ハワイ2017冬の記憶 その1

約2年ぶりのハワイ。順に記憶をメモ。

day0-フライトからホノルル空港まで

仕事を終え、オット&子供達に会社まで車で迎えに来てもらい、そのまま成田へ。このパターンが最近定番化。

成田に車を置くようになってから、海外旅行がものすごく楽になった。(私は運転しないからというのもあるけれど。)帰ってきた時に自分ちの車というパーソナルな空間に、空港を出てすぐに身を置けるというのはとてもありがたい。リラックス感が全然違う。今回に至っては、駐車料金の安い成田に車を置きたいがために羽田ではなく成田の便を選んだくらい。まあなんせ私は運転しないからというのもあるけれど。。。

成田に向かう途中、仕事でトラブルが発生して、結局搭乗間際までドタバタ電話とメールをし続ける。

これを残してきたことがやっぱりずっと心に引っかかる。サラリーマンだな。

今回初めて、エアラインのサイトで予約する時に、機内食の変更をリクエストしてみた。チャイナエアラインは色々と選べて、私は全部「フルーツ」にしました。これがなかなかよくて、いつも一口も食べられない機内食が、少しは食べられた。もちろんものすごく美味しいフルーツではないけれど、食べられなくはない。一口も食べずに残す、という事態からは避けられる。うむ悪くない。

もう一ついいのは、これ普通の機内食(ビーフオアフィッシュ的なあれ。)を配るタイミングより前に持ってきてくれる。子供のチャイルドミールと同じタイミング。これはなかなかうれしいです。寝たいのに起きて待つ、みたいなこともしなくて良いし。

それにしても子供達が6歳3歳というタイミングになり、飛行機での移動がぐんと楽になった。むすめ1歳半の頃に子供達二人を一人で飛行機に乗せて行ったニューヨークあれは本当に悲惨であった・・・。あれから比べるとなんと楽になったことか。夢のよう。

行きはフライトも短くて6時間ほどで到着。ちょっと短すぎると思うくらい。できればもう少し寝ていたい・・・私が。

身体が冬仕様なのか、1月のホノルル空港に降り立った瞬間はそんなに暑い!と感じない。まだ芯は冷えている感じ。この辺りがアジアの島とは違うなあ。アジアの島は、空港を降りた瞬間にもわっとした空気に包まれる。あれはあれで大好きなのだけれど、でもこの1月のハワイはきつすぎる日差しに悩まされることもなく、それはそれで過ごしやすかった。

day1-ワイケレ〜カポレイへ

今回は旅行中ずっとレンタカーを借りていたので、(renting carz.comというサイトがめっちゃ便利でした!)空港からホテルへ向かう前にワイケレのアウトレットへ。もはやここの目的はショッピングではなくマラサダ。

と、言いつつバーニーズとsaks fifth avenue OFF 5thのアウトレットだけざっとのぞいてみる。vince.のタンクトップがあれば買って帰ろうと思ったのだけれど今回は残念ながらなく。泣く泣く。

あと、バーニーズにはいつもセリーヌがあって、出会いがあれば最高!なのですが、こちらも今年は特にこれといったものはなく。最近アウトレットで、いい!と、思うことが減った気がするなあ。

それにしてもワイケレ、シーズンオフなのか時間が早かったからかガラッガラでした。一番混んでたのは間違い無くレナーズのワゴン。

むすめの肌着だけold navyで買って、カポレイのTARGETとdown to earthへ移動。

今回はスーパーのお買い物がいちばん楽しかったかもしれない。そのほかの物欲的には、「欲しいものができた。」と、いうのがいちばんの収穫。笑。これはいつか・・・。

 

うわさのコンブチャ!なかなか美味しい。酸っぱくて疲れた身体にしみわたる感じ。

ターゲットでは、むすめにスーツケースを買いました。今回は子供達にそれぞれスーツケースを買ってあげるのが一つの目的。

目標一つクリア。

自分のコロコロが持てる、というのは相当うれしいようです。それはなんとなくオトナ心にもわかる。

エルサのコロコロ。お気に入りすぎてレストランにも持っていきたいとおっしゃるので必死で止めた。

day1- アウラニにチェックイン

お買い物を済ませていよいよ前半のホテル、アウラニへ。

フロントの前にキッズスペースのようなところがあって、ディズニー映画が流れています。こどもたちはこれに釘付け。こういうの一つとっても、このホテルはほんと子どもに優しい

窓の外から見ると学校みたいでかわいい。

チェックイン前に荷物を預けて、シャワールーム(これがほんときれいで快適。)を借りて水着に着替えて、プールへ。

お部屋の準備ができてカードキーが使えるようになると、メールが届いて、それ以降は特にフロントに寄らなくても直接お部屋に入ってOK

なんとも合理的で便利なシステム。

時差ぼけもなんのその、元気に遊びました!が、やっぱり寝不足だからかこどもたちがしょーーーもないことですぐもめる。

夜便で朝に着く、のがハワイの良いところだけれど、知らず知らず疲れは溜まるので1日目は遊ぶのほどほどに、早く寝るのが良いですね。睡眠不足というのは人をモンスターにする。これ大人も同じ。ほんと。

キティちゃんのアームリングとミッフィーちゃんの浮き輪でディズニーホテルに乗り込む強気のむすめ。

と、いうわけでチェックインOKのメールが予定より早く(14時半くらい)届いたので、プールは早めに切り上げてお部屋へ。

例にもれずこのホテルも「隠れミッキー」がたくさんあるのだけれど、こういうのは大人よりも子どもたちの方がずっと見つけるのが上手。こういう「視点」って、大人になるにつれて薄れていくのだろうなあ。

再びカポレイへ行き、down to earthのデリで晩御飯。こういうオーガニックスーパーほんとに日本にも欲しい。なんせデリが美味しい。仕事に疲れた日とか晩御飯が作りたくない日、「スーパーのお惣菜」があんなに美味しい「オーガニックのデリ」だとなんか罪悪感もなくてうれしいですわね・・・。

寝不足は大人も子供もイライラの元、だというのになんか旅行へ来ると夜更かししてしまう。

あっという間に寝た子供たちとオットの隣で、ワインとオーガニックポテチをお供に一人読書。至福。

2016宮古島の記憶

今年も宮古島は暑くてそして怠惰で美しい。

もう何年前のことやったかな、10年以上前のこと。私は同級生が運転免許を取るタイミングにことごとく乗り遅れて、免許なしの学生生活を送っていました。だいたい、超ど田舎の私の生まれた町では、高校を卒業して大学に入る前の春休み期間に、みんな地元の教習所で免許を取るのが通例。田舎あるあるで、車がないとどこにも行けなくてちょう不便なわけで、みんな18歳でこぞって免許を取りに行く。しかし、東京の大学に進学することが決まっていた私は、そんな流れもつゆ知らず、のほほんと日々過ごしておりまして、すっかり免許を取りそびれておりました。

そういう人たちが次に通る道というのはそう、合宿免許ですね。
例にもれず私も、18歳時点で免許を取りそびれた大学の友人たちとともに、どこやったかなー山形かどっかの教習所に申し込みました。

ところがですよ。まあハタチそこそこの私というのももちろん今と全く変わらずすっとぼけていたわけですね、合宿に申し込んでいた日程は、何やったかの期末試験とバッチリかぶっておりました。あほなのかな。あほなのだろうな。

唯一の免許取りそびれメンバーだった友人たちは無事にみんなで免許合宿へ行ってしまい、いよいよ周りで免許を持っていないのは私一人のみという状況になったハタチそこそこの私。

どうするかなー免許いるかなーあったほうがいいよなー一人で山形はなー寂しいなー。地元で高校生に紛れて取るのもなー云々。

と、考えた私が思いついた方法それは、そうだ!宮古島で自動車免許を取ろう!
と、いうものでした。あほなのかな。あほなのだろうな。

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宮古島で車の免許を取るという暴挙・・じゃなくて勇気

と、いうわけで、一人で宮古島に(ダイビングではなくて)車の免許取りに行くわーと、言った時の親の猛反発(すごかった)も、生まれつきの(自分がやりたいことに対してのみ発揮される)プレゼン力でかわし、一人で行ったわけです、宮古島。免許取りに。ハタチそこそこの私。
あほなのかな。あほなのだろうな。

しかしですね、世の中には愛すべきあほがたくさんいるもので、教習所に併設された合宿所(水道光熱費込一ヶ月1万円)には、同じ境遇で一人で免許を取りに来たあほたちがたくさんいました。あほなことを考える同士というのは得てして気があうもので、ほんともうノンストレスの人生最高なんじゃないかと思える一ヶ月を、そのオンボロの合宿所で過ごしました。特大のゴキブリと戦いながら。

で、その一ヶ月で私は、宮古島という島の持つ美しさや強さやそして儚さや切なさのようなものを知って、感じた。日本にこういう場所と、そして人生があるということを目の当たりにして、その時東京の、まあ比較的大企業と言われるような会社に就職が決まっていた私は、ちょっとした、いや、結構大きな、ショックを受けた。こういう人生もあるよな、と。そこそこいい大学を出て、そこそこいい会社に入って、そういうのが「素晴らしい人生だ」というのはちょっと違うかもしれないよな、と。
ちょっと大げさに言うと、そこは私にとってのもう一つの人生の始まりのような、一つのターニングポイントのような、そんな一ヶ月でした。

例えば、何と言っても私は自動車免許を取りに宮古島へ行っていたわけで、運転免許はないわけです。でも当然電車もない島では、車がないとどこへも行けない。友達はみんな免許を取りに来た友人ばかりで、誰も運転できない。
と、いう環境の中、それでも海へ行きたくて行きたくて、もうまじであらゆる方法で遠出しました。

教習所の先生に頼み込んで、島の生徒の送迎のためのバスに乗り込んだり、教習所に通ってる地元の子たちの友達と仲良くなって休みの日に車を出してもらったり、たまに教習所の先生にも休みの日に遊びに連れて行ってもらったり(島の遊びというのはだいたいボーリングなんですけど。)、ええそうですねヒッチハイクしたり。何かが生まれる時というのは、たいてい、何かが足りない時。クルマがない。という圧倒的に不便な状況で、あらゆる手を使ったことで、結局たくさんの人とのつながりができた。なんか今思い返してみると、ほんとものすごいいろんなひと知り合って、いろんな人とお酒を飲んだんやけど、どうやって知り合ったのかもはや思い出せない。地元の高校の先生とかとも飲んだんやけどあれ何でやったっけ。。。

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そういう中で、たくさんの島の人と知り合いました。多分、旅行で来てるだけでは知ることがなかった島の側面を、たくさん見ることができた。そこにある生活を、肌で感じることができた。ほんともはや何でやったか忘れたけど、どこかのお家のお庭で親戚の人たちが集まってる所に飛び入りで参加させてもらって、一緒に泡盛飲みながらお父さんの三線で一緒に踊ったりもした。あそこはどこだったのだろう。まあそれくらい、ものすごく濃い時間でした。

自分が生まれ育った町でもない、今住んでいる町でもない、親戚がいる町でもない、もともと縁もゆかりもなかったけれど、でもなぜかものすごく惹きつけられた土地にふらりとやってきて、その土地の人たちと同じ空気を吸いながらそこで過ごす、というの体験はそれが初めてで。私は今でもあの時の空気が忘れられなくて、それ以来結局毎年のように、宮古島に通っています。

旅のスタイルは変わったけれど、変わらず「ただいま」と思う

あれから10年以上が過ぎて、私にも東京で家族ができて、貧乏すぎた学生の頃とは少し変わってリゾートホテルにも泊まれるようになった。

だから、あの時の過ごし方とはやっぱり当然、違った形で宮古の時間を過ごすようになった。だいたいいつも一人で行っていたけれど、ここ数年は子供達や、オットや、子供達を通してできた友人と行くことが増えた。

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暮らすように過ごす、ということは今はなくなったけれど、それでもやっぱり宮古へ行くと、あー帰ってきたなーと、思える。そして、自分にとっての大切な人と、自分にとっての大切な場所へ行けることを、人生のステージが変わってもなお同じように通えることを、あーしあわせだなーと、思う。どんな形でもやっぱり、宮古の海は青くて、人は程よく怠惰でてきとうで根が暖かくて、ただそれだけなんやけど、ただそれだけのシンプルな島やから、10年以上変わらないものが確実にあって、帰ってきたなーと、思うとホッとする。

でもなんでなんやろうなー、余裕のある旅ができるようになった今でも、たまにふと、一ヶ月1万円のあの合宿所が恋しくなることがある。車もなくて、ヒッチハイクした旅が懐かしくなることがある。その頃はまだ誰もいなかった新城の海岸で、ラジカセで元ちとせを流しながら、丸太に腰掛けて一日中ぼーーーーっと過ごしたその時間にどうしても戻りたくなることがある。それは多分、もう二度とできないことがわかっているからなんやろうな。美しいものというのは、二度と戻らないこと、そのものやから。

けど、美しいものが、二度と戻らないことであるのなら、その美しさはきっと日々の、そして人生の変化の中にこそあるわけで、結局のところ、10年後には、小さな子どもたちを連れてヘトヘトになりながら美しい島を周ったこの旅を、涙が出るほど懐かしく思う日がきっと来る。それは想像もつかないけれど、でも想像もつかないからこそ、きっとこの旅がまた、人生の宝物になるんやろうなと思う。

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だから、変化を嘆いたり恐れたりするんじゃなくて、ただ今目の前にある日々を、なるべく笑いながら、紡いでゆきたい。そして今は、今しかできない旅を、楽しんでゆきたい。変化の中にある美しさと、宮古の変わらない自然の美しさのバランスが、なんとなく自分の人生のバランスにつながっている、そんな気がした今年の宮古旅でした。

 

築地ランチのおすすめ10選

個人的な雑感ばかり書いておらず、たまには役に立つ(立つのだろうか)グルメ(なのだろうか)情報でも書いてみようと思います。

築地の会社で働き始めて気づけば10年目になりました。

さて私は銀座のOLなのだろうかそれとも新橋のサラリーマンなのだろうか。と、疑問に思ったりもしましたが、いやまあ築地のしがないサラリーマンです、実際のところ。

けど確かに立地的にランチの守備範囲は広くて。銀座〜新橋〜汐留〜そして築地市場(場外・場内)あたりどこでも行きます。そして今のチームメンバーがほんとランチに命かけてる人たちばかりなので、結構いろんなところのものを食べ歩いたような気がする、気づけば。

というわけでせっかくなのでちょう独断と偏見のおすすめランチをひとつまとめてみようかと思います。ただし。おしゃれ度はゼロです。まじで。

・磯野家 http://tabelog.com/tokyo/A1313/A131301/13014821/

言わずと知れた築地場内の名店。だいたいいつも生姜焼き定食を頼んでしましますが(ものっすごいボリューム。付け合わせにクリームコロッケ。もはや付け合わせじゃない。)おすすめはにらそば。それに牡蠣飯小。あんかけになったにらがやたら美味しくて、他では食べられない味です。市場が移転するに伴い、磯野家も移転するそうです。(こないだおっちゃんに聞いた。)泣きたい。お近くのみなさまぜひ今のうちに。ただしおしゃれ度はゼロです。

・鳥藤 http://tabelog.com/tokyo/A1313/A131301/13117868/

築地場内と場外の2店舗。親子丼が有名なお店で言うまでもなくおいしいですが、隠れた名品は海南鶏飯。チェーン店で食べるそれとはちょっとびっくりするくらいに違います。もうほかでは食べられない。場内はカウンターのみの小さいお店、場外はテーブル席は2席ほどありますが、お昼時は混むので少人数で時間を外すのが吉。ただしおしゃれ度はゼロです。

・東印度カレー商会 http://tabelog.com/tokyo/A1313/A131301/13184159/

この界隈で一番おいしいカレー屋さんだと思います。ある日突然閉店して途方にくれていたら、いつのまにか近所でまた開店していました。以前のお店より席数が増えて入りやすくなったのも◎。かなり量が多いので、初めての女性には、ご飯を少なめにするか聞いてくれます。(私は全部食べるのでもはやなにも聞かれずどーんと盛られますが。)あとここの素晴らしいところはなんと。ルーがお代わり自由です。奇跡。ただしおしゃれ度はゼロです。

・多け乃 http://tabelog.com/tokyo/A1313/A131301/13007634/

夜は素晴らしい居酒屋ですが。ランチもおいしい。お魚がおいしいですが、おすすめはてんぷら定食。古き良きてんぷらといった感じですが、なんかおいしい。とってもおいしいおうちのてんぷら、といった趣です。わたしはものすごく好き。あと、先輩が教えてくれた、カワハギのお刺身を肝醤油で食べる、ってやつがですねもう絶品です。大人って最高。と、思います。あー日本酒飲みたい。ただしおしゃれ度はゼロです。

・本種 http://tabelog.com/tokyo/A1313/A131301/13025023/

すっかり観光地化した築地場内&場外の海鮮丼の価格は、ちょっと信じられないくらい高騰しております。まあ自分のことを考えてみても、ちょっと遠出しておいしいものを食べよう、という時はお財布のひもも緩むもの。そんな中、ひっそり佇むこの(地味な)お店が出す海鮮丼は900円。

ところが私は間違いなくここの海鮮丼が築地で一番おいしいと思います。(地味な)外観からは想像つかないくらい見た目も美しい。こういうお店が築地の底力だと思う。ちょっと教えるのが惜しくなるお店。笑。ただしおしゃれ度はゼロです。

・フォーシーズン http://tabelog.com/tokyo/A1313/A131301/13053624/

あ、今おされなみなさまはフォーシーズンズだと思いましたね!高級ホテルだと思いましたね!いえこちらは高級フォーシーズンズにも負けないおいしいスパゲッティー(パスタではなくスパゲッティー)を出す名喫茶店です。ご夫婦二人でやっていらっしゃる小さい喫茶店ですが、なぜか(失礼)スパゲッティがどれもこれもやたらとおいしい。

普段そんなに好きではないスープスパゲッティもここのはおいしい。場所柄か、海鮮系の素材がとてもおいしいです。そしてあさりとかこれでもかってほど贅沢に入ってます。これまたほかでは食べられない味。最近メディアに出ることが多くてやたらと混んでるのが玉に瑕。そこそこ量がありますが、完食するとおばちゃんがほめてくれます。ただしおしゃれ度はゼロです。

・つきじ芳野吉弥 http://tabelog.com/tokyo/A1313/A131301/13156873/

おいしい穴子を食べたい日はここ。「ばかしあい」という、煮穴子と焼穴子が両方楽しめるお重がイチオシのようですが、わたしはいつも煮穴子のみの「あなごのばかし」で十分満足しております。砂時計を一人ずつ持ってきてくれて、砂が落ちるまで蒸らして待つ時間がかなりオツです。ちょっとゆっくり食べたいとかちょっと誰か連れて行きたいとか、そういう日にもよい。あー食べたい。ただしおしゃれ度は。。まあここは少しあります。ちゃんとしたお店。(いやほかもちゃんとはしてます。)

・ととや http://tabelog.com/tokyo/A1313/A131301/13002330/

安定のととや。焼き鳥丼のお店です。おすすめはサービス丼。焼き鳥とつくねが乗っています。もうここの鶏はねほんと絶品。定期的に食べないと調子が出なくなります。シンプルなんやけど、シンプルだからこそおうちでは作れない味なので、主婦的外食にもうれしい、こういうお店。ただしおしゃれ度はゼロです。

・トミーナ http://tabelog.com/tokyo/A1313/A131301/13004983/

築地場内唯一のイタリアン。カウンターのみのお店ですが、ここのワタリガニのパスタがもう絶品。正直どんなおされ(っぽい)イタリアンのパスタよりも本格派でおいしいと思う。これまたおうちでは作れない味。ここも市場移転に伴い移転されるそうです。それまでに通わねば。。。こういうお店があるから築地市場は楽しいのです。ただしおしゃれ度はゼロです。

・喫茶マコ http://tabelog.com/tokyo/A1313/A131301/13045429/

いろいろ築地のおいしいものを食べたあとはぜひ喫茶マコへ。築地で一番古い喫茶店です。お店のおばあちゃんがほんとうーーーーーにかわいいです。名物はスタミナジュースですが、わたしはいつもコーヒーかソーダ水を頼みます。おばあちゃんとの会話が楽しいです。こないだなんとhanakoにでーんと見開きで大きく載ってました。決してhanako的お店ではないですが(失礼)わたしにとってはオアシスです。ただしおしゃれ度はゼロです。

以上、独断と偏見で選んだ築地ランチ10選。独断と偏見ではありますが、どこもほんとうに素晴らしいお店です。おしゃれ度はゼロとばかり言いましたが、ほんとうにおいしいものはそれでよい。きちんとしっかりおいしい、築地のまじめさが現れたお店ばかりです。築地へ行かれる際はぜひ行ってみてくださいませ。

哀しみの中で笑うということ

今朝の新聞で読んだ記事。「おやじのせなか」は大好きな連載なのですが、今日のIMARUさんのインタビューがこれまたよくて、朝から色々考えました。

(おやじのせなか)IMALUさん 悩みの相談に「笑え、笑え」

朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/articles/DA3S12122305.html
※「無料会員登録すると1日3本まで記事が読めます→  http://t.asahi.com/7myt

「笑う門には福来る」

「笑う門には福来る」というのは本当によく言ったもんだ、と思う。

先日、昔の上司で今は某テレビ局でご活躍の大大先輩とばったり会社近くでお会いして、立ち話をしていたら、「そうやって笑っているうちは大丈夫ですよ。」なんてことを、言っていただいた。

仕事的には色々あった一年、いやこの二年くらいで、ときに「笑っている場合じゃない。」みたいなことをよく言われる毎日だったりします。

ガハガハ笑っていると、楽しそうでいいねみたいなイヤミを言われることもあります。すみません毎日笑いすぎておりまして。てへ。

そりゃもちろん、「大変なとき」というのは、ときに笑い声が煩わしく思えることだってあるとは思う。けど、IMARUさんのインタビューにあったこのエピソードと言葉に、私はやっぱり深く共感するのです。

悩みの相談なんて照れくさかったのですが、19歳のころに1度だけ、人間関係で悩んで父に打ち明けたことがあります。

泣きながら電話したら、爆笑されました。「何で泣いてんねん、笑え、笑え」って。勇気を出して相談したのに、「は?」ってなって。もう絶対、この人には相 談しないって思ったんですが、後で考えると父らしい、良いアドバイスだったな。どれだけたくさん笑えるかで人生の楽しみ方が全然違う。一番大切なのは笑う ことだと、父を見ていて自然と感じるようになりました。

さすがさんまさんだなーかっこいい。そしてIMARUさんの気づきもいいな、と思う。

笑う、ということには、行為そのものにも浄化作用がきっとあるし、もっと根本的な、生きるということそのものにおいて、大切なことだと思うのです。

母のお葬式で「しっかりしたお姉ちゃん」を演じていた

それでふと、思い出したことがあった。

もう10年近く前になる(早いなー。)、母のお葬式でのこと。

たくさんの人が足を運んでくださって、会ったこともない人たちが、みんな泣きながら母との別れを悲しんでくれていた。

でも、三姉妹の長女でまだ23歳だった私は、そのときどうしてもうまく泣けなくて、「しっかりしたお姉ちゃん」を演じることでなんとか、その場というか、理不尽な哀しみみたいなものを、乗り越えようとしてた、ような気がする。

それはたぶん妹たちも同じで、妹たちも泣くことなくて、弔問に来てくださった方一人一人に、しっかり頭を下げて、挨拶してた。

目を見て、少し微笑んで、ありがとうございます、って挨拶をしていた。

姉ながらあの日のあの子たちは本当に立派やったと思う。

今思えば、本当の「しっかりしたお姉ちゃん」というのは、あの日の妹たちにしっかり泣かせてあげられるお姉ちゃんのことなんやけど、今ならそれがわかるんやけど、実際のところまったくしっかりなんてしていないお姉ちゃんは、結局いつものごとくしっかりした妹たちに支えられていた部分がおっきかったんやと思う。

そしてそうすることで私たちは、なんとかその場に立っていられた。

でも、そういう私たちを見て、「なんでこんな日に笑ってられるんや」と、言った人がいた。「お母さん亡くして、哀しくないんか。」と。泣きながら、そう言った人がいた。

その時は、考える余裕もなかったけど、今になって思う。

私も、妹たちだって、哀しかった。大好きだった母を亡くして、あらゆる理不尽さと哀しみにぺしゃんこになりそうやった。

でも今振り返ってみてもやっぱり、私にはあのとき、そうやって、弔問に来てくれた人たちに笑ってありがとうございますって言うことしかできひんかったと思う。

だって私たちはほんとは、あのとき来てくれた人たちの誰よりも哀しかったから。

同じように泣くことなんか、できひんと思ったから。

ほんとうに哀しい時、人は涙も出ないことがある

ほんとうにほんとうに哀しいとき、人は涙も出ーへんことがある。

そしてその場に立つためになんとか、笑うということがある。

そうでないと、壊れてしまうような瞬間がある。

あの日私はもちろん間違いなく無理をしてたけど、強がっていたけど、でもあの日笑っていたことは、今の私にとって、母の死を少しずつ受け入れて変わってこられた自分にとって、小さな宝物のようになっている気がする。

その頃のことをよく知っているオットは、最近になって母の思い出話をするたびいとも簡単にぼろぼろ泣く私をみながら、「泣けるようになってよかったね。強くなったねえ。」と、言う。

もしかすると、ほんとうに哀しいとき、人は泣くことができなくて、その哀しみを乗り越えようとするとき、人は泣けるようになっていくのかもしれない。

そして泣くことができないときも、人は笑うことでなんとか、泣くきっかけを探すのかもしれない。泣くまでの道を、作ってあげるのかもしれない。

泣くことと笑うことは、ときどき順番が入れ替わる。

哀しみを受け入れるということは、理不尽な哀しみに向き合うということは、その哀しみに伴う痛みを知るということ。それはもしかしたら隣にいる人が抱えているかもしれない痛みを、少し、分け合えるようになるかもしれないということ。

哀しみを受け入れる中で、笑うということが、なにか小さな、もしかしたら大きな、力になるかもしれない。

だから、今大きな哀しみを抱えている人たちが、明日は少し笑えますように。少しずつでいいから、笑う時間が増えていきますように。そしてきちんと、泣ける日が来ますように。そう願います。

そうすればきっと、哀しみは必ず、痛みを知る優しさに変わっていくから。

2/10のネガティブをスルーすること

村上春樹いわく、バーをやってるときに、10人に2人、そのお店を気にいる人がいてくれたら、そのお店はやっていける、それは小説家も同じ、と、いうことなのですが(たしか)(ちがったかも)。

10人に2人受け入れられないか、10人に2人好かれるか。

私が思うに、人というのは、例えば10人いたら2人には受け入れられない人とか、10人いたら2人には受け入れてもらえる人、というのがいると思うのです。(10人いたら10人が好き、というのは本質的にはたぶんありえない。)

で、それはどちらも素晴らしいことで、

村上春樹が言うように、10人中8人が、あの人はちょっと。。。

と、言っても、2人、でもあの人俺は好きだよ、みたいに言う人がいると、その人は世の中で社会で生きていけるのだと思う。

そしてどれだけ好かれる人でも、10人中2人くらいにはあの人はちょっと。。と、思われたとしても、それはそれで普通のことで、堂々と生きてゆけばいいとおもう。
まあ怖いのは、10人中、誰一人として受け入れられない人だよね、と、いうことをオットと話していて思った。

そういう人が唯一生き抜けるとすれば、その人が数百年に一度の天才であることしかないのではないかと。つまり、モーツァルトとか、ピカソとか、もしくはジョブズとか。それくらいのレベルでないと、0の人が生きてくのは厳しい。

人は基本的にいろんな人とつながって生きてくわけやから。

だから、子育てにおいては、子供たちを0の人にしないようには最低限育てなきゃね、と、いう話をしました。

いやもちろんピカソとかジョブズレベルの天才である可能性だってあるわけやけど、でも子育ての段階で、それを前提にしちゃいかんよね、と。

2/10か、8/10か。そこはほんとうにこだわらなくて、少し変わっていて2/10でもいい。

でも、2人の人には、愛される人にそだってほしいし、そして、2人の棘にはひるまない人に育ってほしいな、と、思うのです。

ネガティブなもの、に振り回されないこと

翻って自分のことを考えてみると、典型的な長女気質の私は、常に10人に好かれなきゃいけない、と思って生きてきた気がします。30年くらい。長い。

だから、2/10の棘にすべて反応しては、なにがいけなかったんだろう、自分のどこがダメなんだろう、ということをいつも考えていた気がします。

悪い理由を、いつも自分に求めていた。

でも、だいたいどこの世界にでも、2人くらいはどうでもいいことを言う人たちがいる、ということが大人になった私がようやく知ってそして受け入れたことです。

人はネガティブなものについつい反応してしまいやすい生き物だとおもう。

毎日みたいにSNSの情報が入ってきたら、いいものも悪いものも「気」のように巡ってきて、知らず知らずのうちに振り回されてしまうということがたくさんあるとおもう。

しかしですね、子供が生まれて、それでも欲張り母さんは相変わらず仕事もやりたくて、そして靴とかバッグとかファーベストとか黒いストレートパンツとか(また)欲しいものばかりがある毎日を送っていると、とにかく優先順位をつけてあれこれこなしていくしかなくなっていきます。

人生は短い。やりたいことは山のよう。靴はほしい。子どもはあほほどかわいい。なぜ急に絵本の読み聞かせを始めるのだこの2歳女子は。その本はパンやのくまさんの話で決してばいきんまんは現れないがなぜ今現れた。そしてなぜ最後は「あたしはかわいいです(ハート)」で締めくくられるのだ。

みたいなことを考えていると、1日なんてあっという間に終わる。

そういう日々を送っていると、ネガティブなもの、人、空気に、関わる時間というのはやっぱり、ものすごく優先順位の 低いものになります。

そもそもネガティブなものっていうのは、捉えられるとあっという間に時間を奪われる。

ちょっと話は違うけど、タレントさんとか有名人の悪口を書いた記事をつい読んでしまって、そのうちどんどんリンクをさかのぼって気づ けばものすごい時間がたっていた、という経験ありませんか。そしてその読後感の悪さときたら。

そこから生まれるものは、正直言って何もないと思う。そしてどれだけ好感度の高い人でも、2/10くらいはネガティブに捉える人がいるもので、しかもそのパワーはいつもどうもでかいから、大きな声に聞こえがちやけど、まあ「否定」することというのはいとも簡単にできてしまうものやから、実はたいした意見ではないものがほとんどやと思います。(もちろん中にはとても建設的で愛のある批判もあるけれど。)

はっきり言って、人生にそんなことを気にしているひまはないのです。目の前でパンやのくまさんは急に「1、2、3、ばいばいきーん」と「ちっちゃい声で」言いだしたのだから。2歳児の手によって。

今は「子ども」という、否応なしに優先順位の高い対象が目の前にあるから、2/10のネガティブなものをスルーする力もある程度ついてきたけれど、この子育て時期が少し落ち着いて、またいろんな選択の自由が目の前にせまってきたときも、このことは忘れずいたいなと思います。

そして何にしても、そういう姿をみて、子どもたちには大切なことを知ってほしいと思うのです。

パンやのくまさんには、決してばいきんまんは出てこないという大切な事実を。

むすめ3歳のお誕生日に。

むすめの誕生日・・・に、病児保育

先日、うちのかわいくてお笑い系(でも本人はプリンセスに憧れている)の娘が3歳のお誕生日を迎えました。

迎えたのでありますが。当日、なんとお兄ちゃんと二人揃って発熱。その日はパパも私も仕事を休めず、病児保育のお世話になりました。

いやもうね。お誕生日の当日に何もできずお熱のむすめを病児保育に預けて仕事に行く私って何なんだとちょっと泣きそうになりながら出社して、でも溜まった仕事がありすぎてバタバタと片付けて。

そしたら仕事場で回覧しているVERYが机にドンっと置かれました。相変わらずVERYの重いのなんの。

キラキラ輝く雑誌の世界観と、朝から病児保育のために慣れないお弁当をバタバタと作って雨の中タクシーで病児保育に駆け込んで診察してもらって手続きして自分の洋服なんて全く気をつかう余裕もなくほぼすっぴんで出社する私のこの差。(しかも我が子は誕生日。)

隣の後輩に、「見てこれはファンタジーだおとぎの国のお話だ。。。」と言うと、よくできた後輩が「ほら、先輩の好きな小島慶子さんのコラムここですから。はい、読んで。今月もいいこと言ってますから。」とわざわざ開いてくれる。なんてよくできた後輩。

なんというかダメな先輩でありダメな後輩である私には、常に素晴らしい先輩と素晴らしい後輩がついてくれるものですねいつもありがとうございます。。

桜の花びらが舞う帰り道

で、私の一番好きなページ小島慶子さんのコラムにまた励まされながらなんとかその日の仕事を終えて、ダッシュでお迎えに向かう途中。

空からひらりひらりと桜の花びらが舞ってきました。

いつの間にやら葉桜になっていた桜の木。今年はゆっくりお花見をする間もなくバタバタと過ぎていった。でもやっぱりこれくらいの桜がいちばん好きだ。田舎の、桜並木が続く川沿いの家に生まれ育ったので、いつも桜は近くにあったのだけれど、やっぱり幼い頃からひらりひらりと桜の花びらが散る時期がいつも好きだった。儚い美しさはなんだか人の心を打つ。

あーーー今年も、そして今日も、桜がきれいだ、むすめ氏おめでとう、ぐすん。とか思いながら、帰路を急ぐ。

で、お迎えに行ったらですね。もうかわいいかわいい我が子たちが満面の笑みで走ってきてくれる。(お熱ちょう高いのに元気だなおい。。。)

二人とも初めての病児保育室だったので、不安だったかなと思いながら、どうだった?と、聞くと、「おやつの時間にみんなでむすめちゃんのおいわいしたんだよー!ハッピーバースデーしたら、むすめちゃんがうれしそうに、ありがとうって言ってたよー!」と、息子が教えてくれました。

むすめもうれしそうに、ちょっと照れながら、おたんじょうびしたのー♡と言ってくれました。

二人とも、一緒に過ごせたことがなんだか嬉しかった様子。

病児保育の看護師さんたちも、今日はお誕生日だったんですね、おめでとうございます!お弁当に入っていたハッピーバースデーのピック、とっても喜んでましたよ!と、にこにこ言ってくださいました。

本当に気にしているのは、自分に下す評価

はーなんかもう。子育ても仕事も、一人じゃ絶対できひんな、こうしていろんな人たちに助けてもらって見守ってもらって、子供達もそして私自身も、少しずつ成長してゆくのだな、と改めて思いました。すごくうれしかった。子育てを支えてくれる周りの人たちや、家族や、そして子供達のたくましさを知ることができて、こんな日もいいな、と思えた。

大好きなドラマSATCで、好きな回の一つが、キャリーが本を出したときやったかな、本の批評が新聞に載るんやけど、それがなかなか辛辣な批判で、キャリーは傷つく、というストーリーがある。しかもそのあと、元カレエイダンがキャリーのあとに付き合った女の子が、キャリーのことを悪く言いふらしている、という噂を聞く。で、キャリーは、その悪口を言いふらしている女の子に実際に会って、あの内容は事実と違う、というようなことを面と向かって言うのです。(多分。めっちゃうろ覚えやけど。)

けど、その時にキャリーは気づくわけですね。本当に気にしているのは、他人の評価じゃなくて、自分が自分に下す評価だと。だから批判する相手に何を言っても、しっくりこない。結局は自分で認めてあげられるかどうかだ、と、いったようなストーリー。(いやほんと違うかも、ごめんなさい。)

大好きな娘のお誕生日に病児保育に預けて、ごちそうは一切準備できなくて、晩御飯はクッタクタの煮込みうどんで、お熱の子供達と一緒にすらいられなくて、キラキラした要素は皆無のお誕生日だったこと。申し訳なく思う気持ちももちろんいっぱいいっぱいあった。

だけど、ひらりひらりと舞う桜を見たとき、にこにこ笑う子供達と歩いてタクシーを拾いに向かう帰り道。こういうのもありだな、嫌いじゃないな、と、自分で思うことができた。

あれもこれもしてあげたかったのに、あれもこれもできなかったけれど、想定外の一日だったけれど、私は本当にすっぴんでひどいかっこをしているけれど、でも、たくさんの人の愛情に触れて、あたたかさを知って、なんかいい一日だったよな、と。

こういう仕事の仕方や、こんな毎日しか送れないけれど、それをとやかく言う人はもちろんいるかもしれないけれども、でも私はこれしかできないし、私はこれでいいよな、と。大切なのは自分自身がそう思えて、そして目の前の大切な人たちがにこにこしていることだな、と。

他人の目に映る自分ではなくて、自分の心が認めてあげられる自分

キラキラした情報があふれかえっているこの時代。そして、キラキラした情報の反動かのように、心ないバッシングやヘイトスピーチやベビーカー論争やなんのかんのでなんだか少し窮屈な時代。言いたいことも言えないこんな世の中じゃぽいずんな時代。

ついつい自分の価値観を見失いそうになるけれど、大切なのは他人の目に映る自分ではなくて、自分の心が認めてあげられる自分。そして目の前にいる、大切な人が笑っていてくれること。当たり前なんやけど、改めてそんなことを思った、むすめ3歳のお誕生日でありました。

むすめお誕生日おめでとう。私に大切なことをいつもたくさん思い出させてくれて、気づかせてくれて、ありがとう。私を二人のお母さんにしてくれてありがとう。生まれてきてくれて、ありがとう。ママができることはほんの少ししかないけれど、いつまでも、ママはあなたの一番の味方です。おっきくなったらむすめが欲しがっているバッグと靴とピアスとネックレスと指輪とお洋服あげるからねうん。。。(本当に、おっきくなったらこれちょーだい♡と、のたまう3歳児。こわい。)

ランカウイ旅行記2016ー出発〜ホテル到着

7年ぶりのランカウイ

結婚したばかりの頃オットと二人で行って以来、約7年ぶりのランカウイ。いやはや7年も経つと結構いろんなことが変わるわけで、例えばこちらは子どもが二人うまれたり双子のおばになったりなんだり環境は大きく変化してるわけですが、行ってみてびっくりランカウイはほとんど何も変わっていませんでした。

まあ、年に一度か二度、10年以上行き続けている宮古島も、よく考えれば10年前とそんなに大きくは変わってないもんね。(いやマクドできたけど。これは大きな変化やけど。)

東京の変化が早いだけなのかもしれない、もしかしたら。

今回はシンガポール航空でランカウイへ。無計画な我が家にしては早い2ヶ月ほど前にエアをおさえました。えらい。(いやほんといつも直前に思いつきばっかりで。。。)

シンガポール航空はエコノミーの私たちにも優しい

シンガポール航空はまたサービスがさらにグレードアップしていて、行きも帰りも座席はものすごくきれいでした。ハブラシ&くつした(地味に嬉しい)ももらえるし。エコノミーなのに。あと映画みるやつがめっちゃ多機能。相変わらず私は映画見ずにずっと本読んでたけど。。でも、子供達にはちゃんと子ども用の小さなヘッドフォンを貸してくれました。エコノミーなのに。あと、こどもたちにくれるおもちゃが「アーロと少年」とディズニープリンセスのお絵描き帳&色鉛筆セットで、子供達のテンションがめっちゃあがっておりました。さすがシンガポール航空。なんせエコノミーのわたしたちにも優しい。

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前回の海外が、一人で子ども二人(当時4歳・1歳)を連れてのニューヨークまでのフライトというとんでもない旅だったので、それと比べるともう信じられないくらいもう2歳児が神様かと思うくらいに楽なフライトでした。いやほんとめっちゃ楽。のりつぎのシンガポールまでの7時間半、結構あっという間でありました。

下の娘がもうすぐ3歳なのですが、やっぱり3歳になると移動が格段に楽になる気がする。ほっといても一人でヘッドホンつけて映画とかアニメ(最近やたらお気に入りのプリンセスソフィア)をみてくれるので、こっちはほんとほとんど本を読んで過ごしておりました。しかも夜便だったので、気づけば勝手にねていた。すごいぞ3歳いけいけ3歳。たぶん狙い目です、下が3歳。

チャンギ空港でシャワー!がおすすめ

シンガポール航空というわけでシンガポールのチャンギ空港で乗り継ぎ。ちなみにチャンギ空港の免税店をいくつか見ましたが、成田とか銀座三越の上(に、免税店ができたのですよ!日本在住でも、海外へ行く航空券とパスポートがあればお買い物できます。ゆっくり見られるのでめっちゃ楽しいです。)の方がお買い得だった気がします。前はシンガポールの方が安かったのになー。まだまだ円安です。

と、いうわけでそんなにお買い物するものもないので、ふらふらZARA(が、あった!)のぞいたり、トランジットホテルでシャワーあびたりして時間をつぶしました。ハブ空港というわけで、大変充実しているチャンギ空港。トランジットの時間も退屈せずに過ごせます。ちなみにトランジットホテルのシャワー、めっちゃおすすめです。仕事後そのまま向かったので、ここですっきりできたのはかなりありがたかった。

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シンガポールからは約1時間半でランカウイに到着です。

空港を降りた瞬間の空気が好き

ランカウイ空港の外に降り立った瞬間、アジアのもわっとした気温に包まれる。(何と言ってもランカウイは飛行機から直接外に降りて歩いて空港の建物へ向かいます。こういうところがまた良い。)ランカウイはちょうど乾季で(たぶん。何も考えてなかったけど、たぶん。)すごく過ごしやすい気候だったのだけれど、それでもこの東京との気温差を感じられる暑さがすごく好き。

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タクシーでホテルへ向かう途中、ぼーっと現地の景色を眺めていると、あー東南アジアへ来たなーと、旅情を感じられる。プレハブのような家の軒先でお母さんが子どもを抱っこしながら洗濯物を干していて、なんかその景色がとても印象的でした。アジアの日常的な光景がなんかすごく好き。原風景みたいなものなのかなあ。

でもなぜか、走っている車がびっくりするくらいにきれいでした。前にきたときはこんなことなくていわゆるアジアの島のおんぼろ中古車ばっかりやった気がするんやけど。トヨタとか日産の新車がびゅんびゅん走ってました。牧歌的な風景にぴかぴかした車がやけに目立って見えた。なんかものすごく経済が潤うようなことでもあったのだろうか。それでもまあやっぱりランカウイの人たちはぜんぜんがつがつしてなくてのんびりしててまあ車がきれいでもそうじゃなくてもどっちでもいいような感じではあったけど。でも田舎道の牛の横をびゅんびゅん新車が走っている理由はとても気になりました。何があったランカウイ。

それ以外は特に変わったところもなくて、のーんびりまーーーーーったりの相変わらずの島です。なんか、例えば西表島とかのように、圧倒されるほど自然の力が強いとかそういうことがなくて、島の自然自体もすごく優しい感じがする。だから人々もすごく穏やかに思える。島っていうのは古くからいろんな災害もあったやろうし、神様にお祈りすることもたくさんあっただろうと思うんやけど、ランカウイは(イスラム教の島だけれど)宗教色もバリとかよりも薄い気がなんとなくする。とにかくのんびりまったりしているのです、ランカウイというところは。

てきとーでなくおだやかなランカウイの人たち(すばらしい)

で、わたしはこういうのんびりしたところがやっぱりすごく好きなんだなあと思う。のんびりした空気、のんびりした人。ランカウイののんびりっていうのは、島にありがちな「てきとー」なのんびりではなくて、「おだやか」なのんびり、という感じがする。なんといってもホテルにメールで問い合わせたらすぐに返信かえってきてびびったからね。たぶん宮古島ですらこんなすぐにはメール返ってこないんじゃないかと思う。いやうんほんと。てきとーでなくておだやかなだな、ランカウイの人たち。すばらしいことだそれって。ちなみにわたしはおだやかではなくてきとーですけど。

ホテルはランカウイの端っこにあるタンジュンルーリゾートへ。

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今回はじめて、オールインクルーシブというものを体験したのですがもう最高でした。アルコールは除外なのですが、3つのレストランの食事とプールサイドでの食事や飲み物が飲み放題食べ放題。今回はほんとうにほとんどの時間をホテルで過ごしたので、このシステムはとってもありがたかったです。泳いでちょっと疲れたらプールサイドで南国のフルーツジュース飲んでまったりして。夜はリーディングルームでカプチーノ飲みながら本読んで。まあおかげさまで2kgくらい肥えて帰ってきましたけど。

3月24日、母の命日に。

新しいいのち。

先日、母の命日だったのでお花を買って帰りました。

私はカサブランカとか、カラーとか、白×緑のお花が大好きなのだけれど、この日はなんとなく母のイメージに合わせてピンクと白のお花を。

あれから9年。もう泣くこともそんなになくなってきたけれど、やっぱり今日はちょっとさみしいなー、人は孤独な生き物だなーぐすん、とか思いながら一人で歩いていた帰り道。

ふと携帯を見たら、大好きな友人の赤ちゃんが生まれたというお知らせが入っていました。

哀しい思い出がたくさんあった母の命日に、新しい命がまた生まれてきてくれた。もちろん偶然でしかないんやけど、それはとてもとても嬉しいことで、銀座のど真ん中でぽろぽろ泣いてしまった。

哀しみっていうのは多分、消えるということはないものなのだろうなと思う。あの頃私は世の中で一番かわいそうだみたいな顔をしていて(それは今思うとものすごく恥ずかしいことなのだけれど。)そしてもちろん実際哀しかったけれど、それでも世の中にはもっともっと、私にはちょっと想像もつかないくらいの哀しみや痛みであふれている。

例えば、今ならわかるけれど、「母」を亡くした私よりも、「娘」を亡くした祖父や祖母の気持ちは、私よりももっともっとやりきれないものだったにちがいない。自分が母親になった今は、それが少しわかる。子供が自分より先にいなくなるということは、きっと何よりも辛いことだと思うから。

哀しみが消えることはないけれど、うれしいことは積み重なっていく

世界中にはたくさんの痛みがあって、哀しみがあって、それはきっと消えることは一生ないのだろうと思います。

それでも。哀しみは、決して消えることはないけれど、その分、その隣で、うれしいことや幸せなことは、積み重なってゆく。それは確実なこと。哀しみのど真ん中にいるときは、そんなことに気づきもしないけれど、1年後、2年後、10年後、少しずつ、少しずつ、うれしいことや、幸せな思い出が、増えてゆく。小さな大切な命がまた、今日も生まれている。

家に帰ったら、子供たちが、お空のばあばに向かってたくさん話しかけてくれました。

「ばあばー、おはなきれいだねー!」「ばあばーみて、このおよーふくかわいいでしょー!」「ばあばー、サッカーしよー!ボールけるよー!」などなどまあ騒がしいこと。

本当は、ばあばにこの姿をみて欲しかったと思うけれど。それが本心だけれど。そしてそれが、私がこの先ずっと抱えてゆく痛みなのだろうと思うけれど。でも、同時に、こんな風にこどもたちが無邪気ににぎやかに、お空のばあばに向かって話しかけてくれるかわいい姿をみられるというのは、とてもとても幸せなことだなと思った。あの日の私にはこんなこと想像もつかなかったけれど、今、この子たちがいてくれて、本当によかったと思う。

今も世界中には、戦争で、テロで、震災で、(並べるものではないけれど。)大切な人を亡くした人がたくさんいらっしゃいます。大切な故郷に戻れなくなった人がたくさんいらっしゃいます。

降りかかる哀しみが消えることは決してないと思う。戻ったように見える日常にも、ぽっかりあいた穴をふと感じて立ち止まって泣いてしまう日はいつまでたっても訪れるのだろうと思う。

理不尽さと、どう折り合いをつければいいのかわからずに、自分を責めてしまう日があると思う。

でもどうか、亡くなった大切な人が愛してくれた自分を責めないで、そういう自分を存分に大切にして、日々を歩んでいってほしいなと勝手ながら思います。

そうしていれば、痛みのとなりで、喜びや幸せは、積み重なってゆくから。そしてそれは、すばらしいことだと思うから。さよならをした大切な人も、それを知ってきっとどこかで笑ってくれていると思うから。

3月24日。とても幸せな、大切な日に。

ランカウイにて思うこと。

朝5時に起きて一人で遊んでいたものの二度寝した息子と、入れ違いで6時に目が覚めて、一人でバルコニーでビール飲みながら書いた文章です。

(ただしお部屋はWiFiがつながらないので投稿は時間差。)

二回目のランカウイ。過去の自分のブログをみて、そのときチャーターしたタクシーの運転手さんに、「子供はとってもかわいいよ。僕も5歳と2歳の子供がいるんだけど、ミスター&ミセスも、子供ができたらまたランカウイに一緒においでよ!」と、言ってくれていたことを思い出した。あれから7年弱。ほんとに5歳と2歳の我が子と一緒にくることになろうとは。人生は悪くない。

アジアの島の空気がやっぱり好き

アジアの島が学生の頃からとにかく好きで、学生の頃から半ばバックパックのような形でいろんな島にいったけれど、ランカウイが一番親切ですごしやすい島のような気がします。
バリをもーーーーーっと田舎にした感じ。タイのサムイ島やパンガン島のように、バックパッカーであふれかえってビーチにはトップレスのおねーちゃんがいっぱいいる、ということもない。(あの島はあの島であまりに怠惰で大好きやったけれど、今はまた変わっているのかな。)

アジアにありがちな「ぼったくり精神」がほんとに皆無で、タクシーだって定額で連れて行ってくれる。誰もかれもが親切で、例えばカンボジアのプノンペンで出会う人出会う人全員に騙されたようなことはまず起こらない。(すごいのだプノンペンという場所は。もう10年前のことやから今は違っているのかな。)

なんとなくなのだけれど、世は空前のハワイブームのような気がしていて、いやそんなものはバブルの頃からだと言われればそれまでなのだけれど、10年前と比べてなんとなく海外旅行=ハワイ、のような形が強くなってきているような気がなんとなーくしている。
南国好きかつお洋服ならびにお買い物好きといたしましては、もちろんハワイは夢の国で、なんでもあるのに実は田舎なハワイ、というのが私も当然のごとく大好きです。

ただ私は、土地そのものとしてはハワイよりもアジアの島々の方が、個人的には好きなのだなあと思う。それは学生の頃からやっぱり変わらない。なんだかんだ繰り返しよく行くのはハワイなので、思い出もたくさん積もっていくし、行くたびに子どもの成長を感じられるし、(お買い物も楽しいし、)トータルで見てハワイという島々に思い入れはもちろんあるのだけれど、やっぱりアジアの島々の空気感が肌に合うな、と、来るたびに思う。私はアジア人なんだなーと、思ったりする。

ランカウイは特に、ほんとうに何もなくて、なんせこの決算期の忙しい時期に二人して休みをとる夫婦なんて日本でうちくらいなんじゃないかと思えるレベルで日本人にも会わない。

でも「なにもない」というのは、普段東京で情報の波にのまれながらせわしなく過ごしている私にとっては、究極のぜいたくなのだなと思う。

なにもないからホテルのプールでだらだらするしかない。プールサイドで海見てビール飲みながら本読むしかない。(そこではネットもつながらない仕事のメールも読めない。)あれしなきゃ、これしなきゃ、ここもいっとかなきゃ、と、思わずに過ごせる時間、というのは、私みたいな人間にとってはものすごく大切だ。

一人旅、と、家族旅、実は大きく変わらない

一人旅をしていた頃(涙なしには語れない貧乏旅行の数々・・・)、オットと結婚して、二人でよく旅行をするようになった頃、そして子どもたちを連れて家族旅行をするようになった今。

一緒に旅する人は変わってきたけれど、それでもやっぱり、私が旅すること、旅が好きなことの、本質的な理由や意味は、結局なんにも変わらないのだなと実感する。子どもたちと一緒に行って楽しいところは、私が一人で行って楽しかったところやオットと二人で行って楽しかったところと、ほとんどそんなに変わらないから。

たぶん子どもを生む前の私には想像もつかなかったと思うけれど、子どもたちもまた、そうした場所にきて、とても楽しそうに笑って過ごしてくれる。(いやもちろん調子に乗って私に叱られまくってはいますけどねええ。)

子どもを生む、という経験はたしかにものすごくドラマチックで出産そのものにしてもまあ大仕事でインパクトのあるものだったけれども、それでもなんというか、人生のうちのほんの一部分というか、流れの中で自然に起こった一つのできごとにすぎないのだな、とも、思ったりします。

大切なものが、大切な人の人生が、自分の人生にそっと加わったような。それを最大限大切にしつつ、でもそれを気負いすぎず、それで起こった変化をまるごとそっと受け止めて、まいっかと思いながら過ごしてゆく。子育てってもしかしたらそんなものなのかなーと、思ったりする。

子どもがいる人生、いない人生、それぞれの幸せの形

すごくセンシティブなことなのでうまく言えているか自信はないのだけれど。つまり、例えば子どもを持たない人生というのも、それはそれですごく自然な一つの選択なのだろう、と私は思う。

あれは中学生の頃やったと思うんやけど、母の友達がご夫婦でされている喫茶店に家族で訪れて、そのとき母に、子どもを生まなくても、幸せな人生ってあるんだよ。まいちゃんがこの先そういう人生を選んだとしても、それはそれでいいんだよ。と、いう話をされたことがあります。

母はまあとにかく人からいろんな相談を受ける人だったので、そういった悩みもたくさん聞いていたんやろうなあと、今はなんとなく思う。

でもその頃はもちろんそんなのよくわからなくて。なんとなく、そうなのかー私も子どもを生まないかもしれないなーと思っていた。そしてそれは、大人になっても自分の根っこにずっとあった。

夫婦二人でも(もしかしたら一人でも)幸せに過ごす人生もある、というのは、それから自分の中で一つの覚書みたいにしてずっと残っていた。

それでもいろんな偶然が重なって、私はオットと子ども二人と過ごす人生を生きているけど、でもそれはやっぱり偶然で奇跡のようなもので、自分の人生に、大切な人の人生がそっと並走し始めた、という感じがする。それはもちろん幸せなことだし、大切に大切にしていきたいけれど、それは私にとっての幸せの形であって、誰かにとっての幸せの形の答えでは決してないと思う。

自分で選んだものを大切にすること、誰かの選んだものを否定しないこと

幸せなんて結局、だれかが決められることじゃないもんね。そんなの当たり前やけど。なんでもある(ように見える)日本の暮らしが、東京の暮らしが、ランカウイや、例えば宮古島の暮らしよりも幸せだなんて、それはだれかに決められることじゃない。

なんでも「自分自身で選ぶ」ということを私はすごく大切に思っているけれど、同時に、「誰かの選んだもの」を否定する権利は決してないと思っています。自分の選んだものだけが正しいと思うことは、実はすごくこわいことだったりすると思うから。もしかしてあのとき母が言いたかったことは、そういうことなのかもしれないと、思ったりもする。

そんなことを朝の6時からバルコニーでだらだらビール飲みながら思いました。
いやほんと私のこの旅の過ごし方一人旅の頃とかわりませんねええ。

背負うものがあっても、それがなくても、背負うものが背中から降りて一人で歩き始めても、肩の力を抜いて、そのときあるものを受け入れてまっすぐ生きていたいものです。それには、なーんにもしない旅を少しずつ加えてゆくことが必要だなうん。

子連れ冬の京都嵐山。その2

嵐山旅行記の続き。その1はこちら→子連れ冬の京都嵐山。その1

この日はわたしの大好きなお寺を目指してみんなでおさんぽ。

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竹林を抜けて、小倉山二尊院へ。

ダウンタウンととんねるずとウンナン大集合感のある仏像に会えない

ここの阿弥陀如来と釈迦如来の二尊像がすばらしくてですね。。。

阿弥陀さんとお釈迦さんの二尊像というのはもう、言うなればいいとも最終回でダウンタウンととんねるずとウンナンが全員集合したときのようなそんな素晴らしさが。いいんですとっても。

というわけでなかば強引に家族を引き連れてわたしだけわくわくしながら来たわけですが。

着いてみるとなんと本堂改装中。「お庭だけなら見てもらえるんですけど、すみません」とお寺の方。

嵐山の街中から二尊院のあたりまでというのは、歩くと結構な距離があるもので、ここまで来て会えないのかダウンタウン!じゃなかった二尊像!と、もちろんショックをうけましたが。

いやはや、見仏でお寺を回るとこういうことは意外と結構しょっちゅうあるものでして。オットとかは事前に調べとけばいいのにって苦笑いやけど。

見仏が子連れになってからはなおさら、なんとなく、仏像を見に行くときくらいはあまり周到に準備せずふらりと行きたいなあという思いがどこかにあって、(普段はやっぱり色々準備が必要なので。子連れというものは。) 行ってだめなら仕方ない、そういうもんだ、と、思えるようになってきたというか、これを通してそういう精神を鍛えているような気がします、わたし。

唐招提寺の千手観音に4年越しに会えた感動

そういえば前にも奈良の唐招提寺に千手観音を見にいったときに、改装中で会えずじまい、ということがありました。そのときも、たしか工事期間が残り4年くらいあって。(だいたいお寺の改装というのはどえらい時間がかかる。)

じゃあまた4年後に来よう、と心に誓って、4年越しに会えた千手観音様ときたらこれはもう。涙がでるほどかっこよかった。会えない時間が愛育てるのさ的な。(それはもはや病気)

そういったわけで、改装が終わったらまた会いにこよう、二尊像。それまでの楽しみにとっておきます。

ところで関係ないけど唐招提寺の千手観音はほんとうに圧巻です。千手観音って、千手と言いつつそのほとんどが手は42本なのですが、唐招提寺の千手観音ときたらほんとにあるんです、(ほぼ)千本。手が。

これはねもう圧巻。ウルトラマンは仏像からインスピレーションを受けたと言いますが、それめっちゃわかる。ウルトラマン的かっこよさというか。なんかあーいう男子がわくわくしそうなかっこよさを秘めている。仏像。

あと唐招提寺に限らず、そもそも奈良のお寺って規模が京都よりもでかいところが多くて、そのくせ仏像との距離が近くて、見仏には京都よりもおすすめのお寺が多数です。

。。。えっと話がめっちゃそれましたが。

きっといつかこの旅も懐かしく思い出す

そんなわけで本堂に入れないと聞いた妹と父は赤子とうちの息子を連れて近くの喫茶店で休んでいるとのことだったので、オットとむすめと三人でお庭に入ることにしました。この組み合わせめずらしい。息子とオットと三人、という時間はもちろんあったけれど、むすめはパパとママを独り占めできることってそうそうないもんね。なんだかちょっとうれしそうでした。行ったとこはお寺ですけど。

外人さんのピースに憧れたむすめ。このあと二人で何度もピースしあって爆笑してた。ありがとう外人さん。

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そしてこの本堂に続く階段がすごく好きです。このお寺。

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この図、なんだかデジャブやなーと思ったんやけど、むすめがおなかにいる頃、雪降る中一度息子と二人でも訪れて、そのときも同じような構図で写真を撮ったのでした。

おなかの中に新しい命を抱いて、そしてこれから一人っ子ではなくなる息子の手をひいて訪れるお寺での静かな時間。その年の冬の嵐山はほんとあほほど寒かったけれども、それでも息子と二人きりの時間がとってもあたたかかったことを覚えています。

しあわせのど真ん中で「今がしあわせだ」と実感できることはほとんどなくて、こうして振り返ってみて改めて、その時間が持つあたたかさやそして儚さを、じーんと思い出したりできるもの。子育てなんてほんとうにそのくり返だと思います。美しいものが、二度と手に入らないものだったりするのと同じですね。

そうそう、息子と初めて「向き合って」ご飯を食べたのも、このときの嵐山でした。

慌ただしく過ぎてく毎日だけれど、小さな非日常はやっぱり心の隅に残りやすいし、ふとした時に成長を感じられるきっかけとして思い出されるものかもしれない。だからやっぱり小さなこの子たちの手をひいても、たまには遠くへでかけたいな、と思うのです。それはもしかしたら、子供たちがきっとすぐに大きくなって、この手から離れてしまうと心のどこかで知っている自分の、小さな焦りのようなものかもしれないけれど。

きっとわたしはいつか、この嵐山のことを思い出してとてもなつかしく思うんだろうなあと思いながら。

今日も絶賛反抗期の5歳児といやいやきをようやく脱しようとする2歳児との攻防に明け暮れるわけです。あーがんばろ。

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