものがあって、そちらでストーブとブランケットであったまりながら飲むサングリア。美味しくないわけがない。

三軒目 たこ焼き佐藤

今まで比較的黙っていたのだけれど、たこ焼きが死ぬほど好きです。歩くグーグルの精度ともなると、ずっと黙っていたこんな事実まで蓄積されたデータから導き出されるのであろーか。とにかくすごい、歩くグーグル。

これまた大好物のスナック的な店内で、ビールとたこ焼きをいただく。ほんと好き、スナックの形。

たこ焼きは自家製だし醤油と、おたふくソースの両方で食べられます。両方美味しすぎて泣きたい。今すぐ食べたすぎて泣きたい。広島遠い。

柚こしょうとうがらしをかけるとまた美味。これはほんとに、良いたこ焼き。

隣に座った27歳の女の子かわいかった。27歳でここに一人で来られるって、それ良い人生。

四軒目 中ちゃん

また出た名店・・・!

この、うにクレソンが絶品でした。うにとクレソンこんなに合うなんて。

チャンジャも白子ポン酢もいちいち美味しかった。

思うのだけれど、まあこのおされな歩くグーグルは、おされなお店も山ほど知っているくせに、私のおっさん度を本当によく知っていて、こちらに合わせて店構えからして好きなお店ばかり選んできて泣きたい。

ちなみに店構えはこんな感じ。

もうすき!だいすき!(興奮気味)

五軒目 bar tre

この時点ですでに「てっぺん回って」いましたが、広島の歩くグーグルがまだ飲みたそうにしているので(人は酔うと次の店に行く言い訳を他人にかぶせる)最後の一軒。

ここにきて、これまでの私好みのおっさんチョイスとはうって変わったおされバー。

おされか。

ちなみに外観。

おされか。

果物を使ったカクテルがどれもこれも絶品であっという間に飲んでしまった。私は勝手にバーには本物と偽物があると思っているのだけれど、本物の(本物の定義は私の中にしかない)バーでした。参りました。

おつまみに出てきた自家製ドライフルーツも美味しすぎた・・・ちょっとしたおつまみが美味しい、ってだいじ。お通しとかポテサラとかが美味しい、ってだいじ。(どうしても話を居酒屋基準にしたい)

そんなわけでいい加減てっぺんも回りすぎたので、こちらで終了。ちなみにここで雨が降り出していて、本物のバーのバーテンさんが傘くれました。ありがとう。

母さんたちが楽しんで生きることが、すごくだいじ。と、思う。

今回はオットたちが、東京と広島でそれぞれ子どもたちを見ていてくれて、母さん二人のはしご酒が叶いました。私はもう、こうやって飲みに行く時に子どもたちを見ていてくれるオットに感謝することこそあれ、罪悪感を持つことはさっぱりなくなってしまったわけですが、世には子どもを置いて飲みに行くなんて!と、いう風潮もあるそうです。信じられないけれど。

いや、どう思うかは個人の自由なのだけれど、その考えを他人に押し付けるのは全くもって見当違いだと思うわけですが。

けどこうして母さん二人で飲み歩いていると、気づけばお互いの子どもたちののろけ話になるんですよね。昔、付き合っている人のことを、離れている時間こそあー好きだなあと思ったり焦がれたりしたみたいな。いやちがうか。いやでもそんな感じ。こういうとこほんとうちの子かわいいわーって。まさにのろけ。

いつも子どもたちと一緒に居るお母さんたちには、きっとそういう時間がすごく大切。

そして、何にしろ、母さんたちが、楽しく自分の人生を生きているというのが、なんというかきっと、「大人わるくないな。大人楽しみ。」という、子どもたちの気持ちにつながる気がしていて、つまるところ、それが一番大切なことなんじゃないかな、と、ここのところ思っています。

(いやまあだからって私は飲みすぎですけどねはい!)

という、案の定の私の壮大な言い訳でした!楽しすぎた、歩くグーグルありがとう!

歩くグーグルのおされ写真館はこちら。(おっさん要素はゼロです。)

写真にリンク貼ってます。

おされか。

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今日も走りながら考える

今日はギラギラ系じゃなくて微笑み系

ここのところ、タイムを速くしよう!という比較的ギラギラ系で走っていたのだけれど(なにそれ)まあ当然のことながらギラギラ系は全然自分に合わないので、今日の目標は景色を楽しみながらゆっくり走ること。いやいつものランニングコースなのだけれど。

キロ6分のペースを維持するようにして、あまりにペースが遅くなるようならそこはちょっと頑張って意識して上げるようにして、だいたい同じペースを維持。(ペースを途中で落とすと逆にしんどくなってしまう、私の場合)

特に前半の速くなりがちなところでは、意識的にペースと落として、とにかく同じペースを維持。という感じで、なんだかんだで16キロを走った。タイムはちょうどキロ6分の1時間36分4秒(目標より4秒遅かったけど)。

「景色を意識しよう」としたら、いつものコースなのに、川の水面に映る光のきらきらがやけに美しく見えたり、遠くに東京タワーが見えることに気づいたり、何なら自分のマンションすら綺麗に見えた。何だ、なんか変なホルモンが出てるのだろうか。

走り始めた頃は、何がどう転んでも、どれだけタイムが遅くても、しんどいものはしんどかった。何が何でもしんどかった。よくランニングのサイトや本を見ていると、「話しながら走れるペースで」とか書いてあるのだけれど、そんなもんどんなペースでも無理じゃわいあほなのかかく!と、思っていた。走りながら話すとかまじでむりむりむり、と、思っていた。

けど今日自分の目安として、走りながら話すは無理だけれど微笑むことはできるペースにしよう、と思い、たまに微笑みながら走った。もちろん一人である。隣には誰もいない。ホラーである。

ホラーだけれど、これで16キロを走りきれた。12キロ超えたあたりからさすがに結構しんどかったけれど、16キロ時点でも「まだ走れるな」という余力が、ほんの少し、残っていた。(もちろん微笑んだ。)

物事が続くのは、達成感だけじゃないのかも

やっぱりなにごとも、しんどいだけでは続かなくて、そしてきっと、「達成感」だけでも続かなくて、こういう、走りながら見える景色がやけにきれいに見えることとか、なんか自分、生きてるだけで儲けもんじゃない?と達観(というか楽観)できることとか、なんかそういう瞬間があるから、けっこうしんどいことも続けていけるのかもしれない。

たぶん仕事も同じで、私はいつも「どうせやるなら楽しく」という心持ちでやってきたけれど、そんなこと言ってもしんどいことも山ほどあるわけで、こつこつ地味な作業を積み重ねていかなくちゃいけないこととか、ハードな交渉に巻き込まれるとか(私は逃げるけど。)、確定申告とか、そういうそもそも楽しくないことだってもちろんある。

けどそういうしんどいことを抱えながらも続けていけるのは、仕事の「達成感」だけじゃなくて、隣にいる人が意外といいやつだなと気付いた瞬間とか、同僚としょーもない話で爆笑した時間とか、通勤中に出会うサラリーマンがかっこいいとか、なんかそういうささやかなことが、活力になっているのかもしれない。

そういう、日々の、普通の毎日の、ささやかな喜びというのは、実はすごく大事なのかもしれないなあ。その積み重ねが、もしかしたら人の幸せを作っているのかもしれないなあ。と、なんかそんなことを思った。走りながら一人で微笑みながら。

相当ホラーである。

「不健全な魂もまた、健全な肉体を必要としている」

毎日走っていたら、気温が少しずつ下がっていくことも(でもまだ半袖で走れる)、木々が色づき始めることにも、日々の細やかな変化に気づくことができる。通勤で歩くだけじゃ、会社に急いで向かう時間だけじゃ、なかなか気づけなかった季節の変化だなあと思う。だから私は、一人で微笑む。ホラーである。

村上春樹は、名著『走ることについて語るときに僕の語ること』に、こう書いている。

真に不健康なものを扱うためには、人はできるだけ健康でなくてはならない。それが僕のテーゼである。つまり不健全な魂もまた、健全な肉体を必要としているわけだ。

これ名言だわ、と、思う。

健全な魂が健全な肉体に宿ることは感覚的によくわかるけれども、不健全な魂に向き合う時にも、健全な肉体は必要になる。

悪しきものは、自分が思うよりもずっと簡単に、自分の身体や魂を蝕んでしまう。だから私はできる限りそういうものからは物理的距離を置くようにしているわけですが(めんどくさいことからもすぐに距離を置く)、必要な「悪しきもの」というのは何かを作り出す時には必要になってくるわけで、いつかそれにも向き合えるような健全さを身につけられるといいなと思う。

それは、強さというより、健全さだ。

↓ものすごく面白いです。何度も読み返してボロボロになっている。カバーもどっかいった。走らないときに読んでも面白かったけど、走るようになってから読んだらさらに面白い。

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初心者ランニングウェアでこだわるところ

ジェームスパースのTシャツとシークレットクローゼットのコットンパンツで走っていたけれども

いいかげんちゃんとした服装で走ろうではないか、と、走り始めて半年くらいたった時にようやく決意した。それまではいつまで続くかわからないし、だいたいめっちゃへなちょこタイムのくせに、ウェアだけちゃんとしてるのは恥ずかしい、と、思っていたのです。普段はなんでも物欲から入るくせに、こういうところは慎重というかなんというかなのです。

でもこれだけ定期的に走っているのだからもういいじゃないか、と、ちょっとしたごほうびの気持ちでランウェアを買いに行った。木更津アウトレットに。(セール以外のものを買う気にはまだなれない)

ちなみにそれまで私が何を着て走っていたかというと、ジェームスパースのTシャツと、数年前に買ったシークレットクローゼットのコットンパンツ。ある意味ぜいたくっちゃぜいたくだけれど、走りづらいことこの上ない。今思えば。

とりあえずランニングといえばなんとなくナイキだろうということ(初心者)でナイキに行き、ノースリーブのトップス、ブラ、ショートパンツ、スパッツ、くつした(それすらなかった)、シューズを購入。あと、これ買い忘れてたわ、と、後日アディダスショップへ行き、セールになっていた(何がなんでもセール)アディダスステラのキャップも。

誰がこのちょう個人的ランニングウェア事情に興味があるのだ・・・

いやここまで書きながら、誰が私のランニングウェア事情に興味があるんだという声がすぐそばで聞こえる気がするのですがそもそもそんなこと言っていたらこのブログなんて誰がなんの興味があるんだという話なので恥を忍んで続けますはい。

それまではニューエラのキャップをかぶって走っていたのだけれど(信じられない)スポーツ用のキャップってすごいのね、めっちゃ軽いし気にならない。これは絶対買った方が良いです。「買った方がいいもの」ってそこかよ、という気がしますが、そこです。

しかもこのキャップ、洗濯できる。いや、できるのかは知らんが私は構わずしている。特に困ったこともない。

これ、洗濯できるということはどういうことかというと、濡れても大丈夫ということなんですね。で、私ときたら、夏に屋外のプールで泳ぐときも使っています。スイミングキャップ代わりに。日よけにもなって一石二鳥。最高だわ、アディダスステラのキャップ。

やっぱり専用のウェアというものには理由があるようで、やっぱりちゃんとしたウェアというのは走りやすいのですね。まあ気分の問題のような気もするけれども。なんと言っても一番感動したのはアディダスステラのキャップなので。

ナイキの高級スパッツに手を出す

でもって会社を辞めてからは毎日走るようになったので、ウェアがひと組では足りない。と、言うわけで、もう一揃えすることにします、今度は御殿場のアウトレットで。(あくまでもアウトレット)

昔、御殿場アウトレットのアディダスにはステラアディダスの扱いがあったと思うのだけれど、これがなくなっていて残念でした。ここで買おうと思っていたのに。(あくまでもアウトレット)

そういったわけで結局またナイキにいったんですけど、スパッツを見ていたら、ナイキのおねーさんが、ランニング用ですか?それならスパッツはこれ一択です。と、勧めてくれたスパッツ。

じゃあそれにしよーと値札をみたらなんと。約1万円。いやなんの変哲もない(ように見える)黒いスパッツがですよ。1万円って。なんと高級。

なんといってもへなちょこ初心者の分際で、これに1万円を出すのはどーなのか。。。だって、最初に上から下までそろえたときもトータルで2万円弱だったのですよたしか。それをスパッツ一枚で1万円。。。

オットに、1万円のスパッツ勧められたわさすがに初心者には高いわ。。と、言ったところ、基本けちんぼ(失礼)のオットが、「いやいやスパッツとはそれくらいするもんだよ!そこはこだわった方がいいよ!」と珍しいことを言う。え、まじで、じゃあ試着してみようかな。。。と調子に乗るツマ。

ちなみにオットはランニングをするわけでは、まったく、ない。ただのスポーツウェアおたくである。なぜかスポーツウェアをいっぱい持っている。あのジャージかっこいい!と思っていた高校生くらいで感性がとまっているのだろうね。。。

試着してみたら、また別のおねーさんも出てきて二人がかりで「ぜったいこれです。特に長距離走るならこれ以外ありえないです。ぜったい。」と、熱弁される。そんなこと言われたら致し方ない、だまされたと思って買うわ!と、購入しました高級スパッツ。(アウトレットやけど。)

ちなみにこれです。(amazonにあった。便利な時代だ。)

 

これがめっちゃいいのです。着圧がすごくて例えるならばあのメディキュットみたいにきゅっとひきしまるのですが、これのおかげで走っていても疲れにくい、気がする。

いや、しんどいものはしんどいのです、走るのって。どれだけウェアをちゃんとしたところで、しんどいものはしんどいし、急激にタイムが伸びるということも全くない。魔法の一手のようなものが、一切ない、走ることって。ただコツコツやるしかない。

ただ、なんとなくこう、姿勢が崩れないという感じがある。ちゃんとしたスパッツ履いていると。気分の問題かもしれないけれど。

なので、10キロ以上走るときはこのスパッツを履くようにしています。5キロくらいだと安いもので全然大丈夫だけれど、10キロ以上だと良いスパッツの方がなんとなく気分が楽。

そんなわけでスパッツとキャップが大事だったという話

ちなみに「ランニングは全くしないけれどもスポーツウェアおたく」であるところのオット曰くおすすめのスパッツはこれだそうです。これもamazonにあった。

ほ、欲しい・・・

そんなわけで、これからウェアを揃えようという方がいらっしゃいましたら、キャップとスパッツ!に、こだわると良いかと思います。いやもんのすごい独断と偏見すぎて全く参考にならない気がしますが・・。(靴とかじゃないんや、っていう。)あとはやっぱり、気分のあがるものが良いですね。道具ってやっぱり大切だ。(結局そうなる。)

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苦手なものを認めちゃえる勇気

とっちらかった壮大なものを片付けられない

キャンプのことを書きながら、私はもんのすごい真実にさらりと気づいてしまった気がするのでそこをちょっと深く考えてみようと思った次第であります。

そう、私はとっちらかった壮大なものを、一つ一つ片付けていく道筋を頭の中で考えるのがものすごく苦手だ。

家の中のあちこちが散らかっていて、洗濯物も取り入れなきゃいけない、食器も洗わなきゃいけない、机の上も片付けなきゃいけない、床のごみも拾わなきゃいけない、玄関の靴も揃えなきゃいけない・・・という状態になるとつくづく嫌になってしまう。それらを一つ一つ片付けていく図が、頭の中でどうも思い描けないから。

頭の中で全部を計画できないので、洗濯物を取り入れながら床に落ちてたごみに気づきそれをゴミ箱に捨てに行った時に玄関の靴が目に入りそれを揃えていたら洗濯物のことをすっかり忘れていた、ということがしょっちゅうある。生きてく力がまあとことん、ない。

そして、ああ洗濯物も取り入れてない、床の掃除もまだ終わってない、あれもこれも中途半端だ・・・と思ってげんなりする。

todoリストに細かいことも全部書き出してアウトルックに入れる

この、「あれもこれもまだできてない、あれもやらやなきゃ」と頭の中にある状態がすごく嫌で、仕事の時は、時短勤務になってからは特に、朝会社に着いたらまず、やるべきことをどんな細かいことも全部リストにしてノートに書き出して、それを片っ端からアウトルックの予定表に入れるようにしていた。

そうしておくと、とにかくその時間は、目の前のやるべきことに集中出来る。「あれもやらなきゃこれもやらなきゃ」の内容は、全部アウトルックに入っていて、その時間が来ればやればいいので、「今」はそのことを気にすることはない。

これは、とにかく時間内で効率よく仕事を終わらせるため、そして仕事上関わりのある人たちにできるだけ迷惑をかけないようにするため、自然と見つけて行ったやり方だったのだけれど、ただいざ会社を辞めて後から振り返ってみると、これはすごく自分に合っていたのだなあと思う。

自宅作業になったらお昼寝しかしなくなった(だめ)

自宅で仕事や作業をするようになってからは、時短勤務で時間に分かりやすい制限があるわけでもないし、毎日人に会うわけではなくてそんなに迷惑をかける人も一見いないように思えていたから、やることを全部書き出して、なんてことはしないようになっていた。

そうするともう。家にいたら家事もやらなきゃでも仕事もやらなきゃという状態になりとりあえず全部いやになり一旦置いておいてお昼寝しようそうしよう、ということになる。だめ人間ばんざい。すやすやすや。

いやお昼寝は自宅で仕事する人の特権だと思いますので全然いいのですが、問題は自分の気持ちが落ち着かないということですよね。「誰にも迷惑かけない」と思っていたけれど、結局知らず知らずいらいらして家族には迷惑をかけている、かもしれない。

でもこれ、「そうだよな私はそれが苦手だよな、ほんとできないわそれ。」と、気付いたら、なんというかちょっと大げさですが世界が変わって見えたのですよええ。

家事という壮大なとっちらかしにこそtodoリストを

「苦手だわ」と、ちゃんと認めると、じゃあどうやってそれを補おうか、と、考える。人に頼るでもいいし、自分なりに何かしら工夫をするでも良い。

家事なんていうのはこの「壮大なとっちらかしを一つ一つ片付けていく」の繰り返しなので、私の場合、仕事以上にストレスのかかることだったわけです、ほんとは。でもたぶん、心のどこかで「家事は仕事よりも楽なもの」と思ってしまっていて、仕事でやるように全部to doに書き出してアウトルックに入れる、なんてことは思いつきもしなかった。

鼻歌歌いながらひらりひらりと舞うようにこなしていけるもの、というイメージだった、家事って。

でも(あくまでも私の場合はですが)、そんな舞うようにこなしていけるものでは、全くない。ので、仕事と同じようにtodoに書き出すことにしました。もう完全に仕事と同じやり方です。だいたいにおいて「仕事する」ということがえらく好きな人間なので(たぶんこれも病気。仕事好き病。)、仕事だと思うと結構いろんなことが苦にならなくなるという特性も使っている。

todoリストは、仕事と一緒に並べて書く、というところがポイント。そうすれば仕事をしながら家事のことをあれもやらなきゃこれもやらなきゃ・・と考えなくて済むから。家で仕事してるとその辺りがごっちゃになって落ち着かなかったので。

これが私にとっての「苦手なことに対するささやかな工夫」です。家事が得意な人にとったら、そんなtodoにするなんて大げさな!ということかもしれないけれど、人と私は違うわけで、自分は自分にとってのベストなやり方を探すしかない。

それが苦手であることは、悪いことじゃない

そして、それが「苦手」であることは、別に何も悪いことじゃないのだ、というのもまた大切なこと。自分にとって苦手なことが、誰かにとって得意であることは山ほどあるし、それはその誰かにとって大切な仕事となりうる。逆に誰かにとって苦手なことが、自分にとっては得意なことだってある。

例えば、アウトルックにやることを全部入れたところで、もちろん、予定通りにいかないこともあるというか予定通りにいかないことがほとんどなのだけれど、「予定外のことが起きた時の対処」というのは自分にとっては全然苦になることではないしむしろワクワクするところがある。でもきっと、そういうのが苦手な人もいると思う。「壮大なとっちらかし」を頭の中で筋道立てて片付けていけるのは得意だけれど、途中で予定外のことが起こるのは苦手、という人はとても良いビジネスパートナーになれると思いますのでご連絡お待ちしております。

ただ、苦手だからしょうがない、だと、例えば仕事上の取引相手に迷惑がかかるかもしれないし、家族がいやな思いをするかもしれないから、そこでどう工夫していけるか考えるというのが、「親切」というものだと思う。

人前で話すのは苦手だから、まずは書いてみる

これまでも、あー私これが苦手だ、という気づきは今まででも結構大きなポイントになっていて、例えば私は人前で話すのがすごく苦手です。そんなあほな、とよく言われるけれども基本的にはたいへん苦手です。

人前で話しながら自分の考えをまとめていくということがまったくできない。たまたまオットは天才的な聞き手なので、オットに話している時は話しながら自分の考えがまとまっていくという感覚があるのだけれど、基本的には一人で話していたってさっぱり考えはまとまらない。

一方で私は書きながらいつも、ああ私ってこう考えていたのだなあ、とやっとまとめていける人間なので、人前で話す必要がある時は、基本的に一度全部話すことを文字に書いて読み上げるようにしている。この工夫はここ数年でやっとできるようになったのだけれど。

「天使なんかじゃない」という名作漫画で、というか私は漫画をほとんど読まないので「てんない」くらいしか覚えている漫画はないのだけれど、この漫画で、主人公の翠ちゃんが卒業式で「実はこの答辞は白紙です。その時に思ったことをそのまま言葉にしたくて。」みたいなことを言うんですありましたよねそんなシーン。

あのシーンがすごく好きで、翠ちゃんがほんとにその時の思いをそのまま言葉にするのが感動的で、幼い頃から私は、そうか本当に伝えたいことは、その時頭に浮かんだことをそのまま伝えればいいんだ、と、思いながら生きてきた。

のですが。

向かないのだ、それは私には。思ったことをその場で口にしようと思うと、結局何が言いたいかよくわからないようになってくる。翠ちゃんの答辞はものすごく感動的であれはすごく好きなシーンだけれど、それは漫画の中で翠ちゃんだからこそできたことだ。

だからロボットよ確定申告を・・・

私の場合は、「書く」クッションがとにかく必要。そんなわけで、会社を辞めるときの最後の挨拶も、実はあれも前の晩に一度文字にして書いていますええ。それを、何度も読んでます、ええ。子どもたちを聴衆にして。

そしたらそれを聞いてたむすめ(4歳)が号泣したのです、ほんとに。最初ものすんごい涙をこらえて、歯を食いしばって、最後がまんできなくて椅子から転げ落ちるようにして泣いた。いやあれはびっくりした。まあ爆笑したけど私。(ひどいやかーさん)

もちろん4歳児に、「会社を辞めるときの大人の気持ち」が理解できたわけはない。でもたぶん4歳児にも、私がその時会社を辞めることがすごく寂しくて、いろんなことを思い出していて、会社の人たちのいろんな顔を思い出しているということが、なんとなく伝わったのだろうなあと思う。私の場合は、一度文字にしたことで、それを自分の言葉として体に覚えさせたことで、それがちゃんと(伝わる人には)伝わるかたちになったのだろうなあと思う。

そういうふうに、自分の苦手なものを認めて、それをどう補うか、という考えだと物事が色々すごくラクになるような、気がする。私はそもそもプライドがかなり低い方だと思うけれど(ほんとどうかと思う)、それでも「苦手なことを認める」って、それなりに勇気のいることかもしれない。認めて口に出しちゃった方が絶対に楽なのにね。しかもこれからの時代、人間が思う「苦手なこと」って、だいたい何でもロボットがやってくれるようになるんじゃないかと思うのだ。じゃあとは、じゃあそんなことは気にせず、人間だからできる仕事をコツコツやっていこう、と、思うのです。

だから早くロボットよ確定申告をやって、と、思う、冬の始まり。(助けて)

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