子連れ尾道の旅ー2017GW

岡山に住むおばあちゃんが米寿を迎え、GWに親戚一同が広島の福山のホテルに集まった。それに合わせて家族で尾道へ遊びに行ったのでその記録。

ノープランすぎる旅

ほぼ思いつきで行くことにしたので、とにかくノープラン。まあいつだってそうなのだけれど、今回はまたひどいまでのノープラン。

駅で散策パンフレットのようなものを手に入れ、地図好きのオットがそれを読み込み、その感覚のみを頼りに方向を定めて歩いて行くという、行きあたりばったりも良いところ。いやいつものことなのだけれど。

尾道についた瞬間、雨が少し降り始めた。この連休はほとんどずっとお天気に恵まれていたので、そうか、雨って降るものだった、と、当たり前のことを思い出す。こうも晴れてばかりだと、雨なんて降らないものだと思い込んでしまうようで、傘も持っておらず、駅前で少し雨宿りしつつ時間を潰す。子供達が代わる代わるトイレ行きたいーと言い出したり、オットがタバコ吸ってくるーと言い出したりするのを待っているだけで、なんだかんだ30分ほど経ち、その頃には雨も上がっていた。

地図を読み込んだオットが、商店街と反対の方を指差し、あっちの山道の方へ行こう。と、言うので、地図が読めない私はもちろん素直に従う。

知らない土地というのは、歩くだけでなんだかワクワクする。それだけで楽しい。そしてその中に、子どもたちがいる風景というのは、妙に心を打つ。尾道というのはほうっておいても旅情があふれる場所だったので、ただ歩く、というだけで、そしてただ歩く子供たちを見ているだけで、おなかいっぱいになるくらいであった。

オットが指差した方角は、これが実際のところとても良かった。階段を上ったり坂道を登ったり。路地を曲がるたび、目に映る景色が変わってどれだけ歩いても飽きない。なかなか、こういう場所はないんじゃないかと思う。地形で魅せることができるってなかなかないな、強いなと思う。

いたるところに猫がいて、子供達は楽しそう。猫を探すのが、歩く楽しみになっていた。動物と子供達っていうのはなんだかすごくかわいい。

一応、メジャーどころが千光寺だというのがオットが持ってきたパンフレットでわかったので、目的地をそこに設定することとする。ここまでの坂道が表情豊かでとても楽しかった。途中、「古民家カフェ」の看板に惹かれて、ふらりと立ち寄る。

高台から、尾道の町と海が見渡せて気持ち良い。畳の部屋でオットと子供達とリラックスしまくってしまい、お茶だけで1時間ばかり過ごしてしまった。

志賀直哉の家があるというので立ち寄る。海を見渡せる高台にあるその建物はまあほんとに気持ち良く、こんなところなら自分たちにも暗夜行路が書けるんじゃないか、という不毛な会話をオットとする。まあ大体私たちの会話は不毛だ。

 

文学のこみち。詩があふれる場所だった。何か詠みたくなる気持ちもわかる。何というか、文学的な気分にさせられる場所なのだここは。ゆっくり本を読んで一日過ごしたくなる。

お寺を巡りつつ、お寺に居座る猫とたわむれつつ、最後にグリコ・パイナップル・チョコレイトのじゃんけんを息子としながら極め付けの階段を登り、千光寺へ。私にとってお寺とは仏像を見るところなので、見るべき仏像がないお寺はまあスルーしてしまう。ということでここの素晴らしさはその景色。登った感があって良い。そのあたり、山形の石寺に似ている。行ったなあ、青春18切符でオットと・・・

階段を登る前、オットと「ビール」の文字を見つけ、これ、帰り道絶対に寄ろう。と、無言で確かめ合ったカフェに寄る。ゲストハウスと一緒になっているようで、外国の本もたくさん。ノルウェイの森の英訳を見つける。時間かけてゆっくり読みたいなあ・・・読めへんけど・・・いつか読みたい。

ここが景色も良くてビールももちろん美味しくて、すごく気持ち良かった。こんなに素敵なカフェなのに空いていてそれも良かった。東京なら1時間待ちとかざらにありそうだ。とにかく景色が気持ち良く綺麗で、あーほんと、ここで一日中本読んで過ごしたい。と思う。私の夢は、本を読む旅に出ることなのであーる。

帰り道、おめあてのラーメン屋さんがものすごい行列だったので、駅近くの食堂でラーメンを食べる。お店のおじちゃんとおばちゃんが、お外に机出してあげるわ!と、即席で席を作ってくれて、お外でラーメン。&瓶ビール。海と船を見ながら、夕方の優しい風に吹かれて、格別に美味しい。

尾道の原風景

尾道はなんというか地形が豊かで、それだけで景観を美しくしているところがある。こういうのは多分、その土地ならではの強みなのだけれど、結構地元の人はその良さに気づいていない、ということが、わりかしよくあるように思う。けれどもそういった土地の美しさというのは、人々の原風景に結びついていたりして、その土地を離れた人や、たまたまそこを訪れた人の心の奥に何かしらの風景の記憶を残す、ということがたびたび起こる。ような気がする。

尾道は、その美しさに、その原風景に、多くの人が気づいた好例なんじゃないかという気がする。というのは実際のところ、私にとっての尾道がそういう場所だったからなのだけれど。

夏休みに父の岡山の実家に帰省した時、叔父さんといとこと、尾道まで出かけたことがあった。まだ私が小学生の頃。きっと今の息子と、そんなに大きくは歳が変わらない頃。

子供にとって尾道が、エンターテインメント溢れたものすごい楽しい場所だった、ということはまずないと思うのだけれど、それでも私にとってその日の記憶は、なんだか心の奥の原風景としてずっと残っている。何か特別なことがあったわけではないのだけれど、あの日尾道にみんなでいったな、おじさんとおばさんが、恋人みたいに仲良しだったな、みたいなうっすらとした記憶が、さらにうっすらとした景色の記憶とともに残っている。そしてその日のことを思い出すと、大人になった今でも、なんだかとてもあたたかい気持ちになる。

なんでもすぐに忘れる私にとって、こういうのは結構めずらしいことかもしれない。

そんな記憶を頼りに「尾道っていいとこだったよなあ。」という思いだけを抱いて、家族でふらりとやってきた、それがことの始まり。そんな旅もいいものだなと思う。

実際のところ、霧雨煙るその日の尾道が、私の記憶する尾道のままだったのか、それとも風景はガラリと変わってしまっていたのか、もはやそれさえわからない。ただやっぱり、ここを訪れて、なんかみんな楽しそうだった、子供たちも笑ってた、猫が可愛かった、路地を曲がるのが楽しかった、そういう記憶は残るのだろうと思う。人をそんな風に穏やかにさせるようなものが、その地形や、高台から見下ろす海を巡る風景に、表れていたような気がする。

決して派手さはないけれど、表情豊かで美しい町。またゆっくり来たいなあ。そして、子供達にも心の奥の方に、ささやかな景色として残ってくれるといいな。

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エルサ(4)の初恋

我が家のよんさい(晴れて誕生日を迎え、アラフォーからよんさいに格上げになった)の脳内は、プリンセスでできている。日々、エルサの特訓に余念がない。(写真は脳内プリンセスになっているミドサーというわけではない。)

たんぽぽぐみのおにいちゃん

この間、急にものすごくしおらしく「あのねまま・・・たんぽぽぐみ(年長クラス)のおにーちゃんがね、むすめちゃん(自分)のこと、すきなんだって・・・♡」と、言ってきた。

きたぞこれはきたぞ青春か!青春なのか!わたしはとうとう、「むすめに恋バナをされる母」というフェーズにまで来たのか!と、ちょっと感動した。やはりこう憧れるものがありますよね、「むすめに恋バナをされる母」。ついでに言うと、これパパには内緒にしとくね♡とかなんとか言いながら、パパにこっそり言う、というのもデフォルトで付いてくる。むすめに恋バナをされる母像というものは。

とうとう来たなあ、私の母レベルもここまで来たなあと思いながら、「あらやだ♡それはむすめちゃん、その男の子に好きって言われたの?告白されちゃった?♡」と、聞くと。

「ううん・・・♡ちがうよ♡」と、くねくねしながらエルサ(4)は答えた。

「じゃあ何、誰かが言ってたの?たんぽぽぐみのなんとか君がむすめちゃんのこと好きだよーとか?」と、聞くと、

「えー♡もうちがうよおおおおお♡」と、うねうねしながらエルサ(4)は答えた。もちろんH&Mで買ったエルサのつけ三つ編みをつけながら。

四歳というのは、語彙量も増え、言い間違いも減り始め、コミュニケーションが非常に取りやすくなる年齢ではあるが、そうはいっても四歳。たまに、いやまあ結構な頻度で、会話がかみ合わない。という現象が発生する。

そうかやはり「むすめに恋バナをされる母」フェーズに達するにはもう少しコミュニケーション能力を高めねばならぬか・・・と、思いながら、「えーっとじゃあむすめちゃんはその男の子になんて言われたのかな?」と、聞いたところ。

ものすごーーーーーーーく小さな声でエルサ(4)はささやいた。

「あのね、むすめちゃんのおなまえをよんでね、むすめちゃんばいばいっていってくれたの・・・♡」

斬新である。

つまりこのエルサ(4)は、自分の名前を呼んでばいばいと手を振ってくれる男の子イコール自分のことが好きなのだという認識を持っている。すごすぎる。しかもこのエルサ(4)は続けてこう言う。

「だからね、むすめちゃんもそのおにいちゃんのことすきになっちゃった・・・♡」

衝撃である。

この目の前のエルサ(4)は、自分の名前を呼んでばいばいと手を振ってくれる男の子イコール自分のことが好きなのだという認識を持ち、同時に、自分のことを好きになってくれる男の子のことはもれなく好きになってしまうのだ。さすが。さすが氷の女王である。

恋のキオク

それ以降、私はエルサ(4)に、しきりに、れんらっちょー(連絡帳)にあのおにいちゃんのおなまえはなんですかってかいて!せんせーにきいて!と、せがまれる。自分で聞けや。と、思いながらもエルサ(4)に甘いお母さんはことの顛末を全て記した上でれんらっちょーに書いた。むすめに手を振ってくれたたんぽぽ組のおにいちゃんのお名前はわかりますでしょうか・・・。と。わかるわけがない。

子育てをしていると、自分がこどもの頃に楽しかったことを、もう一度繰り返しているような気がして、得したような気分になることがある。サンタさんを待つワクワクした気持ち、初めてお友達ができた時の気持ち。

そして、きっと初恋の気持ちなんかも子どもたちを通して思い出したりなんかしちゃって楽しくなっちゃったりなんか絶対にするんだろうなー♡と、思っていた。

しかし現実はそうは簡単にいくものではなく、脳内プリンセスのむすめのぶっとんだ恋愛観と対峙することも避けられない。まあ自分の過去の恋を思い出してみてもそんなこう懐かしくてキャハキャハ言えるようなものばかりではないよな、とか遠い目になってしまうことも避けられない。

ただ、うっとりしながらなまえもわからないおにいちゃんのお話をしてくれるその姿は、やはりまぁ、恋するオトメそのものなのである。これを初恋と呼ばずしてなんと呼ぶ。すごいぞ、よんさい。がんばれ、よんさい。

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「とはいえ」の前に大切なこと

走るときに考えることについて私の考えること ©村上春樹

1月末のハワイで思いついて走り始めて、2か月半ばかり。週に一度か二度、といったくらいですが走っています。

走り始める前は、走ったら悩みも吹っ飛ぶんじゃないかとか、仕事の企画のアイデアがめっちゃ浮かぶんじゃないかとか、煩悩が消えるんじゃないかとか、なんとなくある種の悟りを開けるんじゃないかという期待があった。

が。しかし。

現実は全くもってそんなに甘くはない。

走っている時に考えていることというと、まあ、「しんどい。」これ一言に過ぎる。あと、「今日は本当に途中でやめよう。」とか、「てゆーかなんで走ってるんやろうわたし。」とか。あと自転車に抜かされた時の言いようのない無気力感とか。私がへなちょこだからなんですけど、まあ、だいたいしんどい。と、思っている。

ただ、ここのところだいたい10キロを目標に走ることが数回あって(数回ですけど。)なんせへなちょこなので、10キロでだいたい1時間くらいかかるわけです。そうすると、1時間もずっと「しんどい」と考え続けるのも身体が飽きるらしく、途中、急に頭がすっきりするというか、まあ空っぽになるというか、結構頭の中の見通しが良くなる感じがする時間が、やってくる。

まあだからといって仕事の企画のアイデアはさっぱり浮かびませんが、というか複雑な思考は全くもって出来ず、逆にものすごく物事をシンプルに考えるようになり、というかシンプルにしか考えられないわけですが、とにかくそういう時に、前から走ってくるおっちゃんとかを見ると、「この人も昔はお母さんのおなかの中にいて、すごくしあわせな気持ちで迎えられたのだろうなあ。」みたいなことを、考えるようになる。

これ、思い返してみると妊娠中にもよく思うんですよね。「あのいやーーーーな上司も、それでも昔はお母さんのおなかにいて、こうして待ち望まれて生まれてきたのだろうなあ。」とか。あれは妊娠中の脳内がお花畑になっていたからそう感じたのかと思っていたけれど、案外思考がシンプルになると同じことを思うらしい。

そして同時に、「あーーーー子どもたちが今日も笑って元気に生きている、それだけでしあわせだなあ。」と、本気で思う。あの子たちが生きているだけで、ほんとにしあわせだ。と。

これも、妊娠中に何度もなんども思ったこと。検診のたびに、あーよかった、今日も心臓が動いている。今日も少し、大きくなっている。今日もお腹の中で育ってくれている。もう、この子が生まれてきてくれるだけで、それだけでいい。他には何も望まない。元気に生まれてきてくれること、それだけでいい。と。

「とはいえ」とつい口にしてしまうけれど

それでも、実際に本当に元気に生まれてきてくれて、そしてすくすく元気に育ってくれると、それはそれでいろんな悩みが出てきて、ハイハイするのが遅いんじゃないかとか、歩くのが遅いんじゃないかとか、なかなか10まで数えられないとか、文字をなかなか覚えられないとか、絵が苦手なんじゃないかとか、運動が得意じゃないとか、お友達とケンカばかりするとか、全然親の言うことを聞かないとか、勉強が苦手だとか、人によってはいい幼稚園に行けなかったとか、受験がうまくいかなかっただとか、とにかく色んなことが出てくる。「生まれてきてくれるだけで、元気に笑ってくれるだけでいい。」と思った気持ちを、つい忘れそうになる。

でもそれは、忘れてるんじゃなくて、そういうものなんだ、と、思いながら、多くの人が過ごしている気がする。私だってそうだ。「とはいえ」、現実の生活が始まるわけで、そんな生まれてきてくれてありがとうという気持ちだけでこのあわただしい子育ての日々を乗り越えられるわけがないじゃないかと。そんな風に思いながら、現実の子育てと向き合ってきた気がする。

でも、走りながら、「しんどい」と考えることにすら飽きて、ものすごくシンプルにしか物事を考えられなくなった状態で、私は思った。いや、「生まれてきてくれるだけでいい。」「元気に笑ってくれるだけでいい。」という気持ちは、それはきれいごとでも絵空事でもなんでもないな。と。それは、紛れもない真実だ。それが、何より一番大切なことだ。と。

いや、そんなの、当たり前なのだけれど。当たり前だけれど、何というかそれを、身体で理解した、気がした。

大人になると、そして社会人になると、つい、「とはいえ」という言葉を使いがちになる。そんなきれいごとばかり言っていられないよ、現実を見なきゃだめだよ、という自分へのある種の戒めになのか、あるいは言い訳なのか、照れ隠しなのか。ちゃんと現実を知っていますよ、「とはいえ」、そんな夢ばかり見ていられないのもわかりますよ、と、誰かに、そして自分に言い聞かせるために。

でも、本当に大切なのは、というか、自分の本心は、「とはいえ」の前にあるんじゃないのかなあと、その時私は思った。しんどいを通り越したシンプルな思考の中で。

本当は、「とはいえ」の後ろに続く現実的な言葉じゃなくて、その前の段階に、大切なことはちゃんとあるのだ。

あの時、まだ手も足もないような小さな胎芽を始めてみた時、いつしか大きくなったお腹をそっとなでながらゆっくり歩いた時、「この子が無事に生まれてきてくれるだけでいい。それだけでいい。」と思った気持ちは、それは、きれいごとでもなんでもなかったはずだ。それは、どんな人だって、きっと同じだ。そしてそれは、この世で多分、一番シンプルで、そして大切な真実だ。

とはいえ、子供はいつか立派な大人にならなきゃいけないとか、とはいえ、親は子供をちゃんと教育しなきゃいけないとか、とはいえ、学歴はあった方がいいとか、「とはいえ」は山のように思い浮かぶけれど、でもそのどれも「この子が無事に生まれてきてくれるだけでいい」と思った気持ちにはかなわない。だって、「この子が無事に生まれてきてくれ」なければ、そのどれも、かなわなかったのだから。

欲張りであることは大切かもしれないけれど、でも、一番大切なことは、すごくシンプルだ。そしてそれは、ものすごく簡単なはずなのに、日々の生活でいとも簡単に忘れてしまえるようなことだ。

生きてくれているだけでうれしい。生まれてきてくれて、生きていてくれて、本当にありがとう。それを、ちゃんと子どもたちに伝えていきたい。それを、ちゃんと自分の根っこに忘れずおいておきたい。

と、走りながら今日も私は思うのだ。とはいえ、やっぱり走るのはしんどい。今日は5キロで止めておこうか。と思いながら。

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「信頼されている」と、信頼すること

新年度が始まって数日が過ぎました。息子が小学校に入学し、むすめもまあなんだ・・・プリンセスの特訓にいそしみ(まあそれは普段通り)、私は出産前にいたバリバリ系部署に7年ぶりくらいに戻ることになりました。ひょえ。

新しい環境に身を置いて思うこと

「働き方改革」やら、「女性活躍」などなどが注目される昨今。自分の実感としても、確かに私が一人目を出産した後よりも、確実に「育休明け」の女性が増えていると感じます。わが社でもそうだし、取引先でもよく聞くし、何と言っても子供たちの保育園は年々入りづらくなっているようだし。(まったくもってなんとかしていただきたいところではありますが。)

そんな折、二人目の育休から復帰してもう3年ばかりたつ私にも、出産前にいたバリバリ系部署に戻って欲しいと辞令が出ました。曰く、そういった部署でも子育て中の女性が働ける環境を作っていって欲しいと。

それ私が作るのかい。と、思ったことはさておき、それはやはりなかなかの試練であるわけです。

業界的なものもあって、出産前の私ときたらまあもう今では考えられないくらい残業ばかりの毎日を送っていた。終電を逃してタクシー帰りなんてザラであった。で、それが別に珍しくもなんともなかった。それが原因で上司が咎められるとか、お国の指導が入るなんてまずなかった。そういう風潮だったのだ。いやはやなんとも。

そこに、超絶時短の私が戻るとは。さすがのノーテンキな私もこれは不安でしかない。と、思った。あの頃の働き方はもうできないし、それは今はやりたいことでもない。

そして新しい部署での仕事が始まってみると、まあ自分の無力なこと無力なこと。時間的な制限に加えて、そもそもその業界を担当するのも初めてだし、新しいことだらけでまったく使い物にならない、ように思える。この歳になってこれは結構きっついなあなどと思ったりする。そんな風に思うと、実際のところ、現場はみんな子育て中の女性なんていらないんじゃないか、会社の考えがあるからしぶしぶ引き受けただけで、本当はバリバリ働く男性か、未婚の女性だけで回したいんじゃないか、とか、ついつい考えてしまっていた。

目の前の人が考えていることは本当はわからない。なら信じちゃえばいい。

思い出してみれば、6年前かな、初めて育休から復職するときも、そういえば私は同じようなことを思っていた。まだ育休復帰の女性も会社にものすごく少なかった頃。時短で、子育て中の女性なんて、会社は制度としてクビにすることはできないだけで、全然ウェルカムじゃないんじゃないか、とか。そこまでして私はこの仕事を続けていきたいのか。子供を保育園に預けてまで、やるべきことなのか。とか。そんなことを考えていた。

だけど6年経ってみて、今思うこと。私は仕事を続けてきて本当に良かったし、今となってはすこーしは、それまでの部署でできることが増えて、必要とされているな、と、思えるようになってきた。けどそう思えるようになるには、きっと自分の中で考え方の工夫のようなものがあったのだ。それをもう一度思い出してみたら、なんだか随分と楽になった。

よく考えれば当たり前だけれど、「自分が信頼されている、必要とされている」というのは、正直実際のところはどうなのかわからない。時短で働く私のことを、周りの人が疎ましく思っていたとしても、私にはそれはわからない。そりゃまあいろんな人がいるから、面と向かってたまには嫌なことを言う人だっていうけれど、世の中の多くの大人は、嫌なことをそんなに露骨に言葉や態度に表さない。たまに出てしまうことはあっても、いつもいつも感情のままに行動しているわけではない。

けど。他人が本当に考えていることが実際のところわからないのであれば。それなら、「必要とされている」「信頼されている」と、こちらが信じてしまっていいんじゃないか。と、思う。本当は目の前の人が考えていることはわからない。でも、わからないのであれば、「この人私のこと疎ましく思っているな。」「いらないと思っているな。」と、疑うより、「この人私のこと必要としてくれてるわー。信頼してくれてるわー。」と、ノーテンキに信じ込んでしまった方が、自分の気がラクなのだ。そして「気がラク」な方が、萎縮しているよりも何倍も何百倍も、仕事のパフォーマンスは上がるのだ。

そんなノーテンキに他人を信じてしまって、裏切れたらどうするの、と、思うかもしれない。けどそれだってまあ別に仕方ない。「必要とされている」と思い込んだのはこちらの勝手であって、別にその人は私を信頼するために生きているわけではもちろんない。そして私も、その人の信頼や期待に応えるために生きているわけではない。こう言ってしまってはなんだけれど、相手を信頼することは、その人のためではなく、自分のためなのだ。自分が、心地よくそこで仕事をするためなのだ。だからまあ裏切られるようなことがあったら、それはまあ良い気はしないけれども、「仕方ないな、この人も自分も、相手のために生きているわけではないのだから。」と、思うしかない。

新しい環境というのはどんな人にとっても結構な試練だ。初めての部署、初めての小学校、初めての保育園、初めての幼稚園、初めての職場復帰、初めての就職・・・。そこにとっての新参者の自分は、ものすごく無力に思えることだって、あるかもしれない。でも、そんな時はあれこれ考えず、「信頼されている」と、信じちゃえばいい。

そして自分を信じること。

そして、目の前の人が、自分を信頼してくれていると信じることは、すなわち自分を信じることでもある。それが、一番大切だ。もっと言えば、自分の能力とか、仕事量とか、そういったことだけでなくて、存在そのものに意味があると、自分で信じて思い込んでしまうことが大切。まだまだ新入社員のペーペーだけれど、まだまだお母さんとして始まったばかりだけれど、子育て中で働く時間は短いけれど、でもまあ、こうして毎日のほほんと生きているだけでよくやっているじゃないか、と。なんか今話している自分の目の前にいる人は、笑っているじゃないか、と。

新生活。不安な中での生活の人もたくさんいらっしゃるかと思います。気楽に気楽に、必要とされてるわー、生きてる自分、えらいわーと、思いながら、日々過ごしてゆきましょう。そして、新生活を始めた子供たちにも、君が生きているだけでほんとうにうれしい。と、毎日毎日伝えてゆきたい。少しずつ手を離れていく子供たちが、いつか大人になっても、そこにいるだけでいいと感じてもらえた記憶を、励みにできるように。

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ルステーアーフェーちゃんとルッキーアーペーちゃん

我が家のアラフォー(アラウンド4歳)の脳内は、プリンセスでできている。H&Mでエルサのつけ三つ編みなるものを手に入れてたので(信じられないですが本当に売っている。)それをつけて完全にプリンセスになりきっている。(写真はプリンセスになりきっているミドサーというわけではない。)

「わ」の新しい使い方

この時、私は「エルサのお母さん」と呼ばれる。半オクターブ高い声で「エルサのお母さん、早くしてわ♡」と言われる。この語尾の「わ」は、もちろん「そうですわ」などと使う時の「わ」なわけですが、五段活用的なものがまったく機能しておらず、なんでもかんでも勝手に「わ」をつけている。新しい日本語である。

で、「エルサのお母さん」などと呼びかけられても、こちらはもちろんそんな心持ちで日々生きているわけではなく、いたって普通の主婦として家事を渋々こなしているだけであり、反応がすこぶる悪い。「エルサのお母さん♡・・・エルサのお母さん!」と、後半ややキレられ気味に呼ばれてやっと、「あ、何わたしのこと!?あ、はいはいどうも、エルサのお母さんですこんにちは。」みたいなことを言うと、「もっとやさしく言ってわ、エルサのお母さん♡」と言われる。もちろん「わ」の使い方はここでも新しい。

エルサのお母さんの反応が鈍すぎるため、そのうちアラフォー(アラウンド4歳)のエルサは諦めてまた一人プリンセスごっこに戻って行く。この日常にやや慣れてしまって、むすめがどんなプリンセスになりきろうと最近はスルーしてしまっておりましたが、今日思い立ってちょっと観察してみることにした。

そうすると出て来た登場人物が、タイトルにある「ルステーアーフェーちゃん」と「ルッキーアーペーちゃん」だったのである。聞き間違いではない。これは一回では絶対に覚えられないと思い、むすめにプリンセスの中断を求め、再度一文字一文字確認してevernoteにそのままメモしたので間違いない。プリンセスのお友達はルステーアーフェーちゃんとルッキーアーペーちゃんである。

アラフォー(アラウンド4歳)はプリンセスだ。プリンセスであるからには、舞台は日本ではない。どこか遠くの外国である。そしてむすめにとっての外国人の名前は、ルステーアーフェーちゃんとルッキーアーペーちゃんなのわ。(「わ」の新しい使い方。)

それを想像力と呼ぶのかどうかは甚だ疑問だが、とりあえず大真面目にその名前をつけるアラフォー(アラウンド4歳)のセンスときたらぶっ飛んでいる。そしてそこまで想像力的なものを駆使してしてプリンセスになりきるアラフォーの女子力ときたらどこで身につけたのだろうかと疑問に思う。オットはこんなむすめを見て、「一体誰に似たんだろう・・・まいも小さい頃こんなだったの?」と聞いてくるので、「そんなわけないやん・・・こんな女子力高くなかったよ・・・」と答え、「だよねー。そりゃーだよねー」と、オットが返す、というやりとりを過去結構何度も繰り返している。

むすめの女子力とは・・・

「うちのむすめの女子力は誰に似たのだろう。」と、いうのは、結構よく聞くセリフであーる。私もよく言っている。

が。しかし。

よくよくよくよく思い出してみてほしい。いや、私は思い出してみた。記憶の片隅の片隅、「おひめさまごっこ」にいそしむ自分の姿を・・・。

いや・・・やってたわ・・・。

目の前の脳内プリンセスのアラフォーを見ていると、自分にこんな時期は断じてなかったと全力で否定したくなりますが、いやまあちょっとくらいは・・・あったような・・・気がする・・・。

エルサもアリエルもベルもソフィアもオーロラ姫もその頃はいなかったので(おとぎ話の中にはいてもそれはディズニープリンセスではなかったので)プリンセスになりきっているわけではなかったけれど、おひめさまには充分なりきっていた、多分。30年近く記憶の彼方に追いやられていたけれど、あったのだ、多分。ルステーアーフェーちゃんとルッキーアーペーちゃん(予測変換で出るようになった)がお友達だった時代が。私にも。いや正直に言うとわからなくもないのだ、その謎の名付けをしてしまう脳内メカニズムが。

子育てをしていると、自分が子供だった頃の楽しみを、もう一度楽しませてもらっているような感覚になることがよくある。サンタさんからのプレゼントを子供たちが見つけた瞬間とか、自分もすごくワクワクする。これって最高だ、なんだか得した気分だ、と、思っていたのだけれど。

子育てをしていると、過去の脳内おひめさまの記憶まで急に蘇るということがよくわかった4月の始め。いらん記憶まで引っ張りださないよう最大限の注意を払いたい所存なのわ。(「わ」の新しい使い方。)

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お別れ続きの三月に思う

ただひたすらに涙を流した三月が終わりました。もう泣きすぎてぐったり。もうしばらく三月はごめんだ、すまん三月、というくらい、ちょっと三月恐怖症になっています。だってもう色々せつなすぎる、身体がもたん。

三人分の三月にほとほと疲れている

わたしはどちらかというとごく個人的な人間で、オットや友達からはいつも、他人に興味がなさすぎ、と、笑われる。例えば昨日会った人が着てた服とかはまったく思い出せないし(それがどんなに仲の良い友達であっても)、誰かが髪を切っても気の利かないカレシ並みにまったく気づかない。なんならオットがヒゲを剃っても気づかない。やばい、これは人間として欠陥がある。いやそれはずっとわかっていたけれども。

そして私は基本的には出会った人とは皆いつか必ず別れが来るということを、ものすごくわかっている人間であると、自分で思っていた。何事にも終わりがあって、永遠に続くものなんて一つもないことを、きちんと知っていると、思っていた。

それなのに、こんなに苦しくなったのはもう何年ぶりだろうというくらいに押しつぶされそうになった、三月に。お別れ続きのこの一ヶ月に。私はいつからこんなにセンチメンタルな人間になってしまったのだ。こんなの思春期以来なんじゃないか。何歳なんだ私は。ぶつぶつ。

思うに、息子が生まれ、むすめが生まれ、否が応でも人間関係もそして世界そのものも、ぐんぐんと広がっていった。なんといってもごく個人的な人間で、欠陥だらけの私でも、それでもたくさんの出会いを繰り返してきた。今までは、私一人の世界で、友達ができて、あるいは恋人ができて、そして出会って別れてきたわけだけれども、子供が二人生まれてきたことで、子供たちを合わせた三人分の世界を、その人間関係を、なんだか生きてきたような気がする。

三人分の世界があって、そしてそれぞれに、人とも、場所ともお別れがある。これは実は私の33年間の人生の中で初めてのことなのだ、きっと。そして多分今は、この三人分が、まだまだとても濃い時期なのだ。子供達はまだ自立していないし、私は母となってまだ七年弱しか経っていない。そしてこの子供達が自立していない時期というのは、親だって自分一人では到底生き抜くことができない。だから子供達に深く深く関わってくれた人というのは、同時に私にも深く深く関わってくれた人たちなのだ。それが並列で三列に並んでいて、それぞれに三月の別れがあって、もう体が持たないくらいにぐったりと疲れている、三月に。

保育士さんとのお別れに学ぶ

むすめが0歳児クラスの時からずっと見てくれていた保育士さんが、退職することになった。むすめのクラスに配属になった時は多分まだ新任だったとても若い先生で、最初は若いしもの静かだし、少し頼りなく見えたのだけれど、しばらく経つと全然そんなことはないことがわかってきて、とても芯のしっかりした先生だなと感心することしきりだった。三年経った今、子供達が一番大好きな、とてもとても信頼できる先生になってくれた。

その先生が、「ずっとやりたいことがあった」と言って園を辞めることになった。なんといっても三月に疲れてきっていた私は、はあまたお別れだ、と、凹んだ。そして、仕方がないことだけれども、保育士の他に「ずっとやりたいこと」があったんだなあと思って、少なからずショックを受けた。こんなにいい先生だけれど、やっぱり保育士っていうのは辛いものなのかなあ。私たちはこんなに先生たちに頼りきってしまっているけれど、やっぱりやめたくなってしまう職業なのかなあ。と、思った。

そしてその先生に、次の職業って何ですか。と、聞くと、先生がものすごく恥ずかしそうに、答えてくれた。

「乳児院で働くんです。」と。

何といっても三月に疲れ切っていた私は、ここでまた、泣いた。それは仕方ない。止められない。いやどんな道だって止める権利はもちろん私にはないけれど、でもこれは、何も引き止められない。というか、お願いします。としか、言えない。と、思った。

子育てはすごく大変だ。というか、大変な一面ももちろんある。それでも、私たちは、そしてこの園に通う子供たちは、そうはいってもとても恵まれている。帰るお家があって、誰かしら、親となる人の愛情をそのお家で受けられる。

でも、園の子どもたちを見ていると、子どもはみんな、同じだけの愛情を受けられるべきだと、いつも思う。本来子どもたちはみんな、等しく大人の愛情を受けられるべきだ、絶対に。そして世の中には、毎日帰ることのできるお家のない赤ちゃんや子どもたちが、いるのだ。この日本にも。けれどもその子どもたちも、大人の愛情は、誰しも等しく受けられるべきだと思う。だって子どもは本当に、誰しも未来の希望だから。それは疑う余地なくそうだから。

と、そうは思っても、行動できないのが大半の大人だ。私含めて。でも目の前のこの若い若い先生は、「ずっとやりたかったこと」を、ちゃんと行動に移した。この世知辛い世の中で、自分にできることを、きちんと決断した。

この若い先生の愛情を、今度は、この園の恵まれた子供たちだけではなくて、乳児院の子供たちに、たくさんたくさん注いであげてほしいなと、心から思った。きっとそこには、この先生の愛情を本当に必要にしている子供たちが、たくさんいるから。

そう思って、それを伝えたくて、なんとか言葉にしたかったけれど、その先生より10歳以上歳上の私は、情けないくらいにうまく伝えられなくて、しくしく泣いていた。まったくもう。情けないにもほどがある。

一つ一つの別れはなんだか本当に辛いけれど、三月にはこんなに疲れてしまうけれど、でもそこには、きっと一人一人の小さな決意や、小さな勇気があるはずだ。そして、そこには、少しの成長があるはずだ。お別れの辛さは、きっと未来の何かにつながっていると、そういえば思春期の頃私は学んだような気がするけど、33にもなってそれをまた思い出した。つまり情けないにもほどがある。

三月にはほとほと疲れたけれど、なんだかたくさんのことに、気付かされたし、大切なことを、思い出したような気もする。同じように三月にほとほと疲れた人たちのいろんなお別れが、未来の何かにつながっていきますように。

と、ここまで書きながら、体が持たないのは、単にお別れ周りの行事がありすぎて、つまりその度に飲みすぎて、夜遊びしすぎて、単純に疲れているだけなのではなかろーかという気がしてきた。そしておかげさまで四月からの準備をまったくしていない。はあ。本当に、つまり情けないにもほどがある。

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『騎士団長殺し』を読んで

もう随分前に読み終わっていたのですが、何から書いていいものやら分からず、そしてやっぱり本について語るのはどうも恥ずかしいようで、寝かせておりました、『騎士団長殺し』のあれこれ。時間が空くとつい忘れてしまうので、とりあえず今の気持ちを記しておこうと思います。

 

本の感想ってネットで見ない

と、言っておいてなんですが。私自身はほとんど、インターネット上で本の感想は読まないのです、そういえば。調べてから本を買うということはほとんど、全くと言っていいほど、ない。小説以外のもの、仕事に必要な本とか、そういったものはamazonのレビュー見たりしますが、小説に関してはまず見ない。見ても全く参考にしていないと思う。小説に関しては、受け取り側がどう思うかというのはやっぱりものすごく個人的なものであると思うし、ましてや「良い」「悪い」の判断というのは、誰かにしてもらうものではない、と、思っています。

なので、ここに記すのもあくまでも私が「感じたこと」だけであって、これに変な影響を受けず、いいものはいい、好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、という人それぞれの感想を大切にしていただけますとこれ幸いです。お前は誰だという話ですが。

この小説に関しても、私はネット上にしてもメディア上にしてもたぶん一つも読んでいないので、これが世間一般の受け止め方と同じなのかズレまくっているのかはさっぱりわからない。わからないけれどもまあ、それで良いと、思う。

あと一応、これから読む人だってたくさんいると思うので、小説の内容は分からないように書いています。

つまり一言で言うとものすごく良かった、と思う。

前作の1Q84を読み終えた時、正直私は、あの小説が春樹氏の集大成のように思えてしまって、「これはすごい。もしかしてこの人は、これ以上もう長編小説を書かないんじゃないか。」と、ちょっと思った。今までの物語がなんというか一つの伏線となっているような、ノンフィクション含めて、すべてがこの物語につながってるんじゃないかなあというような気が、していた。今までの物語は、この物語のためにあったんじゃないか、と。

けど、それって今思えば当たり前のことなのだろうなと思う。小説家だって人間なわけで、時間とともになんというか進化しある程度洗練だってされていく。だから一番新しい物語が、今までの集大成である、というのは、それはごく自然なことなのだ。

その時点での集大成から、また先に進むというのは、実はものすごく当たり前で、それを同じ分野でできるというのが、つまりはプロだということかもしれない。そしてそんなことはわかりきっていたけれど、村上春樹さんはプロなのだ。しかもとてもタフな。

そんなわけで、もう二度と読めないんじゃないかと思っていた春樹氏の長編を読めるというだけで私は嬉しかったわけですが。そんな気持ちがあったからなのかどうかわからないけれど、私はこの物語を、とても優しい物語だなと感じた。春樹氏の小説は、いつも深い深い地下に潜り込んでいくのだけれど(それは比喩としてもストーリーそのものとしても。)今回はその地下のダークさが、いつもよりも穏やかであったように思う。でもそれはこの物語のせいなのか、それとも読む私の変化のせいなのか、それはわからない。もしかしたら私が歳を重ねて、地下のダークさを、「受け止められるようになった」とは言えないにしても、ただ「知る」ようにはなったからかもしれない。

「優しい物語」だと感じられること

そしてこの小説で、主人公が深く深く潜り込んでいく過程で、それは具体的にストーリーの中でそういう描写がある(潜り込んでいくというのはここでは比喩だけれども、具体的にある行動をとる)場面で、私は一度、すごく泣いた。深く潜り込んでいく過程で泣くというのは、春樹氏の小説を読んでいて初めてのことで、自分でもちょっとびっくりした。

たぶんちょうど自分が、今までにないくらい、自分と向き合おうとしているからかもしれないな、と、思う。自分と向き合おうとしているというか、まだ何も見えない中を、手探りで、なんとか前に進もうとしているというか。とにかくその描写は、自分のようだ、と、思った。その先で待っている(であろう)ものや、過去に置いてきたものや、遠くに聞こえる声すべてが、私を囲むもののようだ、と。

そこには、恐ろしいものや、血なまぐさいものや、どろりとした手触りのものがあったかもしれない。そしてそれは自分の周りにあったのではなくて、本当は自分の中に、そこだけにあったものかもしれない。それと対峙することは誰かに傷つけられることよりもっと痛いことかもしれない。

それでも、それらすべてが「私を囲むもののようだ」と思ってもなお、この物語を「とても優しい物語だ」と感じたことは、私にとってもこの主人公にとっても、「救い」だなと思う。それはきっと、自分と、自分の手に届く範囲にあるものを、信じているからこそだろうと思うから。誰かの評価ではなく、自分のものさしで、少なくとも「見よう」という気持ちはきっと持っているからだろうと思うから。

続きが気になってどんどんと読み進めていく小説というのは山のようにあるけれど、読み終わるのが惜しくて、なんとかゆっくり読み進めたいと思った小説は初めてだったかもしれない。私にとって数少ない、何度でも読みたい本。1年後、2年後、10年後。読み終えた時にどんな感想を自分が抱くのか、とても楽しみだなと思います。

大切な物語が一つ増えた。それはとてもとても、素晴らしいこと。

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スモックをピンクにするのか水色にするのか問題

入学準備が一向に進まずおそろしい今日この頃ですが、とりあえずこないだ小学校と提携しているお店で、美術の授業とかで使うスモックを購入した時のこと。

ピンクと水色、二色のスモック

スモックにはピンクと水色の2色があったのですが、試着用のスモッグはピンクしかなくて、お店の人が、ごめんねサイズ合わせはピンクだけど、ちゃんと水色の用意するからね!と、言ってくれた。

それを聞いて息子は、ぼくピンクがいい!と、言ったのです。
その時わたしはつい「でも男の子はみんな水色かもよー」とか言ってしまったわけだけれども、そして息子はあっさり水色に変えたわけなのだけれど、なんかこれがずっと、すごくひっかかっていた。

私はとっさに、一人でピンク着てたらからかわれるんじゃないかとか、思ってしまったわけだけれど。
でも、そもそもそのなんとなく男の子用は水色、女の子用はピンク、と大人が枠組みを決めてしまうのって絶対よくないよなぁと、思えてきて。

そういえば最近息子は好きな色を聞かれると、すぐピンク!と、答える。息子が、子供の感性で、素直にピンクを選んだのに、大人の私が、男の子は水色、女の子はピンクという、自分が違和感を感じるこの「システム」に、息子を乗せてしまったことがどうも歯がゆくて。

深く考えなきゃいいんだけど、スルーしてなんとなくそのシステムに組み込まれていけば楽なのだろうけど、でも。

子供の感性というのは、やっぱり大人が邪魔しちゃいけないものなのだ、絶対に。

そしてこれからの時代を歩む息子に、男の子は水色、女の子はピンク、などという固定概念を、やっぱ植え付けちゃいけないんだよね、大人は。

これまでの6年間は、そんな概念に左右されずに過ごしてこられた息子の感性を、私はやっぱりとにかく大切にしてあげたい。だからできれば、ピンクでいいよ、という大人でいてあげたい。

とはいえ、いざ学校が始まって、男の子がみんな水色で、女の子がみんなピンクのスモックを着ていたら、息子はあれ?と、思うだろうと、思う。そこで「水色にしておけばよかった」と、思うかもしれない。その瞬間、感性がもしかしたらひとつ、静かに消えてしまうかもしれない。そしてその瞬間、息子にも、男の子は水色で、女の子はピンク、という固定概念が、生まれてしまうかもしれない。それってやっぱりなんだかすごく、もったいないことだなあと思うのです。声を大にして「それはおかしい!」と、言うほどのことではないかもしれないけれど、でもそれは、単純にすごくもったいないと思う。

だからできれば、学校という一つのシステムの中で、最初から男の子は水色、女の子はピンクという、なんとなくの、大人の「暗黙の了解」に、子供たちを付き合わせるのは、やめてあげてほしいなあと、思う。プリンセスソフィアはいつも男の子の遊びをして男の子に勝っちゃうのだから。そんなプリンセスの、時代なのだから。

現存する生命の「しくみ」はただ一つである。

上野の国立化学博物館で、ものすごく印象的な言葉を見つけた。私はド文系の人間で、なんでも「言語」からしか理解できなくて、何を理解するにも「映像」より「言語」なのだけれど、科学のことを考えるのもやっぱり「言語」からのようだ。いつもそう。

 

現存する生命の「しくみ」は
ただ一つである。

「生物のからだをつくる細胞は細胞膜で外界と隔てられ、生命活動の設計図を持っている。設計図はDNAというすべての生物に共通の『言語』で書かれており、これを基につくられるタンパク質もまた、すべての生物でよく似ている。これは、地球上に現存する生命の『しくみ』がただ一つであり、生き物たちはこの共通性の上に多様化したことを示している。」

なるほどなあ、と、思う。生命のしくみはただ一つ、共通するDNAという言語で設計図が描かれている。その「共通性の上に多様化」している。この「共通性の上の多様化」というのが、すべてなのだろうなと思う。みんなしくみは同じなのだから、だからこそ、みんなちがってみんないいbyみすず、なのであーる。と、思った。

男も女も設計図を描くDNAという言語は同じ。その上で、多様化していく。ピンクが好きな男の子も、水色が好きな女の子もいる。男の子が好きな男の子も、女の子が好きな女の子も、そりゃもちろんいる。肌の色だって様々で、脳の発達だって様々かもしれない。でも、言語は同じなのだ。「共通性の上に多様化」しているだけなのだ。

たぶん子供たちは、そんなことを細胞レベルで理解している。「共通性の上に多様化」なんて言葉を用いなくても、そんなこと肌感覚で分かっている。男の子と女の子は何となく違うけれど、でも「しくみ」は同じであることを、ちゃんと分かってる。その感覚を、大人が邪魔しちゃいけないよなあと、改めて思った。

だからもし次に同じようなことがあったら、やっぱり好きな方を選んでいいよと言ってあげたい。そしてできれば、そんななんとなくの色分けを、システムの側がしないであげられるといいなと思う。

スモックの色一つでたくさん考えてしまった。子育てというのはほんと、いろんなことを考えさせられるものであーる。みすず。

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アスガルドを初めて使うときに必要な物

初心者がアスガルドを買った時一体何が必要なのか

さて、初心者なのにNORDISKを買ったはいいものの、他になにが必要なのかさっぱりわからない。調べてみてもいまひとつよくわからない。というか、なにを言っているのかわからない。なぜならそう、私は初心者だから。

というわけで、もしこれからキャンプを始めたいと思っている人で、これから始めようとしているのにも関わらずノルディスクのアスガルドがどうしても欲しくなったという人が、この世で私以外にいらっしゃいましたら是非参考にしていただければと思い記しておきます。きっと誰かには届く。たぶん。

基本的に全部amazonのリンクを貼ったので、お値段とかレビューとかはそちらからどーぞ。写真をクリックするとamazonに飛びます。便利な世の中であーる。

まず絶対に必要な物。

こちら。アスガルドのフロアマット。アスガルドのテントは、それだけだと床がありません。これがないと、地べたで寝ることになります。これ必至。というかなぜこれとテントが別売りになっているのかそれがもはやよくわかりませんが。どちらかが壊れた時に買い替えられるようにだろうか・・・いやそれなら部品として売れば良いのに・・・

まあよって最初から、このフロアセットを買うのが良いと思われます。ちなみにフロアマットは上のテントの大きさによってサイズが分かれいるので要注意であります。あと、2014年以降は新しいモデルになっていて、フロアマットも変わっているようなので、これまた要注意であります。やはり別売りなのがややこしすぎますぜ姉さん・・・誰姉さん・・・

ここからは、私が独断と偏見で選んだものたちです。これじゃなくても全然良いし、他にも色々な方法があるかと思いますが、とにかく手っ取り早く最初に必要なものを揃えたい!と、いう方はご参考いただけますとこれ幸いです。

では細かいものを一つずつ!

まず、フロアマットの下に敷くシート。いわゆるブルーシート的なやつ。なぜフロアを買ったのにさらに下にシートがいるかとお思いのあなた。思いますよね私も思います。でもこれは必須です。なぜならフロアマットを地面に直接置くと、この大切な大切な、ただの床というだけでいくらするんだといというようなこのフロアシートが、あっという間に真っ黒になるからです。いや床なんだから仕方なかろうとお思いのあなた。実際にこのたっかい床を手にすると気持ちは変わります。今すぐに買いましょう。

アスガルドの、4人家族でぴったりの12.6サイズのテントには、このサイズのシートで大丈夫です。ここのメーカーのシート、大きさの種類が山ほどありますが、これで大丈夫。メーカーは有無を言わさずこれです。ユタカです。初めて聞いたけど、ユタカです。

なんかよくわかりませんが調べまくった結果これが間違いないという結論に達しまして、実際の所なんの問題もございません。そこらへんのビニールシートの100倍くらい丈夫そうです。あと、色があのいわゆるブルーシートじゃなくて、なんとなく落ち着いていて良いです。他にブラックとかシルバーもあります。色はお好みでお選びください。ええ、フロアシートの下に敷くので1ミリも見えませんが。気分の問題です。

あ、あと、プロはこのシートをフロアシートの大きさぴったりに切ったりするようですが、我が家はズボラ一家につき、このままで折って使っています。これまた何の問題もございません。とにかくこの大きさのユタカシートを変えば間違いないです。

続きまして、ホットカーペット。キャンプにホットカーぺットなんて!と、思いますがとにかくキャンプの夜はめちゃくちゃ寒いです。9月すぎたら場所によっては本気で凍えるくらい寒い。キャンプ上級者で、数万円のちょう高級寝袋を持っているならまだしも、そうでないと本気で凍えます。なので、我が家は秋(冬)春の間は、電源が使えるキャンプサイトを選んで、このホットカーペットを敷いています。ホットカーペットは安いやつでなんでも大丈夫と思います。ガシガシ使うので。できれば、コンパクトに畳めるやつだとなお良いかと。

あと、ホットカーペットの下には100均の銀マットがあると良いです。熱が逃げない、気がするので。アスガルドのフロアマットの上は、驚くほど冷たいです。めちゃくちゃ冷えます。ホットカーペットの熱に本気で救われます。ありがとうホットカーペット。
ここまでで床は、ユタカシート→アスガルドのフロアマット→100均の銀マット→ホットカーペット、というところまで出来上がっております。

さてお次は寝るところ。キャンプで寝るためにはそれはそれは色々な選択肢があります。ここが私が混乱しまくったところです。何で寝ればいいのか全くわからない。そして最終的に私が重視したものそれは。見た目。です。アスガルドの中にベッドのようなものがあるのがめちゃくちゃ可愛い。と、いうわけで、寝床はエアベットにしました。

我が家はこの100cmサイズを2つ。これで大人2人、子供2人寝ています。で、これ2つが、2畳のホットカーペットの上にぴったり収まります。ホットカーペットの上でないと、エアマットはめちゃくちゃ冷たくなると思われるので、ぴったりくっつけてホットカーペットの上にエアマットを置くのが吉。

あと忘れがちですがエアマットを買ったら地味に絶対に必要なもの。電池式の空気入れ。これめちゃくちゃコンパクトで、でもあっという間にエアベット膨らませてくれるパワーの持ち主。しかも安い。これだけあれば間違いない。

そしてホットカーペットの上とはいえまださぶい・・・というときに大活躍なのが電気毛布。ホットカーペットと電気毛布どちらかでいいんじゃないかと思っていたのですが、いかんせん私はめちゃくちゃさぶがりでして、さぶいのが一番テンションが下がる。なので結局持って行きました、電気毛布。しかも2枚。

しかし電気毛布ってめっちゃコンパクトです。かなり小さく折りたためる。だから、持って行って損はないのではないかと思います。寝る前は、テントの中でホットカーペット代わりに使ったり、寝るときはエアベットの上に敷いてさらにあったかくしたり。めっちゃ使える。安いし。なんならこの冬、家でも使ってました、電気毛布。見た目はアレですが、電気毛布がある生活っていうのは・・・結構幸せです。まじで。

さて電気製品をこんなに持って行くわけですが、テントから電源までは結構な距離がある。というわけで絶対に必要な延長コード。

これコンセントをさすところがちょうど3つに分かれています。なんとぴったり。そしてこの長さがあれば、たいていの電源サイトで使えるかと思います。ただし本来はこれ防水とかいったわけではないようなので、その辺りは自己責任でというか、気になる人は防水のものを探した方が良いのかもしれません。

さて、防寒準備を念入りに進めましたが、見た目にこだわったエアベットでいったいどうやって寝るかと言いますと。私ですね寝袋が苦手で・・・どうも肩が凝って・・・。と、いうわけでこれはかなり離れ業な気がしますが、家にあるでっかい羽毛ぶとんをグローブトロッターに押し込んで持って行きます。あと、これも家でみんなで使っている無印の「あったかファイバー毛布」を4枚。リンク貼ろうと思ったら季節が季節だからかもうオンラインになかった・・・。無印の毛布、軽くてあったかい(そしてシンプル)なのでおうちでも大活躍ですが、持ち運びもそんなに苦にならない。2枚くらいは、羽毛ぶとんと一緒にグローブトロッターにあっさり入ってしまいます。ほんと。

エアマット→(電気毛布)→無印のファイバー毛布→人→無印のファイバー毛布(2人で1枚)→でかい羽毛ぶとん(4人で1枚)。これで、意外といけます。さすがに子供たちがぐんぐん大きくなってきたので近々これが厳しくなるかと思うのですが、その時はエアマットを一つ増やして、お布団も小さいの2つにするとかして、工夫したら行ける気がする。なんといっても家で使っているものなので、どれくらいの大きさのものがどれだけ必要か、とかが想像しやすくてすごくやりやすいです。

エアベットを2つ並べても、アスガルドの中はまだ広々。この時は、手前に2枚電気毛布を敷いて、その上からペンドルトンのタオルケットを2枚敷いています。子供達は寒くなってきたらここでぬくぬく遊んでいた。

ちなみに、ペンドルトンのタオルケットは定番すぎてどうかと思ったけれども信じられないほど使いやすいのでおすすめです。こうやって絨毯みたいに使ってもいいし、ひざ掛けにしてもいいし。これまた、おうちでも大活躍。椅子に座って、電気毛布とペンドルトンかけて、本読んでると至福です。これだけでキャンプ気分。何してるんだろうわたし。

そして、これはテントの外でも絶対に必要なのだけれど、中でも必要なランタン。アスガルドの中で我が家が使っているのは、スノーピークのたねほおずき。

見た目が可愛い。かなり小さくて、めちゃくちゃ明るいわけではないけれど、寝る前のリラックスタイムとかにはちょうど良い明るさ。このオレンジの丸い部分が磁石になっていて、アスガルドの真ん中のポールに磁石でくっつけてぶら下げることができます。めちゃ便利。電池のランタンなのでテント内でも安心。

もひとつ、電池のランタン。(LEDランタン)

これは結構明るい。中でも外でも使えて便利。あと、家に置いておくと非常時にも使えて良いと思います。子供達が寝静まったあと、テントの中で本読むにも読書灯になってくれる。とにかくひとつあると便利です。もちろんテントの外でも使える。

たぶん、これでアスガルドの中で快適に寝られるはず。と、思います。これは本当にあくまでも我が家の場合、ですが。たぶんアスガルドって、二つ目とか三つ目のテントに買う人が多いような気がします。だから、ある程度キャンプに必要なものを、理解して持っている人たちがほとんどで、テントに必要なものを何も持っていないわたしのような人は、アスガルドで寝るために何が必要なのかいざっと調べただけではさっぱりわからず、準備にえらく時間がかかり、かつ実際にキャンプへ行くまでとっても不安でありました。本当にこれで寝られるのかと。なので、もし仮に私と同じような境遇の人がいたとしたら、何かのお役に立てますとこれ幸いにございます。

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息子の修了式を終えて

何から書いて良いものやら。3月吉日、息子の保育園の修了式でした。今の園では3年間。前の園も合わせると6年間の園生活。泣ける。本当に泣ける。

保育園も自分で「選ぶ」こと。

私にとって、初めての子供である息子。当たり前なのだけれど、喜びも戸惑いも何もかもの初めてを、教えてくれた子供です。

保育園に預けるということに関して、6年前の私は、もう本当にものすごくものすごく戸惑いがあった。不安も、これでいいのだろうかという迷いも、山ほどあった。産休前、本当に仕事がしんどかったこともあって、私の仕事はこの小さな子を預けてまで続けてゆく仕事なのだろうか、そんな価値があるんだろうか、と、悩んだ。誰に「保育園はいいよ!お母さんの味方だよ!」と言われても、「子供はすぐに環境に慣れるよ!」と言われても、全く気持ちは落ち着かなかった。誰がなんといっても私は、目の前の息子とまだ一緒にいたい、そう思っていたのだと思う。

5月生まれの息子と、1歳を過ぎるまではどうしても一緒にいたくて、0歳での入園を見送った。だいたい0歳児のクラスに4月で入園する、というのが通例だったのだけれど、そのタイミングじゃないと保育園に入れない!という状況の、なんというか不自然さも納得できなくて、(だって生まれ月によって預ける月齢や預けやすさが変わってくるなんてどう考えてもおかしい。)納得できないことに関してはすぐ意固地になってしまう私はどうしても4月に預けられなかった。周りの友達がみんな4月に入園して、職場復帰してゆく中、そういえばなんかちょっと寂しくて不安だったなあ、今思い出した。(そう、私はなんでもすぐに忘れる。)

その後運良く、「そろそろ預けて良い頃かな」と自分で思えた頃に、近くの保育園に空きが出て、入れることになった。(それでも不安だらけだったけれど。)そして最初に出会ったその小さな小さな園が、もう素晴らしい園で、「保育園」というものの印象がここで大きく変わったのだと思う。だからみんな「保育園っていいところだよ!」って口を揃えて言ってくれてたというのに、私というのは本当に何事も、自分で経験しないと納得できない性格なんだろうな全く。

最初の園は2歳までの小規模園だったので、その後今の園に転園したわけですが。この時も、「納得できないことには意固地になる」私は、いくつか園を見学して、ここがいいな、と思える園が少ししかなくて、結局希望を数園しか出さなかった。いや本当、このご時世入れなかったらどうするんだという話ですが、でも、やっぱり、何も私立のお受験幼稚園に入りたいと言っているわけでも、国立の難関幼稚園(なんてものが存在するかはわからへんけど・・・)に入りたいと言っているわけでもなくて、近所の、いいな、と思った認可の保育園を希望しているだけなのに、それが選べないどころか、どこにも入れません。と言われる状況というのは、やっぱりおかしい。と、思ったのです。

だから、希望をたくさん書ける欄に、数園しか書かなかったのは、私なりのなんというか現状への抵抗でした。世の中の状況的にはありえないけれど、でも普通に考えれば、ごく自然なことだったと、やっぱり思う。

もちろんそうできたのは私の場合はいろんな恵まれた環境が重なってのことだったけれど、本来やっぱり、小さな子供を預ける園は「どこでもいい」わけがないし、ましてや「どこにも入れない」なんていうのはおかしい。と、私は思います。この状況は早く変わっていくといいなと思う。「どこでもいいから入れるだけそれでいい。」って、それは実はすごく不自然だと思うから。(そして私の実感では、私が初めて子供を預けた6年前よりは格段に良くなっている気がしています。声を挙げる人も多くなってきたから。)

「働くこと」と「子育てをすること」を自然に

そういったわけで、ここにしたい、と思えた園なだけあって、次に入った園も本当に本当に、素晴らしい園でした。先生たちから学ぶことが、山ほどあった。そうそう、こういうこともあった。→ 保育園の発表会にて思ふ。

今の園に通うようになったのは、下の娘の育休明けのタイミングからで、2人を保育園に預けての仕事復帰というのは、これまた新ステージでした。それでもその時には、息子を初めて保育園に預ける時のような不安はもうなかった。

保育園がある生活を通じて、「働くこと」と、「子育てをすること」の両方をすることが、(決して「両立」してるわけではないのだけれど)私の中で自然なこととして受け止められるようになったような気がします。何を気負うわけでもなく、我慢するわけでもなく、諦めるわけでもなく、ただ自然に、やりたいことをやる。働きたいから働くし、もちろん子供がかわいいからその時間も大切にする。決して独身の頃のように「バリバリ働く!!」といったわけではないけれど、ただ自然に「目の前にあることをこなしていく」ということを、楽しめるようになった気がします。それはまちがいなく、保育園の存在があったから。そこで、息子がたくさんの人の愛情をひたすら浴びているという実感があったから。

どんなことだって、何もかも100%のことやモノなんてまず一つもない。100%完璧な人なんていないのと同じ。弱いところだってもちろんある。だから、100%の保育園だってないかもしれない。でも私もオットも息子も、今まで通った園が本当に本当に大好きです。ただそう思えることが、きっとみんなにとっての宝物なのだと思う。多分なんだって、「これだ」と思えたら、それを信じることも大切なんだな。このかけがえのない日々がきっと、息子にとっても私にとっても、後から大きな励みになるよう気がする。

私は母を亡くしていて、実家は遠方で、とにかくサポートがない中での出産と子育てがすごく不安だったのだけれど、そういう不安を妊娠中に助産師さんに話した時に、「子育てって、両親とか、おじいちゃんおばあちゃんとだけしなきゃいけないものじゃないんですよ。たくさんの人で、友達とか、周りの人みんなで、ワイワイ育てていったらいいの。想像したら楽しそうでしょ?友達とかみんなで、ワイワイ育てていくイメージ、持っていてくださいね。」と、言ってもらったことがあった。その言葉にすごく救われたのだけれど、まさにそんなイメージで、息子をここまで育ててきたなあと思います。

私一人じゃない。私とオット二人じゃない。そうじゃなくて、友達とか、もちろん実家の家族とか、そして保育園の先生とか、今となっては息子自身の友達とか、とにかく周りの人みんなでワイワイと、息子をここまで育ててきたような気がする。そして息子は、その人たちの愛情を、本当にもうこれでもかってくらい存分に、浴びに浴びてきたと思う。子供にとって必要なのは、まずは愛情だ。何をおいても愛情だ。と、この6年間を通じてとにかく感じました。

そう思えたのはやっぱり、息子が素晴らしい園に、先生たちに、そして友達に出会えたからなんだろうなと思う。息子を通じた世界を見ながら、私もたくさんのことを学びました。きっと一人じゃ気付かなかったこと、見えていなかったものがたくさんあると思う。それに気づかせてくれた息子と、そして周りでワイワイと一緒に息子を育ててきてくれた、いろーーーーんな人たちに感謝して。

また4月からの新生活、家族で悩んだり迷ったりしながら決めた道、歩んで行きたいと思います。これからもみんなでワイワイ、息子を育てて行けますように。そしてたくさんの人たちが、楽しく仕事をしながら、あるいは好きなことをしながら、楽しく子育てができますように。

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