「Swell Vintage」オーナーMegさん③ー若い人たちにもファッションの楽しさを

店舗を持たないウェブ上でのヴィンテージショップ「Swell Vintage」(以下SV)を営むMegさん。そのインスタからは、Megさんご本人のぶれないセンスも伝わってきます。このMegさんのセンスの秘密は何なのか。それが知りたくて、今回取材をお願いしました。

実際に会ってみたMegさんは、とても気さくで話しやすくて、そしてやっぱり一つのしっかりとした芯があって。そのセンスはもちろん、お人柄含めてますます好きになってしまいました。すごく良いお話がたくさん聞けたので、ぜひ読んでみてください。じっくり全6話でお届けします。

前回は、SVの転機とこれからのお話を伺いました。今回は、そんなSVの全てとも言える、Megさんのセンスの秘密に迫ります!

自分は洋服の「デザイナー」でなくて「バイヤー」

まい: ポップアップはいつ頃から始めたんですか?

Megさん: plageさんと一緒にやらせていただいたのが、1年前くらいで、それが一番最初です。まだポップアップとかやってるとこもあまりなくて、早かったと思う。

Plageのイベントにて(写真:Megさん提供)

私もずっと洋服は好きだけど、ファッション業界にいたことは一度もないから、すごい面白かった。ファッション業界の話を聞くと、すごいなあ、面白い世界だなあって。

でも私ね、洋服デザインのセンスはないんですよね(笑)

まい: へーそうなんだ!それはすごく意外!

Megさん: 例えば、おっきいワンピースを作るのにね、こんなちっちゃい生地見本しか出てこないから、全くピンとこなくて!もっと大きい見本で見せてくれなきゃわからないよーって(笑)

まい: なるほど(笑)

Megさん: 私は、出来上がってみてやっとわかるんです。やっぱり、こっちの生地よりこっちの方が、出来上がってみると結局よかった、って。だから服に関しては、一から作り上げるよりも選ぶ方が合ってるんだってわかった。そして選んでる時の方が、比にならないくらい楽しい!

それでね、私デザイナーじゃないんだ、やっぱり私、バイヤーだ、って、その時思ったんです。バイヤーは天職だって、そこではっきり思えた。

まい: なるほど、すごい面白いです。でも、やってみることも大事だし、そこで自分の向き不向きを知るっていうのはすごく大事ですよね。一人ならなおさらね、あれもこれもというわけにはいかないし。

Megさん: うんうん、そうだよね。

色んな流行を全部見て、楽しんできたから今がある

まい: Megさんの好きな世界観とか、お洋服のテイストっていうのは、ずっと変わらないんですか?

Megさん: 変わらないかもしれない。70年代生まれだから、アメカジも、ギャルっぽいのも、モードも、全部一通り流行を経験してきて、全部好きだったんです。でもやっぱり、惹かれがちなのは、民族調のもの、70年代のものがすごい多い。

まい: 今のMegさんの、そのぶれないかっこよさとか、なんだろう、人と違ってもすごくおしゃれな感じとかって、色んなかっこをしてきたからなのか、こだわってるところがあるからなのか。どうしてなんだろう。

Megさん: やっぱり世代として、いろんな流行を見てきて、生で体感してたから、全部が身近なんです。

例えば、「モードが流行っていた時代をリアルには知らないけど、好きだから着ている」というのとはやっぱり違って、モードが目の前で流行ってるのを見て、それを着てた。目の前の流行を、ずっと全部追ってきた世代だから。それがベースにあるのかな。

まい: なるほど、色んなテイストの服を見て、それを自分でも楽しんで、なおかつやっぱりこれが好きっていうものがあったから、それが今のMegさんに繋がってるのかな。

若い人たちにも、ファッションのワクワク感を楽しんでほしい!

Megさん: でも、あの頃が今と違うのは、ファストファッションがなかったんですよね。

まい: そう、そうですよね。

Megさん: いい服は、やっぱり高かった。でも今はファストファッションがいっぱいあるから、なんかあの時の感じがすごい恋しいの。

まい: わかる!頑張ってお金を貯めて、なんとか一着を買う感じが。

Megさん: そうなのそうなの。あの洋服が欲しいから、ちょっと今日のご飯はこれで我慢しよう、とかそういうの!

まい: やってたやってた!(笑)

Megさん

そこがベースにある世代って、なんかずっとファッションが好きな気がするんですよね。やっぱりなんか違うのかな、そこでね。今の若い子達ってやっぱり、安いもので満足しちゃうから。そして市場も同じものが溢れてて安っぽい!このままじゃ日本のファッションはどんどんダメになると思うんだよね。

まい: そうですよね、ファッションにお金をかけないのかなぁ。

Megさん: 食事もそうで、イタリアンもフレンチも安いでしょう。昔はそれなりに高いお店があって、なかなか行けなくて。でも今は、クーポンを使ったりしてすごく安く行けちゃう。そういう風に、「憧れ」で頑張らなくても、全部手に入るから、欲がないというか。そういう風潮を、なんかずっと、どうにかならないのかなーと思ってて。時代なのかもしれないけど。

まい: でもそれって、それこそ、ヴィンテージとか一点ものとか、そこから変えていけるものってもしかしたらね、なんかあるのかなっていう感じがする。

Megさん: うんうん。

まい: 私も多分、ギリギリ古着世代というか、高校の時に京都の古着やさんを巡るみたいな感じで。

Megさん: いいよね、京都の古着屋さんね!

まい: それこそお金がなくてもね、ファッションを楽しめるというか、そういうところもあって。そういう感じどうなんだろうな、あるといいんだけどな、今も。

Megさん: でも今の若い子たちには、古着ブームっていうだけじゃなくて、そういうのひっくるめて、なんかファッションのワクワク感を楽しんでほしいな、もうちょっと感じてほしいな、って思ってる。

まい: うんうん、ね。やっぱりそういうのがモチベーションになってたから。それくらいにはなって欲しいな。味気なくなっちゃいますよね、なんか。絶対に必要なものじゃないんだけど、ファッションって。でも、頑張ってお金をかけたい、っていうのがないと。

Megさん:そうそう、そうなんですよね。

まい: Megさんみたいに、もともとそういうファッショの仕事をしてたんじゃなくて、ただただ服が好きだったっていう人だとなおさら思うのかもしれない。それできっと、Megさんのようなお仕事や、古着とかVintageとか、そういうものが、若い人にファッションの「ワクワク感」を知ってもらう、何かいいきっかけになる気がします。

いろんな流行を目の前で見てきたことが、今につながっている、というMegさん。だからこそ、若い人たちに、ファッションの楽しさを知ってほしい、という思いもすごく伝わってきました。次回は、Megさんが買い付けの時に気をつけていること、そして気になるインスタのこだわりについてのお話です。

Profile

Meg: 独自のセンスで、2013年に「Swell Vintage」をスタート。ショップで販売するものは全て、自らハワイやLAから買い付ける。インスタグラムの世界観も人気で、フォロワー数は2017年12月現在で1.9万人。

 

*感想、お問い合わせ、また、インスタグラムで気になるこの人のお話が聞いてみたい!というご要望、お仕事のご依頼はこちらから。

「Swell Vintage」オーナーMegさん②ーSVの転機と、これからのこと 

店舗を持たないウェブ上でのヴィンテージショップ「Swell Vintage」(以下SV)を営むMegさん。そのインスタからは、Megさんご本人のぶれないセンスも伝わってきます。このMegさんのセンスの秘密は何なのか。それが知りたくて、今回取材をお願いしました。

実際に会ってみたMegさんは、とても気さくで話しやすくて、そしてやっぱり一つのしっかりとした芯があって。そのセンスはもちろん、お人柄含めてますます好きになってしまいました。すごく良いお話がたくさん聞けたので、ぜひ読んでみてください。じっくり全6話でお届けします。

前回は、ファッション業界とは無縁だったMegさんがSVをスタートした時のお話。今回は、そんなSVの転機となったエピソードと、これからについて伺います。

古着を扱うようになるまでーー「自分の気分」で扱うものを決めたい

まい: クラッチの販売から始めて、それから古着を扱うようになったのは、どういう流れだったんですか?

Megさん: ワッペンクラッチを作るのに、アメリカのボーイスカウトの古着のシャツについてるワッペンをメインに使っていたの。それをメインに、古いワッペンを使っていて。

ボーイスカウトって、経験を積むと、シャツにワッペンをつけてもらえる仕組みになっているんだけど、古着屋さんにそのシャツを仕入れに行っていたから、古着が身近にあったんです。

バッグだけ載せてると、サイトが少し寂しくて。そこに鮮やかな色のヴィンテージのTシャツとかがあれば、サイトも華やかになるな、と思ったの。それで、身近に古着屋さんがあるんだから、古着も一緒に買い付けちゃおうということになったんです。もちろん元々自分が古着が好きだというのもあって。

まい: サイトに深みを持たせるために、という感じで?

Megさん: そうそう、最初は本当にそんな感じで。

まい: なるほど、そういう流れで古着を扱うようになっていたんですね。古着が身近にあった、というのがよくわかる。

今はもうクラッチは作ってないんでしたっけ?

Megさん: うん、私が今はちょっとクラッチの気分じゃなくて。

まい: あ、それってすごく大事。自分がやりたいかやりたくないかって。せっかく自分でやるならね。

Megさん: そう、私が気分じゃないものは扱いたくなくて。

でも、クラッチを今でも使ってくださっているお客さんがいてくれて、それがすごくうれしい。やっぱりそれがSVの原点だから。

写真:Megさん提供

今となれば、最初から古着でやっていたわけじゃなくて、このクラッチが原点で良かったなって思う。それで最終的に、古着に行き着いたのも自分らしいなって思っていて。

まい: うんうん。ちゃんとそこにストーリーがあるんですね。ちなみにシルバーアクセサリー(Swell Silver)はどういった流れで扱い始めたんですか?

Megさん: それも私が単純に昔から好きだったんです。でも、今流行りのシルバーって、華奢なのが多くて、私が好きな感じではなくて。それで、ごつくて個性的なのが揃ってる古着屋さんでよく見てたの。でも、古着屋さんにあるのって、すごく素敵なんだけど、全部サイズが15とかで大きくて。だから、自分で作っちゃおうかなって思ったんです。

まい: なるほど、それも独学で?

Megさん: うん、デザインの経験が全くないから、自分なりに簡単なデッサンを描いて、職人さんにこういうの欲しいんですけどって言って。いやーそれはーみたいなやりとりがあって(笑)

まい: (笑)でも、本当に全部手探りで、自分で一から作り上げていったんですね、すごい。

インスタグラムがきっかけで、セレクトショップとのコラボも

まい: そういうSVが大きくなって行ったきっかけってありますか?

Megさん: やっぱりインスタが大きいかなあ。そのつながりで、plageさんでのイベントもやらせていただくことになって。

まい: plageさんでのイベントもインスタつながりなんですね!

Megさん: SVを始めた時期も、ちょうど、インスタって何?って、みんなが興味を示してる時期だったから余計にかな、それから数年してインスタもさらに浸透してきて、そこでイベントもやらせてもらって…。そこから、わーって大きくなっていった感じがある。

でもなんかね、結果、私もツイてるなと思うんです。ラッキーだなって。

まい: うんそれもね、やっぱりこう、SNSから人気が出た方って、みなさんそういう風に「運が良かった」っておっしゃるんですけど、でも、「運も実力のうち」ってよく言われることだけど、やっぱりその通りだなって思う。それも実力なんですよね。

今はお店を持ちたいわけではない。自分のライフスタイルに合った、今の規模で続けていきたい

まい: そうやって大きくなってきたSVですけど、これから店舗を持とうとかは?

Megさん: 私、お店に憧れは全くないんです。多分、今のライフスタイルにこの規模感がとても合っていて。きついと思うこともあるんだけど、お店を持ったら今の生活が保てないから。

よく取材とか受けて、「最終的にはお店持たれたいんですよね」とか言われるんだけど、「全然そういうのないんです」って答えるんです。みんなえーって言うんだけど(笑)

持てたらいいなとも思うけど、でも、お店を持った時に、そこに私がずっといれるかっているといられないから。誰かに任せればいいじゃないですかって言われるんだけど、それがどうしてもできなくて。

まい: あーすごいわかる。自分の手の届く範囲で仕事をしてたいっていう感じですよね。

Megさん: そうなの。任せないと大きくなれないよって言われるんだけど、その大きくしたいっていうのも今はあまりなくて。今のこのオンラインとポップアップっていう形がすごく私に合ってるんだと思います。

まい: 好きなことをしてたらここに来てたからね、そのまま好きなことを続けていきたいっていう感じですよね。

Megさん: うんうん、ほんとそうなの。

「Swell Vintage とだったら一緒にやってもいいよ」と言ってもらえるお店にしたい

まい: じゃあやっぱりSVとしては今のペースを守ってやっていきたいなっていう感じですか?

Megさん: そうですね。あとは、イベントとかで、もっといろんな人と組みたいなというのはあって。来年からは色んな会社やショップでバイイング、ディレクション、イベントとかのお仕事ができたらとも思ってます。

「普通はコラボとかしないけど、SVとだったら一緒にやってもいいよ」と言ってもらえる、そんなお店になっていかなきゃいけないなとは思っていて。

まい: やっぱりそのためには、いいものを仕入れる、っていうのが一番?

Megさん: うん。あとは今、うちのイメージというか、なんかそれを、もうちょっと変えていくべきなのか、そういう基本的な、根本的な何かを考える時期ではあって。

まい: ブランドイメージみたいなところで?

Megさん: そう、もっと広げなきゃいけないのかなーって。でも、結局は私がいいと思うかよくないと思うかにかかってるから。

まい: うんうん。やっぱりそこはMegさんの世界観とか、いいと思ってるものが大事になってくると思う。ここからのSVもすごく楽しみです。

インスタグラムがきっかけで、成長してきたSV。それでも、今の規模がちょうどいい、とも。次回は、そんなSVの全てとも言える、Megさんのセンスの秘密に迫ります。

Profile

Meg: 独自のセンスで、2013年に「Swell Vintage」をスタート。ショップで販売するものは全て、自らハワイやLAから買い付ける。インスタグラムの世界観も人気で、フォロワー数は2017年12月現在で1.9万人。

 

*感想、お問い合わせ、また、インスタグラムで気になるこの人のお話が聞いてみたい!というご要望、お仕事のご依頼はこちらから。

「Swell Vintage」オーナーMegさん① 手探りでSVをスタート!

店舗を持たないウェブ上でのヴィンテージショップ「Swell Vintage」(以下SV)を営むMegさん。そのインスタからは、Megさんご本人のぶれないセンスも伝わってきます。このMegさんのセンスの秘密は何なのか。それが知りたくて、今回取材をお願いしました。

実際に会ってみたMegさんは、とても気さくで話しやすくて、そしてやっぱり一つのしっかりとした芯があって。そのセンスはもちろん、お人柄含めてますます好きになってしまいました。すごく良いお話がたくさん聞けたので、ぜひ読んでみてください。じっくり全6話でお届けします。

保育園が見つからず、会社を退社。それでも何か仕事がしたい!

まい: まず、SVを始めたきっかけを教えてください。やっぱりもともとアパレル関係のお仕事をされてたんですか?

Megさん: 元々は、企業のレセプション、受付の仕事をしていました。広告代理店とか、IT企業とか、自動車会社とかいろんな大手を転々と。最終的には、管理の方で、採用とか、教育の仕事をしていて、だからファッション業界にいたことはなくて。

まい: ファッション業界じゃなかったんですね!それはどれくらいの間やっていたんですか?

Megさん: 15年くらいかな?そのあと、出産をして、育休を取ったんだけど、実は、その時の上司にも勧められて、最終的にはマナーの先生になろうと思っていたんです。採用とか教育の仕事の延長で。

でもファッションの仕事はどこかでずっとしたくて、モヤモヤした気持ちが、なんかずっとあって…。でもそれはたぶん無理だろうな、こっち(マナーの先生)でやっていくんだろうなって、思ってて。

だけど、その頃住んでいた地域が、待機児童のすごく多いところで、結局保育所が見つからず、会社を辞めなきゃいけなくなっちゃったんです。

まい: ああそうだ、その頃って待機児童問題がちょうど大きくなっていった頃ですよね。

Megさん:会社を辞めました、でも私これからどうすんだろう、ってすごい考えて。それでその時、ファッションの仕事がやっぱりやりたいなって思ったんです。

私ずっと、育児をベースに、ファッションも載せつつ…といった形のブログをやっていたんだけど、それを見てくれてた、同い年の子供がいるママが、ある日突然メッセージをくれて。

私が家族旅行でハワイに行くってブログに書いたら、「うちもちょうど同じ時期にハワイに行くんです。子供大変ですよね、やっぱりまだよちよち歩きで。だから一緒に遊ばせませんかー」って言ってくれたんです。

それがきっかけで、その子と仲良くなって、二人でよく、「子供がいて、育児に追われて、それでこのまま人生終わってくのかなー」とか話してて(笑)

まい:(笑)

Megさん: その子が、そのあと一緒にSVを立ち上げるリカなんです。

SVのスタート ーパートナー、リカさんとの出会い

まい: 最初はお二人でやっていたんですよね。

Megさん: そうなんです。彼女はなんていうんだろう、すごくアクティブで、すぐに行動に移すタイプで。私は色々考えちゃって、慎重になっちゃうタイプだから、そもそもやろう!って決心できたのも、彼女の影響がすごく大きいと思う。彼女がいなかったら、SVは始めていなかったと思います。

まい: そうか、すごくいいパートナーだったんだ。

Megさん: ちょうどその頃、クラッチが流行ってて。でも、よく見るのは合皮の、いまいちなイラストとかロゴが入ってるやつで(笑)けどこれ、本革がいいよねーって話をしてて、それ、作っちゃおっか!って話になったの。それがSVのそもそもの始まりなんです。

でも二人ともそんなものづくりをしたことがなかったから、「作るって言っても作れるの?」「どうやって縫うの?」「とりあえずミシン買いに行こっか!」って。

まい: そこから(笑)

Megさん: うん、本当にそこから手探りで。ファッション業界のこともわからないし、何からしたらいいのかもわからないような状態で。「なるべく分厚い生地が縫えるミシンないですかー!」って探すところから。

そこから、まずは何かベースになるものを作ろうっていう話になって。ちょうどその頃、私の息子が着ていたワッペンがたくさんついたシャツがあったんだけど、それがすごくお気に入りで、「そういうクラッチがあったら絶対かわいい!」っていう話になったの。「それ作ろうよ!」って。

でも、本革で作ろうって決めたのはいいものの、クラッチにできるような柔らかい革って、なかなか見つからないの。でも、リカが色々と問屋さんを探し回ってくれて。最初に作ったクラッチの革も、リカが見つけてくれた。彼女はそういう行動力がすごくあって。

それがあったから、私はワッペンの配置に集中することができたの。だから本当に、彼女には感謝してて。

まい: そうか、ほんとに、それぞれの特技をちゃんと生かして。

Megさん: うん。リカは、「私にはそのワッペンの配置は考えられない、そこはめぐちゃんのセンスだから」って言ってくれて。

私はなんだかんだ、ほんとに人に恵まれてるんだと思う。なんていうんだろう、私のセンスを信じて、支えてくれる人がいたから、ここまでやってこられたんだと思う。

まい: うんうん。最初の始まりから、まさにそうですもんね。

真夜中に二人で泣きながら、クラッチバッグのサンプルを作成

Megさんとリカさんが初めて作ったクラッチ。(Megさん提供)

Megさん: リカが探し回ってくれておかげで、なんとか材料を一通り揃えることができて。最初の頃は、ワッペンを付けるのは手縫いでやってたの。でも、曲がるし、針は折れるし、いびつになるし、個体差は出るし…。「なんでこんな辛い思いしなきゃいけないのー」って、もう夜中に二人で泣きそうになりながらやってた。

まい: 手縫いで!それはすごい。想像するだけで泣ける…。

Megさん: もう本当に、泣いてた(笑)でもやっぱり役割分担ができていって、クラッチの革を探して、革を切る、それをミシンで縫う、までがリカの仕事で。

ワッペンを探す、ワッペンをはがす、クラッチに配置する、手で縫い付ける、までが私の仕事。

そうやって二人で、革もジッパーもワッペンも、全部すごくこだわって最初のサンプルを作ったの。手縫いと家庭用ミシンでは、市販のものみたいにまっすぐ整ったものには仕上がらないんだけど、でも本当に細かいところまで二人でこだわったから、そこには自信があって。

二人で試行錯誤して、なんとか作り上げた、世界に一つのクラッチだったの。

まい: うんうん。すごい、本当にこだわりが詰まってる。いよいよそれを売り始めたんですね。最初からインスタで?

Megさん: うん、二人ともその頃はインスタもよくわかってなかったんだけど、ちょうど広がり始めた頃で。サンプルを載せてみたら、結構反響があったんです。販売の告知も始めたら、素敵ですっていうコメントとかもつき始めて。

ちょうどその頃、まだ出来たてのBASE(ウェブ上でオンラインショップが開けるプラットフォーム)っていうのがあって。一から販売ページを作るとすごくお金がかかるけど、これなら無料だし、base自体もできたでで、自分たちと一緒に成長していくみたいな感じでいいね、やってみようかって、そんな感じで始めて。

そこから少しずつ、そのクラッチが売れるようになっていった感じです。

本当に手探りの中、友人と二人でSVをスタートしたMegさん。次回は、そんなSVの転機になった出来事について伺います。

 

Profile

Meg: 独自のセンスで、2013年に「Swell Vintage」をスタート。ショップで販売するものは全て、自らハワイやLAから買い付ける。インスタグラムの世界観も人気で、フォロワー数は2017年12月現在で1.9万人。

 

*感想、お問い合わせ、また、インスタグラムで気になるこの人のお話が聞いてみたい!というご要望、お仕事のご依頼はこちらから。

#MeToo の広がりに思う

イケ麺の先輩に囲まれつつ

#MeToo の広がりを見ながら、この業界で、たちの悪すぎるセクハラに遭わなかったのは、それはもう単純に、運が良かっただけなのかもしれない、とも思う。

セクハラどころか、私が会社を辞める決意をして、お世話になりまくった先輩に話そうと、「ちょっと話したいことがあるのでお時間ください」と、メールしてから、築地市場の名店、磯野屋にて「会社辞めます。」って話した時、先輩が言ってくれたのは、「びっくりした…すごいショックだけど、でも、話があるって言うから、すごいセクハラとかパワハラとか受けてるのかとか心配した。そうじゃなくて本当に良かった。」と、いうことだ。男前すぎませんか。本当、そういう人に囲まれて仕事をしてこられたんです、私は。

さっきも飲み会の相談を前職の先輩たちとLINEでしていて、「先輩に思いっきり幹事丸投げしてカップラーメン今すすってますすみません」って言ったら、「幹事は先輩がやるものだよ。」と返信が来た。男前か。イケ麺か。イケ麺っていうワーディングもいとも簡単に先輩から盗んだけど。

自分の感覚を絶対に絶対に若い子たちに受け継がない

だけど、そんな私において、今回のはあちゅうさんの告発を見た時、一番最初に感じたのは、「ああ、ありそう・・・」と、いうことだった。これはもう正直言って、はっきり言って、完全におかしいわ自分、と思う。

別の業界の友達は、「ひど!」「こわ!」「ありえない!」という反応だったのに、私の最初の感想ときたらこれだ。それはもう完全に、感覚が麻痺しているということだと思う。

自分が直接そんな被害を受けたわけではないけれど、やっぱり話として、身近で感じていた部分はあるのだと思う。

新入社員の頃は、あまりのカルチャーショックで体育会系のノリにいちいち疲れていたけれど(多分それはまともな反応)それでもだんだん、10年以上その業界にいて、変に慣れていってしまった部分はあるのだと思う。

そして自分自身、ある程度許容してきてしまった部分も、やっぱり少なからず、あると思う。もう少し、戦ってよかったんじゃないかなと思う部分もある。

でも今の私にできることというのは、自分の感覚が麻痺しつつあったことをまずはちゃんと自覚することだ。そして、若い女の子たちに、「ああ、ありそう・・・」だなんて感じさせちゃうような風習を、絶対に絶対に残さないことだ。

被害に遭った人が、どうか自分を責めないように

はあちゅうさんの、この言葉がすごくリアルだなと思う。中にいると、麻痺してしまうことがある。でも、声を挙げようと決めたはあちゅうさんの勇気がすごい。そして、声を挙げられないたくさんの被害者の人たちが、どうかどうか決して、自分を責めないように、と思う。

私の場合、自分が受けていた被害を我慢し、1人で克服しようとすることで、セクハラやパワハラ被害のニュースを見ても『あれくらいで告発していいんだ…私はもっと我慢したのに…私のほうがひどいことをされていたのに…』と、本来手をとってそういうものに立ち向かっていかなければならない被害者仲間を疎ましく思ってしまうほどに心が歪んでしまっていました」

「けれど、立ち向かわなければいけない先は、加害者であり、また、その先にあるそういうものを許容している社会です。私は自分の経験を話すことで、他の人の被害を受け入れ、みんなで、こういった理不尽と戦いたいと思っています」

もうそんな風習が金輪際なくなりますように

そういう文化がものすごく近くにあって、もちろん、電通の人ともたくさんたくさん一緒にお仕事をしてきて、多分、12年間の間にもらった名刺は、電通のものが一番多かったと思うのだけれど。

その中には、私が人として本当に好きな人もいっぱいいる。一緒に仕事をしていて楽しかった人、プライベートの話もいっぱいした人、真剣に相談に乗ってくれた人。心から、仕事を通じて何かを変えようとしている人。仕事が大好きな人。色んな人がいる。

だからこそ、もう、悪い風習は、金輪際なくなりますように、と思う。悪者の象徴のように、「電通」という名前が使われるなんて悲しいことが、なくなりますようにと思う。

もちろん、その会社だけじゃない、同じ業界の会社全て、共に仕事をするメディア全て、クライアントとなる企業全てで、そんなことがなくなりますようにと。

組織を信じられるようになっていきたい

あと、セクハラとかパワハラがない文化というのは絶対にあると、信じ…られるようになりたい。例えば今回の記事を載せたbuzz feedにはそんな文化がないと信じたい。そういう組織は、作れるんだと、信じたい。そういうところに身を置いていなかったから、どこかで今も、なんというか組織的なものを信じられない部分があるのだけれど、そうじゃないと、信じていけるようになりたい。

たくさんの、#MeToo の人たちがそう思えますように。

自分が悪いわけじゃないと、心から思えますように。

私もまだまだ、できることをやっていかなきゃ。

東京で通い続ける場所があるということ

なんと3ヶ月しかあいてないのに美容院へ行った。

髪を切りに美容院へ行った。ロングの時期が長かったのだけれど、1年前だったかもうちょっと前だったかにバッサリ切って以来、ちょっとでも伸びるとすぐに気になって美容院へいくようになった。

なんといっても、ロングの時は半年に1回しか美容院に行っていなかった。いつも気づけば半年が過ぎていた。

しかし。髪を切ってから私は生まれ変わった。なんと3か月に1回美容院へいくようになった。すごい。これはすごい。奇跡だ。

髪を切りながら、そうかこのお店に私はもう上京以来ずっと通っているのだなあ・・と、しみじみ思った。それってもしかしてちょっとすごいことなのでは。と。

この美容院に通い始めてからの自分の変化

上京以来、私に何が起こったかというと、大学に入学し、卒業し、就職し、結婚し、出産を2回し、会社を辞めた。それを、この美容院は全部知っているのだ。ちょっとすごい。まあ、年に2回しか行ってなかったけど。(それなのにそれを全部覚えてくれている美容師さんほんとすごい。)

東京に出てきてから、今年で何年目だろう、16年めになるのかな、そろそろ、京都より東京の生活が長くなりそうだ。その人生の約半分をかけて、通い続けている場所っていうのは、実はそんなに、多くない。

同じ東京でも住んでいる場所は学生の頃から数えて4回変わり、もちろん生活圏内も変わった。学生の時と、社会人になってからだと、飲む場所もお店も変わった。(まあやっていることはあんまり変わってない気もするけど。。。)

右も左もわからぬまま憧れのダイカンヤマへ行ってそのわかりづらすぎる道で迷った上京2日目の私と今の自分では、さすがに行くお洋服屋さんだって変わってきた。その頃から変わらず行っているブランドとかお店って、さすがにない気がする。それはちょっとさみしいけれど、まあでも年齢によって好きなブランドが変化していくのはある意味自然なことだ。

そう思うと、ほんとに、美容院くらいなのだ。ずっと通い続けている場所って。

初めてその美容院へ行った頃は、専門学校を出たばかりのアシスタントさんたちがみんな自分と同い歳くらいだった。そのアシスタントさんたちが、自分より歳下なのか!と、気づいたのは、就職してから結構経ってからだった。

遅い。高校球児たちが自分より歳下だと気付くのにも相当時間がかかった。遅い。まあこんな風に私は自分が歳を重ねていることをつい忘れるわけだけれど、通い続けていると、さすがにそのことも痛感する。だいたい周りの人が同い年とか歳下になっていく。

美容院というのは、話すのが苦手でもライフスタイルの変化の話をしがち

そもそも私はあんまり美容院やネイルサロンでお店の人と話すのがそんなに好きじゃなくて(めんどくさい)、基本的にはほっておいてほしい(なんといっても生きていく力に欠ける)。

そもそも美容院(もしくはGINZA SIXの蔦屋書店。それは今。)くらいでしか雑誌を読まないから、まあ美容院ではおしゃべりより雑誌を読みたい。読みかけの本があればそれも美容院に持ち込むし、それを読みたい。

そんな感じなので、美容師さんとたくさんおしゃべりしてる方ではないのだけれど、そんな自分でも、美容院というところは、ぽつりぽつりとライフスタイルの変化を話しがちな場所なのだ。

「シューカツするからちょっと髪色落ち着かせたい」と言えば「どんな業界受けてるの?」という話になり、職種の話もした。「実は結婚するから式に向けてちょっと伸ばしたい」といえば「そっかじゃあ顧客カードの名前書き換えるね!」と、新しい名字をおしらせした。

「実は妊娠中で出産したらしばらく来れないから、伸びても大丈夫な髪型にしてほしい」といえば「それは楽しみだね!女の子?男の子?」という話になった。

「上のお子さん何歳だっけ?もうそろそろ小学生だよね!」という話もついこの前にした。そして、「会社を辞めたから平日のこんな時間にも来られるようになったよ」という話をして、「おめでとう!そっか新しい仕事どう?」と、新しい仕事の話をした。

何と言っても、だいたい年2回、多くても4回ほどしか行かないわけだけれど、それでもコンスタントにずっと、この美容院は自分の変化とともにあったのだなあと、改めて思った。

目に見える資格やスキルだけじゃない、力を自覚すること

美容師さんというのはやっぱりものすごく会話のうまい人たちで、いつも何かしらの気づきをくれる。(いやまじであの人たちプロですよねすごい。終わった後全部メモしてるのかなあ、全部覚えててくれてほんとすごいと思う。)そしてその会話の内容は、やっぱり18歳から今までで大きくかわってきた。

前に、「美容師さんは手に職があっていいですよね、どこでも仕事していけるから。」という話をした時に(たぶん、私はその頃会社を辞めようかと漠然と考えていたのだと思う。)「いやでも美容師にとって一番の強みって、資格じゃないと思うんです。」と、その時たまたま担当してくれてた美容師さんが教えてくれた。

「こうやってお客さんとお話するコミュニケーションのスキルとか、あと次世代を育てていく力とかマネジメント力とか、そういう方がどこでも通用する力になるなと思っていて」と、その美容師さんは言っていて、なるほど!と、思った。

もちろん人それぞれに考えはあって、自分はハサミ一つでやっていくんだ!と、いう人もいるだろうしそれはそれでいいと思うのだけれど、自分の仕事からこう広がるスキルを自覚するってすごく大切だな、と思う。

目に見える(履歴書に書けるような)資格だけではなくて、そして美容師であれば「髪を切る」という分かりやすいスキルだけではなくて、長く続けてきた仕事にはきっと、誰から見てもわかるようなもの以上の、力がついているものだ。それをちゃんと自覚できるってすごく大切なこと。自分の力をいろんなことに応用していける、そういう柔軟性があるって良いな、と思う。

その時々で、美容師さんに教えられること

そしてこういう話にハッとしたり、何かに気づけるようになったのは、それはきっと私が16年くらいの間に、いろいろ変化してきたからなんだろうなあ。

18歳でダイカンヤマで迷いまくりのときにはいいお店をたくさん教えてもらって、結婚する時はステキなお花やさんを教えてもらって、出産してから子連れでいけるお店を教えてもらって、そして最近はやっぱり仕事の話が多くなる。その仕事ぶりから学ぶこともたくさんある。

家族と離れて東京で一人暮らしを始めて、そしてまた結婚して新しい家族を持つ今まで、たぶんこの16年の間に自分の人生は大きくかわったわけだけれど、その間ずっと変わらず通い続けてこられた同じお店があるっていいもんだなと、改めて思う。

次回は半年開かないように行こうと思います、たぶん、きっと。生まれ変わったし、うん。

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伝統を守ること、について

その組織らしさ、ってなんだろう

よく学校や会社で、「その組織らしさ」という話になることがある。「最近、この学校らしさが失われてきた・・」とか、「最近の新入社員はうちの会社らしくない・・・」とか。

もう結構前になるけれど、とある伝統ある高校にお子さんが通っているママが、先生から「最近生徒たちから、100何年と続くこの学校らしさが損なわれてきているように感じる。どうしてこの学校を選んだのだろうかと思うことも多い。」という話をされたんだーと、話していた。でもなんでかモヤモヤする!この学校は好きだけどなんかこれはモヤモヤする!なんでだ!と、そのママが言う。

私も話を聞きながら、確かにそれはモヤモヤする!なんでだろう!と、二人で話していたのだけれど。

例の黒髪事件に思う

まず、公立の学校であれば、当然「その学校らしさ」を背負った生徒ばかりが集まるわけではない。私立にしたって、学校を選ぶ理由は、生徒の「その学校らしさ」だけではないと思う。中にはそういう人もいるかもしれないけれど、そうじゃない人もいると思う。「選ぶ」理由は人それぞれで良いはず。

少し前に、女子高生が髪を無理やり黒に染めさせられた話が話題になっていた。あの時、多くの人が学校に批判的だったと思うけれど(そりゃそうだ)、一部で、「ただ、それならその学校を選ばなければよかった」という意見も見かけた。

でも何だか、それも違うんだよなあ、と、私は思う。その学校を100%気に入って入学する、ということはなかなかない。何だって、100%のものなんてない。ここは好きじゃないけれど、こことここはすごく気に入ったから選ぶ、ということもあるだろうし、受験のある学校であれば、第一希望ではなかったけれどここになった、ということだってある。

そして、いろんな事情があって属したコミュニティで、例えば90%は納得して入ったとしても、組織側から「あなたはここに入ったからルールを全て守ってください」と一方的に通告されるのはやっぱり健全ではないなあ、と思う。おかしいなと思うことがあれば、より小さい個人側からだって、声を挙げられる組織がやっぱりいいなと思う。

私が通っていた高校で、昔、校則を変えようという大運動が生徒たちから起こって、そこでいろんな衝突を乗り越えて、山ほどあった校則をたった3つだけにした、という話があって、それがすごく好きなのだけれど、(むしろそれを聞いてこの学校へ行きたい!と思ったわけだけれど。)そういう、簡単にではないけれど、時代や環境に合わせてルールを変えていくというのはすごく大切なことだと思う。

(それにしてもたった3つしかなかったその校則を私は一つも思い出せない。どういうことだ。全くもって自分が信じられない。)

「その学校らしさ」は生徒がつくるものではない

そしてもう一つ、「その学校らしさ」というのは、生徒ひとりひとりが作るものでは、多分ない。それは、生徒が背負うものではない。

学校らしさというのは、例えばその学校がある土地の文化や、歴史が作り出すものかもしれないし、独自の授業や行事が作り出すものかもしれない。そういう、ハード面からまずは作られるものなんじゃないかな、と思う。生徒たちは、あくまでその影響を受けて、何かを感じ取る立場であって、「学校らしさ」を、生徒たちに押し付けちゃいけないんじゃないかな、と。

そういえばこの前の仕事でまとめたこの記事でも、「広尾」という土地、そしてブランドを生かして再生した広尾学園のお話があったのだけれど、これはまさに、その学校の本当の強みを生かした好例だと思う。

そこに集まる生徒たちは、当然、時代によって色々と変わってくるものだと思う。もちろん、その土地の文化や、独自の授業や行事だって、時代の流れとともに変化してゆく。

生徒が先に変わるのか、ハードである文化や行事が先に変わるのか、それはわからないけれど、とにかく変化してゆくことは避けられない。変化は成長でもあるのだから。

「比叡山の1200年消えない火は、今の空気と油で燃えている」

みたいなことを考えていた時、愛読書『翼の王国』で、京都の特集を読んだ。そこに、大好きな「雲母唐長」のトトアキヒコさんのインタビューが載っていた。

唐長は、京都で400年続いてきた、日本で唯一現存する唐紙屋さん。「京都の伝統ある唐紙屋さん」というだけで、死ぬほど敷居が高そうなのに、今の感覚でも「ああ素敵だな」と自然に思えるものがたくさんある。

四条烏丸のココン烏丸に入っているKIRA KARACHOで数年前に購入した「双葉葵色づくし」というこの和紙のセット。ちょっとしたお礼状とかお便りに重宝しまくっている。全部で10色もあるので、子ども達もたまに自分で好きな色を選んで、お便りを書いたりしている。

そのトトさんが、翼の王国でのインタビューでおっしゃっていた。

「比叡山に1200年消えていない炎があるけれど、それは1200年前の炎じゃない。今の空気と油で燃えていて、それが文化だと思うんですよ。」

あーまさに。と、ストンと腑に落ちた。

例えば伝統ある学校にも、ずっと燃え続ける伝統のような炎はあって、それはずっと守られるべきものだろうと思う。炎を決して消さないこと。それはすごく大切なこと。

でもその炎を消さないためには、トトさんの言葉を借りると、今の空気と油が必要だ。その空気と油と、そしてずっと燃え続ける炎から、子どもたちはそれぞれ、一人ひとり、いろんなことを学びとっていく。それが伝統校であるということの素晴らしい強みなんじゃないかな、と思う。

そこには色んな生徒が集まって、そしてそれぞれが違うことを学びとっていく。でもそこに色んな違いがあるから、色んな価値観が集まるから、きっと何か新しいものが、ひとりでは作れないものが、生まれていく。

やっぱり学校ってそういう一人ひとりの違いや価値観を大切にする場所であってほしいし、本当の伝統っていうのは、そうして「今」の空気を入れながら守られていくものなのだと、改めて思う。

京都の伝統あるお店から、教育についても考えてしまったという今日のお話。

それにしてもやっぱり我が高校の3つの校則が思い出せない。なんだっけな。

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退職金を握りしめてママ友と銀座久兵衛でお寿司を食べてきた

お寿司と指輪は自分で買おう

西原理恵子さんが、「お寿司と指輪は自分で買おう」とおっしゃっていたので、退職金を握りしめて銀座の久兵衛へ行ってきました。ものすごくオトナだ。でも想像以上にこのオトナ経験が素晴らしかったので、記しておきます。

24歳の時に早まって(だまされていたのであろうか)結婚し、26歳の時に運良く(それは運良く)息子が生まれてきてくれたので、なんというか東カレ(東京カレンダー)的生活を送る時間がものすごく短かったように思う。今思えば。私をだました(知らんけど)港区サラリーマンのオットは私を一度もカウンターのお寿司になんぞ連れて行ってくれなかったそういえば。まあその頃オットも25歳だったわけだけれど。(でも遊びほーけてましたよね)

だから何ってわけでもないのですが、そういえば、カウンターでお寿司をいただくなんていう経験をほとんどせずに34歳になったのだな、と、ふと思った。仕事で行くパーティーで、ホテルの広い会場に来ている久兵衛のお寿司を食べることはあれど、ちゃんとお店に行ったことはなかった。

妊娠して出産して授乳していると6年くらいはあっという間に過ぎる。

けどどういう話の流れだったかはさっぱり忘れてしまったのだけれど、第一子の育休中に、同じ時期に出産したママ友と、ツイッターだったか何かで、「復職したら久兵衛のお寿司食べに行こーよ。」と、話していた。もうそれは軽口程度のものだったのだけれど、「久兵衛でお寿司。」というワーディング(マーケティング用語)だけはなんだかずっと自分に残っていた。

ただご存知の通り、妊娠→授乳中はお酒を飲めないわけです。軽くそう言いますけど、例えば1歳まで授乳したとしても約2年は禁酒なわけです。うちの子たちは1歳半〜2歳くらいまで授乳してたので、1人につき2年半〜3年くらい禁酒してたわけです、わかりますかこれすごいですよねパパの皆様。

そうすると、慌ただしく、毎日は過ぎていく。毎日どころか、6年くらいが過ぎていった。妊娠して出産して授乳しているとなんだかんだしているうちに6年くらいはあっという間に過ぎてしまうのだ。まじで。

独立したしというわけで、6年越しの約束を叶える!

そんなこんなで約束してから6年くらいが過ぎた今年の誕生日、FBにその友達がメッセージをくれた。お誕生日おめでとう、そろそろ久兵衛行こうよ!と。そしてそれはたまたま私が会社を辞めたタイミングで、「行こう!会社辞めてフリーになったから!」というと、「まじで!それはますますお祝いしなきゃじゃん、久兵衛じゃん!」ということで、6年ごしの約束が叶うことに、なった。そして同業の友達がさらりと予約してくれた。かっこいい。

しかし、決まったはいいものの。行き先は久兵衛。そもそも無職の私が行っていいのか?とか、最近ふざけた格好しかしてないけどこんな服で行っていいのか?とか、銀座のお寿司屋さんには一般人にはわからないマナーが山ほどあって一見さんが行ったらいけずされるんじゃないの?とか、色々頭をよぎる。(京都人)

だいたいいくらするのかもわからない、ので、友達と、とりあえず3万下ろしていこう、足りなくなったらそのまま久兵衛で働こう。と、約束した。(無職だしわたし。)

3万円握りしめていざ行かん久兵衛

でもさ。実際に行ってみたら。久兵衛ときたら最高であった。

緊張するから一人で入れない!と、友達が来るのをお店の前で待っていた私ですが、まず案内してくれた着物の女性がすごくフランクに話しかけてくれて、拍子抜けした。

掘りごたつのカウンターに案内してもらったのだけれど、そこで握っていた職人さんがまたとても気さくな方で、「出産してから6、7年ぶりに約束が叶って念願の久兵衛なんです!」って言ったら「へー二人とも小学生のお母さんなの!見えないね!」とかなんとか言ってくれるもんやから調子に乗って「大将さいこう久兵衛さいこう!」とか言ってそのままのテンションで話しかけ続けた。

久兵衛でママ友とする仕事の話、は最高だった

近しい業種で仕事をしていた友達と、仕事の話をしながら、なんかこういう日が来るとは思わなかったなあと、ちょっと思った。育休中は子どもを連れていろんなところへ行って、子どもを追いかけながら離乳食の話をして、それが6年経ったら、久兵衛で日本酒飲みながらお寿司を食べて、お互いの仕事の話をしている。そして最近会う人がほんとみんなそうなのだけれど、「こんな仕事あるよ!やってみたら?」ということを言ってくれる。

そこには私のまだまだ知らない世界がたくさんあって、わくわくするかけらのようなものがたくさん広がっている。自由になったんだなあと少し思う。

そしてそういうきゃっきゃはしゃぐ私たちを、久兵衛の人たちはとても良い距離感で相手をしてくれた。私は大げさじゃなくて、これが一流だ!と、思った。

隣に座るお客さんとの距離感も程よくて(たまに会話したりしてそれも楽しい)、職人さんとの会話もほどよく楽しくて、何より、6年ごしの約束を叶えた友達との会話があまりにも楽しくて、つい日本酒飲みすぎた、久兵衛なのに。

続いていくために、守るべき大切なものと、柔軟に変えていくもの

「伝統だ」「マナーだ」「暗黙の了解だ」という「空気感」は日本にたくさんあると思う。当然、世界の久兵衛さんだって伝統を大切にしているだろうと思う。だけど、それでも、退職金を握りしめて初めて久兵衛に来ましたという私たちに、すごくあたたかく接してくれた。写真もどんどん撮っていいよ!あの人も撮っていいよ!とか言いながら若い職人さんが大将を指差して、大将がポーズとってくれたりした。

「こんなマナーも知らないの」というような雰囲気は、周りのお客さん含めて一切なかった。それってすごいな、と私は思った。大切なものを見たな、となんか少し思った。いいものは、いい。そして続いていけるのは、守るべき大切なものと同時に、柔軟に変えてきたものがあるからだ。

そうそう、お会計も3万は全くしなかった。春のカットソー1枚分くらいだ。人生には洋服以外にこういうお金の使い方があるのか!と知った、私、34歳。

退職金握りしめて銀座のお寿司屋さんに行ったら、大切なものをたくさん教えてもらった、というお話。

でも私、久兵衛で日本酒飲みすぎてめっちゃ酔ったからやっぱりまだまだだ。いつかもっとスマートに食べられるようになりたい。むすめに、「大人になっていつかむすめに好きな人ができたら、3人で一緒にお寿司食べに行こうね。」と言ったらめっちゃ喜んでいたのでこれも十数年越しになるだろうけどちゃんと叶えてあげよう。きっと世界の久兵衛さんはその時にも柔軟にずっとあると思うから。

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誰かの「違い」に寛容でありたいな、と思う

復職してからの6年で働くお母さんの環境は変わったか

第一子を出産して復職してから、丸6年が過ぎた。(丸6年が過ぎて、会社を辞めたけど)

この6年の間に、働くお母さんを取り巻く環境が、大きく変わったかというと、実感としては、まあそんなに変わらないな、という感じがある。保育園は相変わらず全入ではなく、むしろ働くお母さんは増え続け、「保活」という言葉が生まれ、希望の園には入れない、という状況は続いている。

そして9月まで働いていた会社の制度が、この6年で大きく変わったかというと、大きく変わったものはそんなに思い浮かばない。時短をとれる期間が少し伸びたこと(たぶん)、あと、かなり制限が多いけれども在宅勤務が一部認められるようになったことが、変化といえば変化だと思う。(在宅勤務がもっと進めばそれは大きな変化になると個人的には思っているけれど)

でも自分の心持ちは変わった気がする

それでも私はこの6年間の間に、自分の心持ちとしては、すごく変化してきたなと思っている。それは自分が、変わったということかもしれない。

熊本の議員さんが、赤ちゃんを連れて議会に出席したことがものすごおおく話題になっている。いろんな議論が巻き起こっている。私はこれに関しては、「子連れ会議OK」の立場です。けど私、自分がこういう立場だと、きちんと言えるようになったこと、それがもしかして、すごく大きな変化なんじゃないかなと思っている。

6年前、復職したばかりの頃なら、そして一人目を妊娠中の時ならば、絶対に「子連れ会議OK」の立場だ、なんて言えなかったと思う。たぶん、それはダメだろう、と、思ってしまっていたと思う。本心では、そりゃ連れて行けるならそれに越したことはないとどこかで思いながら、「そんなもの認めちゃいけない、そんな風に甘えちゃいけない」という思いが、自分の中のどこかに、ずっとあったと思う。

妊娠したこと、子どもを出産したこと、そして子どもを預けて働くこと。それを心のどこかでハンデのように思っていて、罪悪感を持っていた。

「罪悪感」を少しずつなくしてくれたもの

たぶんこの6年間、一番大きかったものは、制度でもなんでもなく、この「罪悪感」との戦いだったように思う。それは、周りの声じゃなく、自分の中にあったものだ。周りの目ではなく、自分の中で渦巻いていた感情だ。

もちろん、いろんな考えの人がいて、熊本の議員さんの件でも見て心が痛くなるような批判も多くあって、「仕事に子育ての事情を持ち込むな」という考えの人だって周りにいただろうとは思う。でもそれを、必要以上に恐れていたのは、他ならぬ自分だったのだ。

制度がどれだけ整っていたとしても、自分がこの罪悪感を持っていたら、スムーズに働くことはできない。自分を、認めてあげることができない。

だけど6年の間に、少しずつ、働くことを認めてこられたような気がする。それはやっぱり、周りの人たちのさりげない気遣いに気づいたり、思っているよりも誰も自分を迷惑がってなんていないな、と感じる場面がたくさんあったからだ。本当に、本当に小さな些細なことでも、嬉しかった。退社の時に、「お迎え頑張って!」と言ってもらえることとか、そういう積み重ねが、少しずつ自分を強くしてくれたように思う。

周りのおかげで自分がそうして変わっていくと、少しずつ、今度はまた周りの人たちも変わってきたように感じていた。

例えばいい意味で、気を遣われなくなってきたなと感じる場面が多くなってきた。最初は、ここまでふって大丈夫?と、恐る恐る振られていた仕事が、最後の方は、まあとにかくこれやっといて、時間配分は任せるから!といった感じで、ざっくり振られていた。自分は時短だから、お母さんだから、と、仕事の上で気にすることが、どんどん減っていった。それはとても良い変化だったなと思う。

これは、相乗効果だったなと思う。周りの人たちに勇気づけられて、自分が自分の違いを認められて、仕事もスムーズに回るようになってきた。

事情が異なることは、性格が異なることと同じ

子育てだけじゃなくて、身体や心の病気を抱える人や、病気から復職した人、障がいを持つ人。なんらかのハンデを抱える人は、多分、周り以上にずっとずっと、自分が「罪悪感」を抱えがちだと思う。その時一番辛いのは、周りの「謙虚でいなきゃいけない」というプレッシャーだ。いや、「プレッシャーを感じる自分自身」だ。

だけどそれは本当は、「ハンデ」じゃなく「個性」のはずだ。人それぞれ性格が異なることと、事情が異なることは、同じこと。あなたの好きなものと、私の好きなものが違う。あなたが抱える事情と、私が抱える事情が違う。でも、それだからこそ、違うものが合わさるからこそ、自分には作れない何かを、誰かと、組織と、作っていけるのだ。一番大切な前提は、そこだと思う。

「初めてのもの」や「異なる」ものを、人は最初たぶん、少し恐れてしまう。パラリンピック選手の動きから、最初少し目をそらしてしまうように。でもよく見るとそこには、個性を生かした強さが見えるはずだ。「かわいそう」なんかじゃない力強さが、そこから感じられるはずだ。メルケル首相だって言っていた。「なんだって、すべてのものは最初は初めてだったのよ」と。(なんかそんな感じのこと。)

自分の「違い」と誰かの「違い」を認め合いたい

自分の持つ「違い」を、強さだと、個性だと認めてあげれば、他者の「違い」にも、恐れず向き合える。そして、自分の強さを、個性を、きちんと認めて他者と接したら、きっとその人も、その違いを認めてくれると信じたい。

だから自分と違う事情を持つ誰かに「お迎え頑張って!」って言ってあげられる寛容さを私も持っていたい。「預け先がなければ仕事場にお子さん連れて来てくださいね。」と言いたい。

きっとこれから、少しずつでも、働くお母さんを取り巻く環境は変わってくると思う。その時大切なのは、働くお母さん自身の心持ちでもあると思う。どんな立場であったとしても、その時は「弱者」と呼ばれる立場だったとしても、ちゃんと、言いたいことを言えること。罪悪感に押しつぶされないこと。そしてお母さんたち自身が、他者の「違い」にも寛容であること。そこから生まれる力を信じること。

まずは自分の周りから少しずつ。明日からでも変わっていけると信じて。

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この冬ニットを買っていない!…ので、長年選手のニットを挙げてみた

今年のニットが、ない!

ものすごく久々に一人で乗る飛行機だ!広島だ!さあなに着ていこう!と、思ってはたと気づいた。私はこの冬ニットをかっていない。まじか。

赤裸々に話すと、私がこの秋冬で買ったものは、フミカウチダのデニム、ヤングアンドオルセンのカットソー、セリーヌのでっかいトレンチ、tanのジャンパースカートとニットレギンス、ジャンティークのヴィンテージツイードスカート。。。以上ではなかろうか。異論あれば教えてくださいわたしすぐ忘れるので。(わたし失敗しないので的なノリで)(ぜんぜんちがう)

計画性が。ない。なさすぎる。その場のかわいい!で買っていることがわかりすぎる。

だいたいその年の秋冬に着るものは、夏の終わり〜初秋頃に買ってしまうのが毎年のところなのだけれど、つまりすぐに着られそうなものを買っていたのがまるわかりである。真冬に着るものがないではないか。というかトップスがほとんどないではないか。

泣く泣くおととし広島へいったときに着ていたのと同じニットを着て広島に向かいながら思った。

やっぱり「冬のニット」って特別なものだと思う。去年買ったセリーヌのチャンキーニットは、冬の間ずっとわたしのテンションをあげてくれた。「今年のニット」を着ている安心感とそして少しの高揚感って、なんかやっぱり、ある。来年は、「今年のニット」を買おう。。

わたしは単に服が好きな一般人、なので、毎年毎年クローゼットの全アイテムを新しくする!ということはまずできないけれど、シーズンに何か一つ買い換えるとしたら、やっぱり冬でいえばそれはニットなのだな、と、今年の冬のクローゼットを見て思う。そういう、そのシーズンのキーアイテムのようなものがあると、やっぱりすごく楽しい。

秋→冬は気温の変化も激しいし、秋冬の立ち上げ時期に買ったものが寒くなるにつれさっぱり着られなくなる、というのはあるあるなので、やっぱり立ち上がりでしっかり冬物かおう。。と、心に決めた2017冬。

そんなニット不足に苦しむわたしが数年かけて今年もお世話になっているニット

まあでも、ここ数年で洋服を買うお店がかなりしぼられてきて、好きなブランドもしぼられてきた。そうすると、去年のものも一昨年のものも、かなり抵抗なく着られる。とは思う。

あとはヴィンテージのものっていうのは、すごく長く着られる。もともと古いものなのだから、「今年はもう古い」と感じることがほぼない。(当たり前なのだけれど、これってヴィンテージのすごくいいところだと思う。)

今年のニット不足に苦しむ私ですが、よく考えたら去年も多分ニットってチャンキーしか買っていない。つまり、今着ているニットはほぼ2年以上着ているものになるわけです。

というわけで(どういうわけだ)それ誰が得するのかよくわからないけれどもそうやって生き延びているニットをここで振り返ろうと思います。来年の自分の参考に。なんの参考にするのかよくわかりませんがとにかく参考に。こういうのが長持ちするよ!という参考に。たぶん。

セリーヌのチャンキーニット。

言わずと知れた名品。(私が語るまでもない。)カシミヤ100%の軽さ&暖かさ。これを知るともう重いウールのニットが着られなくなる・・。一生着続けます。それにしてもセリーヌのニットは天才。完璧。天才ってこういうものに使う言葉だ。来年一枚買い足すならやっぱりセリーヌがいいな。。

ジャンティークで買ったヴィンテージニット。

これも2年か3年前に買ったものだと思いますが・・。とにかく形がかわいい。短めの丈も良い。大好き。とにかく好き。こういうダボっとしたオーバーサイズのものは、コートが着られないので実は着る時期が限られる。着られる時期にガシガシ着たい。

HYKEのコットンニット。

去年の写真ですがこれは。HYKEの真髄は、個人的にコットンニットにあると勝手に思っている。(ウールは重い。)すごく質の良いコットンで、肌触りよし、そしてコートを羽織れば冬でも着られるくらい暖かい。(逆に秋だと暑い。)

コートを邪魔せず、でも寒すぎない程よい厚み。そしてHYKEらしい、計算し尽くされた、シンプルなのに絶妙に美しい形。私は3、4年前に買ったVネックのグレーと、2、3年前に買ったベージュのサーマルを持っていますが、まあ正直毎日これ着るくらい普段着として着倒しています。でもあんまりくたびれないのもすごい。

あとこれのすごいのが、一日家で着ていてもストレスを感じない。で、ほぼ部屋着と化している。(フリーになってから圧倒的に家にいる時間が長くなったし家で仕事する時間が長くなったので、こういうのすごく大事。)それくらい着心地が良い。全然くたびれないけど、それでも着倒してくたびれた時のために、HYKEには、どうか毎シーズンコットンニットを出していただきたいと切に願う。

ドゥロワーのカシミヤモヘアニット

これも2年だろうか、3年だろうか、前に買ったもの。首の空きが広いので、ヒートテック(首回りをカットしているけれどもそれでも)が見えるのが玉に瑕ですが、それにしても形がかわいい。これもあまり上に着るものを選ばない。少しゆったりめの形なので、流行り廃りがあるかなと思ったのだけれど、毎年着ては「これ今年もいけるな・・・」と思っている。さすがドゥロワー。

ただいい加減モヘヤが少しかわいそうな感じになってきて、毛玉も気になり始めた。でもこれほんとかわいいので来年また出たら買い直しそうだな私・・・久々にドゥロワーのぞきたくなってきた。

plageのVネックニット

今年着るニットがないじゃないか!と、クローゼットを見て愕然とした時に、このニットがあった・・・!と、なんだか妙に安心したニット。これも数年前、多分2万円くらいで買ったのだけれど、これすごく良い。そもそも私はVネックというものが死ぬほど好きなのだけれど、このVの空きが絶妙にいい。

少しゆったりめの作りなのだけれども、コートも着られるサイズ感。と、いうことは、着ていてストレスを感じないサイズ感だということ。ゆったり過ぎずタイトすぎず。こう言うサイズ感のものって、トップスでもボトムスでもあるとかなり安心感がある。

これくらいのお値段感で数年着られる洋服が揃うplageって個人的に結構すごいと毎年思う。とにかく形が良い。そりゃ素材感とかは高級ブランドとは違うけれども、形の良さからくる安心感って、ありがたい。

広島の古着屋さんで買った、白カーディガン

これも3年前くらいに買った古着。目が詰まっててあったかい。そのくせ上からコートも着られる。くるみボタンが可愛い。たぶん5000円くらいで買ったのだけれど、今年もめっちゃ着ている。かなり使える。

ヴィンテージショップで買ったものはほとんど断捨離しないな、私・・・。

というわけで、ニットは買ったらどうやら数年着回すらしいことがわかったので、来年はええやつ一枚買おうと思います、うん。よろしく来年のわたし。

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【広島一人旅】西条の酒蔵通りへ行ってみたら天国だった

いつかの『翼の王国』で見た広島の酒蔵が集う街へ

前回の続き。今回は一人で身軽に来たこともあり、ちょっと遠くへ足を伸ばしてみることに。

目的地は、私の愛読書『翼の王国』で、少し前に見た広島の酒蔵が集う街。詳細は覚えていないのだけれど、これは行きたい!と、思ったのが記憶に残っていた。

ちなみに世の雑誌で一番好きなのは『翼の王国』です。あれを読むためにANAに乗る。何があっても無くならないでほしい、翼の王国。いつか記事を書かせてもらいたい、翼の王国。

おぼろげな記憶を頼りに「広島の歩くグーグル」(前回記事参照)に聞くと、「オッケーグーグル!それは西条の酒蔵通りだね!」と、教えてくれた。サンキューグーグル。

ちなみに歩くグーグルはこの日仕事だったため、ワクワクの一人旅。

近くて遠いけれども空港行きがてら寄るにはグッドな西条

広島駅から西条駅までは、電車で40分くらいなので、軽い二日酔いで朝寝坊気味に目覚め、重い足を頑張って持ち上げて平和公園までランニングに出て、ホテルに戻ってチェックアウトをし、お好み焼きを食べに行き、市街地にお土産を買いに行ってから向かっても、時間的余裕は結構あります。

あと今回は飛行機で広島へ行ったのですが、いかんせん、空港から広島市内というのは遠い。バスで一時間くらい。トータルの時間を考えると、新幹線と飛行機の所要時間並びに金額に差がなさ過ぎて、ANAとJRが何か話し合っているのかと思うレベル。それでいつもどちらにするか悩むのだけれど、やっぱりここで『翼の王国』がモノを言う。つまり『翼の王国』を読むために、飛行機を選択する。どれだけ深い翼の王国愛。

で、ところがどっこいなのですが、この西条というところは、ちょうど広島市内と広島空港の間にあるのですグーグル。

だから、広島旅行の際、最終日に西条に寄り、西条駅から空港へ向かうシャトルバスに乗ると、何かと工程がスムーズ!オッケーグーグル!

一人旅はいつもかすかな不安とともに

ただ、あらかじめ綿密な予定が立てられるタイプではなく、ざっくり行き先を決めたらあとはいつも行き当たりバッタりなので、一人旅の時はいつも、目的地に着いたはいいけれどももんのすごいさびれていて誰もいなかったとか、どこもかしこもシャッターが閉まっていただとか、そういう可能性もものすごく頭をよぎる。

西条駅に着くと、そこには「酒蔵」を推すものが特に何も見当たらず、思わずスマホで「西条 酒蔵」と検索する。隣に歩くグーグルもいない。

でも改札を出たら、小さな案内所があって、ここで「西条酒蔵通り そぞろ歩きマップ」なる地図を手に入れる。ちゃんと酒蔵があるようだ。開いてるか知らんけど。あと、すごいさぶいけど。(気温。)

地図を頼りに、とりあえず①と番号の振られている酒蔵の名前をグーグルマップに打ち込んで、そこを目指す。ところがあとから街の全貌が見えてきてわかったのだけれど、この酒造だけ、いわゆる「酒蔵通り」とは反対方向の、少し外れにある。静かな商店街にポツンと佇む酒蔵①。しかも特に見学できる雰囲気ではない酒蔵①。

飛行機の時間まではまだ随分とある。この町で時間をつぶせるのであろうか。大丈夫か。特にカフェっぽいものも見当たらない。大丈夫か。

煙突が作り出す酒蔵通りの旅情に心踊る

そこからまっすぐ駅の方に歩いてゆくと、だんだん木造りの建物が増えてきて、なんというか奈良のような雰囲気になってくる。ちょっと旅情が出てくる。人通りも少し出てくる。ホッとする。さぶいけど。(気温。)

そうこうしていると見えてきたのが煙突。いい。すごく、いい。周りを見渡すと、同じ形の煙突が数本見える。酒蔵だ・・・これは、酒蔵だ・・!(あたりまえだ)

煙突が伸びる酒蔵の一つ、「賀茂鶴酒造」というところに入ってみる。白壁にすごく趣がある。ここでは試飲の日本酒がたくさん置いてあって自由に飲めるようになっていた。一人だからね酔っ払っては大変なので少しずつ!いただきました。少しずつ!って一番美味しい、何でも・・・。すごく美味しい。これはちょっと天国なんじゃないかと思い始める。

こういう瞬間がたまらなくて、またほぼ無計画な旅に出てしまう、私は。

歩いていてわかったのだけれど、見学できる酒蔵には、こういう看板が出ている。こういうとこは中に入って試飲ができたり、お土産が買えたりする。(良い子の皆さんはそういうことはあらかじめ調べて行った方がいい)

(※酒蔵の開放予定はこちらで調べられます!)

そして酒蔵通りに行ったん出てしまえば、地図がなくても(私みたいに地図が読めなくても)煙突を頼りに歩いていけば、いろんな酒蔵にたどり着く。ふらふら歩くだけで楽しいって、すごくいい。方向音痴には。

たぶん天国なのだここは。

この「賀茂泉酒造」というところだけは少し離れているので、グーグルマップ(本物)に入れた方がたどり着きやすい。ここに「酒泉館」というカフェのようなところが併設されていて、ここで「日本酒のみくらべセット」というものをいただく。

これで、400円くらい、確か。天国なのかな。

このガラスのおちょこがかわいかったので、買って帰ることに。2個で300円くらい。天国なのかな。

だいたいの酒蔵を巡ったあたりで、「歩くグーグル」であるところの友人から、仕事が終わったからそっちまで行くよ、と、連絡が来る。

歩くグーグルはフットワークも軽いのである。ちょっとした距離だろうと思って後から調べたら市内から30キロもあった。仕事かえりにちょっとこれる距離ではない。まあ、歩くグーグルだから来られるけど。

なんせ30キロの距離を移動してくる友人を待つ時間が空いたので、通りすがりに見つけたカフェで一休み。

酒蔵があるところ=水が美味しい。どこでも日本酒と一緒にお水が置かれていたのだけれど、このお水が本当にまろやかで美味しい。お水買って帰りたいくらい。でも買って帰るとまた味が変わってしまうのだろうな。

お水が美味しいので、コーヒーも美味しい。カフェから聞こえる広島弁に、和む。方言っていいですね。私はすっかり標準語に染まってしまったので。(うそつけ)

「鮓や大東」のカウンターでお寿司!

車でびゅいんときてくれた歩くグーグルと合流し、昨日とはうって変わっておされなお寿司やさんで。

わたしたち、二人でカウンターでお寿司食べるようになったんだね・・・!と、泣きながらお寿司をいただく。

それでもってこれがまた感動スペクタクルの美味しさでした・・・。東京で食べたら軽く倍の値段すると思う。どれもこれも美味しかった、ほんとうに。ていねいな和食って、素晴らしい。

ここでももちろん日本酒。母さんのちょっとしたごほうび。いや、ごぼうびが過ぎるけど。

一人で、大切な人を思う瞬間

日本にはまだまだ、知らないけれどすてきな場所や、少し足を伸ばせば信じられないくらい美味しいお料理が食べられるところがあるのだなと、また思う。ふだん、自分が見ている世界なんて、ほんの小さなものなんだ。そして、その土地それぞれに、それぞれの人生がある。それはいつでもなんだか、不思議な気持ちにさせられる事実だなと思う。

一人で来た場所を、その景色を、今度は今ここにいない大切な人たちに見せてあげよう、と思う。大切な人と一緒に見る景色ももちろん素晴らしいのだけれど、今いない大切な人を思う、誰かにこれを見せてあげたいなと思う、その瞬間が、一人旅の好きなところだなあと思う。

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