ハワイ2017冬の記憶その5 ワイキキでショッピング

day4-olive and oliver でお買い物

今回、もうワイキキは泊まらなくていいねーとか言って宿を選びましたが、とはいえハワイ来たのだから一日くらいお買い物に・・・と、いうわけで、この日はチーム男子(パパ&息子)とチーム女子(ママ&むすめ)に分かれてショッピング。

前に来た時はむすめはベビーカーだったのに、今回は二人で手をつないでショッピング。大きくなったもんだ。

olive & oliverにて。むすめがあれがいい、これがいいというものを手に持って、なぜかむすめが最初に試着。もちろん大きすぎて着られなくて、最終的に私が試着して購入するという新手の販売員みたいなことをされる。

セレクトのお洋服もなかなかかわいかった。セールをしていてお手ごろになっていたので2枚ばかりカットソーを購入。

旅の洋服を旅先で買う、というのは学生時代アジアの島々をちょう貧乏旅行している頃の唯一の楽しみだったのだけれど、ここのところなんというか「良いものを厳選して買う」というお買い物の仕方が増えていて、旅先にもお気に入りをおうちから持って行ったりしていた。

それは心持ちとして良いものだと思うのだけれど、厳選した良いものは、時に少し背伸びして肩肘を張って纏うものであったりもする。そうすると旅先でも少しだけ、力が入ることだってやっぱりあるかもしれない。

モノを持たない暮らし、増やさない暮らし。厳選したモノに囲まれること。それはもちろん素晴らしいことだと思うのだけれど、やっぱりそれだけでは日々は味気ない。ふらりと入ったお店で出会ったお洋服を買って、それを着て旅を楽しむこと。お買い物にも旅にも人生にも、そういう「無駄」や「あそび」はやっぱり必要だ。

むすめとお買い物を楽しみながら、そんなことを思いました。

olive & oliverのコーヒースタンド。お店もカップもものすごくかわいい。もちろんカフェラテも美味しい。

 

ちなみにolive & oliverがあるホテルsurf jackは、今回ワイキキに泊まるならここがいいなと思っていたホテル。

大規模なホテルではないけれど、さりげなくセンスが良くて素敵なホテルでした。ワイキキに滞在するなら、ここで何泊かしたいなー。むすめはここのプールにとにかく入りたそうでした。

day4-マヒナ&サンズでランチ、ワイキキさんぽ

あまり時間もなかったので、このホテルに併設されているレストラン「マヒナ&サンズ」でむすめと二人でランチ。大きなハンバーガーをシェアして食べました。お肉がジューシーでほんとーーーに美味しかった。お店の人たちも(ハワイの人はみんなだいたいそうだけれど)むすめにもとっても優しくしてくれた。結局子どもへの優しさというのが、旅をしていると一番うれしい。

お店のかわいいお姉さんが勧めてくれたアイスティー。

 

ランチの後は、あいすたべたい!と、言うむすめと一緒に高橋果実店へ。昨今のぱいなっぽーブームからか、むすめがパイナップルをチョイス。ほんとーーーーに美味しい。果物の美味しさがそのままぎゅっと凝縮されている感じ。土地の美味しさだなあと思う。ランチにハンバーガーを食べた直後だというのに、二人でぺろりと完食。

手書き文字がかわいい。

 

ところでうちのむすめはちょう・和顔で、海外へ行くといつもものすごくモテるのですが。道を歩くだけで「she is so cute!!」と、叫ばれる。ちょっとこれはものすごい。

おかげでどんな高級ブティックへ行ってもプチvip扱いで(何も買わなくても。)、シャネルではオサレなお水とホノルルクッキーとシャネルのロゴ入りのペーパーナプキンを、ちゃんとシャネルのショッパーに入れてプレゼントしてもらっていた。この後我が家ではむすめを「様」づけで呼ぶこととなった。

いっちょまえ感がものすごい

day4-アラモアナのアメアパでお買い物

チーム男子と合流して、最後にアラモアナのアメアパで子供服を買おうと思ってみんなでのぞいたら、前まではあった子供服コーナーがなくなっていて、何だかもうお店全体が売り尽くしセールみたいな様相になっていた。好きだったのになあ、アメアパの子供服。Tシャツとかも小洒落てて。日本でも買えなくなっちゃったし、寂しいなあ。

せっかくなので、自分のタンクトップとパジャマ用にスウェットパンツを購入。これが大正解で、肌触りが良くて動きやすくて、帰国してからも毎日着ている。もっと買ってくればよかったな。いいブランドだと思うのになあアメアパ。買えなくなっちゃうのかなーうむ、寂しいなあ。

そしてお会計をしている時、ここでもまた(最初はめっちゃ無愛想だった)店員さんに、あなたのむすめちゃんso cuteだね!と、言ってもらう。そういうことさらりと言ってくれるのがほんとこの国のいいところだよなあ、と、思う。

お世辞上手じゃなくて、褒め上手っていいね。色々あるけれども、そういうアメリカのいいところ、これからも残ってくれるといいなあ・・・

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ハワイ2017冬の記憶その4 airbnbでワイマナロに滞在

旅の後半は、初めてのairbnbを利用して、カイルアタウンから車で15分ほどのところにあるワイマナロに滞在。

day4-ワイマナロの魅力

お庭つきの一軒家。

ワイキキからも車で30分くらいしか離れていないのだけれど、オールドハワイというか、島の田舎と行った感じ満載のゆったりしたところで、ハワイに限らず田舎の島がとにかく好きな私にとっては最高の場所でした。

全米ナンバー1に選ばれた(!)ものすごくきれいなワイマナロビーチもすぐで、ここでは毎日海までジョギングするのが日課になるという信じられないくらいヘルシーな毎日。

周りには美しい海以外、なーーーーんにもないところだったけれど、「美しい海しかない」というのが多分わたしは一番好きなのだと思う。何よりの贅沢なんだそれが。

ハワイのこの力強い山並みが大好き。

 

airbnb を利用するのは初めてだったけれど、我が家はものすごく気に入りました。ホテルのような豪華さはもちろん皆無だし、お風呂もユニットバスだったり、毎日の掃除は当然自分たちでやらなきゃならなかったりで、リゾートで贅沢まったり、という感じでは全然ないのだけれど、毎日地元のスーパーに買い出しに行って広いキッチンで簡単な料理をして、毎日地元のビーチで泳いではその日のうちに洗濯して、ひろーーーいリビングでゴロゴロする子どもたちを眺めながら読書して・・・というような暮らすような過ごし方が、たぶん私は一番好きなのだ。と、思う。

ベッドルームがふた部屋。快適。

 

旅はあくまでも非日常なのだけれど、帰る場所があるから、それが分かっているから、私たちは旅に出るのだけれど、でもその中で、その土地の生活を少しだけ垣間見ることで見えてくることや、感じられることがあって、それを感じる瞬間を求めて、何度も旅に出ているようなきがする。世界各地の、そこにある生活と、人々のそこにある小さな幸せをそっと知るために。もしかしたら、そこに自分たちの本当に求めている生活があるかもしれないと、どこかで期待しながら。(そんなことはもちろんまずないのだけれど。)

お世話になりまくったキッチン。

 

もちろん豪華なリゾートでまったりしたり、温泉宿で何にもせずにゆっくり過ごす本当の「休暇」も大切。だけど場所を変えた「生活」も、私には欠かせないことなのだなと思う。

できれば子どもたちにもそういういろんな国の、いろんな土地の「生活」を見せてあげられるといいなあと思う。時間とお金に限りはありますが・・・頑張ろう・・・。

day4-カイルアのブーツ&キモズで朝食

せっかくカイルアの近くに滞在しているので、4日目の朝は早起きしてカイルアタウンへ。この辺りは街の雰囲気がなんとなくアジアの街に少し似ていて、私はすごく好きな雰囲気。そして大好きなホールフーズもあるし。。。(好きすぎてほぼ毎日通った)

 

いつも行列のブーツ&キモズ。この日は朝8時半くらいに行って、15分待ちくらいでした。午前中は涼しいし、お店の周りをぷらぷらおさんぽしていたらあっという間に自分たちの順。

マカデミアナッツソースのパンケーキ

 

マカデミアナッツってなんでこんなに美味しいのだ・・・。濃厚そうに見えて意外とあっさりしていて、あっさり完食。

オットと息子がシェアして食べたオムレツも絶品でした。だいたいオムレツの美味しいお店は当たりだ、というのがオットと私の共通見解。そしてこの日絶品オムレツを食べたおかげで、この旅の間じゅう、息子がどこのレストランに行っても「オムレツ食べたい。」というので軽く困った。なんなら帰国後も毎日「オムレツ食べたい。」と言っている。困った。

雑多なようでまとまりのあるようで。ハワイっぽい。

 

朝食を食べ終えてもまだまだ時間はたっぷりある。(こっちの人たちはほんとみんな早起きでいいなあと思う。私はついつい寝坊してしまうけれど・・・)と、いうわけでこの日は車でワイキキへ移動して、ショッピングdayとすることに。

長くなってしまったので、ワイキキの話はまた明日。(続く!)

ハワイ2017冬の記憶その3 アウラニでキャラクター三昧

 

day3-レストラン「マカヒキ」でキャラクター・ブレックファスト

アウラニは最終日。日本から予約しておいたレストラン「マカヒキ」でのブレックファスト。朝ごはんを食べながら、キャラクターとたわむれ放題のお写真撮り放題!

ちなみに前は電話でしか予約できなかった記憶があるのだけれど、ウェブでちゃんと予約できるようになっていました。時間によっては結構埋まっているので、予定が決まれば早めに予約するのが良いのかも。もちろん我が家はぎりぎりに予約しましたがえぇ。。

予約はこちら

前にアウラニに宿泊はせずにこのレストランだけ利用したことがあって、その時は1歳になりたてだったむすめがキャラクターに固まりまくっていましたが、プリンセスに憧れる3歳になった今回は、自らめっちゃ抱きついていた。

なぜか連れてこられたくま。

 

びっくりするほど美味しい、というわけではないけれど、キャラクターとも触れ合えて、ホテルならではの朝食ビュッフェの楽しさも味わえるので、滞在中一度は利用したいかな、と思う。

ミッキーのワッフル。

 

とは言え、宿泊してたら朝食じゃなくてもキャラクターには会えるし、むしろ宿泊してない時に来た方がありがたみがあるというか楽しいかも、と、思ったりもする。実際、前に別のホテルに泊まっている時に来た時、とっても楽しかった記憶があるので。せっかく泊まってるのだから一度は利用するか、と、思うか、泊まってるからキャラクターにはいつでも会えるし利用しなくていいか、と、思うかは、そうあなた次第。(なにそれ)

day3-キャラクターと写真を撮りまくる。

でもやっぱりミッキーたちはかわいい。と、いうわけで、最終日のこの日は、ホテルに現れるキャラクターの登場時間をちゃんと調べて(そんな用意周到なことをするなんて私にとっては奇跡である)お写真を撮ることにした。

なんせ子どもたち(ついでにオット)が、思いのほかキャラクターにテンションが上がっていたので、これはせっかくだからいろいろ会っておこう!と、思ったのであーる。それが最終日というのがまた計画性のない我が家なのであーる。

ちなみにキャラクターが現れる時間と場所は、その辺のスタッフに聞いてもいろいろ教えてくれるし、フロントにあるその日一日のイベントが書かれた紙に、キャラクターグリーティングの時間を教えてくれる(日本語あり)電話番号が書かれていて、そこにかけると自動音声で毎日教えてくれます。とことん無駄のないというかなんというかシステマチックな夢の国。

チェックアウトは11時だけれど、チェックインの時と同じく、荷物を預けて、きれいなシャワールームを借りてチェックアウト後もプールで遊べます。しかもチェックアウトの際、フロントでの手続きは一切なくて、カードキーに記録された支払いが後日カードに請求される仕組み。なんて無駄のないシステマチックな夢の国。

この日は1日に6、7・・・人?匹?・・・くらいの、グリーティングがあって、それ全部というと慌ただしいので、そのうち何・・・人?匹?・・・かのキャラクターと写真を撮りました。

初めてディズニーランドへ行った時はキャラクターに近づかれて号泣していたというのに、今回は「かわいくてたまらない!」といった感じで自ら抱きつきに行っていて、そんな子どもたちが「かわいくてたまらない!」と、思う大人(親)たち。あほである。

ダッフィーに抱きつく。とにかく抱きつく。

 

主要メンバー(キャラクター)は、だいたいみんな2回くらいグリーティングの時間があるので、撮りそびれても大丈夫。

ディズニーランドみたいに1時間も2時間も並ぶ、ということは全くないけれど、結構早くに締め切ってしまうので(列のここまででお写真撮るのは終了ですー、みたいに言われる。)5分前くらいには、列に並んでおいたほうが良いのかも。

ハワイなのでスティッチがいる。陽気でかわいい。

 

でもどのキャラクターもそれぞれたっぷり時間を取ってくれるので、慌しくなく、なんというか南国らしく触れ合える、気がする。とにかく子どもたちは楽しそうでした。そんな子どもたちを見て大人たちも大満足。

ふたたびミッキー先輩。またもや抱きつく。この時は、ミッキーさんミニーちゃんプルートの豪華メンバーと揃ってお写真を撮らせてくれた。

 

この日はとにかくキャラクターと触れ合いまくった我が家ですが、でもこのホテルのいいなと思うところは、特にキャラクターに興味がなかったとしても楽しめるところ。我が家も1日目と2日目はほとんどミッキーさんたちに会わなかったけれど、それでも十分楽しくて満足できた。キャラクター色が濃すぎないというか、大人もシンプルに楽しめてゆっくりできるというか、そういうところもいいところだなと思う。

ある程度ターゲットを絞るというのはマーケティングの基本かとは思いますが、でももはやそれを「年代」とか「キャラクター好き」とか、単純なもので区切る必要はないのだろうなあと、思ったりした。というか、頭ではわかったつもりでいたことを、実体験として感じることができた、ような気がする。

予定された時間以外にも、キャラクターが突然現れる。「hot dog」が売られていることにびびるプルート。かわええ。

 

もちろんプールも存分に楽しみました。息子によると「ここのプールが今まで行ったプールの中で一番楽しい!」だそうです。それはそれは。

海につながるプール。

 

しっかり遊び、後ろ髪を引かれつつもアウラニをあとへ。良いホテルでありました。ちょうど入れ違いでアウラニへ行っていた息子の英語の先生によると、まだまだコオリナ界隈は知らなかったおもしろそうなスポットがあるようで、これはまた行かなきゃだね、と、いう話をオットとしております。いやほんとうん、お仕事頑張ります・・・

アウラニ限定のミッキーのコロコロ。ミッキーがレトロでかわいい

 

day3-おまけのジョバンニ。

次のお宿へ移動する前に、ここ最近ハワイへ来たら必ず食べている気がする、ジョバンニのガーリックシュリンプを食べにノースショアまでびゅいんと。閉店時間をちょっと過ぎていたのだけれど、どうしても食べたくて勢い余ってきてしまった我が家の勢いに押されたのか、最後ね!と、作ってくれた。どーやってもお家では再現できない味。あいかわらずおいしかったなあ。

ハワイ2017冬の記憶その2 アウラニ・ディズニー・リゾート

ハワイ2日目の記録。

day2-island vintage coffeeで朝ごはん

子どもたちもオットもなかなか起きてこないので、バルコニーで朝ワイン。ぜいたく。

2日目の朝は、アウラニのお向かいにあるコオリナ・ステーション&センターにあるisland vintage coffeへ。コオリナ・ステーションは、アウラニからは歩いてすぐの立地でなにかと便利。新しく開発された街なので、きれいに整備された街を歩いているだけでも気持ちい。

 

ワイキキのお店は結構混んでるイメージだったけれど、こっちはそんなに並ぶこともなく。

やっぱり美味しいアサイーボウル。

この大きさがまた良い。昔カフェオレボウルでカフェオレを飲むのに憧れたなあと思い出す。子どもたちと奪い合うように食べました。

ハワイで食べるアサイーボウルはなんか格別。暑いところで食べるものだなあこれは。やっぱり食べ物って、食べる場所によっておいしさが変わる気がする。あとお酒も。その土地その土地で食べたり飲んだりするからこそおいしい、というものがある。

そしてハワイのお店はどこもお料理が出てくるまでにたいそう時間がかかるけれど、こうなるとまあ気長に待つか、という気になって、結局ゆったり過ごすことになる。東京の便利さに慣れているといつも最初は戸惑うけれど、すぐにまいっかと慣れてくる。なんだってそういうものなのだろうな。

day2-アウラニでプールざんまい。

アウラニには2泊だけだったので、この日はとにかくホテルにこもってプールを楽しむことに。

 

とぶむすこ。

ここはとにかくプールが充実していて楽しい。ウォータースライダーが楽しすぎたらしい息子は、たぶんこの日だけで10回くらい滑った気がする。大人でも楽しかった。

そして子どもたち(6歳・3歳)が、しっかり楽しめる歳になったのだなあと、しみじみ思う。もう泣く赤ちゃんをプールサイドであやすなんてこともないのだなあ、しっかり楽しんでくれるっていうのはうれしいなあ、と思いながら、はしゃぎ回る子どもたちを見ていました。

同時にほんの少しだけ、赤ちゃんだった子どもたちを連れての旅を、なつかしいなあ、と思った。

あの頃は「なつかしいなあ」と振り返るだなんて思いもしなかったけれど。

過ぎ去ってみるとその頃の景色はなんだか切ないくらいに美しく思えてくる。戻りたいかと言われるとそんなことはないけれど、やっぱり過ぎ去る時間の中に、宝物のような瞬間はあるのだなと思う。きっとこの旅にも、後から振り返るとそう思えるような瞬間瞬間があるのだろうな。

day2-アンティーズ・ビーチ・ハウスに子どもたちを預けて大人時間

まあそんな風にしっかりと大きくなってしまった子どもたちを、2人揃ってアウラニの無料(!)の託児所のようなところに預けることができるという夢のような施設がこのホテルにはある。夢のようだ。

この施設を利用するためのリストバンドがもらえて、それがまた子どもたちは嬉しそう。夢のようだ。

我が家は事前にこの施設内の無料(!)アクティビティにも申し込んでいたので、それが始まる1時間前くらいから、終わる時間の30分後くらいまで、2時間くらい利用することに。

と、いうか現地で手続きをするまで、大人は参加できないプログラムだったとはつゆ知らず、思わぬ大人時間にちょっと戸惑う。しかし旅行中に夫婦だけの時間があるというのもいいですね。

せっかくなのでバーでマイタイでもいただくことに。

「とにかくきっついカクテルが飲みたい。」とかわけのわからないことを言うツマに一応付き合ってくれるオット。ほんと私ならこんなツマ付き合えない。。。

それでも時間がやたら余るので、とにかくきっついカクテルを片手に、ホテルの先の夕日が見えそうなところまで歩いて行くことに。

遠くから見るホテルもまた、きれいだなあと思う。初めてコオリナへ来た時と比べてもまたどんどん施設が増えている気がするけれど、それでもワイキキよりはのんびりしていてそれはそれでいいなあ。

 

そしてほんとにちょうどサンセットの時間で、やたらときれいに夕日が見えた。海に沈む太陽っていうのはなんでこう心を打つのだろう。たとえきっついカクテルで酔っていたとしても・・・

オアフ島と沖縄本当ではどちらが大きいのかとか、ハワイで見える一番星も金星なのかとか、将来子どもたちはどんな仕事をするのだろうかとか、グーグル先生に聞けたり聞けなかったりすることをきっついカクテル片手にオットとやいのやいの話しながら、まあそんなこんなでやっぱり子どもたちに会いたいねというわけで大人時間は終了。

子どもたちを迎えに行くと、結構広い施設の中で、お絵描きしたりゲームしたり楽しそうに遊んでいた。

ほんとうに大きくなったなあ、と、またここでも思う。

息子は大きいお兄ちゃんにゲームの仕方を教えてもらったそうで、嬉しそうに話してくれた。

そして娘はお兄ちゃんがどこかに行ってしまったと思い込んだらしくけなげに一人で待っていた。えらいぞむすめ・・・

でもこうして外国で子どもたちと離れて夫婦二人で過ごす時間というのもいいものだなと思う。いやほんとうにすばらしい施設なのでなんならこのためにでもまた行きたいとすら思う。・・・いやアウラニの素晴らしさはそこではないと思うのだけれど、それくらいに嬉しい施設でした。

旅行中に大人時間が持てた、というのもこの旅のまた大きな変化。こうして少しずつ、旅の形も変わっていくのだろうな。

ハワイ2017冬の記憶 その1

約2年ぶりのハワイ。順に記憶をメモ。

day0-フライトからホノルル空港まで

仕事を終え、オット&子供達に会社まで車で迎えに来てもらい、そのまま成田へ。このパターンが最近定番化。

成田に車を置くようになってから、海外旅行がものすごく楽になった。(私は運転しないからというのもあるけれど。)帰ってきた時に自分ちの車というパーソナルな空間に、空港を出てすぐに身を置けるというのはとてもありがたい。リラックス感が全然違う。今回に至っては、駐車料金の安い成田に車を置きたいがために羽田ではなく成田の便を選んだくらい。まあなんせ私は運転しないからというのもあるけれど。。。

成田に向かう途中、仕事でトラブルが発生して、結局搭乗間際までドタバタ電話とメールをし続ける。

これを残してきたことがやっぱりずっと心に引っかかる。サラリーマンだな。

今回初めて、エアラインのサイトで予約する時に、機内食の変更をリクエストしてみた。チャイナエアラインは色々と選べて、私は全部「フルーツ」にしました。これがなかなかよくて、いつも一口も食べられない機内食が、少しは食べられた。もちろんものすごく美味しいフルーツではないけれど、食べられなくはない。一口も食べずに残す、という事態からは避けられる。うむ悪くない。

もう一ついいのは、これ普通の機内食(ビーフオアフィッシュ的なあれ。)を配るタイミングより前に持ってきてくれる。子供のチャイルドミールと同じタイミング。これはなかなかうれしいです。寝たいのに起きて待つ、みたいなこともしなくて良いし。

それにしても子供達が6歳3歳というタイミングになり、飛行機での移動がぐんと楽になった。むすめ1歳半の頃に子供達二人を一人で飛行機に乗せて行ったニューヨークあれは本当に悲惨であった・・・。あれから比べるとなんと楽になったことか。夢のよう。

行きはフライトも短くて6時間ほどで到着。ちょっと短すぎると思うくらい。できればもう少し寝ていたい・・・私が。

身体が冬仕様なのか、1月のホノルル空港に降り立った瞬間はそんなに暑い!と感じない。まだ芯は冷えている感じ。この辺りがアジアの島とは違うなあ。アジアの島は、空港を降りた瞬間にもわっとした空気に包まれる。あれはあれで大好きなのだけれど、でもこの1月のハワイはきつすぎる日差しに悩まされることもなく、それはそれで過ごしやすかった。

day1-ワイケレ〜カポレイへ

今回は旅行中ずっとレンタカーを借りていたので、(renting carz.comというサイトがめっちゃ便利でした!)空港からホテルへ向かう前にワイケレのアウトレットへ。もはやここの目的はショッピングではなくマラサダ。

と、言いつつバーニーズとsaks fifth avenue OFF 5thのアウトレットだけざっとのぞいてみる。vince.のタンクトップがあれば買って帰ろうと思ったのだけれど今回は残念ながらなく。泣く泣く。

あと、バーニーズにはいつもセリーヌがあって、出会いがあれば最高!なのですが、こちらも今年は特にこれといったものはなく。最近アウトレットで、いい!と、思うことが減った気がするなあ。

それにしてもワイケレ、シーズンオフなのか時間が早かったからかガラッガラでした。一番混んでたのは間違い無くレナーズのワゴン。

むすめの肌着だけold navyで買って、カポレイのTARGETとdown to earthへ移動。

今回はスーパーのお買い物がいちばん楽しかったかもしれない。そのほかの物欲的には、「欲しいものができた。」と、いうのがいちばんの収穫。笑。これはいつか・・・。

 

うわさのコンブチャ!なかなか美味しい。酸っぱくて疲れた身体にしみわたる感じ。

ターゲットでは、むすめにスーツケースを買いました。今回は子供達にそれぞれスーツケースを買ってあげるのが一つの目的。

目標一つクリア。

自分のコロコロが持てる、というのは相当うれしいようです。それはなんとなくオトナ心にもわかる。

エルサのコロコロ。お気に入りすぎてレストランにも持っていきたいとおっしゃるので必死で止めた。

day1- アウラニにチェックイン

お買い物を済ませていよいよ前半のホテル、アウラニへ。

フロントの前にキッズスペースのようなところがあって、ディズニー映画が流れています。こどもたちはこれに釘付け。こういうの一つとっても、このホテルはほんと子どもに優しい

窓の外から見ると学校みたいでかわいい。

チェックイン前に荷物を預けて、シャワールーム(これがほんときれいで快適。)を借りて水着に着替えて、プールへ。

お部屋の準備ができてカードキーが使えるようになると、メールが届いて、それ以降は特にフロントに寄らなくても直接お部屋に入ってOK

なんとも合理的で便利なシステム。

時差ぼけもなんのその、元気に遊びました!が、やっぱり寝不足だからかこどもたちがしょーーーもないことですぐもめる。

夜便で朝に着く、のがハワイの良いところだけれど、知らず知らず疲れは溜まるので1日目は遊ぶのほどほどに、早く寝るのが良いですね。睡眠不足というのは人をモンスターにする。これ大人も同じ。ほんと。

キティちゃんのアームリングとミッフィーちゃんの浮き輪でディズニーホテルに乗り込む強気のむすめ。

と、いうわけでチェックインOKのメールが予定より早く(14時半くらい)届いたので、プールは早めに切り上げてお部屋へ。

例にもれずこのホテルも「隠れミッキー」がたくさんあるのだけれど、こういうのは大人よりも子どもたちの方がずっと見つけるのが上手。こういう「視点」って、大人になるにつれて薄れていくのだろうなあ。

再びカポレイへ行き、down to earthのデリで晩御飯。こういうオーガニックスーパーほんとに日本にも欲しい。なんせデリが美味しい。仕事に疲れた日とか晩御飯が作りたくない日、「スーパーのお惣菜」があんなに美味しい「オーガニックのデリ」だとなんか罪悪感もなくてうれしいですわね・・・。

寝不足は大人も子供もイライラの元、だというのになんか旅行へ来ると夜更かししてしまう。

あっという間に寝た子供たちとオットの隣で、ワインとオーガニックポテチをお供に一人読書。至福。

2016宮古島の記憶

今年も宮古島は暑くてそして怠惰で美しい。

もう何年前のことやったかな、10年以上前のこと。私は同級生が運転免許を取るタイミングにことごとく乗り遅れて、免許なしの学生生活を送っていました。だいたい、超ど田舎の私の生まれた町では、高校を卒業して大学に入る前の春休み期間に、みんな地元の教習所で免許を取るのが通例。田舎あるあるで、車がないとどこにも行けなくてちょう不便なわけで、みんな18歳でこぞって免許を取りに行く。しかし、東京の大学に進学することが決まっていた私は、そんな流れもつゆ知らず、のほほんと日々過ごしておりまして、すっかり免許を取りそびれておりました。

そういう人たちが次に通る道というのはそう、合宿免許ですね。
例にもれず私も、18歳時点で免許を取りそびれた大学の友人たちとともに、どこやったかなー山形かどっかの教習所に申し込みました。

ところがですよ。まあハタチそこそこの私というのももちろん今と全く変わらずすっとぼけていたわけですね、合宿に申し込んでいた日程は、何やったかの期末試験とバッチリかぶっておりました。あほなのかな。あほなのだろうな。

唯一の免許取りそびれメンバーだった友人たちは無事にみんなで免許合宿へ行ってしまい、いよいよ周りで免許を持っていないのは私一人のみという状況になったハタチそこそこの私。

どうするかなー免許いるかなーあったほうがいいよなー一人で山形はなー寂しいなー。地元で高校生に紛れて取るのもなー云々。

と、考えた私が思いついた方法それは、そうだ!宮古島で自動車免許を取ろう!
と、いうものでした。あほなのかな。あほなのだろうな。

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宮古島で車の免許を取るという暴挙・・じゃなくて勇気

と、いうわけで、一人で宮古島に(ダイビングではなくて)車の免許取りに行くわーと、言った時の親の猛反発(すごかった)も、生まれつきの(自分がやりたいことに対してのみ発揮される)プレゼン力でかわし、一人で行ったわけです、宮古島。免許取りに。ハタチそこそこの私。
あほなのかな。あほなのだろうな。

しかしですね、世の中には愛すべきあほがたくさんいるもので、教習所に併設された合宿所(水道光熱費込一ヶ月1万円)には、同じ境遇で一人で免許を取りに来たあほたちがたくさんいました。あほなことを考える同士というのは得てして気があうもので、ほんともうノンストレスの人生最高なんじゃないかと思える一ヶ月を、そのオンボロの合宿所で過ごしました。特大のゴキブリと戦いながら。

で、その一ヶ月で私は、宮古島という島の持つ美しさや強さやそして儚さや切なさのようなものを知って、感じた。日本にこういう場所と、そして人生があるということを目の当たりにして、その時東京の、まあ比較的大企業と言われるような会社に就職が決まっていた私は、ちょっとした、いや、結構大きな、ショックを受けた。こういう人生もあるよな、と。そこそこいい大学を出て、そこそこいい会社に入って、そういうのが「素晴らしい人生だ」というのはちょっと違うかもしれないよな、と。
ちょっと大げさに言うと、そこは私にとってのもう一つの人生の始まりのような、一つのターニングポイントのような、そんな一ヶ月でした。

例えば、何と言っても私は自動車免許を取りに宮古島へ行っていたわけで、運転免許はないわけです。でも当然電車もない島では、車がないとどこへも行けない。友達はみんな免許を取りに来た友人ばかりで、誰も運転できない。
と、いう環境の中、それでも海へ行きたくて行きたくて、もうまじであらゆる方法で遠出しました。

教習所の先生に頼み込んで、島の生徒の送迎のためのバスに乗り込んだり、教習所に通ってる地元の子たちの友達と仲良くなって休みの日に車を出してもらったり、たまに教習所の先生にも休みの日に遊びに連れて行ってもらったり(島の遊びというのはだいたいボーリングなんですけど。)、ええそうですねヒッチハイクしたり。何かが生まれる時というのは、たいてい、何かが足りない時。クルマがない。という圧倒的に不便な状況で、あらゆる手を使ったことで、結局たくさんの人とのつながりができた。なんか今思い返してみると、ほんとものすごいいろんなひと知り合って、いろんな人とお酒を飲んだんやけど、どうやって知り合ったのかもはや思い出せない。地元の高校の先生とかとも飲んだんやけどあれ何でやったっけ。。。

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そういう中で、たくさんの島の人と知り合いました。多分、旅行で来てるだけでは知ることがなかった島の側面を、たくさん見ることができた。そこにある生活を、肌で感じることができた。ほんともはや何でやったか忘れたけど、どこかのお家のお庭で親戚の人たちが集まってる所に飛び入りで参加させてもらって、一緒に泡盛飲みながらお父さんの三線で一緒に踊ったりもした。あそこはどこだったのだろう。まあそれくらい、ものすごく濃い時間でした。

自分が生まれ育った町でもない、今住んでいる町でもない、親戚がいる町でもない、もともと縁もゆかりもなかったけれど、でもなぜかものすごく惹きつけられた土地にふらりとやってきて、その土地の人たちと同じ空気を吸いながらそこで過ごす、というの体験はそれが初めてで。私は今でもあの時の空気が忘れられなくて、それ以来結局毎年のように、宮古島に通っています。

旅のスタイルは変わったけれど、変わらず「ただいま」と思う

あれから10年以上が過ぎて、私にも東京で家族ができて、貧乏すぎた学生の頃とは少し変わってリゾートホテルにも泊まれるようになった。

だから、あの時の過ごし方とはやっぱり当然、違った形で宮古の時間を過ごすようになった。だいたいいつも一人で行っていたけれど、ここ数年は子供達や、オットや、子供達を通してできた友人と行くことが増えた。

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暮らすように過ごす、ということは今はなくなったけれど、それでもやっぱり宮古へ行くと、あー帰ってきたなーと、思える。そして、自分にとっての大切な人と、自分にとっての大切な場所へ行けることを、人生のステージが変わってもなお同じように通えることを、あーしあわせだなーと、思う。どんな形でもやっぱり、宮古の海は青くて、人は程よく怠惰でてきとうで根が暖かくて、ただそれだけなんやけど、ただそれだけのシンプルな島やから、10年以上変わらないものが確実にあって、帰ってきたなーと、思うとホッとする。

でもなんでなんやろうなー、余裕のある旅ができるようになった今でも、たまにふと、一ヶ月1万円のあの合宿所が恋しくなることがある。車もなくて、ヒッチハイクした旅が懐かしくなることがある。その頃はまだ誰もいなかった新城の海岸で、ラジカセで元ちとせを流しながら、丸太に腰掛けて一日中ぼーーーーっと過ごしたその時間にどうしても戻りたくなることがある。それは多分、もう二度とできないことがわかっているからなんやろうな。美しいものというのは、二度と戻らないこと、そのものやから。

けど、美しいものが、二度と戻らないことであるのなら、その美しさはきっと日々の、そして人生の変化の中にこそあるわけで、結局のところ、10年後には、小さな子どもたちを連れてヘトヘトになりながら美しい島を周ったこの旅を、涙が出るほど懐かしく思う日がきっと来る。それは想像もつかないけれど、でも想像もつかないからこそ、きっとこの旅がまた、人生の宝物になるんやろうなと思う。

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だから、変化を嘆いたり恐れたりするんじゃなくて、ただ今目の前にある日々を、なるべく笑いながら、紡いでゆきたい。そして今は、今しかできない旅を、楽しんでゆきたい。変化の中にある美しさと、宮古の変わらない自然の美しさのバランスが、なんとなく自分の人生のバランスにつながっている、そんな気がした今年の宮古旅でした。

 

築地ランチのおすすめ10選

個人的な雑感ばかり書いておらず、たまには役に立つ(立つのだろうか)グルメ(なのだろうか)情報でも書いてみようと思います。

築地の会社で働き始めて気づけば10年目になりました。

さて私は銀座のOLなのだろうかそれとも新橋のサラリーマンなのだろうか。と、疑問に思ったりもしましたが、いやまあ築地のしがないサラリーマンです、実際のところ。

けど確かに立地的にランチの守備範囲は広くて。銀座〜新橋〜汐留〜そして築地市場(場外・場内)あたりどこでも行きます。そして今のチームメンバーがほんとランチに命かけてる人たちばかりなので、結構いろんなところのものを食べ歩いたような気がする、気づけば。

というわけでせっかくなのでちょう独断と偏見のおすすめランチをひとつまとめてみようかと思います。ただし。おしゃれ度はゼロです。まじで。

・磯野家 http://tabelog.com/tokyo/A1313/A131301/13014821/

言わずと知れた築地場内の名店。だいたいいつも生姜焼き定食を頼んでしましますが(ものっすごいボリューム。付け合わせにクリームコロッケ。もはや付け合わせじゃない。)おすすめはにらそば。それに牡蠣飯小。あんかけになったにらがやたら美味しくて、他では食べられない味です。市場が移転するに伴い、磯野家も移転するそうです。(こないだおっちゃんに聞いた。)泣きたい。お近くのみなさまぜひ今のうちに。ただしおしゃれ度はゼロです。

・鳥藤 http://tabelog.com/tokyo/A1313/A131301/13117868/

築地場内と場外の2店舗。親子丼が有名なお店で言うまでもなくおいしいですが、隠れた名品は海南鶏飯。チェーン店で食べるそれとはちょっとびっくりするくらいに違います。もうほかでは食べられない。場内はカウンターのみの小さいお店、場外はテーブル席は2席ほどありますが、お昼時は混むので少人数で時間を外すのが吉。ただしおしゃれ度はゼロです。

・東印度カレー商会 http://tabelog.com/tokyo/A1313/A131301/13184159/

この界隈で一番おいしいカレー屋さんだと思います。ある日突然閉店して途方にくれていたら、いつのまにか近所でまた開店していました。以前のお店より席数が増えて入りやすくなったのも◎。かなり量が多いので、初めての女性には、ご飯を少なめにするか聞いてくれます。(私は全部食べるのでもはやなにも聞かれずどーんと盛られますが。)あとここの素晴らしいところはなんと。ルーがお代わり自由です。奇跡。ただしおしゃれ度はゼロです。

・多け乃 http://tabelog.com/tokyo/A1313/A131301/13007634/

夜は素晴らしい居酒屋ですが。ランチもおいしい。お魚がおいしいですが、おすすめはてんぷら定食。古き良きてんぷらといった感じですが、なんかおいしい。とってもおいしいおうちのてんぷら、といった趣です。わたしはものすごく好き。あと、先輩が教えてくれた、カワハギのお刺身を肝醤油で食べる、ってやつがですねもう絶品です。大人って最高。と、思います。あー日本酒飲みたい。ただしおしゃれ度はゼロです。

・本種 http://tabelog.com/tokyo/A1313/A131301/13025023/

すっかり観光地化した築地場内&場外の海鮮丼の価格は、ちょっと信じられないくらい高騰しております。まあ自分のことを考えてみても、ちょっと遠出しておいしいものを食べよう、という時はお財布のひもも緩むもの。そんな中、ひっそり佇むこの(地味な)お店が出す海鮮丼は900円。

ところが私は間違いなくここの海鮮丼が築地で一番おいしいと思います。(地味な)外観からは想像つかないくらい見た目も美しい。こういうお店が築地の底力だと思う。ちょっと教えるのが惜しくなるお店。笑。ただしおしゃれ度はゼロです。

・フォーシーズン http://tabelog.com/tokyo/A1313/A131301/13053624/

あ、今おされなみなさまはフォーシーズンズだと思いましたね!高級ホテルだと思いましたね!いえこちらは高級フォーシーズンズにも負けないおいしいスパゲッティー(パスタではなくスパゲッティー)を出す名喫茶店です。ご夫婦二人でやっていらっしゃる小さい喫茶店ですが、なぜか(失礼)スパゲッティがどれもこれもやたらとおいしい。

普段そんなに好きではないスープスパゲッティもここのはおいしい。場所柄か、海鮮系の素材がとてもおいしいです。そしてあさりとかこれでもかってほど贅沢に入ってます。これまたほかでは食べられない味。最近メディアに出ることが多くてやたらと混んでるのが玉に瑕。そこそこ量がありますが、完食するとおばちゃんがほめてくれます。ただしおしゃれ度はゼロです。

・つきじ芳野吉弥 http://tabelog.com/tokyo/A1313/A131301/13156873/

おいしい穴子を食べたい日はここ。「ばかしあい」という、煮穴子と焼穴子が両方楽しめるお重がイチオシのようですが、わたしはいつも煮穴子のみの「あなごのばかし」で十分満足しております。砂時計を一人ずつ持ってきてくれて、砂が落ちるまで蒸らして待つ時間がかなりオツです。ちょっとゆっくり食べたいとかちょっと誰か連れて行きたいとか、そういう日にもよい。あー食べたい。ただしおしゃれ度は。。まあここは少しあります。ちゃんとしたお店。(いやほかもちゃんとはしてます。)

・ととや http://tabelog.com/tokyo/A1313/A131301/13002330/

安定のととや。焼き鳥丼のお店です。おすすめはサービス丼。焼き鳥とつくねが乗っています。もうここの鶏はねほんと絶品。定期的に食べないと調子が出なくなります。シンプルなんやけど、シンプルだからこそおうちでは作れない味なので、主婦的外食にもうれしい、こういうお店。ただしおしゃれ度はゼロです。

・トミーナ http://tabelog.com/tokyo/A1313/A131301/13004983/

築地場内唯一のイタリアン。カウンターのみのお店ですが、ここのワタリガニのパスタがもう絶品。正直どんなおされ(っぽい)イタリアンのパスタよりも本格派でおいしいと思う。これまたおうちでは作れない味。ここも市場移転に伴い移転されるそうです。それまでに通わねば。。。こういうお店があるから築地市場は楽しいのです。ただしおしゃれ度はゼロです。

・喫茶マコ http://tabelog.com/tokyo/A1313/A131301/13045429/

いろいろ築地のおいしいものを食べたあとはぜひ喫茶マコへ。築地で一番古い喫茶店です。お店のおばあちゃんがほんとうーーーーーにかわいいです。名物はスタミナジュースですが、わたしはいつもコーヒーかソーダ水を頼みます。おばあちゃんとの会話が楽しいです。こないだなんとhanakoにでーんと見開きで大きく載ってました。決してhanako的お店ではないですが(失礼)わたしにとってはオアシスです。ただしおしゃれ度はゼロです。

以上、独断と偏見で選んだ築地ランチ10選。独断と偏見ではありますが、どこもほんとうに素晴らしいお店です。おしゃれ度はゼロとばかり言いましたが、ほんとうにおいしいものはそれでよい。きちんとしっかりおいしい、築地のまじめさが現れたお店ばかりです。築地へ行かれる際はぜひ行ってみてくださいませ。

哀しみの中で笑うということ

今朝の新聞で読んだ記事。「おやじのせなか」は大好きな連載なのですが、今日のIMARUさんのインタビューがこれまたよくて、朝から色々考えました。

(おやじのせなか)IMALUさん 悩みの相談に「笑え、笑え」

朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/articles/DA3S12122305.html
※「無料会員登録すると1日3本まで記事が読めます→  http://t.asahi.com/7myt

「笑う門には福来る」

「笑う門には福来る」というのは本当によく言ったもんだ、と思う。

先日、昔の上司で今は某テレビ局でご活躍の大大先輩とばったり会社近くでお会いして、立ち話をしていたら、「そうやって笑っているうちは大丈夫ですよ。」なんてことを、言っていただいた。

仕事的には色々あった一年、いやこの二年くらいで、ときに「笑っている場合じゃない。」みたいなことをよく言われる毎日だったりします。

ガハガハ笑っていると、楽しそうでいいねみたいなイヤミを言われることもあります。すみません毎日笑いすぎておりまして。てへ。

そりゃもちろん、「大変なとき」というのは、ときに笑い声が煩わしく思えることだってあるとは思う。けど、IMARUさんのインタビューにあったこのエピソードと言葉に、私はやっぱり深く共感するのです。

悩みの相談なんて照れくさかったのですが、19歳のころに1度だけ、人間関係で悩んで父に打ち明けたことがあります。

泣きながら電話したら、爆笑されました。「何で泣いてんねん、笑え、笑え」って。勇気を出して相談したのに、「は?」ってなって。もう絶対、この人には相 談しないって思ったんですが、後で考えると父らしい、良いアドバイスだったな。どれだけたくさん笑えるかで人生の楽しみ方が全然違う。一番大切なのは笑う ことだと、父を見ていて自然と感じるようになりました。

さすがさんまさんだなーかっこいい。そしてIMARUさんの気づきもいいな、と思う。

笑う、ということには、行為そのものにも浄化作用がきっとあるし、もっと根本的な、生きるということそのものにおいて、大切なことだと思うのです。

母のお葬式で「しっかりしたお姉ちゃん」を演じていた

それでふと、思い出したことがあった。

もう10年近く前になる(早いなー。)、母のお葬式でのこと。

たくさんの人が足を運んでくださって、会ったこともない人たちが、みんな泣きながら母との別れを悲しんでくれていた。

でも、三姉妹の長女でまだ23歳だった私は、そのときどうしてもうまく泣けなくて、「しっかりしたお姉ちゃん」を演じることでなんとか、その場というか、理不尽な哀しみみたいなものを、乗り越えようとしてた、ような気がする。

それはたぶん妹たちも同じで、妹たちも泣くことなくて、弔問に来てくださった方一人一人に、しっかり頭を下げて、挨拶してた。

目を見て、少し微笑んで、ありがとうございます、って挨拶をしていた。

姉ながらあの日のあの子たちは本当に立派やったと思う。

今思えば、本当の「しっかりしたお姉ちゃん」というのは、あの日の妹たちにしっかり泣かせてあげられるお姉ちゃんのことなんやけど、今ならそれがわかるんやけど、実際のところまったくしっかりなんてしていないお姉ちゃんは、結局いつものごとくしっかりした妹たちに支えられていた部分がおっきかったんやと思う。

そしてそうすることで私たちは、なんとかその場に立っていられた。

でも、そういう私たちを見て、「なんでこんな日に笑ってられるんや」と、言った人がいた。「お母さん亡くして、哀しくないんか。」と。泣きながら、そう言った人がいた。

その時は、考える余裕もなかったけど、今になって思う。

私も、妹たちだって、哀しかった。大好きだった母を亡くして、あらゆる理不尽さと哀しみにぺしゃんこになりそうやった。

でも今振り返ってみてもやっぱり、私にはあのとき、そうやって、弔問に来てくれた人たちに笑ってありがとうございますって言うことしかできひんかったと思う。

だって私たちはほんとは、あのとき来てくれた人たちの誰よりも哀しかったから。

同じように泣くことなんか、できひんと思ったから。

ほんとうに哀しい時、人は涙も出ないことがある

ほんとうにほんとうに哀しいとき、人は涙も出ーへんことがある。

そしてその場に立つためになんとか、笑うということがある。

そうでないと、壊れてしまうような瞬間がある。

あの日私はもちろん間違いなく無理をしてたけど、強がっていたけど、でもあの日笑っていたことは、今の私にとって、母の死を少しずつ受け入れて変わってこられた自分にとって、小さな宝物のようになっている気がする。

その頃のことをよく知っているオットは、最近になって母の思い出話をするたびいとも簡単にぼろぼろ泣く私をみながら、「泣けるようになってよかったね。強くなったねえ。」と、言う。

もしかすると、ほんとうに哀しいとき、人は泣くことができなくて、その哀しみを乗り越えようとするとき、人は泣けるようになっていくのかもしれない。

そして泣くことができないときも、人は笑うことでなんとか、泣くきっかけを探すのかもしれない。泣くまでの道を、作ってあげるのかもしれない。

泣くことと笑うことは、ときどき順番が入れ替わる。

哀しみを受け入れるということは、理不尽な哀しみに向き合うということは、その哀しみに伴う痛みを知るということ。それはもしかしたら隣にいる人が抱えているかもしれない痛みを、少し、分け合えるようになるかもしれないということ。

哀しみを受け入れる中で、笑うということが、なにか小さな、もしかしたら大きな、力になるかもしれない。

だから、今大きな哀しみを抱えている人たちが、明日は少し笑えますように。少しずつでいいから、笑う時間が増えていきますように。そしてきちんと、泣ける日が来ますように。そう願います。

そうすればきっと、哀しみは必ず、痛みを知る優しさに変わっていくから。

2/10のネガティブをスルーすること

村上春樹いわく、バーをやってるときに、10人に2人、そのお店を気にいる人がいてくれたら、そのお店はやっていける、それは小説家も同じ、と、いうことなのですが(たしか)(ちがったかも)。

10人に2人受け入れられないか、10人に2人好かれるか。

私が思うに、人というのは、例えば10人いたら2人には受け入れられない人とか、10人いたら2人には受け入れてもらえる人、というのがいると思うのです。(10人いたら10人が好き、というのは本質的にはたぶんありえない。)

で、それはどちらも素晴らしいことで、

村上春樹が言うように、10人中8人が、あの人はちょっと。。。

と、言っても、2人、でもあの人俺は好きだよ、みたいに言う人がいると、その人は世の中で社会で生きていけるのだと思う。

そしてどれだけ好かれる人でも、10人中2人くらいにはあの人はちょっと。。と、思われたとしても、それはそれで普通のことで、堂々と生きてゆけばいいとおもう。
まあ怖いのは、10人中、誰一人として受け入れられない人だよね、と、いうことをオットと話していて思った。

そういう人が唯一生き抜けるとすれば、その人が数百年に一度の天才であることしかないのではないかと。つまり、モーツァルトとか、ピカソとか、もしくはジョブズとか。それくらいのレベルでないと、0の人が生きてくのは厳しい。

人は基本的にいろんな人とつながって生きてくわけやから。

だから、子育てにおいては、子供たちを0の人にしないようには最低限育てなきゃね、と、いう話をしました。

いやもちろんピカソとかジョブズレベルの天才である可能性だってあるわけやけど、でも子育ての段階で、それを前提にしちゃいかんよね、と。

2/10か、8/10か。そこはほんとうにこだわらなくて、少し変わっていて2/10でもいい。

でも、2人の人には、愛される人にそだってほしいし、そして、2人の棘にはひるまない人に育ってほしいな、と、思うのです。

ネガティブなもの、に振り回されないこと

翻って自分のことを考えてみると、典型的な長女気質の私は、常に10人に好かれなきゃいけない、と思って生きてきた気がします。30年くらい。長い。

だから、2/10の棘にすべて反応しては、なにがいけなかったんだろう、自分のどこがダメなんだろう、ということをいつも考えていた気がします。

悪い理由を、いつも自分に求めていた。

でも、だいたいどこの世界にでも、2人くらいはどうでもいいことを言う人たちがいる、ということが大人になった私がようやく知ってそして受け入れたことです。

人はネガティブなものについつい反応してしまいやすい生き物だとおもう。

毎日みたいにSNSの情報が入ってきたら、いいものも悪いものも「気」のように巡ってきて、知らず知らずのうちに振り回されてしまうということがたくさんあるとおもう。

しかしですね、子供が生まれて、それでも欲張り母さんは相変わらず仕事もやりたくて、そして靴とかバッグとかファーベストとか黒いストレートパンツとか(また)欲しいものばかりがある毎日を送っていると、とにかく優先順位をつけてあれこれこなしていくしかなくなっていきます。

人生は短い。やりたいことは山のよう。靴はほしい。子どもはあほほどかわいい。なぜ急に絵本の読み聞かせを始めるのだこの2歳女子は。その本はパンやのくまさんの話で決してばいきんまんは現れないがなぜ今現れた。そしてなぜ最後は「あたしはかわいいです(ハート)」で締めくくられるのだ。

みたいなことを考えていると、1日なんてあっという間に終わる。

そういう日々を送っていると、ネガティブなもの、人、空気に、関わる時間というのはやっぱり、ものすごく優先順位の 低いものになります。

そもそもネガティブなものっていうのは、捉えられるとあっという間に時間を奪われる。

ちょっと話は違うけど、タレントさんとか有名人の悪口を書いた記事をつい読んでしまって、そのうちどんどんリンクをさかのぼって気づ けばものすごい時間がたっていた、という経験ありませんか。そしてその読後感の悪さときたら。

そこから生まれるものは、正直言って何もないと思う。そしてどれだけ好感度の高い人でも、2/10くらいはネガティブに捉える人がいるもので、しかもそのパワーはいつもどうもでかいから、大きな声に聞こえがちやけど、まあ「否定」することというのはいとも簡単にできてしまうものやから、実はたいした意見ではないものがほとんどやと思います。(もちろん中にはとても建設的で愛のある批判もあるけれど。)

はっきり言って、人生にそんなことを気にしているひまはないのです。目の前でパンやのくまさんは急に「1、2、3、ばいばいきーん」と「ちっちゃい声で」言いだしたのだから。2歳児の手によって。

今は「子ども」という、否応なしに優先順位の高い対象が目の前にあるから、2/10のネガティブなものをスルーする力もある程度ついてきたけれど、この子育て時期が少し落ち着いて、またいろんな選択の自由が目の前にせまってきたときも、このことは忘れずいたいなと思います。

そして何にしても、そういう姿をみて、子どもたちには大切なことを知ってほしいと思うのです。

パンやのくまさんには、決してばいきんまんは出てこないという大切な事実を。

むすめ3歳のお誕生日に。

むすめの誕生日・・・に、病児保育

先日、うちのかわいくてお笑い系(でも本人はプリンセスに憧れている)の娘が3歳のお誕生日を迎えました。

迎えたのでありますが。当日、なんとお兄ちゃんと二人揃って発熱。その日はパパも私も仕事を休めず、病児保育のお世話になりました。

いやもうね。お誕生日の当日に何もできずお熱のむすめを病児保育に預けて仕事に行く私って何なんだとちょっと泣きそうになりながら出社して、でも溜まった仕事がありすぎてバタバタと片付けて。

そしたら仕事場で回覧しているVERYが机にドンっと置かれました。相変わらずVERYの重いのなんの。

キラキラ輝く雑誌の世界観と、朝から病児保育のために慣れないお弁当をバタバタと作って雨の中タクシーで病児保育に駆け込んで診察してもらって手続きして自分の洋服なんて全く気をつかう余裕もなくほぼすっぴんで出社する私のこの差。(しかも我が子は誕生日。)

隣の後輩に、「見てこれはファンタジーだおとぎの国のお話だ。。。」と言うと、よくできた後輩が「ほら、先輩の好きな小島慶子さんのコラムここですから。はい、読んで。今月もいいこと言ってますから。」とわざわざ開いてくれる。なんてよくできた後輩。

なんというかダメな先輩でありダメな後輩である私には、常に素晴らしい先輩と素晴らしい後輩がついてくれるものですねいつもありがとうございます。。

桜の花びらが舞う帰り道

で、私の一番好きなページ小島慶子さんのコラムにまた励まされながらなんとかその日の仕事を終えて、ダッシュでお迎えに向かう途中。

空からひらりひらりと桜の花びらが舞ってきました。

いつの間にやら葉桜になっていた桜の木。今年はゆっくりお花見をする間もなくバタバタと過ぎていった。でもやっぱりこれくらいの桜がいちばん好きだ。田舎の、桜並木が続く川沿いの家に生まれ育ったので、いつも桜は近くにあったのだけれど、やっぱり幼い頃からひらりひらりと桜の花びらが散る時期がいつも好きだった。儚い美しさはなんだか人の心を打つ。

あーーー今年も、そして今日も、桜がきれいだ、むすめ氏おめでとう、ぐすん。とか思いながら、帰路を急ぐ。

で、お迎えに行ったらですね。もうかわいいかわいい我が子たちが満面の笑みで走ってきてくれる。(お熱ちょう高いのに元気だなおい。。。)

二人とも初めての病児保育室だったので、不安だったかなと思いながら、どうだった?と、聞くと、「おやつの時間にみんなでむすめちゃんのおいわいしたんだよー!ハッピーバースデーしたら、むすめちゃんがうれしそうに、ありがとうって言ってたよー!」と、息子が教えてくれました。

むすめもうれしそうに、ちょっと照れながら、おたんじょうびしたのー♡と言ってくれました。

二人とも、一緒に過ごせたことがなんだか嬉しかった様子。

病児保育の看護師さんたちも、今日はお誕生日だったんですね、おめでとうございます!お弁当に入っていたハッピーバースデーのピック、とっても喜んでましたよ!と、にこにこ言ってくださいました。

本当に気にしているのは、自分に下す評価

はーなんかもう。子育ても仕事も、一人じゃ絶対できひんな、こうしていろんな人たちに助けてもらって見守ってもらって、子供達もそして私自身も、少しずつ成長してゆくのだな、と改めて思いました。すごくうれしかった。子育てを支えてくれる周りの人たちや、家族や、そして子供達のたくましさを知ることができて、こんな日もいいな、と思えた。

大好きなドラマSATCで、好きな回の一つが、キャリーが本を出したときやったかな、本の批評が新聞に載るんやけど、それがなかなか辛辣な批判で、キャリーは傷つく、というストーリーがある。しかもそのあと、元カレエイダンがキャリーのあとに付き合った女の子が、キャリーのことを悪く言いふらしている、という噂を聞く。で、キャリーは、その悪口を言いふらしている女の子に実際に会って、あの内容は事実と違う、というようなことを面と向かって言うのです。(多分。めっちゃうろ覚えやけど。)

けど、その時にキャリーは気づくわけですね。本当に気にしているのは、他人の評価じゃなくて、自分が自分に下す評価だと。だから批判する相手に何を言っても、しっくりこない。結局は自分で認めてあげられるかどうかだ、と、いったようなストーリー。(いやほんと違うかも、ごめんなさい。)

大好きな娘のお誕生日に病児保育に預けて、ごちそうは一切準備できなくて、晩御飯はクッタクタの煮込みうどんで、お熱の子供達と一緒にすらいられなくて、キラキラした要素は皆無のお誕生日だったこと。申し訳なく思う気持ちももちろんいっぱいいっぱいあった。

だけど、ひらりひらりと舞う桜を見たとき、にこにこ笑う子供達と歩いてタクシーを拾いに向かう帰り道。こういうのもありだな、嫌いじゃないな、と、自分で思うことができた。

あれもこれもしてあげたかったのに、あれもこれもできなかったけれど、想定外の一日だったけれど、私は本当にすっぴんでひどいかっこをしているけれど、でも、たくさんの人の愛情に触れて、あたたかさを知って、なんかいい一日だったよな、と。

こういう仕事の仕方や、こんな毎日しか送れないけれど、それをとやかく言う人はもちろんいるかもしれないけれども、でも私はこれしかできないし、私はこれでいいよな、と。大切なのは自分自身がそう思えて、そして目の前の大切な人たちがにこにこしていることだな、と。

他人の目に映る自分ではなくて、自分の心が認めてあげられる自分

キラキラした情報があふれかえっているこの時代。そして、キラキラした情報の反動かのように、心ないバッシングやヘイトスピーチやベビーカー論争やなんのかんのでなんだか少し窮屈な時代。言いたいことも言えないこんな世の中じゃぽいずんな時代。

ついつい自分の価値観を見失いそうになるけれど、大切なのは他人の目に映る自分ではなくて、自分の心が認めてあげられる自分。そして目の前にいる、大切な人が笑っていてくれること。当たり前なんやけど、改めてそんなことを思った、むすめ3歳のお誕生日でありました。

むすめお誕生日おめでとう。私に大切なことをいつもたくさん思い出させてくれて、気づかせてくれて、ありがとう。私を二人のお母さんにしてくれてありがとう。生まれてきてくれて、ありがとう。ママができることはほんの少ししかないけれど、いつまでも、ママはあなたの一番の味方です。おっきくなったらむすめが欲しがっているバッグと靴とピアスとネックレスと指輪とお洋服あげるからねうん。。。(本当に、おっきくなったらこれちょーだい♡と、のたまう3歳児。こわい。)

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