小学一年生、いつまでランドセルの中身を確認する?

また私のズボラが露呈する

このあいだ、息子の小学校のお母さんたちと集まる機会があり、その時に「いつまで子供のランドセルの中身(必要なものがちゃんと入っているか)、いちいちチェックしなきゃいけないのかな?という話になった。

そこで私は初めて知った。

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5月、子どもたちに励まされる

ヘトヘト5月、息子がいいこと言う。

なんと5月も終わり、もう6月。5月病とはよく言ったもので、四月の疲れや緊張はやはり、ここに来てじわじわ効いてくるものらしい。

子どもはいたって元気で環境にも適応しているけれど、かあさんはもろもろヘトヘト。仕事も小学校周りの行事もヘトヘト。そしてそういう時に限って、しょーもないミスをしたり、なんだかうまくいかないことが重なったりで、うーむなんか今日は色々しっくりいかったなあ、という日が続いたりした。

そういう時、私はとにかく子どもたちにそれを話す。ママなんか今日は元気ないわーとか、仕事でこういうことあってさーおつかれです。とか。なんだって話すと楽になったりするじゃないですか。母さんだって人間なので、子どもたちに弱音も吐きまくる。

そうしたら、普段はすぐ口答えする息子が言ってくれた。

「あのねママ、今日はいやなことばっかりあるなーって思っちゃったら、どんどんいやなことが増えていくんだって。何してても、いやだなーって思っちゃうんだって。そういうのガンって言うんだって。だからね、今日はいいこといっぱいあるなーって思った方がいいんだよ!」と。なんかいいこと風のことを言う。

そして、こう続けてくれた。

「あのねぼく、おっきいばあばがお空にいっちゃってすごく悲しくてね、思い出して泣きたくなっちゃうんだけどね、でも校庭で野球したりバスケしたり、いっぱい遊んだら、元気になるんだよ!」と。なんか泣けることを言う。

ほんとだなあと思って。「何かうまくいかないなあ」というのは、あくまでも自分の心持ちなわけで、「いい一日だったなあ」と思うのも、「うまくいかなかったなあ」と思うのも、自分なのだ。まあそうは言っても、しんどい時に無理に笑うとか、空元気でいろとか、そういうことでは全然なくて、つかれてるなあ私、ときちんと認めてあげながら、でもなあこういうところはがんばったよなーとか、こういういいことはあったよなあとか、良き面にも目を向けてあげようとすることって、ほんとに大切かもしれない、と思いました。

仕事で嫌なことがあっても、子どもたちを見てたらかわいくて癒されてまあいいか、と思うことは今までも結構あったけれど、子どもの言葉に本当にちゃんと励まされたというのは、なんだか成長を感じた瞬間であった。

そして息子のかわいいお友達にも励まされる。

しかしまあ色々あるもので、しっくりこない日と、今日はうまくいった!みたいな日が交互に訪れる、みたいなのが5月の1か月だったように思う。それはそれでまあほんと疲れるもので、(どんだけだ。)クタクタになりながら、お迎え前の一瞬の時間でスーパーで晩ご飯のお買い物をしていた時。「Kくんママ!」と、呼ぶ声が聞こえた。振り向くと、息子と保育園が同じだった、かわいいかわいい(まじで美人)女の子。小学校は離れてしまったので、ちょっと久々に会ったのだけれど、あいかわずかわいくて、にこにこしていて、いつものにこにこ笑顔のままこっちを向いて手を振ってくれていた。

「Kちゃん!久しぶり!あれ、一人?」って聞くと、「ううん、ママ今スーパーでお買い物してるからここで待ってるの!」って答えてくれて、「そっかそっか!息子君にもKちゃんに会ったって言っとくね!」っていうと、「うん!」と嬉しそうに答えてくれた。

息子も、私も、大好きだった園の、大好きな、お友達。息子がいないところで、私に気づいて、私に向かってKくんママ!って声をかけてくれた。私はもしかしたらこの街で、小さなかわいいお友達もたくさんできたのかもしれないな。って思うと、なんだかすごく嬉しかった。

朝、保育園にむすめを送りとどけて、駅に向かう途中、いろんな人とすれ違って挨拶をする。保育園の先生たちや、近所のママたちや、息子の友達や、むすめの友達のママ。とにかくたくさんの人と、おはよう!っていい合う。都心のこの街で、こんなコミュニケーションが取れるのは、それはすごく、豊かなことだなと思う。子どもたちは私に、こういういろんなつながりを作ってくれたんだなと改めて思う。

働いているママがほとんどだから、なかなか毎日ゆっくり話せるというわけじゃない。仕事の悩みを深く相談するわけでもない。だけど、同じくらいの子どもを育てて、日々慌ただしく過ごして、新生活の4月と5月を乗り切って、それでおはよう、おつかれさま、と言い合えるのは、なんだかそれだけで、ちょっとした励みになる。みんな色々あったよね、けど頑張ったよねおつかれさま、と。

それはママたちだけじゃなくて、息子の友達だってそうなんだ。小学生になって少しずつ手が離れて行き、一人で行動することも増えてきた子どもたち。ママと一緒じゃない時、私も息子と一緒じゃない時に、息子の友達に会うと、なんか、あーこの子たちも大きくなったな、と思う。気をつけて行っておいで、とか、おつかれさま、とか声をかけながら、妙にじーんとしてしまう。みんなおっきくなったな。そして、息子やママを通じなくても、私と会話してくれるんだな。そういう関係を結んでこられたんだな、嬉しいな。そしてみんな新しい場所で、頑張ってるな、うん、がんばれがんばれ。と、しみじみ思う。

それで、思う。こうして知らず知らずに励みになってくれる子どもたちは、それは自分の子に限らず、この街で出会った子どもたちは、もう立派な個人なのだな、と。それは生まれた時からなのだけれど、それにしてもやっぱりこれくらいになるとぐんと、個性を持った、素晴らしい個人なのだ、と、改めて思う。大人の方が、偉いとか、知識があるとか、そんなこともう全然ないな、と。

ちゃんと向き合って、尊重して、会話していこうと改めて思う。田舎で育った私が見つけた、新しい、大切な場所で育つ、大切な子供達と。地域って、やっぱりいいものだ。

 

6歳児と歌舞伎を観に行ってみた

ひょんなことから息子がカブキの優待券をもらってきて、カブキをみにいきたい!と、言い出した。

「解説講座つきプラン」がとてもいい。

息子は映画ですら怖くて見られなくて、トイストーリーですら「もう観ない・・・」と言い出すというのに。絶対カブキがなんぞやなどわかっていない。けれども、せっかく「いきたい!」と言い出したのだから、ここは折角だからちょっと観に行ってみよう。と、いうことになった。

とはいえ、私が歌舞伎を観たのは、女子高生時代に学校行事で1回と(と、思い出しながら思ったのだけれど、あれは歌舞伎じゃなくて能と狂言だった気がするし少なくともその区別がつかないくらいには全く興味がなかった。)、新入社員の頃ものすごく歌舞伎好きの上司に連れられて行ったのが1回。それ以来もう、10年以上観ていない。もちろん知識も何も皆無。古典芸能とかもう、遠い世界すぎる。

いろいろ調べてみると、明治座の花形歌舞伎は6歳から有料で、5歳以下は入場できないとのこと。息子はギリギリ行けるというわけですね。(だから優待券もらってきたのだと思うけれど。)

でもなあ6歳児が急に行って楽しめるもんでも正直ないよなあ、絶対怖がるし。。。どうしたもんかなー、と、思っていたら見つけたのが、明治座の「歌舞伎解説講座つきプラン」というもの。通常大人向けのプランなのですが、1日だけ、対象を小学生とその保護者にしている日があったのです。しかもそのプランなら、小学生は1等席が解説もついて5000円!(通常1等席は13000円)もうこれしかないということで速攻で明治座に電話して予約をしました。(もはや講座つき云々より5000円に惹かれて。)

講座を聞いてすっかり八犬士にはまった息子が、八犬士の漢字練習に励んでいた。

この小学生向けの歌舞伎解説講座が、ものすごーーーーーくわかりやすくてよかった。イヤホンガイドの声を担当しているお姉さんが、その日の演目である「里見八犬伝」について、作者の人となりから始まり(里見八犬伝の作者は「滝沢馬琴」って習った記憶があるのに今は「曲亭馬琴」って教えているそーです。誰かと思った。)大まかなあらすじや、見どころ、そしてなぜそれが見どころなのか、「だんまり」とか「立廻り」とか、歌舞伎ならではの面白さや奥深さも交えながらすごくわかりやすく教えてくれた。小学生でもわかるように説明してくれたので、もちろん10年ぶりに歌舞伎を観る母さんにとってもありがたかった。

1時間弱ほど、講義を聞いて、いざ会場へ。1等席というのがこれまた素晴らしくて、舞台目の前の席、どまんなかで贅沢に観ることができました。やっぱりこういうものは、高いことには意味があるものですね。3000円の三等席でいいよ。。と、思っていたけれど、一等席の価値はものすごくよくわかった。

イヤホンガイドもすごくいい。

そして、なんせイヤホンガイドの声のお姉さんの講座だったのでイヤホンガイドを勧められたわけですが(700円)、これもまた本当によくできていた。決して邪魔にならないタイミングと声で、すごくわかりやすくその場面を説明してくれる。解説講座とイヤホンガイドのおかげで、歌舞伎をきちんとストーリーとして楽しむことができた。あれがなければ「お話」自体を理解することはなかなか難しかったと思う。私も息子も。

そして歌舞伎というのはほんとに見どころというか見せ場に溢れるもので、というか見せ場がすごくわかりやすくて、役者さんたちがビシ!っと決める時に、ほんとに自然に拍手してしまう。変な話だけれど、もしスマホで撮影可とかなら、このご時世みんなバシバシ撮ってしまうと思う。いやありえないけれども例えとして。そういう、誰にでもわかりやすい「見せ場」が、たくさんあって見ごたえがある。そしてやっぱり、所作に無駄がなくて美しい。独特な世界だと思うけれども、やっぱりそういうところで鍛えている人たちの動きというのものすごく洗練されていてすっかり魅了されてしまった。

今回の舞台は、化け猫が出てきたり幽霊が出てきたり生首が飛んだり(!)、結構怖い場面もたくさんあって、何と言ってもトイストーリーですら怖い、なんならアンパンマンの映画すら怖いという息子は途中心が折れ、「これいつ終わるの・・・もう帰ろう・・・」と、言い出しました。せっかくだから最後まで観たいけれど、無理に見せるのもなあ、しかし私は最後まで観たい・・・パパに迎えに来てもらおうか・・・とか色々考えていたのだけれど、1回目の休憩時間に、売店でいっぱい試食して美味しいカレー豆を買って、アイスも買って食べたところ、すっかりご機嫌になり、「これからチューバンで、またきゅうけいして、その後後半でしょ?それなら観れる!」と言い出したので、しめしめと結局最後まで二人で観ました。

そして休憩時間までもいい。

この休憩(30分)がまた楽しくて、母さんはビールを頼んで(なんかグラスの下からビールが出てくる不思議な仕組みであった。すごかった。)息子はアイスを食べて、あそこ面白かったねとか、イヤホンガイドのおねーさんが教えてくれた「だんまり」はあの場面だったね、とか、ところで中村隼人はかっこ良すぎないかとか、そういう話をしながらビールを飲んでいると、なんだこれはデートですか、みたいな感じで大変にわくわくしました。今観たものを、二人でじっくり共有できるっていうのは、これは成長したからこそで、うれしいなあ、こういう時間も持てるようになったのだなあと、しみじみ思った。

2回目の休憩では、劇場内の喫茶店で明治座特性という和風サンドイッチなるものを食べました。キュウリ、かまぼこ、海苔、チーズの挟まったサンドイッチで、これがなかなかおいしかった。薄く切ったかまぼこと海苔の組み合わせ、キュウリの歯ごたえ、そこにいい味を出してくるチーズ。家でも作ろう、これ。

第3幕はさすがの見せ場だらけで、愛之助さんもすっかり私が魅了された中村隼人もとにかくかっこよかった。歌舞伎がこんなにかっこいいとは思わなんだ。訓練され、洗練された美というのはすごいですね。胸を打つ。

そんなこんなであっという間の四時間。今回二人で楽しめたのは、詳しい人の講座を聞いて、イヤホンガイドをつけて、観劇したというところがやっぱり大きいと思う。この歳になって、そして母になって改めて、わからないものはわからないと言うとか、詳しい人に教えてもらうとか、当たり前だけどその大切さを改めて知ったような気がする。歌舞伎も里見八犬伝も全然知らないけど、ということを自分でちゃんとわかった上で行ったからこそ楽しめたのかもなあと思う。いや本当に当たり前なのだけれど、「わからない」「知らない」ということを知る、というのは、実は少しの抵抗があるものかもしれないから。

だから全然わからない人向けに、イヤホンガイドなるものを準備してくれたことも、小学生にも観てもらおう、と工夫をしてくれたことも、なんか歌舞伎界ありがとう、と、思った。イヤホンガイドなんて、小学生なんて、邪道だ。と、切り捨てるのではなく、古典芸能の間口を広げようとするのはやっぱり素晴らしいことだと思います。ありがとう歌舞伎界。

というわけで本当にすっかり歌舞伎の魅力にはまって帰ってきました。息子と二人で観られた、というのが本当によかった。かなりオススメです、子供と歌舞伎。そして息子にまた今度一緒にいこーね♡と、言ったところ、「えー、来年くらいね。」と、クールに返されました。来年か・・・

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免許更新という異空間とまさし

こないだ免許更新へ行ってきました。・・・機嫌が切れて半年もたったギリギリのタイミングで。いやほんと生きてく力が著しく欠如していてすみません。

免許がとても切れている

3か月ほど前、オットに、「ねーまいちゃん、この免許とても切れているよ。」と謎の日本語で指摘され、とても切れているとかいう表現がこの世であるわけないじゃないかと思い免許証を見てみたところ、全くもってとても切れていた。期限が。その時点で3か月ばかり。これはもう、とても切れている。

が。しかし。私が苦手な場所ランキングワースト3は、税務署、区役所、銀行、なんですけど、まあつまるところあらゆる事務手続きの生じる場所がことごとく苦手でして、できることならそれらの場所に近づかずに穏便に済ませたいと日々思いながら生活しておりまして、そういった私にとって免許更新センターなんてものは奥様もう。ワースト3に限りなく近い場所に君臨される場所なのである。自慢じゃないけど。いやほんとうに自慢じゃない。

で、生きていく力が著しく欠如している私は(それを人はズボラだと呼ぶのかもしれないがこれは生きていく力の欠如であって本人にはどうしようもできない事象なのである)できるだけ延ばし延ばしにしていた。その恐ろしい場所へ近づく日を。恐ろしい場所っていうのはつまるところ免許更新センターなんですけど。

しかしです。聞くところによると、免許失効後(失効という単語がなんとも自分のダメさ加減を表してくれている)半年以上経つと、何やらもっと面倒な手続きが必要になるらしい。ただただ免許更新センターへ行くのですらこんなに足が重かった私にとって、「何やらもっと面倒な手続き」とかいうものは恐ろしすぎる。「何やらもっと面倒な手続き」が何なのかをググる手間すら面倒くさいからググりはしないがとにかくめんど・・・じゃなくて恐ろしすぎる。

だからとうとう、更新へ行くことにした。5か月と3週間が過ぎた、ある晴れた日に。ものすごく、えらい。

世の中にはいろんな窓口がある

まずもってついて早々、受付がどこかがわからない。みんな並んでるけどそれが何かがわからない。何とかたどり着いた「失効した人」専用窓口のようなところで(世の中にはいろんな専用窓口がある)婦警さんに「なぜ失効してこんなにほったらかしておいたのですか。」というようなことを聞かれる。実際はそんな風には言われていないのですが、なんだか叱られたような気になる。

「大変申し訳ございません住所変更を(面倒で)しておらず、更新のハガキが自宅に届いておりませんでした。よって、期限が切れていることもさっぱり気づいておりませんでした。大変申し訳ございません。」

と申したところ(謝って済むのであればいくらでも謝る。大人だから。)「そうですね、住所変更をしないとハガキは届きませんね。きちんと変更してください。あと面倒だとばかり思うのは大人としてどうかと思いますよ。」と、言われる。(後半部分は言われていないが婦警さんの顔に書かれている)

「大変申し訳ございません以後気をつけます。しかし面倒だと思うのは私に生きていく力が著しく欠如している結果であって如何ともし難く存じます。」と、答える。(後半部分は口にはしていないが顔に書いておいた)

しかし婦警さんというのはおそらく、私のように生きていく力が著しく欠如している人(人はそれをズボラと呼ぶが)にきっとものすごく慣れていらっしゃるわけで、それ以降一切表情を変えず、ではこのまま写真撮影の窓口に進んでください。と、言われる。(世の中には本当にいろんな窓口がある)

その後、これをルーティンと呼ばずしてなんと呼ぶという流れに乗り、身を任せ、あれよあれよという間に、講習の教室に座らされていた。いかんせん私は免許を失効した立場であり、優良者講習ではなかったため(そういえば前までゴールドだったのにゴールドじゃなくなった。)1時間だったか1時間半だったかの講習の教室に座らされたわけですが。

なんというかそれが。ものすごく不思議な空間であった。

そしてまさしへ

ふつう「教室」というのは、何かしらの共通点を持つ人が集まる場である。小学校であれば、だいたいは同じ区域に住み、少なくとも年齢が同じ同級生が集まる。大学であれば、同じ受験を突破した、同じような偏差値の人が集まる。何らかのセミナーであれば、そのセミナーに興味を持つ人が集まる。TOEICの試験会場であれば、多かれ少なかれ英語を必要とする人が集まる。

しかしですね、免許の、しかも優良者でない講習というのは、これはもう本当すごいのです、老若男女問わず、バックグラウンドもおそらく様々で、東京に住んでいる人が大半であるとは思うけれどもとはいえ地域もバラバラで、ただ「車の免許を更新する」という目的のみで集まった人たちなわけです。車の免許なんて、さして珍しいものではないわけで、つまりそれに人を限定するような力はないわけで、そうするとまあ、なんかヤンキーっぽいお兄ちゃんやらきれいなお姉さんやらスーツ着たサラリーマンやら(仕事抜けてきてるのかな)おじいちゃんおばあちゃんやらもうほんといろいろ。この人たちが、教室に座って、前を見て、講義を受けるって、なかなかシュールじゃないか。と、思う。

でもすごいなあと思うのが、それでも別にその場は荒れないわけです。こんなの受けてられっかよ!みたいに怒鳴る人とかいないわけです。いや別に当たり前といえば当たり前ですが、それでもこんな赤の他人が集められて、ちゃんと真面目に講義を聞くってすごいよ、さすが日本。とか思いながら講義を受けているとさっぱり飽きなかった。すごい。

とか思いながら過ごした1時間後、事態は急展開を迎える。

なんと講師のおじいちゃんが「ではここでさだまさしの曲を1曲聞いて終わりにしたいと思います。」と、言い出したのである。えっなぜまさし。と、おそらく多くの人が戸惑ったと思うのですがさすが日本、どよめき一つ起こらない。

そこで私たちは、さだまさしの「償い」という曲を聴かされた。その、誰一人として知り合いがいない、共通項は「免許の更新」というだけの、薄すぎるつながりを持つ他人同士で、ただ、まさしを聴いて、そして、そのまま別れた。

ものすごくドラマチックな一日だったのだけれど、しかしすごいのは、これが毎日毎日毎日、そして何度も何度も何度も繰り返されているということである。あの教室では今日も、多分知らない誰かと誰かが、一緒にさだまさしを聴いているのである。それはちょっとすごい。

そうして手に入れた新しい免許ですが、まあペーパードライバーの私は今回も一度も使うことなく次の更新を迎えると思います。いるのかな、この免許。

※写真はすべてまさしっぽい私というわけではありません

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子連れ尾道の旅ー2017GW

岡山に住むおばあちゃんが米寿を迎え、GWに親戚一同が広島の福山のホテルに集まった。それに合わせて家族で尾道へ遊びに行ったのでその記録。

ノープランすぎる旅

ほぼ思いつきで行くことにしたので、とにかくノープラン。まあいつだってそうなのだけれど、今回はまたひどいまでのノープラン。

駅で散策パンフレットのようなものを手に入れ、地図好きのオットがそれを読み込み、その感覚のみを頼りに方向を定めて歩いて行くという、行きあたりばったりも良いところ。いやいつものことなのだけれど。

尾道についた瞬間、雨が少し降り始めた。この連休はほとんどずっとお天気に恵まれていたので、そうか、雨って降るものだった、と、当たり前のことを思い出す。こうも晴れてばかりだと、雨なんて降らないものだと思い込んでしまうようで、傘も持っておらず、駅前で少し雨宿りしつつ時間を潰す。子供達が代わる代わるトイレ行きたいーと言い出したり、オットがタバコ吸ってくるーと言い出したりするのを待っているだけで、なんだかんだ30分ほど経ち、その頃には雨も上がっていた。

地図を読み込んだオットが、商店街と反対の方を指差し、あっちの山道の方へ行こう。と、言うので、地図が読めない私はもちろん素直に従う。

知らない土地というのは、歩くだけでなんだかワクワクする。それだけで楽しい。そしてその中に、子どもたちがいる風景というのは、妙に心を打つ。尾道というのはほうっておいても旅情があふれる場所だったので、ただ歩く、というだけで、そしてただ歩く子供たちを見ているだけで、おなかいっぱいになるくらいであった。

オットが指差した方角は、これが実際のところとても良かった。階段を上ったり坂道を登ったり。路地を曲がるたび、目に映る景色が変わってどれだけ歩いても飽きない。なかなか、こういう場所はないんじゃないかと思う。地形で魅せることができるってなかなかないな、強いなと思う。

いたるところに猫がいて、子供達は楽しそう。猫を探すのが、歩く楽しみになっていた。動物と子供達っていうのはなんだかすごくかわいい。

一応、メジャーどころが千光寺だというのがオットが持ってきたパンフレットでわかったので、目的地をそこに設定することとする。ここまでの坂道が表情豊かでとても楽しかった。途中、「古民家カフェ」の看板に惹かれて、ふらりと立ち寄る。

高台から、尾道の町と海が見渡せて気持ち良い。畳の部屋でオットと子供達とリラックスしまくってしまい、お茶だけで1時間ばかり過ごしてしまった。

志賀直哉の家があるというので立ち寄る。海を見渡せる高台にあるその建物はまあほんとに気持ち良く、こんなところなら自分たちにも暗夜行路が書けるんじゃないか、という不毛な会話をオットとする。まあ大体私たちの会話は不毛だ。

 

文学のこみち。詩があふれる場所だった。何か詠みたくなる気持ちもわかる。何というか、文学的な気分にさせられる場所なのだここは。ゆっくり本を読んで一日過ごしたくなる。

お寺を巡りつつ、お寺に居座る猫とたわむれつつ、最後にグリコ・パイナップル・チョコレイトのじゃんけんを息子としながら極め付けの階段を登り、千光寺へ。私にとってお寺とは仏像を見るところなので、見るべき仏像がないお寺はまあスルーしてしまう。ということでここの素晴らしさはその景色。登った感があって良い。そのあたり、山形の石寺に似ている。行ったなあ、青春18切符でオットと・・・

階段を登る前、オットと「ビール」の文字を見つけ、これ、帰り道絶対に寄ろう。と、無言で確かめ合ったカフェに寄る。ゲストハウスと一緒になっているようで、外国の本もたくさん。ノルウェイの森の英訳を見つける。時間かけてゆっくり読みたいなあ・・・読めへんけど・・・いつか読みたい。

ここが景色も良くてビールももちろん美味しくて、すごく気持ち良かった。こんなに素敵なカフェなのに空いていてそれも良かった。東京なら1時間待ちとかざらにありそうだ。とにかく景色が気持ち良く綺麗で、あーほんと、ここで一日中本読んで過ごしたい。と思う。私の夢は、本を読む旅に出ることなのであーる。

帰り道、おめあてのラーメン屋さんがものすごい行列だったので、駅近くの食堂でラーメンを食べる。お店のおじちゃんとおばちゃんが、お外に机出してあげるわ!と、即席で席を作ってくれて、お外でラーメン。&瓶ビール。海と船を見ながら、夕方の優しい風に吹かれて、格別に美味しい。

尾道の原風景

尾道はなんというか地形が豊かで、それだけで景観を美しくしているところがある。こういうのは多分、その土地ならではの強みなのだけれど、結構地元の人はその良さに気づいていない、ということが、わりかしよくあるように思う。けれどもそういった土地の美しさというのは、人々の原風景に結びついていたりして、その土地を離れた人や、たまたまそこを訪れた人の心の奥に何かしらの風景の記憶を残す、ということがたびたび起こる。ような気がする。

尾道は、その美しさに、その原風景に、多くの人が気づいた好例なんじゃないかという気がする。というのは実際のところ、私にとっての尾道がそういう場所だったからなのだけれど。

夏休みに父の岡山の実家に帰省した時、叔父さんといとこと、尾道まで出かけたことがあった。まだ私が小学生の頃。きっと今の息子と、そんなに大きくは歳が変わらない頃。

子供にとって尾道が、エンターテインメント溢れたものすごい楽しい場所だった、ということはまずないと思うのだけれど、それでも私にとってその日の記憶は、なんだか心の奥の原風景としてずっと残っている。何か特別なことがあったわけではないのだけれど、あの日尾道にみんなでいったな、おじさんとおばさんが、恋人みたいに仲良しだったな、みたいなうっすらとした記憶が、さらにうっすらとした景色の記憶とともに残っている。そしてその日のことを思い出すと、大人になった今でも、なんだかとてもあたたかい気持ちになる。

なんでもすぐに忘れる私にとって、こういうのは結構めずらしいことかもしれない。

そんな記憶を頼りに「尾道っていいとこだったよなあ。」という思いだけを抱いて、家族でふらりとやってきた、それがことの始まり。そんな旅もいいものだなと思う。

実際のところ、霧雨煙るその日の尾道が、私の記憶する尾道のままだったのか、それとも風景はガラリと変わってしまっていたのか、もはやそれさえわからない。ただやっぱり、ここを訪れて、なんかみんな楽しそうだった、子供たちも笑ってた、猫が可愛かった、路地を曲がるのが楽しかった、そういう記憶は残るのだろうと思う。人をそんな風に穏やかにさせるようなものが、その地形や、高台から見下ろす海を巡る風景に、表れていたような気がする。

決して派手さはないけれど、表情豊かで美しい町。またゆっくり来たいなあ。そして、子供達にも心の奥の方に、ささやかな景色として残ってくれるといいな。

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エルサ(4)の初恋

我が家のよんさい(晴れて誕生日を迎え、アラフォーからよんさいに格上げになった)の脳内は、プリンセスでできている。日々、エルサの特訓に余念がない。(写真は脳内プリンセスになっているミドサーというわけではない。)

たんぽぽぐみのおにいちゃん

この間、急にものすごくしおらしく「あのねまま・・・たんぽぽぐみ(年長クラス)のおにーちゃんがね、むすめちゃん(自分)のこと、すきなんだって・・・♡」と、言ってきた。

きたぞこれはきたぞ青春か!青春なのか!わたしはとうとう、「むすめに恋バナをされる母」というフェーズにまで来たのか!と、ちょっと感動した。やはりこう憧れるものがありますよね、「むすめに恋バナをされる母」。ついでに言うと、これパパには内緒にしとくね♡とかなんとか言いながら、パパにこっそり言う、というのもデフォルトで付いてくる。むすめに恋バナをされる母像というものは。

とうとう来たなあ、私の母レベルもここまで来たなあと思いながら、「あらやだ♡それはむすめちゃん、その男の子に好きって言われたの?告白されちゃった?♡」と、聞くと。

「ううん・・・♡ちがうよ♡」と、くねくねしながらエルサ(4)は答えた。

「じゃあ何、誰かが言ってたの?たんぽぽぐみのなんとか君がむすめちゃんのこと好きだよーとか?」と、聞くと、

「えー♡もうちがうよおおおおお♡」と、うねうねしながらエルサ(4)は答えた。もちろんH&Mで買ったエルサのつけ三つ編みをつけながら。

四歳というのは、語彙量も増え、言い間違いも減り始め、コミュニケーションが非常に取りやすくなる年齢ではあるが、そうはいっても四歳。たまに、いやまあ結構な頻度で、会話がかみ合わない。という現象が発生する。

そうかやはり「むすめに恋バナをされる母」フェーズに達するにはもう少しコミュニケーション能力を高めねばならぬか・・・と、思いながら、「えーっとじゃあむすめちゃんはその男の子になんて言われたのかな?」と、聞いたところ。

ものすごーーーーーーーく小さな声でエルサ(4)はささやいた。

「あのね、むすめちゃんのおなまえをよんでね、むすめちゃんばいばいっていってくれたの・・・♡」

斬新である。

つまりこのエルサ(4)は、自分の名前を呼んでばいばいと手を振ってくれる男の子イコール自分のことが好きなのだという認識を持っている。すごすぎる。しかもこのエルサ(4)は続けてこう言う。

「だからね、むすめちゃんもそのおにいちゃんのことすきになっちゃった・・・♡」

衝撃である。

この目の前のエルサ(4)は、自分の名前を呼んでばいばいと手を振ってくれる男の子イコール自分のことが好きなのだという認識を持ち、同時に、自分のことを好きになってくれる男の子のことはもれなく好きになってしまうのだ。さすが。さすが氷の女王である。

恋のキオク

それ以降、私はエルサ(4)に、しきりに、れんらっちょー(連絡帳)にあのおにいちゃんのおなまえはなんですかってかいて!せんせーにきいて!と、せがまれる。自分で聞けや。と、思いながらもエルサ(4)に甘いお母さんはことの顛末を全て記した上でれんらっちょーに書いた。むすめに手を振ってくれたたんぽぽ組のおにいちゃんのお名前はわかりますでしょうか・・・。と。わかるわけがない。

子育てをしていると、自分がこどもの頃に楽しかったことを、もう一度繰り返しているような気がして、得したような気分になることがある。サンタさんを待つワクワクした気持ち、初めてお友達ができた時の気持ち。

そして、きっと初恋の気持ちなんかも子どもたちを通して思い出したりなんかしちゃって楽しくなっちゃったりなんか絶対にするんだろうなー♡と、思っていた。

しかし現実はそうは簡単にいくものではなく、脳内プリンセスのむすめのぶっとんだ恋愛観と対峙することも避けられない。まあ自分の過去の恋を思い出してみてもそんなこう懐かしくてキャハキャハ言えるようなものばかりではないよな、とか遠い目になってしまうことも避けられない。

ただ、うっとりしながらなまえもわからないおにいちゃんのお話をしてくれるその姿は、やはりまぁ、恋するオトメそのものなのである。これを初恋と呼ばずしてなんと呼ぶ。すごいぞ、よんさい。がんばれ、よんさい。

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「とはいえ」の前に大切なこと

走るときに考えることについて私の考えること ©村上春樹

1月末のハワイで思いついて走り始めて、2か月半ばかり。週に一度か二度、といったくらいですが走っています。

走り始める前は、走ったら悩みも吹っ飛ぶんじゃないかとか、仕事の企画のアイデアがめっちゃ浮かぶんじゃないかとか、煩悩が消えるんじゃないかとか、なんとなくある種の悟りを開けるんじゃないかという期待があった。

が。しかし。

現実は全くもってそんなに甘くはない。

走っている時に考えていることというと、まあ、「しんどい。」これ一言に過ぎる。あと、「今日は本当に途中でやめよう。」とか、「てゆーかなんで走ってるんやろうわたし。」とか。あと自転車に抜かされた時の言いようのない無気力感とか。私がへなちょこだからなんですけど、まあ、だいたいしんどい。と、思っている。

ただ、ここのところだいたい10キロを目標に走ることが数回あって(数回ですけど。)なんせへなちょこなので、10キロでだいたい1時間くらいかかるわけです。そうすると、1時間もずっと「しんどい」と考え続けるのも身体が飽きるらしく、途中、急に頭がすっきりするというか、まあ空っぽになるというか、結構頭の中の見通しが良くなる感じがする時間が、やってくる。

まあだからといって仕事の企画のアイデアはさっぱり浮かびませんが、というか複雑な思考は全くもって出来ず、逆にものすごく物事をシンプルに考えるようになり、というかシンプルにしか考えられないわけですが、とにかくそういう時に、前から走ってくるおっちゃんとかを見ると、「この人も昔はお母さんのおなかの中にいて、すごくしあわせな気持ちで迎えられたのだろうなあ。」みたいなことを、考えるようになる。

これ、思い返してみると妊娠中にもよく思うんですよね。「あのいやーーーーな上司も、それでも昔はお母さんのおなかにいて、こうして待ち望まれて生まれてきたのだろうなあ。」とか。あれは妊娠中の脳内がお花畑になっていたからそう感じたのかと思っていたけれど、案外思考がシンプルになると同じことを思うらしい。

そして同時に、「あーーーー子どもたちが今日も笑って元気に生きている、それだけでしあわせだなあ。」と、本気で思う。あの子たちが生きているだけで、ほんとにしあわせだ。と。

これも、妊娠中に何度もなんども思ったこと。検診のたびに、あーよかった、今日も心臓が動いている。今日も少し、大きくなっている。今日もお腹の中で育ってくれている。もう、この子が生まれてきてくれるだけで、それだけでいい。他には何も望まない。元気に生まれてきてくれること、それだけでいい。と。

「とはいえ」とつい口にしてしまうけれど

それでも、実際に本当に元気に生まれてきてくれて、そしてすくすく元気に育ってくれると、それはそれでいろんな悩みが出てきて、ハイハイするのが遅いんじゃないかとか、歩くのが遅いんじゃないかとか、なかなか10まで数えられないとか、文字をなかなか覚えられないとか、絵が苦手なんじゃないかとか、運動が得意じゃないとか、お友達とケンカばかりするとか、全然親の言うことを聞かないとか、勉強が苦手だとか、人によってはいい幼稚園に行けなかったとか、受験がうまくいかなかっただとか、とにかく色んなことが出てくる。「生まれてきてくれるだけで、元気に笑ってくれるだけでいい。」と思った気持ちを、つい忘れそうになる。

でもそれは、忘れてるんじゃなくて、そういうものなんだ、と、思いながら、多くの人が過ごしている気がする。私だってそうだ。「とはいえ」、現実の生活が始まるわけで、そんな生まれてきてくれてありがとうという気持ちだけでこのあわただしい子育ての日々を乗り越えられるわけがないじゃないかと。そんな風に思いながら、現実の子育てと向き合ってきた気がする。

でも、走りながら、「しんどい」と考えることにすら飽きて、ものすごくシンプルにしか物事を考えられなくなった状態で、私は思った。いや、「生まれてきてくれるだけでいい。」「元気に笑ってくれるだけでいい。」という気持ちは、それはきれいごとでも絵空事でもなんでもないな。と。それは、紛れもない真実だ。それが、何より一番大切なことだ。と。

いや、そんなの、当たり前なのだけれど。当たり前だけれど、何というかそれを、身体で理解した、気がした。

大人になると、そして社会人になると、つい、「とはいえ」という言葉を使いがちになる。そんなきれいごとばかり言っていられないよ、現実を見なきゃだめだよ、という自分へのある種の戒めになのか、あるいは言い訳なのか、照れ隠しなのか。ちゃんと現実を知っていますよ、「とはいえ」、そんな夢ばかり見ていられないのもわかりますよ、と、誰かに、そして自分に言い聞かせるために。

でも、本当に大切なのは、というか、自分の本心は、「とはいえ」の前にあるんじゃないのかなあと、その時私は思った。しんどいを通り越したシンプルな思考の中で。

本当は、「とはいえ」の後ろに続く現実的な言葉じゃなくて、その前の段階に、大切なことはちゃんとあるのだ。

あの時、まだ手も足もないような小さな胎芽を始めてみた時、いつしか大きくなったお腹をそっとなでながらゆっくり歩いた時、「この子が無事に生まれてきてくれるだけでいい。それだけでいい。」と思った気持ちは、それは、きれいごとでもなんでもなかったはずだ。それは、どんな人だって、きっと同じだ。そしてそれは、この世で多分、一番シンプルで、そして大切な真実だ。

とはいえ、子供はいつか立派な大人にならなきゃいけないとか、とはいえ、親は子供をちゃんと教育しなきゃいけないとか、とはいえ、学歴はあった方がいいとか、「とはいえ」は山のように思い浮かぶけれど、でもそのどれも「この子が無事に生まれてきてくれるだけでいい」と思った気持ちにはかなわない。だって、「この子が無事に生まれてきてくれ」なければ、そのどれも、かなわなかったのだから。

欲張りであることは大切かもしれないけれど、でも、一番大切なことは、すごくシンプルだ。そしてそれは、ものすごく簡単なはずなのに、日々の生活でいとも簡単に忘れてしまえるようなことだ。

生きてくれているだけでうれしい。生まれてきてくれて、生きていてくれて、本当にありがとう。それを、ちゃんと子どもたちに伝えていきたい。それを、ちゃんと自分の根っこに忘れずおいておきたい。

と、走りながら今日も私は思うのだ。とはいえ、やっぱり走るのはしんどい。今日は5キロで止めておこうか。と思いながら。

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「信頼されている」と、信頼すること

新年度が始まって数日が過ぎました。息子が小学校に入学し、むすめもまあなんだ・・・プリンセスの特訓にいそしみ(まあそれは普段通り)、私は出産前にいたバリバリ系部署に7年ぶりくらいに戻ることになりました。ひょえ。

新しい環境に身を置いて思うこと

「働き方改革」やら、「女性活躍」などなどが注目される昨今。自分の実感としても、確かに私が一人目を出産した後よりも、確実に「育休明け」の女性が増えていると感じます。わが社でもそうだし、取引先でもよく聞くし、何と言っても子供たちの保育園は年々入りづらくなっているようだし。(まったくもってなんとかしていただきたいところではありますが。)

そんな折、二人目の育休から復帰してもう3年ばかりたつ私にも、出産前にいたバリバリ系部署に戻って欲しいと辞令が出ました。曰く、そういった部署でも子育て中の女性が働ける環境を作っていって欲しいと。

それ私が作るのかい。と、思ったことはさておき、それはやはりなかなかの試練であるわけです。

業界的なものもあって、出産前の私ときたらまあもう今では考えられないくらい残業ばかりの毎日を送っていた。終電を逃してタクシー帰りなんてザラであった。で、それが別に珍しくもなんともなかった。それが原因で上司が咎められるとか、お国の指導が入るなんてまずなかった。そういう風潮だったのだ。いやはやなんとも。

そこに、超絶時短の私が戻るとは。さすがのノーテンキな私もこれは不安でしかない。と、思った。あの頃の働き方はもうできないし、それは今はやりたいことでもない。

そして新しい部署での仕事が始まってみると、まあ自分の無力なこと無力なこと。時間的な制限に加えて、そもそもその業界を担当するのも初めてだし、新しいことだらけでまったく使い物にならない、ように思える。この歳になってこれは結構きっついなあなどと思ったりする。そんな風に思うと、実際のところ、現場はみんな子育て中の女性なんていらないんじゃないか、会社の考えがあるからしぶしぶ引き受けただけで、本当はバリバリ働く男性か、未婚の女性だけで回したいんじゃないか、とか、ついつい考えてしまっていた。

目の前の人が考えていることは本当はわからない。なら信じちゃえばいい。

思い出してみれば、6年前かな、初めて育休から復職するときも、そういえば私は同じようなことを思っていた。まだ育休復帰の女性も会社にものすごく少なかった頃。時短で、子育て中の女性なんて、会社は制度としてクビにすることはできないだけで、全然ウェルカムじゃないんじゃないか、とか。そこまでして私はこの仕事を続けていきたいのか。子供を保育園に預けてまで、やるべきことなのか。とか。そんなことを考えていた。

だけど6年経ってみて、今思うこと。私は仕事を続けてきて本当に良かったし、今となってはすこーしは、それまでの部署でできることが増えて、必要とされているな、と、思えるようになってきた。けどそう思えるようになるには、きっと自分の中で考え方の工夫のようなものがあったのだ。それをもう一度思い出してみたら、なんだか随分と楽になった。

よく考えれば当たり前だけれど、「自分が信頼されている、必要とされている」というのは、正直実際のところはどうなのかわからない。時短で働く私のことを、周りの人が疎ましく思っていたとしても、私にはそれはわからない。そりゃまあいろんな人がいるから、面と向かってたまには嫌なことを言う人だっていうけれど、世の中の多くの大人は、嫌なことをそんなに露骨に言葉や態度に表さない。たまに出てしまうことはあっても、いつもいつも感情のままに行動しているわけではない。

けど。他人が本当に考えていることが実際のところわからないのであれば。それなら、「必要とされている」「信頼されている」と、こちらが信じてしまっていいんじゃないか。と、思う。本当は目の前の人が考えていることはわからない。でも、わからないのであれば、「この人私のこと疎ましく思っているな。」「いらないと思っているな。」と、疑うより、「この人私のこと必要としてくれてるわー。信頼してくれてるわー。」と、ノーテンキに信じ込んでしまった方が、自分の気がラクなのだ。そして「気がラク」な方が、萎縮しているよりも何倍も何百倍も、仕事のパフォーマンスは上がるのだ。

そんなノーテンキに他人を信じてしまって、裏切れたらどうするの、と、思うかもしれない。けどそれだってまあ別に仕方ない。「必要とされている」と思い込んだのはこちらの勝手であって、別にその人は私を信頼するために生きているわけではもちろんない。そして私も、その人の信頼や期待に応えるために生きているわけではない。こう言ってしまってはなんだけれど、相手を信頼することは、その人のためではなく、自分のためなのだ。自分が、心地よくそこで仕事をするためなのだ。だからまあ裏切られるようなことがあったら、それはまあ良い気はしないけれども、「仕方ないな、この人も自分も、相手のために生きているわけではないのだから。」と、思うしかない。

新しい環境というのはどんな人にとっても結構な試練だ。初めての部署、初めての小学校、初めての保育園、初めての幼稚園、初めての職場復帰、初めての就職・・・。そこにとっての新参者の自分は、ものすごく無力に思えることだって、あるかもしれない。でも、そんな時はあれこれ考えず、「信頼されている」と、信じちゃえばいい。

そして自分を信じること。

そして、目の前の人が、自分を信頼してくれていると信じることは、すなわち自分を信じることでもある。それが、一番大切だ。もっと言えば、自分の能力とか、仕事量とか、そういったことだけでなくて、存在そのものに意味があると、自分で信じて思い込んでしまうことが大切。まだまだ新入社員のペーペーだけれど、まだまだお母さんとして始まったばかりだけれど、子育て中で働く時間は短いけれど、でもまあ、こうして毎日のほほんと生きているだけでよくやっているじゃないか、と。なんか今話している自分の目の前にいる人は、笑っているじゃないか、と。

新生活。不安な中での生活の人もたくさんいらっしゃるかと思います。気楽に気楽に、必要とされてるわー、生きてる自分、えらいわーと、思いながら、日々過ごしてゆきましょう。そして、新生活を始めた子供たちにも、君が生きているだけでほんとうにうれしい。と、毎日毎日伝えてゆきたい。少しずつ手を離れていく子供たちが、いつか大人になっても、そこにいるだけでいいと感じてもらえた記憶を、励みにできるように。

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ルステーアーフェーちゃんとルッキーアーペーちゃん

我が家のアラフォー(アラウンド4歳)の脳内は、プリンセスでできている。H&Mでエルサのつけ三つ編みなるものを手に入れてたので(信じられないですが本当に売っている。)それをつけて完全にプリンセスになりきっている。(写真はプリンセスになりきっているミドサーというわけではない。)

「わ」の新しい使い方

この時、私は「エルサのお母さん」と呼ばれる。半オクターブ高い声で「エルサのお母さん、早くしてわ♡」と言われる。この語尾の「わ」は、もちろん「そうですわ」などと使う時の「わ」なわけですが、五段活用的なものがまったく機能しておらず、なんでもかんでも勝手に「わ」をつけている。新しい日本語である。

で、「エルサのお母さん」などと呼びかけられても、こちらはもちろんそんな心持ちで日々生きているわけではなく、いたって普通の主婦として家事を渋々こなしているだけであり、反応がすこぶる悪い。「エルサのお母さん♡・・・エルサのお母さん!」と、後半ややキレられ気味に呼ばれてやっと、「あ、何わたしのこと!?あ、はいはいどうも、エルサのお母さんですこんにちは。」みたいなことを言うと、「もっとやさしく言ってわ、エルサのお母さん♡」と言われる。もちろん「わ」の使い方はここでも新しい。

エルサのお母さんの反応が鈍すぎるため、そのうちアラフォー(アラウンド4歳)のエルサは諦めてまた一人プリンセスごっこに戻って行く。この日常にやや慣れてしまって、むすめがどんなプリンセスになりきろうと最近はスルーしてしまっておりましたが、今日思い立ってちょっと観察してみることにした。

そうすると出て来た登場人物が、タイトルにある「ルステーアーフェーちゃん」と「ルッキーアーペーちゃん」だったのである。聞き間違いではない。これは一回では絶対に覚えられないと思い、むすめにプリンセスの中断を求め、再度一文字一文字確認してevernoteにそのままメモしたので間違いない。プリンセスのお友達はルステーアーフェーちゃんとルッキーアーペーちゃんである。

アラフォー(アラウンド4歳)はプリンセスだ。プリンセスであるからには、舞台は日本ではない。どこか遠くの外国である。そしてむすめにとっての外国人の名前は、ルステーアーフェーちゃんとルッキーアーペーちゃんなのわ。(「わ」の新しい使い方。)

それを想像力と呼ぶのかどうかは甚だ疑問だが、とりあえず大真面目にその名前をつけるアラフォー(アラウンド4歳)のセンスときたらぶっ飛んでいる。そしてそこまで想像力的なものを駆使してしてプリンセスになりきるアラフォーの女子力ときたらどこで身につけたのだろうかと疑問に思う。オットはこんなむすめを見て、「一体誰に似たんだろう・・・まいも小さい頃こんなだったの?」と聞いてくるので、「そんなわけないやん・・・こんな女子力高くなかったよ・・・」と答え、「だよねー。そりゃーだよねー」と、オットが返す、というやりとりを過去結構何度も繰り返している。

むすめの女子力とは・・・

「うちのむすめの女子力は誰に似たのだろう。」と、いうのは、結構よく聞くセリフであーる。私もよく言っている。

が。しかし。

よくよくよくよく思い出してみてほしい。いや、私は思い出してみた。記憶の片隅の片隅、「おひめさまごっこ」にいそしむ自分の姿を・・・。

いや・・・やってたわ・・・。

目の前の脳内プリンセスのアラフォーを見ていると、自分にこんな時期は断じてなかったと全力で否定したくなりますが、いやまあちょっとくらいは・・・あったような・・・気がする・・・。

エルサもアリエルもベルもソフィアもオーロラ姫もその頃はいなかったので(おとぎ話の中にはいてもそれはディズニープリンセスではなかったので)プリンセスになりきっているわけではなかったけれど、おひめさまには充分なりきっていた、多分。30年近く記憶の彼方に追いやられていたけれど、あったのだ、多分。ルステーアーフェーちゃんとルッキーアーペーちゃん(予測変換で出るようになった)がお友達だった時代が。私にも。いや正直に言うとわからなくもないのだ、その謎の名付けをしてしまう脳内メカニズムが。

子育てをしていると、自分が子供だった頃の楽しみを、もう一度楽しませてもらっているような感覚になることがよくある。サンタさんからのプレゼントを子供たちが見つけた瞬間とか、自分もすごくワクワクする。これって最高だ、なんだか得した気分だ、と、思っていたのだけれど。

子育てをしていると、過去の脳内おひめさまの記憶まで急に蘇るということがよくわかった4月の始め。いらん記憶まで引っ張りださないよう最大限の注意を払いたい所存なのわ。(「わ」の新しい使い方。)

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お別れ続きの三月に思う

ただひたすらに涙を流した三月が終わりました。もう泣きすぎてぐったり。もうしばらく三月はごめんだ、すまん三月、というくらい、ちょっと三月恐怖症になっています。だってもう色々せつなすぎる、身体がもたん。

三人分の三月にほとほと疲れている

わたしはどちらかというとごく個人的な人間で、オットや友達からはいつも、他人に興味がなさすぎ、と、笑われる。例えば昨日会った人が着てた服とかはまったく思い出せないし(それがどんなに仲の良い友達であっても)、誰かが髪を切っても気の利かないカレシ並みにまったく気づかない。なんならオットがヒゲを剃っても気づかない。やばい、これは人間として欠陥がある。いやそれはずっとわかっていたけれども。

そして私は基本的には出会った人とは皆いつか必ず別れが来るということを、ものすごくわかっている人間であると、自分で思っていた。何事にも終わりがあって、永遠に続くものなんて一つもないことを、きちんと知っていると、思っていた。

それなのに、こんなに苦しくなったのはもう何年ぶりだろうというくらいに押しつぶされそうになった、三月に。お別れ続きのこの一ヶ月に。私はいつからこんなにセンチメンタルな人間になってしまったのだ。こんなの思春期以来なんじゃないか。何歳なんだ私は。ぶつぶつ。

思うに、息子が生まれ、むすめが生まれ、否が応でも人間関係もそして世界そのものも、ぐんぐんと広がっていった。なんといってもごく個人的な人間で、欠陥だらけの私でも、それでもたくさんの出会いを繰り返してきた。今までは、私一人の世界で、友達ができて、あるいは恋人ができて、そして出会って別れてきたわけだけれども、子供が二人生まれてきたことで、子供たちを合わせた三人分の世界を、その人間関係を、なんだか生きてきたような気がする。

三人分の世界があって、そしてそれぞれに、人とも、場所ともお別れがある。これは実は私の33年間の人生の中で初めてのことなのだ、きっと。そして多分今は、この三人分が、まだまだとても濃い時期なのだ。子供達はまだ自立していないし、私は母となってまだ七年弱しか経っていない。そしてこの子供達が自立していない時期というのは、親だって自分一人では到底生き抜くことができない。だから子供達に深く深く関わってくれた人というのは、同時に私にも深く深く関わってくれた人たちなのだ。それが並列で三列に並んでいて、それぞれに三月の別れがあって、もう体が持たないくらいにぐったりと疲れている、三月に。

保育士さんとのお別れに学ぶ

むすめが0歳児クラスの時からずっと見てくれていた保育士さんが、退職することになった。むすめのクラスに配属になった時は多分まだ新任だったとても若い先生で、最初は若いしもの静かだし、少し頼りなく見えたのだけれど、しばらく経つと全然そんなことはないことがわかってきて、とても芯のしっかりした先生だなと感心することしきりだった。三年経った今、子供達が一番大好きな、とてもとても信頼できる先生になってくれた。

その先生が、「ずっとやりたいことがあった」と言って園を辞めることになった。なんといっても三月に疲れてきっていた私は、はあまたお別れだ、と、凹んだ。そして、仕方がないことだけれども、保育士の他に「ずっとやりたいこと」があったんだなあと思って、少なからずショックを受けた。こんなにいい先生だけれど、やっぱり保育士っていうのは辛いものなのかなあ。私たちはこんなに先生たちに頼りきってしまっているけれど、やっぱりやめたくなってしまう職業なのかなあ。と、思った。

そしてその先生に、次の職業って何ですか。と、聞くと、先生がものすごく恥ずかしそうに、答えてくれた。

「乳児院で働くんです。」と。

何といっても三月に疲れ切っていた私は、ここでまた、泣いた。それは仕方ない。止められない。いやどんな道だって止める権利はもちろん私にはないけれど、でもこれは、何も引き止められない。というか、お願いします。としか、言えない。と、思った。

子育てはすごく大変だ。というか、大変な一面ももちろんある。それでも、私たちは、そしてこの園に通う子供たちは、そうはいってもとても恵まれている。帰るお家があって、誰かしら、親となる人の愛情をそのお家で受けられる。

でも、園の子どもたちを見ていると、子どもはみんな、同じだけの愛情を受けられるべきだと、いつも思う。本来子どもたちはみんな、等しく大人の愛情を受けられるべきだ、絶対に。そして世の中には、毎日帰ることのできるお家のない赤ちゃんや子どもたちが、いるのだ。この日本にも。けれどもその子どもたちも、大人の愛情は、誰しも等しく受けられるべきだと思う。だって子どもは本当に、誰しも未来の希望だから。それは疑う余地なくそうだから。

と、そうは思っても、行動できないのが大半の大人だ。私含めて。でも目の前のこの若い若い先生は、「ずっとやりたかったこと」を、ちゃんと行動に移した。この世知辛い世の中で、自分にできることを、きちんと決断した。

この若い先生の愛情を、今度は、この園の恵まれた子供たちだけではなくて、乳児院の子供たちに、たくさんたくさん注いであげてほしいなと、心から思った。きっとそこには、この先生の愛情を本当に必要にしている子供たちが、たくさんいるから。

そう思って、それを伝えたくて、なんとか言葉にしたかったけれど、その先生より10歳以上歳上の私は、情けないくらいにうまく伝えられなくて、しくしく泣いていた。まったくもう。情けないにもほどがある。

一つ一つの別れはなんだか本当に辛いけれど、三月にはこんなに疲れてしまうけれど、でもそこには、きっと一人一人の小さな決意や、小さな勇気があるはずだ。そして、そこには、少しの成長があるはずだ。お別れの辛さは、きっと未来の何かにつながっていると、そういえば思春期の頃私は学んだような気がするけど、33にもなってそれをまた思い出した。つまり情けないにもほどがある。

三月にはほとほと疲れたけれど、なんだかたくさんのことに、気付かされたし、大切なことを、思い出したような気もする。同じように三月にほとほと疲れた人たちのいろんなお別れが、未来の何かにつながっていきますように。

と、ここまで書きながら、体が持たないのは、単にお別れ周りの行事がありすぎて、つまりその度に飲みすぎて、夜遊びしすぎて、単純に疲れているだけなのではなかろーかという気がしてきた。そしておかげさまで四月からの準備をまったくしていない。はあ。本当に、つまり情けないにもほどがある。

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